救援要請
月明かりのない、新月の夜。
月の魔力に頼れず、もっとも魔力の消費が激しい時だ。だが、事態は急を要する中、そんな事をライラは気にしていられなかった。
ルナを召喚した時と同じように、持って来ていたペンとインクで魔法陣を描く。
新月から満月、 二十五夜月まで——八つの月相で円をかたどった。
塗り潰された月の部位が光源となるのは同じだが、あの時より随分と光が弱い。
ナイフで指を傷付け中心に血液を零すと、其処から浮かび上がった何十もの光がふわりふわりと立ち昇る。
描いた月相が満月から順に明滅し一周すると、最後に新月を表わす縁取りが他より強く輝きを放った。
「我が血、我が魔力を捧げ、ライラック=セレーネ=スターチスの名に於いて命ずる。我が契約精霊ルナよ、我が命に従い帰還せよ!」
(お願いっ、どうか間に合って——!)
月から借りれない魔力の分を自身の魔力で補い、ライラは魔法陣に魔力を注ぎ込む。
『——行ってくるわね、ライラ』
ライラの逆召喚呪文と共に、魔力が満たされた魔法陣が青白い光を放ち、その上に飛び乗ったルナの姿がフッと消える。
「ッハァ……。ルナ、どうかお願い……。これで駄目なら、もう誰も助けられないかも知れない……」
間に合って欲しい。
多くの人の命が弄ばれる、その前に。
『っふぅ……』
逆召喚により、《禁じられた森》へ転送されたルナは、伏せていた身体を起こすと、ブルリと身を震わせて気合を入れた。
『——よし。見られないように魔法を使って、一気に駆け抜けるわよ』
(ライラ。アンタの努力を、きっと無駄にはしないわ)
走り出したルナは、黒い矢のように速い。
その速度は猫の数倍大きな馬の走りと同等で、王都までは四半日ほど掛かるかと思われた。
「……あら? ルナの声がしたと思ったのだけれど……。帰って来た訳じゃ無かったのかしら?」
村のとある家から出てきた紫髪の女性——ライラの母アネモネは、月の無い夜空を見上げ、呟く。
「何か、悪い事が起こって無ければ良いのだけれど——」
***
『ルーカスッ』
「……ん?」
明朝早く。
周囲に誰も居ないはずの詰め所訓練場で、ルーカスは聞き覚えのある声に、剣を振る腕を止めた。
『ルーカス、アタシ。ライラの契約精霊、ルナよ』
その言葉に声の主を思い出し、視線を下へ向ける。
早朝の風が、拭っていない汗を冷やし、身体の熱を冷ましていく。
「——君は、ライラと一緒に避暑地に行っているのでは無かったか?」
「なぜ此処に?」と眉間に皺を寄せ、ルーカスは訝しむ。
『ええまあ、そうだったのだけれど、大きな問題があってね……。アナタに助けを求めたくて、アタシだけ戻って来たの』
ルナは辺りを見回して、人が居ない事を再度確認すると、告げた。
『グラジオラス子爵が、“人間”を魔物化する実験をしようとしているわ。その背後には、ダリア侯爵も居るみたい』
ルーカスは自分の顔が強張ったのを感じた。思った以上に悪い事態に、眉間に皺を寄せる。
(最悪だ。被害は王都が中心では無かった訳か……)
直ぐに助けに行けない事が、とかく歯痒い。
「……場所は、何処だ?」
『グラジオラス子爵領の北の洞窟よ。街の外れ、銀の採掘場跡地として知られているわ』
「……部隊の編成と移動を合わせると、二日掛かる。——それでも持ちそうか?」
『どうかしらね……。動物実験が成功した、という話だったけれど、人間は意思があるから魔石との融合は時間が掛かるはず……』
動物に埋め込まれた魔石が、どれくらいで融合したのかも分からない今、憶測を述べるべきでは無い。
「分かった。至急、警備隊長と騎士団長に報告して、向かえるようにする」
『——よろしく頼んだわよ、ルーカス』
しっかりと頷いたルーカスは、ルナに背を向け詰め所内へと早足で去って行く。
その足取りには、強い覚悟が宿っていた。
——とさり。
使命を終えたルナは、よろよろと茂みまで移動すると、その全身から力を抜いた。
(はぁ……はぁ……。流石に六時間も魔力を使い続けて走るのは、疲れるわね……)
身体を丸めて、休息を取る。
(本当、ライラの事を人任せにしなくちゃならないなんて、契約精霊として失格だわ……)
——それでも。
彼女の願いを叶えるのも、契約精霊の定めだから。
ルナは両前脚に顔を伏せると、意識を飛ばした——。




