狩りの場所は
「ぅ、ぁ、ぁぁ……」
「ぃたい……、いたい……」
「……たすけて、おかあさん……」
岩肌から滴り落ちる雫が、床に小さな水溜まりを作る。
反響する、低く唸るような声。
冷たく濡れた床に肌を擦り付けながら、うずくまる人々。
身体を震わせ、呻きながら、痛みを忘れるために意識を飛ばそうにも飛ばせず、掠れた声で救いを求めた。
——助けは、まだ来ない。
***
「あれ? ライラ、ルナちゃんは?」
「えっと、ちょっとひとりでお散歩に行ってます。賢いので、ちゃんと戻ってきますよ」
旅の途中、ずっとライラのそばに居たはずの影が見当たらなくて、クレアは辺りをキョロキョロと見回す。
嘘を吐くたび、胸がツキツキ痛む。でも、クレアを巻き込むわけにはいかない。
引きつる口元を抑え、精一杯の笑顔を作った。
「ふーん……? まあ確かにルナちゃん、賢かったもんねぇ」
馬車での長旅にも文句を表すでもないルナの様子を見ていた事で、クレアも一応納得したようだった。
「今日は、ルナちゃんも遊べそうな公園に行こうと思ってたんだけどなぁ……」
「またいつか行けますよ。……きっと」
それが願望でしかない事は、ライラも分かっていたけれど。
「おーい、ライラちゃん!」
其処へ商会の従業員の男性が一人、やって来てライラを呼んだ。
「はい、どうしました?」
「今日は例の狩りに行こうと思うんだ。ライラちゃんも来るだろ?」
「ああ!」
この避暑地遠征の話を聞いた時に、そんな話をした記憶が蘇る。
「そういえば……」
「道中の事があったから、他の奴にライラちゃんの意外な特技はバレちゃったけれど、ライラちゃんも狩りをするの、楽しみにしてただろう?」
「はい。……でも、どこでするんですか?」
弓を使った狩りを楽しみにしていたのは事実だったが、今は他に心配事もあってそれほど乗り気にはなれなかった……が。
「狩りをするのは、あっちの山だよ。……グラジオラス子爵領との境あたりだな」
「っ!!」
頭の中で警鐘が鳴り響く。
——そこは、“あの洞窟”に近い。
それは、避暑地のあるテッセン領と、グラジオラス子爵領の間を隔てる山——例の人体実験が行われている場所だった。
「あ、あのっ! ……本当に、其処で狩りをするんですか?」
(どうか、危険な場所へは行かないで……)
震える心を押し込めて、男に確認するライラ。
しかし無情にも願いは届かず、あっさりと男は頷く。
「ああ。毎年あの山で狩りをするのが恒例だからな。彼処は良い獲物が居るんだよ」
「そう、ですか……」
提示する事のできる反論要素が無くて、それ以上何も言えなかった。
(どうしよう……。もし、危険があるなら、私が皆を守るしか——)
「それで、どう? 明日もあるけど、今日からライラちゃんも参加する?」
尋ねられた参加の是非には。
「——行きます」
固く握った拳に、決意を込めた。




