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埒外の魔法使いは灰かぶりの少女を見出す  作者: 雲霓藍梨
王都警備隊と近衛騎士団
16/26

騎士団食堂での宣戦布告

 ——その場は、妙な緊張感に包まれていた。


「ちょっとライラ!何でハイドランジア様も昼食に誘ったのよ!」

「え?だって…」


 騎士団の食堂に向かう道中、腕を引かれ近付いた耳元にクレアから囁かれたのは、そんな抗議の声だった。

 先導するケネスの表情は見えず、ライラ達の背後から付いて来ているルーカスはいつも通り、相変わらずの無表情だ。


「此処が騎士団の食堂だよ」


 振り返ったケネスが、開いているドアの先の部屋を示す。

 其処は、貴族である騎士達が利用するからか、街の食堂とは全く異なり、何だか煌びやかな印象を受ける。


「な、何だか私達、場違いなんじゃ…」

「本当に私達も利用して良いんですか…?」


 クレアも後ろの女子二人も、格式高い雰囲気の場所に尻込みしてしまっている。


「君達も食事は持って来ているのだろう?テーブルを使うくらいなら、とやかく言われないさ」


 キザに肩をすくめて見せたケネスが、先に席を勧めてくれる。


「どうぞ。僕はいつも此処の席なんだけど、好きに座ってくれて構わないよ。

 僕は先に昼食を貰ってくるから」


 彼はそう言うと、「お前もだろう」とルーカスをひと睨みしてから食堂のカウンターへと歩いて行った。


「…ルーカスさん、なんで睨まれてるの?」

「………さてな」


 小さく苦笑して、ルーカスもケネスの後を追って行った。


 後に残された平民五人で、席順を決める。


「まず、ライラの両隣があの二人かしら…」

「え」

「ルプスさん、ハイドランジア様の対面に座ってくれませんか?私達はちょっと怖くて…」

「良いわよ。じゃあ、ライラとの対面からケネス様側に貴女達三人ね」

「え、え?」


 ライラの意見は一切聞かれる事なく、スムーズに席順が決まり、其々さっさと席に着く。

 対面側に四人が並んで自分側が自分一人な事に少しソワソワしながら、ライラは貴族の二人が戻ってくるのを待った。



 先に戻って来たのは、後から行ったはずのルーカスだった。

 ブラウンシチューの定食を持って戻って来た彼は、ライラに促されてルプスの対面、ライラの隣に座る。

 ライラの視界に、ほかほかと湯気を上げるシチューが映った。


「わ、そのシチュー、美味しそうだね」

「そうか?普通だと思うが…」

「だってお肉ゴロゴロ入ってるよ!」

「騎士も身体が資本だからな。警備隊の方でもこんな物だ」

「なるほど〜。

 ……私も少し食べてみたいけど、注文出来ないんだもんね…」


 ジッと自分の手元に視線が注がれるのに苦笑いしたルーカスが、「少し待っててくれ」ともう一度席を立つ。


「………ライラ、はしたないわよ」

「うっ…でも、美味しそうだったんです…。私、王都に出てくるまで牛肉って食べた事なくて…」


 ゴロゴロ牛肉なんて、見るだけで食べたくなってしまうのだ、と言い訳をしつつも肩を落とした。


 一度席を外したルーカスが戻る前に、今度はケネスが戻って来た。


「…おや、ハイドランジアはどうした?」

「なんか、待っててくれって言ってあっちに…」


 そう言っていると、カウンターで調理師と何やら話していたルーカスが、小さなボウル皿とスプーンを手に戻って来た。


「——ライラ、少しなら分けてやるから、さっきみたいに物欲しそうにし続けるんじゃないぞ」

「え」


 そう言って渡されたのは、持って戻って来たボウル皿に取り分けられたシチューとスプーンだった。


「ぅ、ううぅ…、そこまで子供っぽかったの?私…」

「……目が凄く『欲しい』って語ってたな」


 フッと笑われて、ライラの顔は真っ赤に染まる。

 そんな二人の姿を見て、周囲はぽかんと口を開けていた。


「ハイドランジア様、笑うんだ…?」

「ていうか、ライラも結構甘えてるよね?」

「なんか、お互い気を遣ってないって感じ?」


 コソコソと話す三人娘の声はライラ達に聞こえなかったけれど、正面に居たケネスには何について話しているかくらいは分かったらしい。

 きゅっと小さくその美しい顔に似合わない眼光を鋭くして、隣の二人に向ける。自らが誘ったはずなのに、ライラと仲良くしているルーカスに嫉妬して。


「ライラを見ていると妹を思い出すな…」

「え、私ルーカスさんの妹じゃないけど…?」

「それは知っているが」

「——先ほどから気になっていたが、ライラとハイドランジアはどういう関係だ?」


 半身背を向けていた方から少し固い声が掛かり、ライラは振り返り、一言。


「友人です!」「友人だが?」


 ルーカスと重なった声にぱちりと目を瞬き、もう一度彼の方を見てから破顔した。


「彼、誤解を受けやすくて怖がられるって聞いたから、私が友人になったの!」


 花が綻ぶような笑みが眩しくて、ケネスの目が釘付けになる。

 今まで自分と話していても、こんなに良い笑顔は見た事がない。

 ケネスの心は、恋と嫉妬でおかしくなりそうだった。


「……それなら勝負しよう、ハイドランジア」

「——何?」

「ライラとの近しい立場を賭けて、この後の試合トーナメントで勝負しろ!」


 ビシッと指差されて、ルーカスは目を眇める。

 ケネスがライラに好意を抱いている事は、見ていれば何となく分かってくる。それに対して、ライラが少し鬱陶しがっているのも。

 ライラを挟みつつも、ルーカスはその言葉に真っ向から向き合った。


「——良いだろう。だが、ライラが誰と親しくするのかは、彼女自身が決める事だ。それも理解出来ないような奴に、俺は負けない」


 バチバチと、合わさる視線が音を立てるようだった。

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