第16話「ご意見番ティナリスと、絶対零度の洗礼」
凍結の魔女、ティナリスの指導
ゴレトルトーナメントの優勝で名を馳せたタクト、クローナ、ローニャ、ニクスのチーム。
ゴレリンピック代表候補の権利を手にし、次のステップとして、鋼鉄闘域ギルドのAクラスプロプレイヤー「ティナリス」——ゴレトルのご意見番と呼ばれる伝説の名手——の指導を受けることになった。
ギルドの訓練場は、魔力光が瞬く円形のリング。冷たい風が吹き抜ける中、ティナリスが登場する。
優雅な蒼いロングコートが翻り、氷のような瞳がタクトたちを射抜く。彼女の背後には、氷の結晶を纏った美しい氷精型ゴーレム【クリスタルリリス】が静かに佇む。まるで凍てついた湖面のような装甲が、魔力の輝きを反射し、威圧感を放つ。
「タクト。君の『超高速戦術』は見事だ。だが、脆い。」
ティナリスの声は、冷たく澄んだ刃のようだ。
「脆い?どういう意味ですか?」
タクトが身を乗り出す。
「速度こそ全てと盲信し、速度を奪われた時の対策がない。相手の強みを消す戦略を無視し、自分のロマンに溺れている。」
ティナリスが【クリスタルリリス】を指す。
「ゴレトルでは、状態異常が破壊力以上に恐ろしい事がある。今日はそれを教えてあげる。」
彼女は有無を言わさず模擬戦を提案する。
「私のゴーレムは一歩も動かない。目標は、君たちの機体を完全に停止させること。さあ、かかってきなさい。」
タクトの瞳に闘志が燃える。
「上等だ!氷ぐらいで俺のロマンは止まらない!」
「ニクス、ローニャ、ルートを確保!クローナ、いつでもカバーに入れるようにしてくれ!」
試合開始のホイッスルが、凍てつくリングに響く。
タクトは【爆風】ブーストを最大出力で発動。【アブソルトレイル】が白銀の流星となり、【クリスタルリリス】へ一直線に突進する。
「受けてみろ、ティナリス!」
だが、ティナリスは静かに微笑む。
「【大霧氷域】、発動。」
シャアア!
リング全体が一瞬で白く凍りつく。氷の霧が渦巻き、地面から冷気が這い上がり、【アブソルトレイル】の装甲を瞬時に覆う。秒速数十メートルの超高速が、まるで水中に沈んだかのように急減速。
「くっ、ゴーレムが動かない!?」
タクトの機体は、通常のゴーレムの半分以下の速度に落ち込む。魔力回路が凍てつく冷気に侵され、反応が鈍る。
「タクトくん!」
クローナが【ゲイルハルト】で援護に向かうが、氷の霧に足を取られ、機動力が削られる。【頑丈】と【自動回復】によるとてつもない耐久力を誇る機体が、氷結状態でガチガチに固まり、機能停止してしまう。
「ローニャ、援護を!」
タクトが叫ぶ中、ローニャが【グラニテカノン】で【石砲】を放つ。だが、ティナリスが次の刻印を発動。
「【氷結障壁】。」
透明な氷の壁が【クリスタルリリス】を包む。石弾が接触した瞬間、表面が凍結し、威力と速度が減衰。リングに砕け散る。
「ニクス、魔術刻印を多重発動!魔力残熱で回路の氷を溶かして突破!ローニャ、凍結の抵抗値を計算を!」
タクトが指示を飛ばす。だが、ティナリスの声が冷たく響く。
「【魔力凍結】。」
キィン!
ローニャの【グラニテカノン】とニクスの【アサルトフェリス】に、目に見えない冷気が襲いかかる。魔力回路が凍てつき、回復速度と刻印発動頻度が急落。ローニャの機体は回路の過負荷で軋み、その動きが完全に止まる。
「魔力供給が遅い!連続発動できない!」
ニクスの声に驚愕が滲む。 ニクスは無理やり魔力を注ぎ込み【超高速】を発動し、【クリスタルリリス】に肉薄。だが、ティナリスは微動だにせず、さらなるスキルを発動。
「【氷気】。」
ニクスの機体が冷気の膜に包まれる。持続的な冷気ダメージが機体を蝕み、魔力回復薬のボトルが凍てつき、ひび割れる。速度を上げようとするたび、機体が悲鳴を上げる。
「タクト、援護する!」
ニクスが叫ぶが、冷気の膜が彼女の動きを鈍らせ、【アサルトフェリス】の爪が停止した。
ついに、【アブソルトレイル】の【爆風】噴射口が完全に凍結。推進力が途絶え、タクトの機体はリングに沈む。
模擬戦は、【クリスタルリリス】が一歩も動かず、タクトチームの全機を停止させる結果で終わる。
物理的ダメージはほぼゼロ。なのに、完膚なき敗北だった。 状態異常の真実リングの氷が溶け、静寂が戻る。ティナリスが静かに語る。
「これが状態異常の力だ。君たちは私に有効な攻撃を一度も与えられなかった。なぜなら、君たちの強み——速度を、私が『ゼロ』にしたから。私の領域では、物理的破壊力より、相手の戦術を書き換える『凍結』が勝利の鍵だ。」
タクトは、凍てついた【アブソルトレイル】を見つめ、悔しさに拳を握る。クローナがしょんぼり耳を下げ、ローニャがメモ帳を握りしめ、ニクスが無表情のまま猫耳をピクリと動かす。
ティナリスが続ける。
「君のロマンは認める。だが、真に追求するなら、速度を奪う全ての罠——状態異常への対策を身につけなさい。次のカスタマイズの目標はこれだ。」
タクトは深く頷く。
「わかりました、ティナリスさん。俺のロマンは、どんな状態異常にも負けない究極の超高速戦闘だ!」
その言葉に、ティナリスは微かに口角を上げた。
「その意気は良い。だが、対策は一朝一夕ではできない。私の課題をクリアするには、3つの試練を課す。」
彼女は指を3本立てる。
「1つ、魔力燃費を最適化する新刻印の開発。2つ、状態異常への対策の習得。3つ、チーム全体の連携で私の【クリスタルリリス】を突破すること。私が王都にいる3ヶ月以内にこれを達成しなさい。」
クローナが拳を握る。
「タクトくんと一緒なら、絶対できるよ!」
ローニャが眼鏡を上げる。
「試練を解析し、理論を構築します!」
ニクスが静かに頷く。
「私の計算に不可能はない。」
タクトの瞳に新たな炎が宿る。
「ティナリスさん、3ヶ月後、俺たちのロマンでその氷をぶち破ります!」
ティナリスが初めて柔らかく笑う。
「その言葉、忘れない事ね。予測不能な敵にどう立ち向かうか。 混沌の中でこそ、真の強さが試されるのよ。」
タクトたちのカスタマイズの旅は、状態異常という新たな壁に挑むフェーズへと突入した。
対戦後、訓練場の片隅で、タクトが【アブソルトレイル】の凍った噴射口をハンマーで叩く。
「くそっ、氷がガチガチだ!」
クローナが慌てて止める。
「タクトくん、そんなに乱暴に叩いたら壊れちゃうよ!」
ローニャがメモ帳を広げ、凍結のデータを分析。
「あの時の【冷気】、魔力回路の伝導率を30%低下させてます。対策には新素材か刻印の再構築が必要ですね。」
ニクスが静かに呟く。
「私のボトルが全滅……魔力回復薬、3本無駄にした。」
タクトが苦笑い。
「ニクス、いつもクールなのに、ボトルにだけは厳しいな!」
その様子を見ていたティナリスが、珍しく笑いを堪える。
「君たち、凍った機体をハンマーで叩く前に、頭を冷やしなさい。ロマンも大事だが、整備の基本も忘れずにね。」




