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石の剣の王2 七賢者の末裔  作者: 水崎芳
第四章 運命の出会い
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第四章 運命の出会い

第四章 運命の出会い お送りいたします。

最後まで読んで頂けますと嬉しいです。

    第四章 運命の出会い


「イルクーデン筆頭、お戻りになられていたのですか」

 ディアドラ系譜図書館の中央館司書筆頭シュトワ=イルクーデンの姿を見つけたラーキンは、控えめな笑みを浮かべて折り目正しく一礼した。

 ディアドラ系譜図書館は、中央館、西館、そして東館の、概ね三つに分けられた建物群で貴族の家系図を保管している。

 司書筆頭はその各館の責任者であり、彼ら三人より上位には、最高責任者である総司長しかいない。

 特に、聖王シーグリエン家と正貴族(サストン)の家系図を保管する中央館の司書筆頭は、時に総司長の代理も務める事実上のナンバー2だ。

 シュトワは、高齢の為そろそろ引退が囁かれている現総司長トスカスの後継者の座に最も近い人物と目されていた。今回も、持病の神経痛が悪化したトスカスの名代として王都へ赴いていたのだ。

 短く切り揃えた顎髭や引き結ばれた薄い唇、やや吊り目気味の双眸のせいで厳めしく近寄りがたい印象を受けるが、話してみると見かけによらず気さくな紳士だとわかる。

 そして、シュトワは、ラーキンの妻キリの父親でもあった。

 シュトワは娘婿に柔和な笑顔を向けた。

「他に誰もおらぬ時は、そんな堅苦しい呼び方はしなくてもよいといつも言っているだろう、ラーキン」

 ラーキンははにかんだような笑みを浮かべた。

「すみません、つい癖で。アシュエン殿はお元気でしたか? 王都の様子は?」

 シュトワの四人の子供のうち、唯一の息子である長男アシュエンは、王都の水晶騎士団に所属する騎士だった。自分と同じ司書になって欲しかったシュトワとは一時期絶縁状態に陥っていたが、それを憂えたシュトワの妻と三人の娘たちの努力のおかげで、今では互いに行き来するまでに父子の仲は回復している。

「アシュエンは相変わらずだ。体力ばかり達者で困る」

 苦笑したシュトワだったが、すぐに表情を曇らせて続けた。

「だが、王都の方は芳しくない。水晶騎士団を〈獣使い〉の一族の援軍に向かわせるべきだという者たちと、王都の守備に徹するべきだという者たちが激しく対立している。王宮では連日激しく議論が交わされてはいるが、互いを罵るばかりで一向に結論が出ない。痺れを切らしたオルデン国のナサニエル公ら一部の正貴族(サストン)が、聖王陛下の王命を待たずに自国の軍を〈獣使い〉の一族の援軍に出そうとしているらしいが………そんな事をすれば、かのエギンテの反乱の時のように、反逆の意志ありと取られかねない。この時期に内乱など起きては致命的だ。全く、どうなる事やら」

「聖王陛下はなんと?」

 シュトワは吐き捨てるように答えた。

「何も仰らぬ。いつものようにな」

「そんな………」

 ラーキンは眉をひそめた。

 三年前に王子(むすこ)を亡くして以来、聖王ウィーアードは政治に興味を失ってしまい、王宮の敷地内にある離宮のひとつに住まわせているお気に入りの愛妾のもとに入り浸っているという噂は、ラーキンも小耳に挟んでいた。

 しかし、今は〈天の民〉が攻めて来ているのだ、そんな現実逃避をしている場合ではないだろうに。

 それに、夭逝した王子の双子の妹レクサ=アナ王女は、先祖ディアドラに似て才気溢れる聡明な王女と評判だった。

 ガラハイド国などの一部の西方諸国とは異なり、聖王家では男女に関係なく王位を継ぐ事が出来る。世継ぎが絶えたわけではないのだ。王家の未来を悲観する理由などどこにもないではないか。

 シュトワは苦い溜め息を落とした。

「そして、過日のガラハイド国と〈天の民〉との戦だ。ガラハイド国からの援軍要請を聖王陛下が黙殺した事が、どこからか洩れてしまってな。ナサニエル公ら一部貴族が、辺り憚らず陛下に対する憤懣を口にしている」

「ナサニエル公は曲がった事がお嫌いな、気性の激しい御方だと聞いております」

「ああ。現代の〈雷鳴公〉と呼ばれるくらいにな」

 〈雷鳴公〉とは、後に初代ボルトカ国領主となったウィルバティシュ=ササ=ボルトカの通称である。〈双子王〉に忠義を尽くしたこの誇り高き騎士は、武芸に秀で勇猛果敢であると同時に大変短気な人物で、彼を鎮められたのは異母兄の大予言者カラグロワだけであったという。

 その大国ボルトカ国をも凌ぐ広大な領地と財力、そして強大な権力を有し、現在事実上正貴族(サストン)の筆頭と誰もが認めているのが、現オルデン国領主ナサニエル=ヘクター=オルデンだった。

 彼は歯に衣着せぬ物言いと裏表のない行動で知られており、誤りだと思えば、例え相手が聖王だろうが聖王の代理人たる宰相であろうがはっきりものを言う事で有名だった。

「幸いにもガラハイド国は勝利したが、今度はそれが原因で、〈獣使い〉の一族への援軍派遣の賛成派と反対派がますます対立している」

 ナサニエルを中心とする派遣賛成派は、聖王陛下ともあろう御方が正貴族(サストン)からの援軍要請を無視するなど到底看過し得ぬと憤り、対し宰相を初めとする派遣反対派は、結果的に援軍がなくともガラハイド国のような辺境の小国でさえ〈天の民〉に勝てたのだ、〈獣使い〉の一族も同様に援軍など無用であろうとうそぶいている。

「ガラハイド………」

 低く呟いたラーキンに、シュトワは眉をひそめて尋ねた。

「ガラハイド国がどうかしたのか?」

「いえ………実は、今日の夕刻、ガラハイド国のご領主の勅使がここにお見えになったのです。レディ・マリエル=サンデバルトという方です」

「あのレディ・マリエルか? 予言者の?」

 シュトワは驚きを隠せぬ様子で聞き返した。

 ガラハイド国の予言者レディ・マリエルの噂は、以前からシュトワの耳にも届いていた。決して予言を(たが)えぬ予言者。洪水から民を救った予言者。聖女ロザリンドの再来が現われた、と。

 最初は、シュトワも「大袈裟な」と思っていた。先の大戦から七十年、自称も含め「ロザリンドの再来」と持て囃された予言者は何人もいたからだ。

 結局は評判倒れだったり、ひどい時には詐欺師だったりと、真にあの偉大なる予言者に匹敵する者はいなかった。

 それゆえ、シュトワも「またか」といった程度にしか思っていなかったのだが。

 だが、今回は違った。

 〈天の民〉がギズサ山脈を越えて攻めてくると予言し、その彼女の予言に従って戦の準備を整えていたおかげで、ガラハイド国は見事〈天の民〉に勝利した。

 しかも、王都からもどこからも援軍はなかったというのに、辺境の一小国があの〈天の民〉の空中砦を陥落せしめたのだ。

 予言者レディ・マリエルとガラハイド国の若き領主クレメンツ公の名声は、一気に〈地の民〉中を駆け巡っていた。

「その予言者をわざわざお遣わしになるとは。一体何用だったのだ?」

「それが………」

 ラーキンは少し言いにくそうに答えた。

「クレメンツ公のお妃に関する予言をなさったとかで、そのお相手を探しに」

「何と。公妃探し?」

 シュトワは呆れ顔で聞き返した。

「それはまたずいぶんと呑気な事だな。〈天の民〉との戦には勝利したとはいえ、この機に乗じて周辺諸国が侵攻してくる可能性も十分にある。まだまだ油断は出来ぬであろうに。こう言ってはなんだが、クレメンツ公は勝利の美酒に酔いすぎているのではないか?」

 内心、義父と同じ事を考えていたラーキンは、少しだけ苦みの混じる笑みを浮かべた。

「私もそう思わないではなかったのですが………予言とは時や場所を選ばないものですから」

「そうかもしれぬが………だが、これまでとは違い、クレメンツ公の公妃になりたいと、自分の娘を彼に嫁がせたいと願う者は多いのではないか? 今やあの御方は〈地の民〉の英雄だ」

 ラーキンもシュトワも、もちろんクレメンツの生母の素性は知っていた。彼の父である前領主が息子の名を系譜図書館のガラハイド家の系図に書き加えに来た時、当時はまだ一司書にすぎなかったシュトワも立ち会った。

 母親の欄には個人名すら書かれず、ただひと言「平民」とだけ記された。

 貴族ではない者の名を家系図に記してはならないと定められているわけではなく、ただ単に前領主が息子を産ませた女の名を覚えていなかったからである。

 クレメンツにずっと縁談がなかったのも、生母の身分が影を落としていたせいだろうと容易に想像できる。

 しかし、今やそのような些末事を結婚の障害に上げる者はいまい。

「それで? レディ・マリエルが予言したクレメンツ公の公妃とは、誰だったのだ?」

 ラーキンは言葉を濁した。

「それが………ホーデンクノス家ゆかりの者だと」

「ホーデンクノス?」

 シュトワは、思わず手に持っていた書類に視線を落とした。

「ボルトカ国のホーデンクノス卿の事か?」

「はい」

「しかし、あの家系は………」

 ラーキンは頷いた。

「はい。二十七年前に断絶しています。ですが、ただ一人、当時一才だった姫だけが処刑を免れ、その後エルメイア国のとある商家へ養女に出されていました」

「そうお教えしたのか?」

「はい」

 シュトワの口調に違和感を覚えたラーキンは、訝しげに尋ねた。

「何か問題でもありましたか?」

 シュトワは手に持っていた書類を彼に差し出した。

「では、入れ違いになってしまったな。これを読んでみなさい」

 書類に目を通したラーキンは、驚いたようにシュトワの顔を見た。

「これは本当ですか?」

 シュトワは重々しく頷いた。

「つい先ほど知らせが届いたところだ」

 ラーキンはシュトワに書類を戻した。

「すぐにこの事をレディ・マリエルにお知らせしないと!」

「! 待ちなさい!」

 今にも駆け出しそうな勢いのラーキンを、シュトワは制止した。

「今から探しに行くつもりか? もうすでにエルメイア国へ向けて出立してしまっているのではないかね?」

「そうかもしれませんが、一行がここを出たのは日没の頃でした。もしかしたら、今夜は〈前庭〉にお泊りかもしれません。とにかく探してみます。………あっ!」

 踵を返したラーキンは、ちょうど通路の角を曲がってきた若い貴族にぶつかりそうになってしまった。

 ラーキンは慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ありません、閣下。お怪我はありませんか?」

「いえ、大丈夫です。ご心配なく」

 魅力的な極上の笑みを浮かべ、アーサー=フラー=アニガンはそう答えた。

         *

 〈双子王〉の御代から約三千八百年後。

 当時〈地の民〉を統べていた聖王サローエンは、冷徹なまでに公明正大な王として知られていた。

 彼が下す決断は常に論理的で、そして正義を尊ぶがゆえに時に一切の温情を排した為、民は彼を氷雪のごとき心を持つ王……〈氷雪王〉と呼んだ。

 しかし、民は時に反発しながらも、サローエンの判断は常に正しく、結果的には〈地の民〉全体の益になる事もわかっていた。

 それゆえ、〈天の民〉を二分する内乱に敗れ、〈黄金の鷺(アルゴーフォア)〉から(のが)れてきた〈獣使い〉の一族にサローエンが太古の地〈石の鎖の庭(ブラントーム)〉を与えた時も、民は不満や反感を抱きながらも従った。

 新たな安住の地を与えられた〈獣使い〉の一族は、サローエンへの感謝の証として、いついかなる時も必ず聖王を助け、護り、その盾になると誓った。

 これが世にいう「盾の誓い」である。

         *

 ベヴの薬屋を後にしたカナンとエイデンがホステッド・コスに到着した時、両脇に人の背の高さほどもある巨大な篝火を灯した大きな正面扉の前ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 黒山の人だかりが出来ていて、何やら人が怒鳴り合う声が聞こえる。

「だから、ここの泊まり客に用があると言っているんだ! 邪魔をするな!」

「ここは由緒正しき貴族御用達の宿ですぞ! そのような得体の知れぬ不潔な(けだもの)を中に入れるわけには参りません!」

「不潔な獣とは失礼な! このパドーはジェナが選んだ私の半身、魂の双子だぞ! 常に共にいるのが正しいんだ!」

「何をわけのわからない事を! とにかくお引き取りを! でなければ警備の者を呼びますよ!」

「呼べるものなら呼んでみろ! 全員叩きのめしてやる! このつるつるの禿げ頭め!」

「なんですと!?」

 一人は男の声、もう一人はまだ若い女……少女と言ってもいいくらいの声だ。

 よく聞くと、少女の発音(アクセント)はどこかおかしかった。話し慣れていないというか。

 それにしても、貴族御用達の上品な高級宿の前で怒鳴り合いとは………一体何事なのか。

 首をかしげたカナンの耳に、エイデンの呟きが届いた。

「……………この声………まさか」

 カナンはエイデンを振り返った。

「エイデン? ……って、ちょっと!」

 エイデンは、いきなり黒馬を人だかりに向かって突進させた。

 突如乱入してきた巨大な軍馬に驚いて、野次馬が慌てて脇に飛び退く。

 わけもわからぬまま、カナンも後に続いた。

 口論していたのは、生え際がかなり後退してはいるが決して「禿げ頭」ではないホステッド・コスの支配人と、馬に似た動物を連れた少女だった。

 その少女の鮮烈な姿に、カナンは言葉を失った。

 日焼けした明るい金髪と、輝く小麦色の肌。陽の光を反射する川面のような、青みがかった銀色の瞳。鍛えられ、すらりと伸びた手足は、岩場を軽やかに跳ねるカモシカのよう。前足で盾を支える獅子の意匠を赤と藍色で染め抜いた裾の短い服を着て、腕には服と同じ模様を型押しした革製の腕甲を付け、幅広のベルトに長剣にしては短く短剣と呼ぶには長すぎるやや反りの入った特殊な剣を佩いている。ベルトの背中側には、幾重にも輪にした金属の縄の先端に鎌のような鉤爪状の刃物が付いた見慣れぬ武器を吊るしていた。まるで今から戦場へ赴く戦士のような、なんとも物騒な出で立ちだ。霧と静寂に押し包まれた「記憶の都」には、全くそぐわない。

 少女が連れている動物も奇妙だった。ぱっと見は馬に似ているが、よく見ると違う。蹄は山羊のように二つに分かれているし、唇からは尖った牙が覗いている。尾は獅子のそれのように先端にだけ房毛があり、そして垂直にピンと立っていた。薄いたてがみは赤い組み紐できれいに編み込まれている。革ではなく、柔らかい紐を編んだだけの銜もない簡素な簡素な頭絡に手綱らしきものが付いているだけで、背には鞍も乗せていない。

『…………ジーヴァ?』

 鞍から降りたエイデンは……彼にしては珍しく……驚きを隠せない様子で言った。

『何故、お前がここにいる?』

『何?』

 思いもよらぬ場所で名前を呼ばれ、こちらもエイデンと同じく驚きの表情で振り返った少女は、黒衣の男を見た途端ぱっと顔を輝かせた。

()()()()()! お前か!』

 体当たりを食らわさんばかりの勢いでエイデンに抱きつく。

『こんな所でお前に会えるとは! 今日は良い日だ!』

 カナンは目をみひらいた。

 この言葉………

 〈天の民〉の言葉だ。

 では、この少女は〈天の民〉なのか?

 でも………プレストウィック国やガラハイド国で見た〈天の民〉とは、印象が全然違う。外見はもちろんだが、まとっている雰囲気というか………放っている()が。〈天の民〉が冷たく凍えた冬の月だとすれば、この少女はまるで激しく照りつける真夏の太陽のようだ。

「………あの………」

 カナンは恐る恐るエイデンに尋ねた。

「その子、エイデンの知り合い?」

 エイデンは少女を黒衣から引き剥がすと、カナンの方に向き直った。

「ああ、私の友人だ。彼女はジーヴァ=テュボー、〈獣使い〉の一族だ。ジーヴァ、彼はカナン=カナカレデス」

 エイデンは前半を〈地の民〉の言葉で、後半を〈天の民〉の言葉で言った。

 テュボー?

 カナンは眉をひそめた。

 確か、七賢者にもテュボーという名前の人物が………

 カナンの心を読んだかのように、エイデンは頷いた。

「そうだ。()()テュボーだ」

 カナンは押し黙った。

 こんな所で七賢者の末裔に会うなんて。

 なんという偶然だろう。

 …………いや。

 カナンは服の上から胸のアリアンテをぎゅっと握りしめた。

 違う。

 偶然なわけない。

 見えない手で心臓を鷲掴みされたような気がした。

 恐怖にも似た感情がこみ上げてくる。

 全てが「約束の予言」につながっていく。

 あたかも堰を切ったように。

 一度動き出すと、もう止まらない。

「君こそが予言の(かなめ)だという事さ」

 アニガンの言葉が脳裏に蘇る。

「レディ・マリエルの言葉を引用するならば、君はまさしく『鍵』なんだ」

 内心で激しく動揺しているカナンの様子には全く気付かず、ジーヴァはエイデンに向かって尋ねた。

『お前の方こそ、何故こんな所にいる? 古い友を訪ねに行ったと聞いていたのに。この痩せっぽちの子供は一体誰なんだ?』

 カナンには言葉が通じないと思っているのだろう、遠慮のかけらもない物言いに、カナンはムッとして〈天の民〉の言葉で言い返した。

『悪かったね、痩せっぽちの子供で』

 ジーヴァは驚いてカナンを振り返った。

『お前、私の言葉がわかるのか?』

『じいちゃんに習ったんだよ』

 エイデンが横から付け加えた。

『彼はワクトーの孫だ』

『何!? あの緑の手(ドラン)の孫か!?』

 いきなり手をがっちりと掴まれ、カナンはぎょっとした。

 いちいち言動が大袈裟な少女だ。

『えー…っと、()()()って………?』

『君の祖父の通り名だ』

 ジーヴァに代わってエイデンが説明する。

『〈獣使い〉の一族は、一族以外の親しい者を通り名で呼ぶ。ワクトーは一時期彼らと共に暮らしていた。だから、彼は〈獣使い〉の一族の………〈天の民〉の言葉を話せるのだ』

「………そうだったんだ」

 カナンは複雑な面持ちで呟いた。

 こういう時、カナンは自分がいかに祖父の事を知らなかったのかという事実を思い知らされる。

 たった一人の孫である自分よりも、この黒衣の男の方が祖父の過去をよく知っているという事実を。

「………あ。そうか」

 カナンは思い当たってジーヴァを見た。

『さっき、君がエイデンの事を()()()()()って呼んだのも、もしかして通り名とか?』

 ジーヴァは頷いた。

『そうだ。ファミーガとは「月のない夜」の事だ』

 月のない夜。

 ぴったりの名だ。

 カナンはそう思った。

 まだカナンの手を握ったまま、ジーヴァは言った。

『ドランが〈石の鎖の庭(ブラントーム)〉に住んでいたのは、私が生まれるずっと前の事だ。いつも薬草を扱っているせいで手が緑色だったので、そう呼ばれていた。お前もそうだな』

『僕も薬師だから』

 薬師の手はみんなそうだ。先ほどカナンが持ち込んだ薬草を吟味していたベヴの手も、カナンと同じように薬草の色に染まっていた。

 ジーヴァは感慨深げに言った。

『そうか。血だけではなく(わざ)も継いだのか。それは良い事だ。では、私はお前を「緑の手を継ぐ者(マルドラン)」と呼ぶ事にしよう。会えて嬉しいぞ、カナン=マルドラン』

 ジーヴァはちょっと小首をかしげた。

『ファミーガから、ドランに孫がいる事は聞いていた。だが、思っていたよりずいぶん若いな。その若さで一人前の薬師とは驚きだ。一体いくつなんだ?』

 彼女の言葉にいちいちカチンとくるのは何故だろう?

 カナンは不機嫌に言い返した。

『十五才だよ。君だって、僕とあまり変わらないだろう?』

 途端に、ジーヴァは憤慨したように声を荒げた。

『失礼な! 私はまだ六才だぞ!』

 カナンは自分が聞き間違えたのだと思った。

『えっと………今、十六才って、言ったんだよね?』

『何だと!? 私がそんなに老けて見えると言うのか!?』

 どうして彼女がこんなに怒るのかわからない。

 困惑するカナンに、エイデンは笑みを含んだ口調で説明した。

『〈獣使い〉の一族は〈地の民〉よりもはるかに成長が早いのだ。彼らは十年足らずで成人し、三十年余りで一生を終える。ジーヴァは今年で六才だ。〈地の民〉の年令に換算すれば、確かに君と同じくらいだな』

 カナンは目をみひらいた。

 たった………三十年?

 なんて短い。

 でもどうして? 〈獣使い〉の一族は、もともと〈天の民〉だったはずなのに。

 〈天の民〉は三百年以上も生きる長寿の民なのでは?

「…………失礼」

 先ほどから完全に蚊帳の外に置かれているホステッド・コスの支配人が、無理やり話に割り込んできた。

「申し訳ありませんが、私にもわかる言葉で話して頂けますか? あなた方はどちら様で? こちらの……その……()()()とはお知り合いですか?」

 ジーヴァに対し「ご婦人」という単語を使う事にかなり抵抗を感じているふうな口調で尋ねる。

 エイデンは傍らのカナンを示して答えた。

「彼と私はガラハイドのレディ・マリエルの連れだ。彼女と、彼女の騎士が先に着いているはずだが」

 支配人は大きく頷いた。

「ああ! 左様でございましたか! ええ、伺っておりますとも。でしたら………」

『ファミーガはレディ・マリエルを知っているのか!?』

 支配人を突き飛ばさんばかりの勢いで、今度はジーヴァが割って入る。

『私もそのレディ・マリエルに会いに来たんだ。本当は戦場を離れたくなかったんだが、父上の命令では仕方がない』

『レディ・マリエルに?』

 エイデンは眉をひそめた。

『何故、わざわざ〈地の民〉の予言者に会う必要がある? 〈獣使い(おまえたち)〉にも予言者はいるではないか。自分が無視されたと知ったら、シャリマーはきっと激怒するぞ』

 ジーヴァは両手を腰に当てた。

『そのシャリマーに予言を貰ったんだよ。「女王の街で予言者に会え」と』

『……………予言者に、「予言者に会え」って、予言されたわけ?』

 カナンが呆れて聞き返す。

 何かの冗談のようだ。

 ジーヴァは青銀色の瞳に怒りを滲ませた。

『お前だって馬鹿馬鹿しいと思うだろう? シャリマーはいつもそうだ。したり顔でもったいぶった事をほざく。時々、本気であいつの首をへし折ってやりたくなるぞ。………とにかく、シャリマーの言う「女王の街」とは、ここディアドラ系譜図書館の事に違いないと思ったから、この街に来たんだ。そしたら、〈地の民〉で一番高名な予言者がホステッド・コスに泊まっているという噂を聞いてな』

『………もう噂になっているのか』

 苦々しい口調で呟くエイデンに、ジーヴァは肩をすくめた。

『それは仕方ないだろう。〈地の民〉にとって予言者は特別だからな。とにかく、そういうわけで、私はレディ・マリエルに会う為にこのホステッド・コスへ来たんだ。それなのにこの禿げ頭が!』

 支配人の顔に人差し指を突きつける。

『さっきから私の邪魔をするんだ!』

「ですから、私にもわかる言葉で話して下さいと申し上げているでしょう! 大体、人の顔を指差すなぞ失礼ですぞ!」

 支配人は顔を真っ赤にしてまくし立てた。ジーヴァを押しのけ、エイデンに小さな封筒を差し出す。

「レディ・マリエルよりこれをお預かりしております。お連れ様が到着したら渡して欲しいと頼まれたのです。ですから、私はここで待っていたのです。とんだ邪魔が入りましたが!」

「何だと!?」

『ジーヴァ、静かにしろ』

 がなるジーヴァをひと言で黙らせ、エイデンは支配人から封筒を受け取った。

 カナンは彼の手元を覗き込んだ。

「レディ・マリエルはなんて?」

 エイデンは封筒から取り出した紙の文面を一読すると、無言のままカナンに渡した。

 それにはこう書いてあった。


  今夜は、二人ともわたくしたちと合流してはいけません。

  友人の方もご一緒に、明朝〈前門〉で会いましょう。


 さらに、最後にこう付け加えてあった。


  もうひとつ。

  司書の申し出は受けるように。


 カナンは首をかしげた。

「これってどういう意味?」

「文面通りに受け取るならば、私たちは今夜ホステッド・コスには泊まるなという事だろうな」

「え……? でも、そしたら………」

 自分たちは今夜どこに泊まればいいというのだ?

 久し振りに屋根とベッドがある場所で眠れると思っていたのに。

 まさか、冷たい夜霧が這う石畳の上で、窓から明かりがこぼれる建物に囲まれて野宿する、などという羽目になってしまうのか?

 困惑するカナンに、エイデンは淡々とした口調で続けた。

「彼女は何か予言したのだろう。予言者がそうせよと言った時は、取り敢えず従った方がいい」

 ジーヴァを見やり、

「君も、今夜はレディ・マリエルには会わない方がよかろう。この「友人」というのはおそらく君の事だ。そして………」

 エイデンは振り返って続けた。

「『司書』というのは君の事だろう。名前は確か………アクトール、だったな」

 声をかけようとしていたところを逆に話しかけられ、ラーキンは驚いて何度か瞬きした。

「え、ええ、そうです。あなた方を探していたのです。お伝えしなければならない事があって………」

 ラーキンは何とも複雑な笑みを浮かべると、カナンが持っている手紙を示した。

「ですが、レディ・マリエルは、私がここに来る事も全てご承知だったようですね。…………『聖女ロザリンドの再来』という評判は、どうやら本当らしい」

 最後の言葉はほとんど独語に近かった。

 ラーキンはジーヴァに目線を移した。

「あなたは、もしかして〈獣使い〉の一族ですか?」

 ジーヴァは嬉しそうに頷いた。

「そうだ。我が一族を知っているのか? 珍しいな。ほとんどの〈地の民〉はこいつみたいに知らないのに」

 ホステッド・コスの支配人に憎たらしげな一瞥を投げつける。

 ラーキンは微笑んだ。

「以前、書物で読んだ事があるので知っていただけです。実際にお会いするのは初めてです。では、その動物が()()()()なのですね? 〈獣使い〉の一族にとっての、〈地の民〉の馬に当たる。こちらも初めて見ました」

「パドーだ。私の半身、魂の双子だ」

 ジーヴァは、主人とホステッド・コスの支配人が言い争う最中もずっと傍らでおとなしく佇んでいた羽根食いの首をポンポンと叩いた。

 まるで二人の会話を理解しているかのように、パドーは頭を上下させて鼻を鳴らした。

 仕草は馬と同じなんだなと、カナンは思った。

 ラーキンはエイデンに視線を戻した。

「ところで、レディ・マリエルのご指示に従うとなると、あなた方は今夜の宿にお困りになるのではありませんか? 今から新たに宿を探すのは難しいでしょう。もし、よろしければ、みなさん今夜は私の家においでになりませんか? 部屋数は十分にありますし、それが最良だと思うのですが」

 司書の申し出。

 カナンとジーヴァは、どちらともなく顔を見合わせた。

 エイデンは頷いた。

「感謝する。では、遠慮なくそうさせてもらおう」

 ラーキンは踵を返した。

「案内します。どうぞ」

 エイデンは再び黒馬に跨った。

「行くぞ、カナン、ジーヴァ」

 予言者(マリエル)予言(ことば)通りに行動する事に、みんな全く抵抗はないのだろうか?

 心なしか嬉しそうに自分たちを見送るホステッド・コスの支配人に背を向け、ラーキンの後について行きながら、カナンはそう思わずにはいられなかった。

 今ひとつ納得出来ない……というか、胸の奥にもやもやしたものを感じてしまう自分の方が、変なのだろうか?

 時々、自分の言動がマリエルたちを困惑させるのと同じように。

 予言に従って行動する事が、〈地の民〉ならば「当然」なのだろうか?

 疑問に思う事もなく。

 そう………すべきなのだろうか?

         *

 陶器が割れる派手な音は二時間ほどでやんだ。

 今回は短かったな。

 ナタリアの客室の前の廊下で、彼女の怒りが収まるのを待っていたグリーナウェイ以下クロップト、イーデンス、ザンファー、アガノア、そしてジェスターレイヴァらボルトカ国の騎士たちは、安堵の溜め息をついて互いの顔を見合わせた。

 次にナタリアがどうするのかよく心得ているグリーナウェイは、一番年若い部下イーデンスに命じた。

「ハナとマエナを呼べ」

 双子の姉妹であるハナとマエナは、ナタリア付きの侍女だ。〈地の民〉の間では双子は初代聖王を表わす吉兆とされ、特別な意味を持っている。貴族の中には、わざわざ双子を側に召し抱える者も多い。

 ナタリアもその一人だった。

 全く同じ侍女の制服を着た、顔も髪型もそっくりな二人の侍女が小走りでやって来た。

 本来ならば、侍女は常に主人の側近くに控えていなければならないのだが、癇癪を起こしたナタリアと同じ部屋にいると危険なので、こういう状況の時だけは特別に側を離れる事を許されている。

 彼女たちの前任者が、ナタリアが投げつけた鏡に当たって危うく失血死しかけた()()が起きてからは。

 ハナとマエナが腰を屈めてグリーナウェイに頭を下げた瞬間、ナタリアの客室から声が響いた。

「わたくしの侍女をお呼び!」

「はい、公妃」

 グリーナウェイはすかさず扉を開け、二人の侍女を部屋に入れた。

 室内はまるで暴風雨が吹き荒れた後のような有様だった。床一面にもとはティーカップとポットであった陶器の破片が散乱し、クッションから飛び出た羽毛がまだ宙を舞っている。壁の絵画は傾ぎ、タペストリーは半分はがれ、銀細工の花器は床に転がって最高級の絹の絨毯に水ジミを作っていた。踏みにじられた花が無残な姿をさらしている。

 グリーナウェイは内心で溜め息をついた。

 また、宿から高額の請求書が来る事になるな。

 貴族御用達の高級宿だけあって、こういった無体に対しいちいち宿から抗議が来る事はない。ただ、無言で損害の賠償金を上乗せした宿代の請求書を差し出すだけだ。

 ナタリアは部屋の中央に仁王立ちしていた。結い上げた髪はほどけ、ベールと片方のイヤリングはどこかへ飛んでいってしまい、宝冠と首飾りは位置が歪んでいる。豪華なドレスも皺だらけだ。

 これだけ派手に暴れれば、無理もない。

 まるで狂人のごとき主君の公妃の姿に、ボルトカ国の騎士たちはうんざりしながらそう思った。

 肩で息をしているナタリアの周囲で、ハナは主人の髪と衣装を整え直す準備を始め、マエナは部屋の片付けに取りかかる。

 いつもの事なので、二人とも実に手際が良い。

 ナタリアは、戸口に立ったまま動かないグリーナウェイを睨みつけた。

「そなたに用はない。下がれ」

「御前を辞する前に、お話し致したき事がございます」

「後におし」

 グリーナウェイは引き下がらなかった。

「恐れながら、急を要します」

 ナタリアは頬を引き攣らせた。

 廊下では、他の騎士たちがハラハラしながら成り行きを見守っている。

 ナタリアは不愉快げに吐き捨てた。

「何の話じゃ。いかにそなたがハニアール公のお気に入りとて、つまらぬ話であれば許さぬぞ」

「ガラハイド国の予言者の件でございます。公妃がホーデンクノスの名を口にされた時の彼女の様子がおかしかったので、僭越ながら部下に調べさせました」

 二時間、ただぼけっと廊下に突っ立って、扉の向こうで吹き荒れる「暴風雨」の音を聞いていたわけではないのが、実にグリーナウェイらしい。

 彼は時間を無駄にしない男だった。

「レディ・マリエルが予言したというクレメンツ公の公妃候補は、ホーデンクノス家ゆかりの者だとの事です。部下がボルトカ国出身の司書より聞き出しました。彼女は、ホーデンクノスの末裔を探す為にここ系譜図書館へ参ったのです」

 ナタリアの顔色が見る見るうちに変わった。

「…………罪人の血筋を公妃に据えると申すのか、ガラハイド国は?」

 ナタリアは、唯一奇跡的に立ったままだった花台をなぎ倒した。

「なんたる侮辱! 我がボルトカ国に対するあからさまな挑発ではないか! おのれ辺境の小国の分際でっ! 主人(あるじ)の周りを這い回るしか能のない卑しい侍女の息子風情めが!!」

 陶器の破片を片付けていたマエナの手が一瞬止まった。

 ハナも歯を食いしばっているように見える。

 グリーナウェイは目ざとく気付いたが、知らぬふりを通した。

「ですが、それはあり得ぬのです。ホーデンクノス唯一の生き残りであった女は、養女に出された先のエルメイア国で死亡しておりました。夕食のシチューに誤って毒草が混じっていたのだそうです」

 ナタリアは眉をひそめた。

「何? それはまことか?」

「はい。丸四日間、苦しみ抜いた末に息絶えたとか。無残な死に様であった模様です。夫や子供、義父母も含めた一家全員が中毒死したとの事です。これで、ホーデンクノスの血はこの世から完全に消え失せた事になります。今日の夕刻、エルメイア国より系譜図書館へその知らせが届いたそうです」

「では、あの女は予言を(たが)えたということか? は! 所詮、平民は平民じゃな!」

 嘲笑を放つナタリアに、グリーナウェイは淡々と言った。

「あるいは、クレメンツ公の公妃探しというのは表向きの口実で、他に真の理由があってホーデンクノスの末裔を探していたか、です」

「………何?」

 ナタリアは自分の髪をなおしていたハナを押しのけ、身を乗り出した。

「それはどういう意味か? 説明せい」

「ホーデンクノスは、かの七賢者の一人ナセル=フレイズを出した家系です。そして、クレメンツ公の領国ガラハイド国といえば、過日あの〈天の民〉の軍勢を打ち破った国。他国や水晶騎士団の援軍もなく、何故あのような小国にそんな真似が出来たのか、ハニアール公も(いぶか)っておられました。もしかしたら、ガラハイド国の勝利とホーデンクノスの……七賢者の末裔を探している事とは、何かつながりがあるのやもしれません」

 ナタリアは唸った。

「なるほど。さらなる手柄を立てて威信を増す為に、七賢者の末裔を利用する腹積もりなのやもしれぬな、クレメンツ公は。母親が卑しいゆえ、そうでもせねば家臣に軽んじられるのであろう。小賢しい。ガラハイド国にばかり名を挙げさせてなるものか!」

 ナタリアは鋭く命じた。

「レディ・マリエルを探るのじゃ。どんな些細な事も見逃すでないぞ!」

「御意」

 グリーナウェイは一礼してナタリアの客室を出ると、廊下に突っ立ったままの部下たちに命じた。

「公妃のご命令が聞こえたであろう? 早く行け」

「は。しかし………」

 イーデンスがやや声を落として尋ねた。

「よろしいのですか? 仮にもレディ・マリエルはガラハイド国領主の勅使、一歩間違えれば外交問題になりかねませんが」

 アガノアとザンファーも相槌を打つ。

「そうなれば、また嘲笑を浴びるのは我が国です。恐れながら、公妃はその辺りの配慮に欠けておられる。グリーナウェイ卿はフロスヒル国との一件をお忘れか?」

 ナタリアの息子ケスタール公子の最初の公子妃ティティシアは、フロスヒル国の第二公女だった。結婚式で葡萄の粒が喉に詰まって窒息死してしまった、あの気の毒な公子妃だ。

 あの時、床に敷き詰められた色とりどりの花びらの上で息が出来ず苦しみもがく息子の花嫁に向かって、ナタリアはこう言い放ったのだ。

「何をしておる! わたくしの大事な息子の婚姻の場で見苦しい!」

 式場には、フロスヒル国領主の代理人たる貴族……公女が他国へ嫁ぐ場合、領主本人ではなく、代理人として領主の重臣が式に出席するのが慣例だった……や、ティティシアをボルトカ国まで護衛してきたフロスヒル国の騎士たちもいた。

 それゆえ、ナタリアのあまりな暴言に、式場はあわや流血の乱闘騒ぎになるところだったという。

 後日、ハニアール公からフロスヒル国へ、

「あまりの悲劇に気が動転してしまった公妃が()()()()()()()()()()()()()()、誠に申し訳ない」

 と、謝罪の使者が送られたが、今もボルトカ国とフロスヒル国は険悪なままである。

 そして、この一件は、近隣諸国のみならず〈地の民〉中にナタリア・()()()の悪名を轟かせるきっかけとなった。

「それに、グリーナウェイ卿はハニアール公より、くれぐれも公妃が度を越さぬよう注意せよと、そう仰せつかっていたのではありませんか?」

 口々に不安を並べ立てる部下たちに、グリーナウェイはしたたかな笑みを閃かせて言った。

「ハニアール公は、過日のガラハイド国の勝因を知りたがっておられた。今、ここにその当事者たる予言者がおるのだ。絶好の機会だとは思わぬか?」

 ボルトカ国の騎士たちははっと息を飲んだ。

「………確かに」

 グリーナウェイと同年代である古参の騎士クロップトが、何度も頷きながら言った。

「噂では、クレメンツ公はレディ・マリエルを公妃にと望んでいたはず。その当人に公妃候補探しをさせるなど、考えてみればおかしな話です。グリーナウェイ卿の仰る通り、何か裏があるに違いありません」

「レディ・マリエルを探るのは我がボルトカ国の為だ。〈天の民〉を打ち破ったガラハイド国と同じ力を手に入れる事が出来れば、これに勝るものはない。ハニアール公もお喜びになる」

「畏まりました」

 足早に去っていく部下たちを見送ったグリーナウェイは、たった今自分が出て来た客室を振り返ると、皮肉めいた口調で呟いた。

「…………夫ですら制御出来ぬものを、臣たる私に抑えられるはずがないではないか。馬鹿馬鹿しい」

最後まで読んで下さいまして、ありがとうございました。

ジーヴァ初登場です。

彼女も書いていて楽しいキャラですね。

そして、暗躍担当アニガン卿も再登場しました。ふふ。

次回もお楽しみに。

ではまた。


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