変装三人衆の思い出作り
「此処…?」
「ああ。アクセサリーとは言っても、布製品やレースで出来た物が多い店だな。組み合わせを自分で考えて、自分だけのアクセサリーを作る事も出来る」
“思い出の品”としてなら此処が良いだろう、とウィリアムに連れて来られたライラとエラは、こじんまりとした店に目を瞬かせた。
「おや、両手に花のお客さんとは珍しい。甲斐性のある男なら、こんな所じゃなくて、もっと宝石の付いたアクセサリーを選んでやるだろうに」
入って直ぐの入り口で話していたのが聞こえたのだろう。店主と思しき老婆が、編み途中のレースを片手に奥から出て来た。
「両手に花なのは否定しませんが、彼女達は友人ですよ。今日は彼女達の友人となった記念の品を探しに来たんです」
御高齢の方が相手だからか、珍しく敬語のウィリアム。彼の説明と頷く少女二人に「そうかい」と納得して、店主はカウンター奥の椅子に座ろうとする。
「見たい物は手に取って見てくれて構わんよ。買いたい時は、こっちに持って来ておくれ」
「あの、自分でアクセサリー作れるって、本当ですか?」
「ああそうだよ。何だい、三人で作るのかい?」
ライラの質問に、座り掛けていた腰を上げ、カウンターから出て店主が訊ねる。
「いや、私は…」
「ブローチなんかも出来るよ」
「じゃあ、私とエラでお礼としてウィルにブローチ作っても良い?」
「はあ…ライラは言い出したら聞かないからな。好きにしてくれ」
「分かった!」
拒否が受け入れられないと分かったウィルが受け入れて、ライラは満面の笑みを浮かべる。
カウンター脇の四人掛けテーブルに向かった店主を追って、ライラは席に着いた。
「あの、良いんですか?ウィリアムさん…」
「ああ。私は構わないから、エラも楽しんでくれ」
そっと付き合わせてしまう事を詫びたエラも、店主の対面になる様に座る。
余った店主の対角の位置、エラの隣にウィリアムも腰を落ち着けた。
「このリボン刺繍してある!可愛い!」
「それはデルフィニウムだね。色んな花を刺繍してあるから、好きな花が刺繍してあるものを使うと良いよ」
花柄の刺繍リボンを手に取って、ライラは歓声を上げる。
「あれ、プロテアが無い」
「…プロテアは王家を示す花だからな。王族以外がプロテアの花を模った物を身に付ける事は、禁止されている」
「あ、そっか」
ライラックやスターチスの花の刺繍があるのを確認して、ウィリアム用にと考えたライラがプロテアの花の刺繍を探したが見つからなかった。
そして呟いた台詞にすかさず、お忍びで| 王家である事を隠している《・・・・・・・・・・・・》ウィリアムが説明を入れた。
「ねぇライラ、もし良ければお互いの物を作ってみない?」
「わっ、それ良いね!この刺繍リボンを使った髪紐作りたいと思ってたんだけど…」
「刺繍リボンは固くて髪紐には向かないよ。それならこのカチューシャの土台に、刺繍リボン二つと無地のリボン一つを選んで飾りな」
「無地のリボンですか?」
「全部柄物だと、ごちゃごちゃして鬱陶しくなっちまうんだよ」
「へぇ〜、そうなんですね」
店主のアドバイスも受けて、ライラとエラの二人はお手本を見せてもらいながら制作していく。
「こうですか?」
「そうそう、上手いもんだね。アンタ初めてとは思えないよ」
「うう、難しい…」
「ライラは昔から不器用だな。此処はこうするって言ってただろ?」
教わった通りに出来るエラと、繊細な作業が苦手で、隣の店主以外にも、側から一緒に説明を聞いていたウィリアムに手伝ってもらって、やっと形にしていくライラ。
それぞれをイメージした花を題材に、アクセサリーを作った。
ライラのカチューシャを飾るリボンは、白いライラックと同系色のカスミソウ。それと青紫の無地のリボン。
“友情”と“感謝”
エラのカチューシャを飾るリボンは、青いスターチスと水色のデルフィニウムを。白無地のリボンと組み合わせて。
“変わらぬ心”と“清明”
ウィリアムのブローチには、青紫のツルニチニチソウを模った布の造花を中心に。
“楽しい思い出”“幼馴染”“生涯の友情”
全員分を青の同系色で揃えて、アクセサリーは完成した。
「で、できたー!」
「おー、お疲れ」
「こんなに細かいと思わなかった…。綺麗な形に整えて作るのって、とっても難しい…。しかも自分のじゃなくて、エラにあげる物だし」
「あら、私はライラが頑張って作ってくれたというだけで嬉しいですよ?」
「でも出来れば良いやつ渡したいもん〜」
疲れて机に懐くライラに、くすくすと笑うエラ。
それをウィリアムも店主も、微笑ましく見ていた。
「じゃあ交換!」
ライラの作ったカチューシャは、エラに。
エラの作ったカチューシャは、ライラに。
ライラがデザインを決めて、エラが作ったブローチは、ライラの手からウィリアムへと渡った。
「此処のは私が払うからね!」
「じゃあ、ウィリアムさんの物は私も半分払います」
これはお返しだから、と主張するライラに、ウィリアムの分は二人からのお礼だから、と静かにその代金を出したエラ。その言葉に納得して、ライラもその残りの代金を支払った。
「楽しかった!」
「ええ、これも立派な“思い出”ね」
「それは良かった。この店を紹介した甲斐があったよ」
店主に礼と別れを告げ、店を出る。
ドアを開けて二人を通したウィリアムが、「忘れ物」と再び中に戻った。
「カフェでウィリアムに話し掛けられて良かったね。こんな良い所教えて貰っちゃった。エラは知り合いでも無かったのに、一緒に行動する事にしちゃってごめんね?」
「いえ、私も楽しめたから。ウィリアムさんも、とても良い方だったし」
そんな話をしていると、当の本人が戻ってくる。
「お待たせ。はい、今日は二人の予定に割り込んで悪かったな」
『え?』
ウィリアムが二人それぞれに渡したのは、小さめの紙袋で。驚きつつ、彼に断って中身を見るとライラのそれには黒のレースの手袋が。エラの物には白のレースの手袋と綿のシンプルな手袋が入っていた。
「エラ、時々手を気にしていただろう?だからファッション用の手袋があると良いと思ったんだ。ライラのはまあ、ひとり貰ったんじゃエラが受け取りにくいだろうから、オマケだ」
笑った彼のオマケ呼ばわりする台詞にライラは憤慨するも、エラの為に有り難く受け取った。
「貴女の手は働き者の手で、頑張ってる証なのだから気にする必要は無い。けれどそれでも気になるというのなら、夜寝る時だけでも薬を塗って、綿の手袋をすると良い」
「——ありがとう、ございます」
気遣いと、気にしていた事に気付かれていた事実に頬を赤く染めたエラは、か細い声で礼を口にした。
「さて、二人を送って行ってやりたい所だが、生憎抜けて来ていて、これ以上は時間が無いのでな。お先に失礼するよ」
辞去を告げたウィルはライラの「あ、うん。今日はありがとう」との了承と感謝の言葉に頷いて、そのまま颯爽と去って行ってしまった。
雑踏の中に、靡いた濃い金が消える。
「…私達もそろそろ帰ろうか。エラの家の人より先に帰らなきゃいけないんだよね?」
「え、ええ…。とても残念ではあるけれど…」
まだどこか、ぽーっとしながら道の向こうを眺めるエラ。
その視線はどこか熱に浮かされていて。
ライラは「あれ?」と目を瞬いた。
***
帰り掛けに夕飯用の食材と、エラはウィリアムの助言通りに薬屋で軟膏を買って、今日のお出掛けは解散した。
ライラがエラに貸していた帽子も返却されたが、忙しくなってくる時間帯、市場にいる人々もエラを気に留めないだろう。
「ルナ、ただいま〜」
『ふあぁ…おかえりライラ…。楽しかった?』
「うん、楽しかったよ」
帰宅の挨拶をすると、帰って来たのはあくびの後の挨拶と質問で、ライラはそれに答えると荷物から一本のリボンを取り出した。
「これ、途中で会ったウィルに案内してもらったお店でお土産に買って来たの。ルナに似合うと思って」
青と銀のバイカラーのリボンの中心に、月のチャームを付けてある。
ルナの首元に一言断って着けると、黒い毛並みによく映えた。
『あら、気が利くじゃない。どう?似合うかしら?』
「似合う似合う、思った通りだよ!」
ルナの正面に水で鏡を作って見せる。
左右に首を振って鏡の中の自分を確認したルナは、満足そうだ。
『ありがとう、ライラ。気に入ったわ』
ルナの緩んだ声に頷いて、ライラは早めに夕食の支度をしてしまう事にした。
調理中、バランス良く肩に乗って作業を眺めるルナに今日の事を語る。
ルナは他人にも見える姿で居つつも、相槌は他人に聞かれても良いように猫の鳴き声の真似をしていた。
「ライラちゃん、猫ちゃんと仲良いのねぇ」
買い出しから帰って来たのだろう、他の住民が隣の釜戸で火を起こし始める。こういう時、人目さえ無ければ魔法で簡単に着火出来る自分は随分と楽をしているな、とライラは思う。
「ルナとは小さい頃から一緒だったので。家族なんです」
「それなら仲良いのも納得だわ〜」
うんうん、と頷いていた彼女が、「そうだ」と声を上げライラに向き直る。
「ライラちゃんは、甘い物好きかしら?」
「え、はい」
「昨日職場でお菓子を頂いたのだけど、多過ぎて私独りじゃ食べられないのよ…。良かったらいくつか貰って頂ける?」
「わ、良いんですか?ありがとうございます」
夫に先立たれて子供もおらず一人暮らしだと言う彼女は、こうして時々お菓子をくれる。
子供が居たらライラくらいの歳だから、と言うが、彼女が本当に毎回職場でお菓子を貰い過ぎているのかは分からない。もしかしたら、独りが寂しい彼女が、態々買って来ているのかも知れない。
けれど、そうだとしても、ライラはその嘘を否定しないだろう。暴いて傷付けるくらいなら、暴く必要は無い。誰も傷付ける事の無い、優しい嘘なのだから。
その後、ライラは彼女とルナとで夕食を頂いた。
作り過ぎたという彼女のおかずと、猫でも食べられるという薄味のクッキーを渡されて、思わず困った笑みを浮かべてしまった様に思う。
——好意の全てが厚意には繋がらないのだと、この時のライラはまだ知る由も無かった。




