合同訓練
週の半ば、ライラはルプスとクレア達と共に、近衛騎士団と王都警備隊の合同訓練を見学する為、王城にある訓練場へとやって来ていた。
クレア含む若手女子三人組は、ルプスの指示で帰る際、ケネスを留める防波堤の役割を振られ連れて来られている。
「騎士様達を見られるから私達にとっては眼福ですけど、本当に仕事せずに来ちゃって良かったんですか?」
「貴女達は賑やかしよ。ライラが連れて来るのが、もうすぐ孫も産まれる様な私一人じゃあ、他の騎士達に恨まれてしまうわ」
受付で見学の意思を伝えると、受付脇の通路を真っ直ぐ行った先、階段を登った所に訓練場の観覧席があると伝えられた。
案内の通りに通路を進んで行くと、段々と野太い声と剣戟の音が近付いてくる。
午前中が訓練で、午後がトーナメント式の試合だという話なので、今は訓練中だろう。
階段を上り、観覧席に入ると、観覧席に囲まれた広い空間の彼方此方で大勢の人間が剣や槍と言った武器を打ち合っていた。
「キャー!ケネス様〜!」
「ジェラルド様〜!」
「わあ…」
観覧席にはライラ達の他に、貴族のお嬢様達だろう集団や、若い身なりに気を遣った平民女性が多く見学に来ていた。
どうやら彼女達は“推し”の騎士が居るらしく、彼らが活躍する度に悲鳴のような歓声が上がる。
中でもやはり見た目が美しいからか、ケネスに向けた黄色い声が多く、しかし言い寄られている側であるライラはしきりに「何が良いんだか」と首を捻っていた。
——そう、見た目に関して言えば、ライラは目が肥えているのだ。何せ見目の良いプロテア王家の兄弟達が幼馴染であり、自らを含むスターチス村の住民達も見目が整っているのだから。
それより、とライラは視線を巡らす。
白い制服に白金の軽鎧を着ていて目立つ騎士から目を逸らし、深緑の制服に鈍色の軽鎧姿の警備隊の中に居るはずの友人の姿を探す。
(あっ、居た…!)
少し遠い位置で、騎士の一人と剣を合わせていた、背が高く、がしりとした筋肉質の背中が見える。
ライラの知る優しい彼の性格とは違い、見た目に合った力強い剣を振るうルーカスが其処に居た。ケネスの流れる様な、優美な剣とは違う。
ただ決して実直過ぎる剣な訳では無く、振り下ろされた後に返る刃も、所々にフェイントが混ぜられたりしていて、実戦の中で培われて来ただろう事が分かる。
(私が弓で戦う時、前にああいう人が居てくれたら——)
きっと安心して前衛を任せられる。
魔物との戦いは、味方とのコンビネーションだ。如何に互いを信頼出来るかが、生死を分ける。
それが解っているからこそ、ライラにとってその剣捌きすら、ケネスよりルーカスの方が上だった。
「ルーカス様、やっぱり強いわね」
動かなくなったライラの視線の先を追って、その姿を認めたルプスがライラの耳元へと囁く。
「王都警備隊でも第三部隊の隊長ですしね」
「ええ。実力で隊長になったというのだから、強いのは当たり前なのだけれど。
それに比べて、騎士達の剣の、儀礼的な事。あれじゃあ人間相手はまだ良くても、魔物相手はダメダメよね」
騎士達に視線を移したルプスの表情は、今にも溜め息を吐きそうだった。
魔物はとにかく力で押してくるので、速さと力強さ、受け流す技術、それらが求められる。
対人間用の型通りで、鍔迫り合いしている様では、魔物の相手など土台無理な話なのだ。
カララランカラン
見学している内に、正午を告げる教会の鐘の音が鳴り響く。王都に来てから初めて聞いたこの音も、今ではすっかりライラの耳にも馴染んでいる。
「総員、訓練止めっ!」
騎士団の隊長だろうか。大きな掛け声と共に、鐘の音が聞こえても熱を上げてまだ打ち合っていた団員・隊員達がようやく剣を納めた。
「午後からは騎士団と、王都警備隊第三部隊の合同試合トーナメントだ」
各自昼休憩を取る様に、との号令の後、一時解散する。
ライラはハッとして見つからない様に、と身体を縮めたが、観覧席の歓声に手を振りつつ周囲を見回していたケネスが此方を見つけ、破顔して大きく手を振った。
「ライラ!来てくれたんだね!」
「あっ、見つかった…」
訓練場の中でも、ライラ達の居る客席に近い位置へ、駆け寄るケネス。
周囲の見学者から一斉にライラの方へと向けられた視線が、針の様にチクチクと痛い。
「誰かしら、あの娘」
「ケネス様に名前を呼ばれてましたわね」
「平民みたいですけど、ケネス様の何なのかしら」
コソコソと囁かれる声に、「ケネス様とは何でもありませんから!」と大声で叫びたいのを、すんでの所で飲み込んだ。
「ライラ、昼食は持って来ているのかい?」
「良ければ一緒にお昼にしよう」
「ライラ、——ライラ?」
何度も呼ばれる名前に、観念して顔を上げ、観覧席の柵近くまで寄り、ケネスと対峙する。
「やあライラ、いつも制服だから私服姿は新鮮だね。とても可愛いよ」
「………ありがとうございます」
彼には言われ慣れ過ぎて、微塵も心動かなかった。その為少々冷たい返答になってしまったが、ケネスは気にならなかった様だ。
「昼食は持って来てる?持って来ていないなら、一緒に食堂で——」
「——ライラ?」
聞こえた声に、ハッとしてそちらを見る。
訝しげに潜められた視線が、ライラとケネスの間を行き来している。
「っルーカスさん!」
パッとライラの表情が華やいだ。
其処に居たのは、汗で髪を額に張り付かせた、ルーカスだった。
「お疲れ様!頑張ってたね!」
「あ、ああ…」
ちらり。ルーカスがケネスを見る。
其処には、今まで見たことがないくらい歪められた表情の、白皙の美男子の顔があった。




