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出会い

 ライラがファング商会で働き始めて二週間。

 今日は週に一度のお休みの、二回目だ。

 前回の初めての休みでは、クレア先輩に連れ回され、仕事用と普段使い用の化粧品を見繕って貰ったり、短期契約出来る家具付きの賃貸を教えてもらって契約したり等した。


 賃貸の入居は本日からで、先ほど《木漏れ日亭》は引き払って来た。よく接客してくれた従業員であるエリックや、その母親である女将は残念そうな顔をしたけれど、その内食事をする為だけに訪れる事もあるだろう。


「んー、机も椅子もクローゼットもある。後はベッド用の藁とシーツ、掛け布は買わないと」


 賃貸用の建物は、一階に共同の台所と洗い場がある。それ以外は基本は買って来て食べるか、間借りなら大家が作ってくれる事もある。

 裏庭に共同で使える井戸があるので、料理や洗濯に使用する水は其処で汲む。

 ——もっとも、ライラは魔法を使ってしまえば、空気中の水分を集めて容れ物に貯める事が出来るし、洗濯は水なんて使わずに汚れを落とす事が出来るのだけれど。

 風呂も同様で、普通は自室に汲んできた水で濡らした布で体を拭き、気になる時は水浴びか大衆浴場だ。

 ただ、魔法でしている事がバレてはいけないので、時々は魔法を使わず、洗濯している姿を見せる必要があるだろう。


 出来ればインテリアにもこだわりたかったライラだが、五ヶ月後には村に帰る約束だ。

折角お気に入りの家具を追加で買っても、持って帰れない物は処分する事になってしまう。


「荷車…荷車かぁ…」


 それなりに持ち帰るつもりなら、馬に運ばせるか、自分で荷車を引くか、だ。

 馬は村に連れ帰ってもあまり走らせてやれないし、一人で旅をする以上、荷車も小さい物となり、持って帰れて敷物と小物くらい。

 魔法でどうにか出来るのでは、と問われれば、一度に大量の物に、それも長時間魔法を掛け続ける事は難しいと答えるしかない。


「…うん。どうしても欲しい物が出来たら、持ち帰られる範囲で買おう!」


 この二週間の王都での生活で、村から持って来たお金が充分過ぎる程の金額だと言う事は分かったので、買う事に金額で躊躇う事は無い。

 意気揚々と外へ飛び出した。



 シーツと掛け布。白磁のティーセット。紅茶の茶葉。カラスの羽根ペンと羊皮紙の束。ガラス瓶。石鹸。

 時折、家に戻っては荷物を置いて、また買い物に出るのを繰り返す。


 あらかた必要そうな物を買い揃えて、最後に夕食の材料を買いに出る。

 宿暮らしの間に利用していた料理の屋台市は男性が多い印象だったが、野菜や肉の店など食材を売る店が多い通りは比較的女性が多い印象だ。

 村では育てていない果物や野菜も売っていて、どんな味がするのか調理出来る気がしないのに食べてみたくなる。切るだけ、生で食べられるという果物は、興味の赴くままに買ってしまった。

 ほくほくとした気持ちで帰路に着いた、そんな中。


「や、やめてください…っ!」

 ゴッ


 悲壮な声と共に、同じ方向から鈍い物音が聞こえてくる。

 其方に視線を向けると、ニヤニヤとした醜悪な笑みを浮かべた男達三人組の足下に、ライラより少し歳下に見える少女が膝をついていた。


「かえして…っ」

「そーれは無理な話さ」

「まあ、嬢ちゃんには過ぎたモンだったって事で、諦めなァ?」

「それにコッチもシゴトなんでな」


 足下に転がった荷物には目もくれず、真ん中の男が持つ“何か”に必死に手を伸ばす少女。元々の持ち主が彼女だったのであろう事が会話から察せられたライラは、咄嗟に持っていた袋の中の一つに魔法を掛けると、それを取り出す。

 元は夕食となるはずのカブだったそれは、今は顔を隠す為の仮面となって、ライラの顔を隠した。


「待ちなさいっ!」

「あ?」


 見て見ぬフリして避ける人々によって開けられた空間に飛び込み、少女を背に男達と対峙する。


「良い歳した大人達が寄って集って…そんな事して良いと思ってるの?!」

「…あんだオメェ?」


 批難する声を上げれば、眼光鋭く睨まれた。


「それ、この子の物なんでしょ?だったら、返しなさいよ!」

「ハァ?オメェに何の関係がある?」

「関係なんて無いわ!でも、悪い事はそのままにしては置けないもの!」


 村では悪い事をすれば、必ず大人達に叱られた。それが人数の少ない《魔法使い》である一族を守る為に必要だったからだ。魔法は簡単に人を傷付けられる。だからこそ、それを使う彼女達は、厳しい掟を守って生きている。


「関係ねぇなら引っ込んでろ!」

「いいえ。それを返してもらうまで、貴方達に立ち向かうわよ」


 トッ、軽い音を靴が鳴らして、ライラは一気に男と距離を詰めると、その手にある物を持つ手首に手刀を入れる事で握る力を抜く。

 落ちる寸前で“それ”を掴み、ライラはバックステップで少女の横まで後退した。


「………あ゛?」


 手の中から無くなった物がライラの手に渡っているのに気付き、男の声が一段と低くなる。


「……おい。ナメたマネしねくれんなぁ…?」


 ボキボキと拳を鳴らし、男がライラに殴りかかって来る。


「オラァ…!」

「ふっ…! …悪いんだけど、ちょっとコレ預かってて!」

「えっ?!あ、はい…!」


 再度、少女を庇う為に一歩前に出たライラは少女に自分の買い物カバンと、男から取り返した“それ”を渡すと、攻撃してきた男に肉薄する。


「よっと…、はっ…!」

「チッ、ちょこまかちょこまかと…。おい!オメェらも参加しろ!」

「お、おう!」

「分かった!」


 大振りな男の攻撃を身軽に避けていると、他二人も参戦してきて相手の手数が増える。

 それでも素早さと柔軟さを活かして、男達の攻撃を躱し続ける。


(《森》の狼の魔物達の方が、よっぽど連携してくるし、速い)


「す、すげぇ…」

「仮面なんか付けて視界悪いだろうに、あの女何者だ?」


 周囲からの声は、ライラの耳に届かない。

 そのまま相手の体力が切れるのを待っていたライラだったが、しかしそれより先に均衡を崩す存在が現れた。

 

「お前達!街中で何をしている!」


 騒ぎを聞きつけてやって来た、巡回中の警備隊だ。


「やべっ」

「っズラかるぞテメェら!」

「お、おう…!」


 警備隊に捕まる前に、あっという間に去って行って人混みに紛れた男達にポカンとして、ライラは警備隊の二人に視線を移す。


「はぁ…逃げられたか…」


 人混みの向こうを見て溜息を吐いた警備隊員が、ライラに向き直る。


「事情聴取をする。お前には同行してもらうぞ」

「え?…分かりました……」


 自分からは攻撃も加えていないし、自分が発端の騒ぎでも無いのに、と少し釈然としないまま了承の返事を返すライラ。


「あ、あの…っ!その人はあの人達に奪われた、私の物を取り返してくれただけなんです!悪い事はしてません!」


 そこに今まで黙っていた少女が、声を張り上げる。ギュッと握られた手は、小さく震えていた。


「ん?君は…」

「お前、忘れたのか?ほら、彼女だよ、例の…」


 警備隊の二人が小さく会話して、改めて少女を見て眉を寄せる。


「………分かった。証言したいなら、君も同行しなさい」

「っはい」


 息を詰まらせる少女の声も表情も固く、ライラは何故そんな顔をしているのか疑問に思った。



***



 ライラは警備隊に断って、詰所に着くまでそのカブの仮面を付けて移動し、敷地に入る直前で仮面を外した。


「わあ…!美人さん…!」


 思わず漏れた、と言うように「あっ」と口を押さえた少女は可愛らしい。固くなっていた表情が僅かでも和らいだ事に満足そうにライラが笑うと、その頬が更に赤みを増した。


「それにしても、何で誰も貴女を助けなかったの? 明らかに悪い事をしてたのはあの人達だったんだから、せめて警備隊を呼んでくれていれば、私が出るまでも無かったかも知れないのに」


 傍観者どころか目も合わせないように避けていた街の人々にライラが文句を垂れると、少女は俯き、先導していた警備隊の二人も左右に視線を逸らした。


「え、何。まさかあんなのが当たり前なの…?」


 黙る三人を順に見て、返らない答えに段々と眉が寄る。

 そんな気まずい雰囲気の中、前方からライラにも聞き覚えのある声が掛かった。


「ライラ…?何故、君が此処に…?」

「あっ、ルーカスさん…」


 休憩に執務室から出て来たばかりの、ルーカスその人である。


「ご苦労様です、ハイドランジア第三隊長!」


 揃った二人の敬礼の後、チラとライラに視線が寄越される。


「…あの、お知り合いですか?」

「まあ…友人だ。彼女がどうかしたのか?」

「それが…」


 二人の警備隊員が、ルーカスに街中の騒ぎの報告をする。

 これから事情聴取だと告げると、「なるほど」と頷いたルーカスがライラに視線を移した。


「彼女達の事情聴取は俺がしよう。彼女は王都に来てまだ二週間だから、分からない事も多い筈だ。知り合いである俺であれば、少しは話しやすいだろう」

「ああ…道理で。それで彼女の事を知らないんですね…」


 ライラと少女を見た隊員が、「分かりました」と了承する。


「ハイドランジア隊長なら、知人だとしても安心して任せられます。申し訳ありませんが、二人をよろしくお願いします」


 頭を下げ、ライラ達にも別れの挨拶を告げると、二人は他の仕事へと戻って行った。

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