9話
一夜が明け、最初に目を覚ましたのは千代子と琉太だった。二人の早起きっぷりは、学校にいたときと全く変わっていない。千代子と琉太は互いに「おはよう」と挨拶を交わす。
「ちょっと葉月と耕作を起こしてくる」
「千代子は調理担当じゃないのか?」
「アタイもこの地域の食材に興味があるからね。二人と一緒に探索しようかなって。あっ朝ご飯の用意しといて」
そう告げると、千代子は葉月の方にずんずんと歩いていく。木陰の下で、気持ちよさそうに桜花と一緒に寝ている葉月。普通なら起こすことを少しためらうのだろう。しかし、千代子は容赦なく葉月の身体を揺さぶる。
「ほら!早く起きて!」
「うう…ん。千代子ちゃん…?」
葉月は眠そうに目を擦る。千代子は近くに置いてあった櫛を渡す。
「早く準備しな。朝ご飯は琉太が準備してくれてるから」
寝ぼけながら、葉月は縦にうなづく。次に、千代子は耕作の方へ向かう。耕作は草むらで、仰向けになりながら寝ていた。よく見ると、なぜか耕作の周りの草が、軒並み倒れているではないか。
「耕作…寝相悪すぎ。まぁいいや。耕作、朝だよ。早く起きて!」
「…何じゃ千代子か。一瞬驚いてしまったわ」
耕作は葉月と違い、寝ぼけずにスパッと目を覚ます。
「アタイは先にご飯食べるから、耕作も早く来るんだよ」
耕作は「了解じゃ」と首を縦に振った。
数分後、葉月と耕作が千代子の元へ集う。朝食は、いつもと変わらず栃の実。味付はない。
「そういえば、なんで千代子はわしらを起こしたんじゃ?」
「確かに。私もそれ聞こうと思ってた」
耕作と葉月は同じ質問をしようとしていた。
「アタイも食料探しに行こうと思っていたのさ」
「まぁ、俺はそうすると思ってたがな」
琉太は千代子のことはお見通しかの如く、軽口を叩いた。
そんな会話をしているうちに、葉月と耕作は食事を終えていた。耕作は愛用の鎌をしっかり握り、葉月は方位磁石を装備して準備万端だ。千代子は昼ご飯用の栃の実を袋にいれ、準備を済ます。
「じゃあ、行ってくる」
「あぁ、日が落ちる前には帰ってくるんだぞ」
昨日、一鉄たちが探索したのは広場から北、桜花たちは東である。千代子たちはまだ探索の手が及んでいない南東を目指す。
南東へと歩いていくと、他の方角と同じように森が広がっており、広葉樹林を中心に栃がまばらに生えていた。地面には栃の実がたくさん落ちている。
「よく見ると…葉の一部がオレンジとか黄色になってるね」
「もしこの地域に季節があるなら…秋の始めってところかの」
葉月のつぶやきに、耕作が反応する。耕作はもともと山奥で親の農業を手伝っていたため、森の様相には詳しい。
「あっ、アンタたち。いいものを見つけたよ」
千代子は地面から、黄緑色のトゲトゲしたモノを慎重に拾った。
「これは…栗か?」
「うん。まだ熟していないけどね」
黄緑色のトゲトゲは、栗のイガだったのだ。三人がその上を見ると、黄緑色や桧皮色のイガがたくさん生っていた。
「あと少ししたら食べられそうだね。栃と違って、アクも少ないし」
「アタイも腕がなるってもんよ」
料理の幅が少し広がるので、千代子は嬉しそうである。
少し歩くと、周りが広葉樹から杉へと変わった。桜花たちのときと同じである。杉の木は広葉樹と異なり、緑色の葉をまんべんなく生やしている。
「桜花たちは杉を見つけて、そこで引き返したらしいのう」
「ここを抜けたら何かあるかもしれないね」
地面には背丈の低い草と、昨年のものと見られる杉の落ち葉しかない。食べられそうな野草はなさそうだ。千代子たちは淡々と先に進む。
更に進むと、杉林に変化がおきた。今までうっそうとした森が広がっていたのに、正面に光が見えたのだ。じめじめとした空間にうんざりしていた耕作は興奮のあまり、
「おお、この森も終わりか!お主等、走るぞ!」
二人をおいて走り出してしまう。千代子は「はあ」とため息を付き、耕作を追いかける。
「え!千代子ちゃん、待ってよ!」
葉月も急いで後を追う。
「おお…ここは…?」
林を抜けると、そこには開けた丘があった。その広さは、向日葵たちが拠点にしている広場の数倍はあるだろう。地面には、秋を象徴するような様々な野草が生えている。
「まったく、急に走り出すんじゃないよ!」
「すまんすまん。それよりも、ここで食べられそうな野草を探すぞい」
「そうだね…」
千代子は怒りのままに説教しそうになったが、耕作にうまく言いくるめられた。千代子は手に持っていたかごを、耕作に渡し、二手に分かれた。
千代子と葉月は北の方に向かい、野草を採集していた。千代子は食べれるかどうかの目利きができるが、葉月はできない。そのため、葉月はよく千代子に質問をする。
「あっこれ美味しそう」
「どれどれ…。これトリカブトだよ」
「ゲッ」
そんな調子で集めていると、いつの間にか千代子の籠は野草で満杯になっていた。オオバコやシロツメクサ、クコなどバリエーションも豊富だ。千代子が耕作の元へ戻ろうとすると、
「ギャアアア!」
と耕作の悲鳴があたりに響き渡った。
「っ!耕作!」
千代子は急いで現場へ向かう。そこには腰を抜かして、深呼吸をしている耕作の姿があった。
「どうした、耕作?」
「はぁはぁ…。千代子…今そこにヒト形の猪が見えたんじゃ。見間違いであればいいんじゃが…」
遅れて葉月も追いつく。
「ごめん…急すぎて動けなかった…」
「しょうがないよ。耕作、野草は集まったのかい?」
「あぁ、バッチリじゃ!」
耕作はカゴいっぱいに入った山葡萄を自信満々に見せる。山葡萄は他の野草と違い、ジュースやジャムにも加工できる。千代子も嬉しそうだ。
「そろそろ帰るか」
「そうじゃの。わしも早く琉太に報告したいのう」
耕作たちは方位磁針を頼りに、進んできた道を戻る。その道中、耕作が見た謎の化け物について話題になった。最初にはじめたのは、千代子だ。
「耕作。ヒト形の猪って、どんな感じだったんだい?」
「どうって言われてものう」
耕作は回答に困っている様子。葉月が助太刀する。
「ほら…例えば、服装とか持ち物とか」
「そうじゃな…服装はわからんが、槍を持っておった。あと、わしと目を合わせた途端どこかへ行ってしまった」
「聞けば聞くほど謎が深まるね」
そんな話をしていると、千代子たちはいつの間にか広場へと戻っていた。琉太が「おかえり」と声をかける。
「琉太、今日の夜、みんなを集めてもらっていいかのう」
「何かあったのか?」
「ちょいと奇妙なものを見たんじゃ」
琉太は「分かった」とさっぱりとした返事をし、その場をあとにした。広場の向こうには、アーロンや桜花と打ち合わせをする琉太の姿が見える。その姿は教室にいるときと何ら変わっていない。