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幼馴染との再会

「ではこれより、いつも通り二人一組に分かれて巡回だ。荒事やそれ以外でも何か異変があった時は、一人は速やかに連絡。一人は出来る限りそれの沈静化に当たる事。話は以上だ。解散!」

「はい!」


 王都警備隊。その一部隊の隊長であるルーカス=ハイドランジアは、普段と同じく職務——午前の訓練を終えた後、王都内の巡回に就いていた。


「ルーカス隊長、本日の我々は何処を回るんです?」


 共に職務に当たるのは、隊の中でも中堅のクリフ=リード。赤茶の髪と瞳を持つ彼は飄々として、基本、上にも下にも変わりなく接する男である。表情の変化も少なく、真面目な性格も相まって厳しい印象を与えるルーカスを恐れる事の無い、どころか気安く接する数少ない人間だ。


「今日は大通り市だ。先程上から連絡があってな。どうやら、また殿下が逃げ出したらしい」

「またですか…。我々は王子殿下のお守りじゃないって、何度言えば解るんでしょうねえ」


 さあな。呟いた言葉に、返答なんて返って来ない事を解っていたクリフは苦笑し肩を竦めた。


 クリフは平民の出である。また彼以外も、王都警備隊のほとんどが平民出身だった。その中で辺境伯家の、しかも嫡男であるルーカスが王都警備隊に所属しているのは、極めて珍しい事例であり、これは本人の希望する所による物だった。


 ルーカスは勤勉で実直な性格である。これは辺境伯家嫡男として育てられた中で築かれた物であり、幼少の頃から変わらない。他人に厳しく、自分により厳しい彼は家の力を使って、主に貴族で構成される騎士団に入る事を厭うた為である。家柄重視の騎士団よりも、実力重視の王都警備隊の方が自分に合っていると考えての事。そして警備隊に入ったルーカスは、短期間の内にその実力で上へと上り詰め、今の地位へと就く事になったのだ。


 クリフはそんなルーカスの、隊所属初期の指導者だった。誰にでも気安い性格ですぐに打ち解ける彼は、その時の隊内所属班に於いて、満場一致でルーカスの指導係に決まった。元々実力も申し分無く、世話焼きであった事もそうなった要因だ。今ではその上下関係は逆転しているが、彼らの気持ちの上での関係性はあまり変わっていない。


 実力ある二人は騎士団からの誘いも幾度となくあったのだが、それを蹴って警備隊(ここ)に居る。それも身分というしがらみが付いて回る事を、二人が嫌った為だった。

 だがしかし、二人が嫌うその『身分』の中で相当な高位に位置する人物に、どうしてか彼らは縁がある様であった。


「うわ!何でいつもお前に遭遇するんだ…」

「それは此方の台詞です。また仕事を抜け出されたと聞きましたよ。一緒に戻って戴きますからね、殿下」


 巡回中の街中で出会した、その縁ある人物——この国の第三王子であるウィリアム=プロテアは、ルーカスが放った言葉に溜め息を吐く。

 ウィリアムはその特徴的な髪と瞳を誤魔化す為、今の様にお忍びの際は濃い金髪のカツラと眼鏡を着けている。


「はあ、いつもルーカスはそればっかりだ…。お前も知っての通り、私はもうすぐ城を抜け出す事も叶わなくなるんだから、別に今くらいは良いじゃないか」


 それに返答、というか質問を返したのは言われた本人ではなく、その隣りに居たクリフの方だった。


「王子、抜け出せなくなるってのは、どういう事ですか?」

「あと半年も無いんだよ。私が十八になるまで、ね」

「ああ…、成る程」


 十八歳。それは王族にとって、十六までで必要な教養を学び成人し、ある程度の貴族とも交流して少しでも内情に明るくなったころにやって来る、本格的な公務に就く事になる歳だ。

 幾らウィリアムが第三王子で王位を継承する可能性が低いとしても、王族であるからしてそれは変わらない。

 大きな責任を伴うそれから逃げる事は、ウィリアムにも叶わない事だった。


「それは少し、」


 寂しくなりますね。

 クリフは騎士団などでは無く、ましてや近衛騎士に属する身でも無いし、ウィリアムとは王族と平民で、それほど身分が違うのなら普通、会う事も無い。今までがおかしかったのだと理解していても、これまでの関係が無くなる事は、友とも呼べない二人の心を僅かに締め付けた。


「殿下、お聞きしたい事があるのですが、もしその質問に答えて戴けましたら、今日は後一時間だけ猶予を与えて差し上げますよ」


 しんみりしてしまった空気を打ち破ったのは、ルーカスのそんな言葉だった。


「っ本当か?!」

「はい。但し、お忍びに我々が付いていても良いなら、ですが」

「………まあ良いだろう。他の者が付くより、お前達の方が気が楽だしな。それで、聞きたい事ってのは何だ?」


 一度、返答に窮しながらも返ってきた催促に、ルーカスは質問を投げ掛けた。しかし、それに対するウィリアムの表情は固く、声は訝りと僅かな怒気が含まれる物だった。


「何故、何処でそれを知った、ルーカス」

「いえ、確信は持っていませんでしたが…やはりあるのですね。スターチス、王家から禁じられているはずの、その名の村が」


 ルーカスが尋ねたのは、昨夜出会った少女の、その出身地が実在するかどうか、だ。答えは返って来なかったが、ウィリアムのその態度はほとんど答えを示しているような物で、しかもそれが知られる事すら好ましく無い事が伺えた。


「何故知ったのか、という事ですが…昨日、出会った少女が話していたのですよ。『スターチス村から来た』と。しかし、そんな村は調べても存在の記述すら何処にも無かったですし、ひょっとすると極一部の人間だけが知っているのでは無いかと思いまして」


 王家から禁じられている花の名だという事は、本当にあるとしたら知り得るのは王家の者だけの可能性もあるだろうと考えての事である、と話すルーカスに、成る程とウィリアムは納得した。


「その女の名は聞いたか?」

「はい。ライラ=セレーネ、と」

「やはりあいつか…」


 額に手を当てて空を仰いだウィリアムは、小さく溜息を吐いた。


「取り敢えず、彼女と会った場所へ連れてってくれないか?」

「それは構いませんが…。殿下はライラ=セレーネとお知り合いでしたか?」

「そうだな。それについては、向かいながら話すとしよう」

「承知しました」

「え、あ、ちょっと?!」


 会話を聞いているだけだったクリフは、移動を始めた二人に流されるまま付いて行く事になった。先程ルーカスが「お忍びに我々が付いていても」などと言っていたので、ルーカスだけでなく自分も付いて行かねばならない事を悟っての行動ではあった。それでも、いつもの事とはいえ、振り回される此方の身にもなって欲しい物だ、と思ったのは仕方が無いのではなかろうか。


「それで、何処に行くんです?」

「西通り裏にある《木漏れ日亭》だ。食堂兼宿屋だが、昨日、彼女は其処に泊まると言っていた。今も居るかは判らないがな」

「食堂に宿屋か…。あいつ、注文なんて出来たのか?他にも色んな所で世間擦れしてるだろうから、おかしいと思われるのも時間の問題だな…」


 共に歩く二人にさえ聴こえるかどうかの声で呟くウィリアムは、少し考えた後、今はそんな事を考えても仕方がないと(かぶり)を振って視線を上げた。


「それで、ライラについてだったな。彼女は…言うなれば、私の幼馴染だ。幼馴染とは言っても、年に数日、長くて一月(ひとつき)弱ほどしか会う機会も無かった。けれど、それでも彼女の村の人間全てが、父王や兄上達と僅かな側近で深く関わりある者であり、信頼出来る人間だ」


 語られた少女とその村は、ルーカスが想像していたよりも更に“普通”からかけ離れていた。

 王家から認められた一族と、彼らが住まう村。

 それは《禁じられた森》と呼ばれる立ち入る事すら許されない場所の中に位置し、王家がその森に入る事を禁じるのは、其処に住まう彼らを守る為だと言う。それは、彼らが持つとある能力による物だと語られるが——。


「此処、ですよね?木漏れ日亭」


話の核心は、謎だらけの少女ライラと再会してから話す事になった。



「ライラ=セレーネ様ですか?確か、仕事を探しに行くとか言って午前中に出て行かれましたが…」


 彼女は既に宿を出てしまった後だった。仕事が見つからなければ戻って来ると言っていたらしいが、引き続いての宿泊予約までは取っていないとの事だった。


「あいつ、長期間王都に滞在する気か」

「お尋ね者にする訳にもいかないですし、どう探しゃあ良いんでしょうねえ?」

「地道に彼女が行きそうな所を当たるしか無いだろうな。殿下、心当たりはありませんか?」

「ある訳無いだろう。ライラは森を出たのも初めてのはずなんだからな」


 見る物全て珍しく映るだろうし、好奇心旺盛な奴だから何処に行ったのか想像も付かないな。と溜息を吐く。

 打つ手なし——そう思われた所で、背後から声を掛けられた。


「あれ?ウィル、どうして此処に?」

「!!ライラ!」


 それは探していた人物、ライラ=セレーネだった。



***



「そっか、ウィルとルーカス様って知り合いだったのね」


 ウィリアム達はライラに彼女を探していた事、そして探す事になった経緯を話した。

 人目に付かず、話も聞かれない所が良いという事で、四人で近くの喫茶店の個室に入る。

 話の前にルーカスから「殿下を愛称で呼ぶなら、俺の事もせめて家名で無く、ルーカスと呼んでくれ」といった言葉があった為、ライラは呼称を改めていた。それでも敬称は抜けなかったが。


「ああ。この二人は信頼出来る者達だ。ライラの秘密を話しても、秘密は守ってくれるだろう」


 ライラに微笑んだウィリアムは、その表情を改めると、眼光強く男二人を見た。


「…ライラは世間知らずだが、この国になくてはならない一族の人間だ。二人には彼女の秘密を知っても漏らさず、そして気に掛けてやって欲しい」


「……承知致しました。それが王家の願いならば」


 頷いた二人に少し肩の力を抜いて、ウィリアムはライラに視線をやる事で話を促す。


「…それでは、改めて自己紹介させて戴きます。

 私の名はライラック=セレーネ=スターチス。

 人々には《禁じられた森》と呼ばれる《月の森》の中央に位置するスターチス村出身で、この国の建国に携わった魔法使いの一族の娘です」


 そういって髪を束ねていた銀細工の髪飾りを外すと広がったその栗色は変化して、光を吸い込む黒に銀の光が瞬く星の如く煌めき。毛先に掛けては漆黒が濃度を段々と薄くして、薄紫色(ライラック)に染まっていた。

 開いた瞳も一般的な栗色から、満月の様な金色の物に変わっており、吸い込まれそうになる。


 およそこの世界の人間では有り得ない髪色と瞳の美しさに魅入られ、それと同時に畏怖を覚えたルーカスとクリフ。二人は声を掛けられるまで、彼女から視線を外す事が出来なかった。


「やはり実際の姿を見ると、そう驚くのが普通なんだな」

「王族付きの使用人でも、村に入れるのは基本的に地位の高い人達だから驚きもあまり表情に出さないものね。王族に至っては幼い頃から村に来る事になるし、興味の方が先走ってる感じだからね…」


 反応としては新鮮だけど、ちょっと寂しいかな。

 そう言って微笑むライラの表情は、何処か哀愁漂う印象を見る者に与えた。


「——まあ、そうだな。君の髪色には畏怖を覚える事も確かだが」

「ちょ、そんなはっきり言いますか普通!?」


 ルーカスの言葉にキュッと眉根を寄せたライラを見て、言わんこっちゃないと申し訳なさそうに頭を下げるクリフ。しかしそれすら無視して、ルーカスは言葉を続けた。


「それでも、俺はその髪を美しいと思う。畏怖を覚えるのは君から『魔法』という未知の力を感じるからだろう。もし対する事になったとしたら、その力で手も足も出ない内に、もしかしたら気付く事すらなく、この世と別れる事になるかも知れないと思ってしまうからだ」

「っそんな事、私!!」

「——解っている」


 声を荒げたライラを制止する。腰を浮き上がらせていたのは他二人も同じで、怪訝な表情でルーカスを見ていた。


「解っている。君がきっと、優しく素直な心根で、信用に足る人間であろう事は。それでも…」


 人間の汚い部分も沢山見て来てしまった俺には、その真っ直ぐさを素直に受け入れ辛いんだ。

 飲み込まれた言葉は少女に伝わらず、けれど彼の置かれる立場をよく知る二人には痛い程解ってしまった。

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