70話 逃亡劇
ホマレ荘から出撃したエリーたち第2班は、建物の壁を周り、北の森へと逃げ込んだ。第1班は北西に向かっていたはず。2つの班がごっちゃになるのは避けたい。エリーたちは北東へと進んだ。
エリーを始めとした戦闘員が護衛するクラスメイトは4人。千代子、桜花、ひまり、創。それぞれナイフや拳銃といった最低限の武器は持っているし、訓練も積んでいる。ただ、4人の本業は戦闘ではなく、その頭脳を使ったサポート。戦闘に巻き込むのはできるだけ避けたい。
敵の狙いは回復呪文を使える撫子。それが正しいならば、こちらに魔の手が及ぶことはないはず。そう信じたいが、エリーは出撃の直前、ヴィラージュから直々にこう言われた。
「敵が撫子の顔を把握しているとは限らん。女子ならば無差別に襲いかかられるかもしれぬ。エリーよ、お主がしっかり皆を導くのじゃぞ」
目をかけてくれるのは素直に嬉しい。エリーはあまり戦果を挙げられていなかったからだ。
だが、なぜ自分にだけ……。エリーはそれが理解できなかった。認めたくないが、「弟」だってひつじいや軍団長と戦っている。高威力な水の呪文だって扱える。ヴィラージュの表情を見た感じ、必要なとき以外は伝えるなと言っていた。過度な混乱を防ぐためなのだろうが、それは私も同じだ。プレッシャーを実感せずにはいられない。
「姉ちゃん、姉ちゃん!大丈夫かよ?そんな思い詰めた顔して?」
死角から声が聞こえた。列の先を走っていたはずなのに、いつの間にかアーロンが隣りにいた。
「アーロン……なんでもないわ」
「いいや、絶対なんかある!学校にいたときと同じ。大事な試合の前と同じ顔してる!もしやもしや……緊張してますか?」
「してないわよ!いいから持ち場に戻って」
「隆之介もそうだけど、なんで武術家ってのは積極的に前線に出るくせに、いざというとき自信をなくすんだろうなぁ?」
「うるさい!」
エリーは色白な顔を真っ赤にして、アーロンをボカッと殴った。後ろにいたひまりが口を抑えて、小さく悲鳴を上げた。
「あいたたた……。いいか、姉ちゃん!よく聞いて!」
「……なに?」
「姉ちゃんはサパコスに大敗を喫した。それは事実だ!だけど今回の相手は、魔神軍の一兵士。多分大丈夫さ!それに、僕だって意外と頼りになるんだぜ?イケメンだし」
「顔の良さは関係ないわね」エリーの表情がほころんだ。「弟に励まされるなんて……お姉ちゃん失格ね」
「いい顔しているよ、姉ちゃん」
アーロンにとって、エリーは血を分けた唯一の兄弟。普段は叱られてばかりだが、エリーが自信なさげだと、こっちもやりにくくなる。アーロンは列の先頭を走りながら、くすっと笑った。
「ちょっとアーロン!うちを守ってよ」
背後から桜花の怒鳴り声が聞こえる。まったく注文が多いお姫様だ……。
「かわいい同級生のために、このイケメンアーロンが一肌脱ぐかぁ!」アーロンは手を顎に当て、きざな表情で言った。
「真面目に……やれ!」
桜花は背中に向けて、飛び蹴りを食らわした。
普通なら軽く転ぶだけで住むはずだが、神のいたずらか、アーロンは面白いように吹っ飛んだ。空中を一回転し、受け身を取る。あれ?地面の感触が変だぞ?
下敷きになっていたのは、見知らぬ魔族。なんと暗影騎団の刺客だった。幸運なのは、すでに目を回していたことだった。
「ふざけている場合か!来るぞ!」
悠玄が日本刀を構え、力いっぱい叫んだ!
枝の間から、忍び装束を身にまとい、スカーフを巻いた魔族の姿が見える。動く気配はない。アーロンたちの様子を伺っている。だったら好都合!アーロンは瞬時にエリーたちのところへ戻り、呪文を唱える。
「バッサー!水よ唸れ!」
アーロンが地面にふれると、アーロンたちを取り囲むように水の渦が発生した。水の壁は高さを増していき、徐々に中央に集まって、山のように尖った天井を形成した。
「奴らは音もなく距離を詰めてくる。だったら障害物を作って、音が出ちゃう環境にすればいい!」
自分の強さを押し付けるだけでなく、敵の長所を潰す。2つの過去戦から学んだやり方だ。
「桜花さんたちは真ん中に集合!残る4人で壁を作りましょう!」
エリーが咄嗟に指示を出す。陣形の完成だ。
アーロンの予想通り、魔族たちは水の壁を通り抜けてくる。スピードは半減、水をくぐる音も聞こえる。状況はこちらに有利。これなら斬撃も目視できる。4人は刃物での切り合いに持ち込んだ。
しかし数が多かった。敵は大体8人。アーロンたちは1人で2人を相手取ることになってしまった。バリツの達人エリーには余裕が見られたが、他の3人は徐々に劣勢になっていく。
「コルチさん!ファイト!」
「悠玄!頑張って」
創とひまりの応援もむなしく、コルチと悠玄は胸に斬撃を食らってしまった。コルチは胸があるため浅かったが、悠玄は重症だ。
「どうやら切り札を使うときみたいね……」
コルチは二人の魔族を片手で押さえながら、腰に手を伸ばした。隙間から銃口を出し、創がその隙をつぶす。
次の瞬間、空中に投げられたのは2本の瓶。「二人とも、いまよ!」
創とひまりの拳銃が火を吹いた。瓶が割れ、水溶液があたりに撒き散らされる。
「ウィンド!風よ、立ち昇れ!」
エリーがすぐさま真上に楕円状の空気層を作り、みんなを保護した。
水溶液は意思を持っているかのように、すべての魔族たちに降り掛かる。あたりに立ち込めたのは、肉が焼ける音。魔族たちは液を払いのけようとするが、その腕すら煙を上げて溶けていく。コルチが隠し持っていた瓶の中身は強酸だった。
魔族たちは即死ではなかった。だがそこにできたのは十分と言える時間。エリーたちは瞬く間にとどめを刺した。
水の渦が消え、エリーたちはいつもの森の中へと戻った。聞こえるのはカラスとメジロの鳴き声のみ。ほっと一安心すると、ひまりが包帯を取り出して悠玄に駆け寄った。
「悠玄!いま包帯巻いてあげるからね……」
「ありがとな。ちくしょう、不覚を取っちまった……」
後ろから物音がした。ただそれは蚊の羽音のようにかすかで、他の誰かは気付いちゃいない。嫌な予感がする!悠玄は後ろを確認するまでもなく、ひまりを抱きかかえ、前方に飛んだ。それと同時に、銃声がこだました。
悠玄の背中は浅く切られ、魔族は事切れ、ひまりの手には拳銃が握られていた。なるほど、前方に飛んだ瞬間に、ひまりが魔族の頭を撃ち抜いたのか。
「大丈夫かよ!」
普段、悠玄のことをよく思っていないアーロン兄弟も、思わず駆け寄らずにはいられなかった。
「背中の傷は問題ない。ひまりに助けられた」
「いつの間にこんな早撃ち習得したの?村の中で一番じゃないかな?」アーロンが興奮しながら言った。
「いいいいいいいいやややややや、ぐぐっぐぐ偶ぜぜぜぜ然だよ」ひまりは目を合わせず、目に見えるほど震えながら言った。
そういえばこのレディ、吃音だったっけ。アーロンは自分自身の軽い質問を悔いた。
「怪我の処置をしたら、とっとと村を離れますよ。何人魔族がいるか分かりませんから」
悠玄が血を吐きながら起き上がると、ひまりは日本刀を受け取った(重くて落としそうになっていたが)。エリーたちは北東へ歩みを進めるのだった。
それから数分前、第一班のドラはハヤブサに変身し、空から敵がいないかどうか監視していた。真下では向日葵たちがある程度好き勝手にバラけながら、北西を目指していた。
ホマレ荘を出発してから少し経つが、敵の影は見られない。そういえば、偲とダージェはどうなっているだろうか。ほんとは今すぐにでも飛んでいきたいが、後で琉太に怒られるだろう。いつも冷静な琉太が角を生やすのを想像すると、ドラは身震いが止まらなくなった。
その時、津波のような轟音を立てて、水の渦が雲に向かって大きくなるのが見えた。水の呪文の使い手はアーロンだけだったはず。きっと戦闘が始まったんだ!
ドラは空高くから急降下し、葉っぱの間を通り抜け、琉太のとなりに着地した。
「どうした!敵襲か!」
ハヤブサの姿のまま、空の上で見てきたことをありのままに伝える。
「そうか……。みんな、第二班が戦闘開始だ!今まで以上に気を引き締めてくれ!」
ドラはハヤブサからウサギへと姿を変えた。
ウサギは魔族や神族が聞き取れないような高音、さらに数キロ先の足音まで聞き取る。魔族が木の上、水の中、あるいは空にいても、おいらの聴力はごまかせないぞ。
周囲の音に警戒しながら、ドラたちはさらに北西へと移った。
ここで琉太が一つ提案を投げかけた。
「フレルが暗影騎団に殺害されたとき、フレルは森の中にいた。ヴィラージュ様曰く、奴らは闇に潜む。なら、開けた場所のほうが、戦うにはいいんじゃないか?もう日暮れも近い。少しでも戦いやすいフィールドに行くべきだろう」
いつも難色を示す悠玄は別の班。意義を唱える人はだれもいなかった。
琉太が選んだのは、切り株が並ぶ伐採場。桜花とアーロンがホマレ荘の木材を調達し、ひつじいとクライゼルが戦った場所でもある。ここなら十分開いている。敵の動向も丸見えだ。
ウサギに変身しているドラは、琉太のとなりで一人、集中力を上げる。目を瞑り、聴力に全神経を密集させる。北西で何らかの集団が動く音が聞こえた。距離は200メートルほど。鳥の羽ばたきとも、鹿の蹄の音とも違う。奴らだ!
「みんな、来るよ!」
ドラが叫んだのもつかの間、10時の方向から数十名の魔族が、忍者刀を携えて、伐採場に飛び込んできた。陣形は広い扇形。乱戦に持ち込むつもりだ。
「お前ら!ふたり以上のペアとなって戦うんだ!背中を見せるな!」琉太が指示を出した途端、あちこちから金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。
琉太とドラはペアを組み、5人の魔族を相手取った。琉太は即座に「硬化の呪文」を唱え、敵の斬撃を受け止めた。だが、敵も刀の一辺倒ではなく、「風の呪文」を唱えた。必死に転がって躱す琉太。その勢いのまま、「炎の呪文」をぶつける。これで敵のダメージは甚大。けれどドラの姿が見えない!
「これ以上、みんなを傷つけないで!」
炎から突撃してきたのは、巨大なアフリカゾウ。もちろんそれは変身したドラ。長い鼻を鞭のように動かし、敵を薙ぎ払う。
「くっ!敵の数が多い。このままじゃジリ貧だ!」琉太が奥歯を噛みしめる。
「ジリ貧……?どういう意味かわからないけど、だったら……みんなお願い!」
鼻による一撃で敵を吹き飛ばしたドラは、一瞬で通常の姿に戻り、口笛を響き渡らせた。森の奥から、巨大なスズメバチの塊が姿を現した。
「お前……生き物に命令できるのか!」
「命令じゃないよ。仲良くなっただけ」
スズメバチ軍団はそれぞれの戦場に分散し、魔族たちを取り囲んだ。敵も負けじと「炎の呪文」や「水の呪文」で応戦するが、それでも視界を遮られることとなる。どっちにしろ、攻勢になった!
「ドラ……お主最高じゃな!」
耕作は3人の魔族に囲まれていた。ついさっきまで、琴音と美猫が一緒にいたはずなのに、体が小さいせいなのか、見失ってしまった。
戦闘用の鎌を携え、耕作は魔族たちに突っ込む。それはクライゼルに教えてもらった、超速の踏み込み。一瞬で魔族の一人の脇腹を切った。しかし、相手も手練れ。致命傷は避けている。
「このままじゃまずいのう」
耕作は不敵な笑みを浮かべながら、魔族たちの忍者刀による斬撃を、一斉に相手取る。人数では耕作が圧倒的に不利。必死の防御がかいくぐられ、胸から腹にかけて斬られてしまう。
「1本がだめなら……2本に増やすまでじゃ!」
腰から予備の鎌を抜き、魔族たちの攻撃を再び相手する。手数は先程の2倍。徐々に耕作に天秤が傾いていく。
「遅いぞい!」
農業で培ってきたパワーで、敵の防御を弾き飛ばし、魔族の一人を袈裟に落とした。
「どこ見とるんじゃ!」
動揺している隙に、ほか2人にも、斬撃を叩き込んだ。
戦いには勝利した。だが体は激しく斬られている。これ以上動いたら命に関わる。脳がそう直感している。周りを見たところ、幸い状況は悪くない。ここは休ませてもらおう。耕作は一人、森の影に隠れた。
一方その頃、琴音と美猫は木の後ろに身を潜め、機が熟すのをじっと待っていた。二人は武器を用いない。だから魔力を使って戦うことになるが、闇雲に使っていては、いずれ魔力が尽きてしまう。乱戦だからこそ効く最大規模攻撃。琴音はそんな策を考えていた。
「ねぇねぇ。どんな作戦なの?教えてよー」と、美猫。
「じゃあさ、美猫ちゃんってドラくんと同じように、動物に変身できるんだよね?クジラもいける?」
「多分いけるよ!ボクに任せて」美猫は自慢げな表情で、胸に手を当てた。
琴音は「OK」と小さく呟くと、二人で戦場の中央へと移動した。美猫は、途中で見つかるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていたが、身を小さくしていたこともあり、なんとか無事に到着した。
「作戦を説明するね。まず、私がなんとかして敵を昏睡させる。プラスでみんなを広場の外に誘導する。私が合図を出したら、クジラに変身して、魔族たちを押しつぶしてね」
「昏睡って……戦えなくするってことでしょ?」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ!私だってやればできるモン!」
首にかけたヘッドホンを手に取り、耳に装着する。受験勉強など、琴音が集中したいときのクセだ。
「一度しか言わないからよく聞いて!全員、広場の外に避難して!」
なんの脈絡もなく、琴音が爆音で叫んだ。隣りにいた美猫は気絶しそうになったが、くらくらしながら何とかこらえた。琴音は魔力によって、声量を何十倍にも増強していた。
「美猫ちゃん!飛び上がって!」
琴音の指示に従い、美猫はハゲワシに変身して、一瞬で上空まで駆け上がった。広場の外に逃げる向日葵たちが蟻のように見える。よく見ると、葉月が取りこぼした仲間を「風の呪文」で優しく運んでいる。しかし敵は統率が取れていない!チャンスは今だ。
「ぶち上げるモン!」
琴音は地上で、ヘッドホンに手をかぶせ、腹の底から先ほどとは比べ物にならないほどの爆音を出した。戦場に残っていた魔族たちは、その爆音に耐えきれず、耳から出血しながら、その場で昏睡する。その時、琴音の体がふわりと浮いた。血を吐きながら、木の陰から葉月が「風の呪文」を唱え続けている。葉月のお陰で移動の手間が省けた!
「お願い!」琴音は最後の力を振り絞って言った。
美猫は脳内でクジラの構造をイメージする。ハゲワシの翼が100倍はありそうなヒレとなり、胴体は黒みがかった肌に覆われる。数秒が経過すると、マッコウクジラへと変身していた。
「美猫姉ちゃん……すごいなぁ」広場の外で空を見上げていたドラが呟いた。
黒き巨体が空高くから落下し、地面に全体重を叩きつけた。魔族のほとんどは押しつぶされ、戦闘不能になる。
「くっ、やってられるか!俺は逃げるぞ!」
仲間をやられた一部の魔族は、尻尾を巻いてその場を去ろうとしたが、茶々はそれを見逃さなかった。
「逃げるなんて許しませんよ」
茶々の武器は薙刀。巫女さんのような和服をなびかせ、森の影から飛び出し、魔族の心臓を一突きした。
暗影騎団の兵士は全滅。対して、向日葵たちは軽傷者はいるものの、大きな怪我を負った人は一人もいなかった。
戦闘が決着したのにも関わらず、琉太の声が聞こえない。隆之介は違和感を感じた。とりあえず、安否確認をするため、伐採場の中央に集合してもらった。
クラスメイトが一列に並び、隆之介が一人ずつ数えていく。本来なら13人。だがその場にいたのはたったの9人。
「あれっ?琉太はどこや?」平一郎が言った。
「向日葵ちゃんと功くんもいないね」一鉄が言った。
「なんなら撫子ちゃんもいないよ」葉月が言った。
向日葵と功がいなくなるのは、百歩譲って理解できる。あいつらは自分の正義感を第一に行動するから。だが、撫子と琉太の姿が見えないのは解せない。まさか、どさくさに紛れて二人とも連れ去られたのか?
「心配ありませんよ。向日葵さんと功さんはお強いですし。琉太さんにも何らかの考えがあるんでしょう」
「茶々……」
「そうやって人を心配しちゃうのは、幼馴染の性ってやつですかね」
「……お前だって悠玄と知り合いだろ」
「それは内緒です」




