旅の始まり
ファング商会の避暑地への旅は、慌ただしい出発前夜から始まった。
旅は商会所有の馬車に荷物を詰め込んで、同じく所有馬車三台に分かれて従業員達が乗り込む。
「忘れ物は無いね?!」
「あっても戻って来れないよ!」
ライラは皆に断って、「飼い猫だから」と見える状態になったルナも連れて行く事にした。
「ライラは細腕なのに、力持ちだねぇ」
「あはは……まあ、取り柄ですからね」
実際は持っている荷物を魔法で軽くしているのだが、そんな事はおくびにも出さず荷物を詰め込んで行った。
あとは荷物の確認をして、早朝の出発に備えて寝るだけだ。
(旅の間、髪飾りが取れない事だけは問題だなぁ…)
髪飾りで髪色と瞳の色を変える魔法掛けているライラは、外してしまえば魔法使いという正体がバレてしまう。
「みゃあん」
『アンタが寝てる間は、アタシが見つからないように魔法掛けておいてあげるわよ』
元々夜行性でもある猫精霊ルナは、ライラの足元に擦り寄って言った。
「〜〜っルナぁ!!」
不安を解消してくれた彼女を持ち上げて、思わず頬擦りする。
「みゃみゃっ」
『うっとおしい!』
爪を出さずに前足で頬を押しやられるも、頬の緩みは抑えきれなかった。
「——ライラちゃん、猫と仲良いなぁ…」
「普通あんな事したら、引っ掛かれるよな?」
少し、従業員達の中で、目立ってしまいはしたけれど。
***
馬車の旅は、快適——というほどでは無かった。
街の外の道は石畳で舗装されていないし、木で出来た車輪はクッション性が無く、衝撃が座面まで伝わる。
それでもどんどんと変わりゆく景色にライラは興奮したし、あれは、これは、と従業員仲間を質問責めにした。
「ははは、こんなに楽しんでもらえるとは、ライラちゃんを誘って良かったよ」
ラルフが微笑ましそうに笑う。
どうも妹の様に思ってくれているらしく、その目はいつも優しい。
今回、怪我人である商会長アッシュと、最近出産したイルヴァは留守番である。なので旅の責任者は、次期商会長でもあるラルフだった。
「昼は一旦止まって休憩だ。その後また移動、夕方にはナハト村に辿り着くだろう」
旅程としては、片道で四回 道中の村で宿泊、一回野営して避暑地近くの街に到着する。
野営時は夜の見張りが必要なので、ライラもその予定に組み込んでもらっている。
避暑地は管理された森の中に貴族達の別荘が建ち並んでいるらしく。挨拶回りはラルフとベテランの従業員がするので、ライラの仕事は無い。なので到着後は近くの街の観光と、男衆との狩りの予定だ。
今からライラはウキウキしていた。
***
——ナハト村。
《森》を出て王都に来てから、初めての他の人里での宿泊だ。
一応、ルーカスが最初にライラをファング商会に紹介した時の話(他人と寝泊まり出来ない)もあり、ライラは個室を用意してもらえた。——もちろん、共同部屋の人達との差額分は、ライラの懐から出されるのだけれど。
村では食事と宿泊をするだけで、村を見て回るのもほんの少ししか出来ない。それでもライラは物珍しくて楽しかったし、村育ちなのに驚いてばかりのライラに、少々疑問に思う者達も出てくるくらいだった。
「ライラって、ちょっと世間知らず過ぎない…?」
「えっ……、そ、そうかな……?」
クレアにずばり突っ込まれて、思わずたじろぐライラ。その肩上から、ルナの猫パンチが頭に落とされた。
「ま、まあ、なんか私の村って人の行き来が少ないからか、変わってるとは村の外の人に言われた事あるから……。そのせいかも?」
「ふーん。そうなの? ——あっ、あれ可愛いんじゃない?」
クレアの興味が他に映って、あからさまにホッとしたライラを、またもルナが嗜める。
『ちょっと! そんなんじゃ、この先が思いやられるわよ?!』
「ううう、ゴメンってば……」
『良い? バレて困るのはアタシじゃなくて、アンタなんだからね!?』
声が他の人に聞こえない事を良い事に
、本気で注意される。
後で部屋に戻ってからにして欲しい——なんて、とても言える雰囲気じゃなかった。
「ライラー? はやくー」
「あっ、はい! 行きます…!」
お説教を聞き流して、ライラはクレアと屋台巡りを楽しむ。
——あの子居なくなったんだって?
——良い子だったから家出しそうになかったんだけどねぇ…。
ふと、そんな声が聞こえてきて、思わず立ち止まる。
(……ここでも行方不明者? 王都だけじゃないの……?)
悪い噂に不安を抱きながら、その夜は更けていった——。




