見学招待
「やあライラ、久し振りだね」
「久し振りって……一昨日も来たばかりじゃないですか、ケネス様」
滑らかな白の長髪に紫の瞳の彼は、ケネス=テッセン。近衛騎士——つまり貴族である。
ケリーは先日に接客をしてからというもの、一目惚れしたなどと言って事あるごとに、仕事中のライラに会いに来るのである。
彼を名前で呼ぶのも親しみを込めたものでは無く、「君に名前で呼んで欲しい」と何度も乞われたから仕方なく、だった。
「僕は毎日でも君に会いたいんだよ?でも昨日は、君も接客中だったようだからね。諦めて帰ったんだ」
「そうでしたか」
昨日も来てたのは、他の従業員から聞いている。何せ本当は接客などしておらず、奥向きで経理の仕事をする事で、執拗なケネスから匿われていたのだから。
何故そこまでしてケネスが店に来るのを拒み切れないかというと、彼の騎士団長次男という有力貴族であるという立ち位置と、毎回ライラが接客する際は何かしら購入して行くからだ。
そもそも今までお得意様だったという事実は無く、どういう性格か掴み切れない所為で経営陣も強く言えず頭を悩ませているそう。
「そういえば、今日は君にお願いが有ってね」
ケネスの台詞に、ライラや見守っていた他の従業員に緊張が走る。
小さく息を呑んでから、ライラは恐る恐る尋ね返した。
「来週一週間、近衛騎士団と王都警備隊とで合同訓練が有るんだ。一般見学も出来るから、ライラを招待しようと思う」
「え、えっと…」
「週末までやるから、仕事に支障は無いだろう?友人を誘っても良い。どうだい?」
拒否されるはずが無いと思っているのか、一般客の前でも自信満々の誘いに、戸惑うライラ。
返事に窮していると、ケネスの誘いの後直ぐに中へ駆けて行った従業員と入れ替わりに、ルプスがやって来た。
「それって私がお邪魔しても構いませんか?」
「御夫人が?それはまあ、構いませんが…」
「まあ!ありがとうございます。私、昔は辺境伯家で騎士をしておりましたので、一度王都の騎士団の訓練も見せて頂きたかったのですよ」
「そ、そうだったのですか。それは我々も気合いを入れなくてはなりませんね」
美男子の引き攣り笑いを背に、振り返ったルプスの口元が笑みを形作る。
ケネスに向けられていた目が一瞬冷たい光を放った様に見えて、ライラはぶるりと身を震わせた。
ケネスが帰って行った後、彼の会計と見送りから解放されたライラの元へ若手の女性従業員がわっと集まって来る。
囲まれた本人はぱちりと目を瞬き、周囲の人間を見回す。
「何事ですか?」
「そりゃあ」
「ねえ?」
「最初は貴族に見初められるなんて凄い!って思ったけど…」
「相手の都合も考えず押し掛けられるのが、こんなに迷惑だなんて思わなかったわよね」
「なぁに貴女、前は『情熱的で素敵よね!』とか言ってた癖に」
「だって、ライラがずっと拒否し続けるとは思ってなかったんだもの。それに彼、顔は良いのよ顔は!」
女三人寄れば姦しい、とは良く言った物で。
特にクレアを含めた結婚もまだの女性陣は、運命的な恋に夢見てるようでライラとケネスの二人を事ある毎に観察していたのだ。
「はいはい、皆まだ仕事中ですよ」
「あまり答えに困る事を聞くんじゃないよ。そら戻った戻った」
商会長夫婦に追い立てられて、女性陣は渋々それぞれの仕事場へと戻って行った。
ライラは夫婦に連れられて、商会長室に入る。
「……ありがとうございます、アッシュさん、ルプスさん」
「良いのよ。それより、あの人にビシッと迷惑だって言ってやれなくてごめんなさい」
「騎士団に睨まれると、商業ギルドを介して入って来ている商品が止められる可能性があるとはいえ…。守り切ってやれず、申し訳ない」
「あ、頭を上げて下さい二人とも…!」
二人の上司からの謝罪に、慌てて自らも頭を下げるライラ。しかしこのままでは埒が開かないと、ルプスに話題を振る事にした。
「あの、さっき言ってた合同訓練見学、一緒に行って下さるんですか?」
「ええ。騎士団に興味があったのも本当よ。
それに彼の事を話して、分かって下さる上司の方が見つかれば、お任せする事もできるし…」
「ルーカス様は王都警備隊ですからねぇ…。騎士団とは折り合いが悪いと聞きますし、相談出来ないのが痛い所です」
「ルーカス様だけじゃ無くて、そもそも騎士の大半は辺境伯家と折り合いが悪いわよ。近衛騎士のほとんどが、お飾り騎士だというのだから」
平民は身内が多い事もあって、王都警備隊側に心情が傾いてしまうと聞く。
そうでなくとも、王宮内の警備や王族の警護ばかりで危険に遭う事が少ない騎士団に、思う事もあるのだろう。商会長夫婦の息子のもう一人が、王都警備隊だとライラも耳にしていた。
「…あの、もし可能なら、ルーカス…様が参加されている時に見学出来ると良いのですが…」
合同訓練期間中は、近衛騎士の方は王族警護以外の者は原則参加だとケネスは言っていた。つまりどのタイミングで行っても、彼は居るという事だろう。
しかし王都警備隊は違う。彼らは王都の出入りの監視であったり、街中の巡回の仕事がある。それらの仕事がない班が順に騎士団と交流するのを目的とするのが、合同訓練期間なのである。
「!そうね。ルーカス様が参加されている時は、迫力もあるでしょう。もし仕事の日だとしても、休みじゃ無くて仕事の一環という事にしてしまえば良いわ!」
良いわよね?と妻に凄まれたアッシュは、苦笑しながらも頷いた。
「ライラにはお詫びもあるし、それくらい構わないよ。
ライラ、仕事の事は気にせず、楽しめる様なら楽しんで来なさい。合同訓練見学は、年に一度しか機会が無いですからね」
「はい!」
柔らかなその表情に緊張に強張っていた肩の力を抜いて、少しトーンの上がった返事と共に頷いた。




