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夏の予定と忠告

「えっ、ライラって狩りも出来るの?!」


 休憩室で昼食を共にしていたクレアが、驚きの声を上げた。


「王都までは、一人で旅して来ましたからね。魔物避けの香を焚いていても、野生動物までは避けられませんし」

「はぇ〜」


 ここ数日の休憩時間で、ライラは改めて同僚たちと顔を合わせ、ようやく名前と顔が一致してきた。今日は王都に来るまでの話を聞かせてほしいと頼まれていたのだ。

 今日の顔ぶれは、ライラ、クレア、外回りから戻ってきた中年の男性従業員、商会長夫人のルプス、そして後継者のラルフ。


「女一人で初めての旅を二週間は、怖くねぇか?」

「男一人でもあぶねぇよ。外は野生動物や魔物だけじゃない、野盗だって居るんだぞ」


 人間の危険を指摘され、ライラはきょとんとした。


「……野盗? あっ、えーと……誰ともすれ違わなかったので、考えたこともなかったです。もしかして、すごく危ないことしてました?」

「すごく、というか……正直、無謀ね。品物を取引きする為に彼方此方を行き来する商人からしたら、町に泊まる事も無く二週間も旅するなんて、馬鹿げてるとしか言い様が無いわ」


 ルプスにバッサリと切り捨てられて、思わず苦笑いが飛び出る。

 そして小さく続けられた言葉は、冷や水のようだった。


「——それにしても、二週間歩く距離で町のない街道なんて有ったかしら…?」

「え、と…、そ、それは…」


 ライラには、《禁じられた森》と王都間の道以外の街道を歩いた事が無い所為で、通常の街道を行く旅が分からなかった。


(もし、《森》の方から来た事に気付かれたら——)


 スターチス村の存在を知られてしまう訳には行かず、内心大慌てでいると。


「っ、もしかして、道に迷って街道から外れてたからそんなに掛かったんじゃないかしら…!」


 何やら違う推理をしたクレアが身を乗り出してライラの方を掴んだ。


「ああ、狩りで道を外れる時間も多かったって言ってたっけか…」

「昼に寝て夜に移動って事は、そこまで距離を稼げてない可能性もある」

「じゃあ案外と近くの村かも知れないね…」

「まあ森の狩人が、方角を見失う事は無いだろうな」


 クレアの思い込みを、また違った説で止めた三人は、現実的な落とし所で納得した様だ。


「と、とりあえず、ライラがちゃんと王都に着いて良かった…!」

「あ、りがとう、ございます…?」


 何も反論せずとも危機を脱した事で、心配の言葉に返したのが、少し吃った礼になってしまった。


「でも狩りが得意なら、夏の遠征に連れて行っても良いかもなあ」

「夏の……遠征?」

「そう。毎年、夏に三週間くらいお得意様のとこに挨拶回りに行くんだ。避暑も兼ねてね」


 夏場は革製品の需要が減る上、貴族たちも王都を離れるため、その間に店を半分休業して従業員を休ませたり、観光や帰省の選択肢を与えるそうだ。


「平民用の店はカバンやベルトなんかが夏でも売れるから、完全に店を閉める事は無いんだけどな」


 残って仕事をする従業員には手当も出るという。


(半年後には村に戻るんだし、帰省は関係ないし……お金にも困ってないし)


「行きます!自分の村と王都しか知らないので、他の街も見てみたいです!」

「よし来た!じゃあライラちゃんも参加だな!」


 ぺしん、と小気味良い音を立てて膝を叩いたラルフはニッカリと笑う。


「観光の他に息抜きで男連中は狩りをしたりするんだ。ライラちゃんが狩りが出来るのは此処だけの話にして、あっちで驚かしてやろう!」


 「楽しくなるぞ」と企む彼は(いか)つめの体躯の割に人懐こい性格をしている所が商人向きなのか、お客さんと早々に打ち解ける姿をライラは何度も目にしていた。

 ライラも例に漏れず打ち解けやすかった人物で、今回の話も初めての場所での狩りが楽しみになるのであった。



***



「——そうか。君もファング商会の遠征に着いて来るのか」


 エールジョッキを卓に戻しながら、ルーカスは頷く。

 仕事終わり、ライラが魔力が食事代わりの精霊であるルナを連れてやって来たのは、道に面したテラス席のある食堂だった。

 彼女がテラス席でのんびり食事していた所へ、同じく仕事終わりのルーカスが通り掛かり、彼を誘って今に至る。

 ちなみにルナはライラの足下で、与えられた彼女のステーキの切れ端を食べていた。


「ルーカスさんは帰省したりしないの?」

「警備隊は仕事の都合上、一度に全員が休んだりは出来ないからな。交代で少し長めの休みを貰って、帰省しても滞在は二、三日といった所か」


 片道、馬車で一週間、早馬だと二日ほどだと言う。


「早馬って事は、乗馬出来るんだ…」

「警備隊の役職持ちには必須の技能だな。まあ、貴族の嗜みでもあるので、騎士に至っては全員必須だが」


 平民が多い警備隊との違いは、身分で序列が決まる以外にそういった所にも出るそうだ。

 森に囲まれて平地はほとんど家屋と畑である村から出て来たライラとしては、考えられない世界である。


「嗜みかぁ…。乗馬って難しい?」

「いや、そこまで難しくは無いし、慣れれば風を感じて気持ちが良い。興味があるなら、時間が合う時にでも教えよう」

「わっ!良いの?!それならお願いします!」

「あ、ああ…」


 勢い余って掴み、揺すった手は大きくて。剣だこでゴツゴツした手は、今まで触れた中で一番固くて男らしかった。




「それは良いとして、先ほどから君の足下に居る黒猫は、君が飼っているのか?」

「!うーん、まあ、家族ですね。ルナって言います」


 軽く意識が向けられない様にルナに魔法を掛けていたのにも関わらず、どうやらルーカスにはハッキリとその姿が見えているらしい。

 ライラとルナは一度、目を見合わせて、ルーカスに説明した。


「………その言い方だと、彼方側の(魔法使い)案件か」


 少し声が低くなったルーカスが、ルナを細めた視線で確認する。


『………みゃあ』

「…俺はルーカス=ハイドランジアだ。ライラとは…友人、だな。よろしく頼む」


 ルーカスの方の足下へ近寄ったものの、鳴き声だけのただの黒猫(ルナ)に対しても、真面目に挨拶をする彼は他人から見たら滑稽かも知れない。けれどライラもルナも、彼の誠意を嬉しく感じた。

 だからこそ、此方も誠実に行こうとライラは自分達のテーブルを囲む様に、認識阻害の結界を張った。


『丁寧にありがとう。アタシは黒猫精霊のルナ。アナタが友達の少ないライラの友人になってくれて、嬉しいわ』

「!そう言ってもらえて良かった。しかし精霊か…初めて見るな」


 ルナが喋った事に目を見開くも、サッと周囲を確認して注意が集まっていない事を確認してから、彼も言葉を返した。


『そう?アタシみたいに、他の動物に紛れてるだけかも知れなくてよ?』

「そう、だな。意外と君達は身近に居る存在なのかも知れないのか」

『ええ。此処に居るぽやんぽやんの魔法使いよりは、よっぽど擬態しているでしょうよ』

「………なるほど」


 ジッと見つめ合う黒と黒。

 その紫の目と、蒼と金のオッドアイが次に瞬いた頃、何か互いに通じ合ったのか、小さく頷く。


「差し詰め、君は彼女のお目付け役か」

『問題が起こってしまった時はアタシにはどうしようもないから、アナタに頼む事になると思うけど』

「…承知した」

「え、え?」


 チラと視線を寄越されたライラは二人の台詞に戸惑うも、何故そんな呆れた目で見られるのか分からず、首を捻るばかりだった。


「……ライラ」

「な、なに?!」

「君は私が思っていた以上に日常的に魔法を使う様だが、ちゃんと隠す気はあるのか?」

「え、あ…あり、ます」


 胡乱な目を向けられたライラは、小さく縮こまり畏まって返事をした。

 及第点の答えに、真面目な表情に戻ったルーカスが重々しく口を開く。


「最近、王都で行方不明者の報告が幾つか上がって来ている。比較的若い人間が多く、誘拐の疑いが出ているんだ。君も付け狙われる可能性を考えて、充分注意してくれ」

「……狙われても、魔法使っちゃダメって事?」

「極力は控えた方が良いな。魔法使いとバレたら、更に標的にされる危険が増す。

 …けれど、どうにもならなくなった時は、躊躇わなくて良い」


 紫の視線に、ライラは貫かれた気がした。


「君が思うより、世の中悪い人間も多い。

 君は殿下に信頼出来ると言われて直ぐ、そこまで知らない人間に魔法使いとバラしてしまうほど警戒心が無い。

 あの場は王家と関係がある事だけ伝えて、俺やクリフの人柄を知って、信用してから『魔法使いである』と伝えるので良かったんだ」

「………うん」


 過去の言動も指摘され、萎縮してしまうライラ。

 そんな彼女を見て、真剣だった表情を僅かに崩す。


「だが、其処が君の美点でもあるんだろう。少なくとも、俺は君の裏表無いその性格に救われている」


 以前、街中で大立ち回りを演じ、事情聴取を受けた後。取調室から警備隊詰所出口まで案内してもらったライラはルーカスに、あれはこれは?と引っ切りなしに質問攻めにしていた。

 それに怒らず、律儀に応じていたルーカスを見た警備隊員達は、ほとんど無表情で厳しい貴族として恐れられていた彼への態度を、「そこまで構えなくて良いのでは」と少し軟化させたのだ。

 構えて離れ過ぎていた心の距離が僅かでも近付いたお陰で、最近仕事が円滑に進む事もあり、彼は仕事にも対人関係が大切だと気付けたのだった。


「誰も彼もを警戒しろと言う訳では無いが、信用出来るかどうかは、ある程度交流を持ってから決めて欲しい」

「…うん、気を付けるね」


 自分の為の忠告に、少々実感が伴わないながらも頷くライラであった。

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