8話
一方その頃、アーロン、桜花、功の三人は、向日葵たちとは逆方向の林を歩いていた。アーロンと桜花は足取り軽く歩くが、功は怪我の余波か、少々体が重い。
「桜花。住居を作るみたいだけど、どうやって作るのさ?」
「今考えてるのは、竪穴住居。歴史の授業でやったやつ」
「あぁー。縄文時代のやつかー」
功は向日葵とは異なり、学力を多少持っている。
「んで、作り方は?」
「五十センチぐらい長方形に穴を掘って、そこの角に支柱を立てる。支柱に合わせて、屋根をかけて、土を上から被せる。これで雨風をしのげるよ」
「絶対めんどくさいやつ…」
アーロンはため息をついた。それに対して、桜花はスキップして、ワクワクしている様子である。
「いやあー、学校では建築デザインしかやってこなかったからね。やっぱり実際に自分の知識と腕を使わないと!アーロンも、林業は好きでしょ?」
林に入ってから、桜花はずっとこの調子である。よほど現場作業が好きなのだろう。その表情はとても楽しそうだ。
「林業も好きだけどさ…僕の本業は漁業なんだよ…」
「ん?なんか言った?」
「何でも…」
「そう」
エリーに蹴られ、向日葵に精神をえぐられ、桜花からもぞんざいな対応をされている。アーロンはこの扱われ方に納得がいってないようである。
しばらく歩くと、森の様相が変わった。それまでは広い葉っぱをつけた広葉樹林が中心に生えていたが、針のような葉をつけた針葉樹林が中心になった。
「おっ!これって杉じゃない?柱に使えそう」
「見つけたはいいけど、どうやって伐採するのさ?」
「ふっふっふ。ちゃんと私も考えているのさ!」
桜花は不敵な笑みを浮かべる。アーロンは聞いたことを後悔した表情で、ため息をついた。
数時間後、夜の帳が下りた。葉月たちや桜花たちが琉太たちの元へ帰還する。一同からは疲労の声が漏れ出る。
「おお、帰ったか」
六人とも怪我なく帰ってきて、琉太も安心したのかホッと一息つく。
「さて、探検結果を共有しよう」
琉太はあらかじめ集めておいた枯れ枝に火を点け、その周りを囲って座るよう、指示を出した。
「葉月、一鉄、なにか見つかったものは?」
「私は特にないけど…一鉄はあるって」
「これを見て」
一鉄の手には炎の光を反射してキラキラ光る、黒色の物体。
「これは…黒曜石か?」
「その通り。さすが琉太くんだね。この形を見てみて」
一鉄が物体の端を指す。端は非常に鋭利だ。
「なんか…矢の先っちょみたい」
向日葵のつぶやきに対し、一鉄は大きく頷く。
「向日葵ちゃんの言った通り、俺はこれが矢じりじゃないかと思ってる」
「つまり…人間がいる…あるいはいた可能性がいるってことか」
「人間じゃないかもしれないけどね」
一鉄の話により、琉太たちの空気は一気に重くなる。しかし、そんな状況にもかかわらず、桜花は早く発表したくてウズウズしているようだ。
「桜花たちは?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。私達は森の中を探索して、杉がたくさん生えてるのを見つけたよ。これから、この杉を伐採して、竪穴住居を作るつもり」
「そうか。これで住居のことは安心だな」
心なしか、琉太も嬉しそうである。
「さて…ある程度の調査は済んだが…明日からどうしようか」
琉太はみんなに質問を投げかける。
「私は住居を作ることに専念するけど…」と桜花。
「俺は使えそうな素材がないか、もう少し探索するつもり」と一鉄。
「僕もそろそろ漁業に手をつけようかな」
アーロンの発言に対し、桜花が不満そうな反応をする。
「えー、手伝ってよアーロン。そんなんだから三枚目止まりなんだよ!」
「…わかったよ…」
アーロンは渋々了承する。二人のやり取りを見て、エリーはくすっと笑った。
「うふふ。アーロンもすみにおけないわね」
「姉ちゃん…なんか言った?」
「いいえ何も」
アーロンと桜花のやり取りをよそに、葉月がつぶやく。
「私は食料を調達しようかな」
「わしもそうするかの」
葉月と同じことを考える男が一人。昔農耕作。農業を専門としており、学校の部活動では畑作を行っていた。
「わしもそろそろ自分のやりたいことをやりたいもんじゃ」
耕作がつぶやくと、向日葵がそれに反応する。
「食べ物探すんでしょ。美味しいもの採ってきてよ」
「わしは食べ物の目利きはできるが、元が木の実じゃからの…」
耕作は困った表情で、ある女子にアイコンタクトを送る。
「はぁー。しょうがないね、アタイが一肌脱ぐか」
保母千代子。料理、洗濯、裁縫など家庭的な技術に長けており、保育の心得もある。また、琉太と一緒にクラスの学級委員も務めていた。
「アタイが頑張って料理してみるよ。鍋と調味料はあるからね」
「さすが千代子じゃ」
耕作の笑顔に対し、千代子は「フン」と味気なく返事をした。
「じゃあ、明日はそうやって動こう」
琉太は集会を終わらせ、解散をかけた。向日葵たちは自分の寝床へと向かう。そして、明日から本格的な集団生活が始まっていく。