第八章 神界決戦と"最後の命令"
神界決戦と“最後の命令”
神界の空は、青白い光に満ちていた。
雲のように揺れる大地の上、無数の“神兵”たちが俺を待ち構えていた。
その中心――玉座に座すは、かつて俺を異世界に送った“白き神”。
名前も顔も与えず、ただ“神”を名乗った存在。
「ここまで来るとは思わなかったよ、中村悠斗」
「……俺の名前を、まだ覚えてるのか」
「もちろん。創造の言霊を使った代償は、“他者の記憶”からの抹消。
私には、記憶の改ざんは効かない。なにしろ、私は記憶そのものだからね」
神は、微笑んだ。
「だが、君の戦いはここで終わる。
人間が神に勝てるはずがない。言霊も、もとは我々が与えた力――」
「それでも、俺は……“命令”する」
* * *
“最後の言霊”はまだ使っていなかった。
一日一度の言霊――その最終使用は、ここでしかないと分かっていたからだ。
神々の軍勢が動き出す。
神兵たちの光が俺に集中し、刃の雨が降り注ぐ。
俺は剣を構え、叫んだ。
「全ての“加害”を、停止せよ!!」
響いたその声は、神兵の動きを一斉に止めた。
空気が凍る。
神の軍勢が、その場で静止する。
だが、神そのものには――効かない。
「言葉で世界は止まらないよ、中村」
「そうか。じゃあ、俺の剣で止める」
“抗神の刃”が、漆黒の光を放つ。
俺は走った。
言霊の加護もない、ただ一振りの覚悟で――神に挑む。
* * *
神の掌が、天を覆う。
その手から放たれる光は、全ての存在を消滅させる“絶対消去”。
だが、その瞬間。
「……誰かを……守らなきゃ……」
ティリルの声が、遥か遠く、魔王城から響いた。
ユリシアが剣を構え、クラトが叫ぶ。
「わからないけど……俺たちの“課長”が、どこかで戦ってる気がするんだ!!」
――記憶が消えても、想いは消えない。
その“想い”が、神界の空を震わせた。
* * *
俺の剣が、神の胸を貫いた。
“抗神の刃”は、存在そのものを切り裂く。
だがその代償に、俺の姿もまた、光の中に溶けていく。
「最後の命令だ……“希望を、残せ”」
その言葉が、空に放たれた瞬間――
神の身体が崩れ、世界は再構築を始める。
* * *
――その日から、戦争は消えた。
神の干渉は消え、世界は人々の意志で動くようになった。
魔王アリシアは、統治の座を降り、“共に在る”道を選んだ。
ティリル、ユリシア、クラト――総務課は今も健在で、人々のために働いている。
けれど、誰も気づかない。
あの日、すべてを守るために“存在を賭けた男”がいたことを。
ある日、ティリルが一枚の紙を見つけた。
そこには、名前もなく、こう書かれていた。
「君の涙を見たから、俺は立ち上がった。
君の笑顔を見たから、俺は言葉を放てた。
忘れていい。ただ、生きてくれれば、それでいい」
ティリルは涙を流しながら、静かに言った。
「……ありがとう、“課長さん”」
――その時、風が吹いた。
まるで、誰かが微笑んでいたかのように。