魔王軍新設部署「総務課」爆誕
第三章 魔王軍、新設部署『総務課』爆誕
総務課。それは、戦わない者たちの戦場。
俺が提案した“魔王軍の組織改革”は、意外なほどすんなり受け入れられた。
「戦場だけが戦いではない。我らが背後を支える者にも、力と誇りが必要だ」
魔王のその一言で、組織図が書き換えられた。
――新設:魔王軍総務課
初代課長はもちろん俺。
しかし、この異世界には「資料作成」「会議調整」「労務管理」などという概念は一切なかった。すべてはゼロからのスタートだ。
* * *
「まずは、人事台帳が必要だな……」
魔王城の一室を改装し、仮設の執務室を設置。俺はさっそく、持てる知識とスキルを総動員して、業務環境の整備に取り掛かった。
「中村様、“ハンコ”というのは本当に必要なのですか?」
ユリシアが首をかしげながら尋ねてくる。
「うん、正直俺もいらないと思ってる。でも、何か“押したくなる”ってのはあるから……まあ、形だけでもな」
実際には、異世界に印鑑文化はない。そこで俺は、魔法陣スタンプを考案した。
決裁が下りたときに「ピカッ」と光る。しかも、本人の魔力認証付き。本人以外が押すと爆発する仕様だ。
「……これは意外と便利かもな」
ユリシアが目を丸くした。
* * *
次に手をつけたのは、労働環境の改善だった。
実際、魔王軍の下っ端兵士たちは過酷な環境で働いていた。24時間交代なしの監視、冷たい洞窟での寝泊まり、報酬は乾いた肉と謎の汁。
「これ、よく反乱が起きなかったな……」
俺はすぐさま“勤務時間のシフト制導入”を提案した。
「休む時間を決めましょう。無理して働かせても、生産性は上がりません」
「生産性、とは?」
「えーと、同じ時間でどれだけ成果を出せるかってことです」
「……それは、魔王軍にとっても重要なことだな」
ロザリオが感心したように頷く。
さらに俺は「福利厚生」の概念も導入した。
温泉施設の設置、託児所の併設、そして――
「魔王軍公式“褒賞制度”を作ります」
これには魔物たちもざわめいた。
「功績をあげた者には表彰、昇給、特別休暇……やりがいを感じてもらうための工夫が必要なんです」
かつての俺は、やりがい搾取されて死んだ。だからこそ、ここではそれを逆手に取って、ちゃんと報いる仕組みに変えてやる。
* * *
そして一週間後――魔王軍総務課には、新たに配属された仲間たちが集まっていた。
「中村課長、お疲れ様です!」
真面目な眼鏡インプ、事務特化型スライム、ITに強いエルフ(異世界の“魔導計算機”に詳しいらしい)などなど、まさにカオスな面々。
全員、どこか戦いに向いていない者ばかりだったが、書類の処理や情報整理に関しては驚くほど優秀だった。
「……お前たちがいたからこそ、この部署が成り立つんだ」
俺は心からそう思った。
この日、魔王軍の廊下にはこう貼り紙が掲げられた。
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【魔王軍総務課】
あなたの働き方、見直しませんか?
労務相談・申請書作成・魔王様への直訴代行――全部、ここでできます!
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「……まるで人間の世界の会社みたいだな」
魔王がそう言って微笑んだ。
だがその裏で、“魔王軍の働き方改革”に注目する者がいた。
それは――神の領域から、この世界を監視する“もう一柱の存在”。
「面白い。言霊の使い方を、よくわかっているじゃないか……中村悠斗」
その神は静かに笑った。
“本当の転生理由”に、彼が気づくのは、もう少し先の話である。