68話 暗影騎団長
眼前にいるハクビシンのような魔族に、偲は聞き覚えがあった。直接会ったことはない―。だがこの男の外見は、ヴィラージュが言っていた軍団長の特徴と合致する。こいつの名前は―。
「暗影騎団長ヴィレッサム。フレルさんを殺した魔族たちのボスです」
「なるほどな。風の噂で聞いていたが、こいつが関与してるってことか」ダージェが爪を伸ばしながら挑発的に言った。
サパコス以来のこの圧迫感。戦闘には慣れているはずなのに—、覚悟はしていたはずなのに冷や汗が止まらない。ヴィレッサムはエモノを抜いているが、襲いかかってくる気配はない。こちらの動向を伺っている?ならば好都合か。
「というわけです、ドラさん。今すぐ村に戻って知らせを入れてください」
「嫌だ!おいらも戦う!」
言うは易く行うは難しという言葉が頭をよぎる。ドラの体は恐怖で震えきっている。戦闘に参加できるような状態じゃない。
「まだ分かんねぇか?」ダージェが体勢を維持したままドラの方を振り返る。「足手まといつってんだ。お前じゃ相手にならねぇんだよ」
ドラは反論しようとしたが、体が震えて言葉を発することすらできない。
「村に知らせを入れるのも大事な役目です。さぁ早く!」
「仕方ねぇな!」
見かねたダージェは、一度爪を収縮させ、ドラを反対方向に放り投げた。「さっさと行け!」
ドラは奥歯を噛み締め、頬を濡らしながら、空中でツバメに変身。そのまま村に向かって飛び立つ。
「それを待っていた」
ヴィレッサムが怪しく呟き、彼の手から1本の苦無が放たれる。それはまるで自動追尾機能がついているかのように、ドラへと一直線に進む。
「させるものですか」
偲が間に入り、忍者刀で苦無を弾き飛ばした。
眼球を動かして背後を見る。ドラの姿はもう見えない。これで心置きなく戦える。
「まったく、お前のせいでドラにキツく言っちまったじゃねぇか」
ダージェが両方の爪を鋭利に伸ばす。どうやら考えは同じのようだ。
「何の話かな……?」ヴィレッサムが冷たく言い放った。
サパコスで軍団長との戦いは経験している。軍団長というのは一挙手一投足が、目で追えない程に素早い。私もスピードにも自信はあるが、彼らの姿を捉えるなど夢のまた夢だ。つまり、いかなる場面でも後手に回ってはいけない。撃破のためには一つ、先手必勝!
偲はヴィレッサムの喉仏を狙って棒手裏剣を放つ。当然何食わぬ顔でガードされるが、それは想定内!すでに煙幕弾を投げてある。
「ふむ……」
ヴィレッサムの周りを白い煙が包む。偲は足音を消し、白煙に紛れて距離を詰める。
追加で炸裂弾を設置!爆音が辺りに響き渡る。視覚と聴覚を両方とも潰した!
煙の中からヴィレッサムの足首が見える。ここしかない!偲は高く飛び上がり、稲光のような鋭い袈裟斬りを繰り出した!
「よくやったぞ、名も知らぬ女よ」
段取りは完璧なはずだった。だが、その攻撃は忍者刀によって、いとも容易く防がれていたのだ。
「さすが俺と同じ服を着ているだけのことはある。道具の使い方、タイミング、どれも一級品だった。だが残念だ……せっかく気配を消すために道具を用いたのに、肝心のお前自身の気配が、ほんの少し残っていた。これでは察知できてしまう。斬撃にもパワーが足りない。女だからか?」
偲は空中で一回転し、2メートルほど空間をとる。ここまで来たら忍者刀での打ち合いしかない。
「魔族たちは、拙者が速さと技術だけを売りにしているという。それはあながち間違いではないが、速さというのはしなやかな筋肉により成り立つ。それを今から教えよう」
「……よく喋りますね」偲は鼻で笑った。
ヴィレッサムはもう目の前にいた。瞬間移動したようにしか見えなかった。ヴィレッサムの斬撃が上段から振り下ろされる。偲はガードの構えをとる。
忍者刀が視界から消滅する。なんとそれは巧妙なフェイント!
「がら空きだ!」
ヴィレッサムは偲のお腹に強烈な蹴りをねじ込んだのだ。
こんなの想定できるわけない。偲は大きくふっとばされ、受け身も取れず、地面に叩きつけられた。
肋骨が何本か折れたか。お腹に激痛が走る。立ち上がれない—。
「もう終わりか……」
ヴィレッサムが吐息を漏らし、忍者刀を鞘に収めようとしたその時、
「忘れてもらっちゃ困るぜ!」
ダージェが死角から飛びかかった。今まで煙の中に隠れていたのか。
「お前に興味はないんだ」
太刀筋すら見えなかった。ダージェの爪がいつの間にか、手首ごと下に落ちていた。
ヴィレッサムが繰り出したのは居合。忍者刀を半分だけ鞘に入れ、抜いた瞬間に敵を斬る。ダージェの爪が届くよりも早く、偲が認識するよりも早く、ヴィレッサムは攻撃していたのだ。
ヴィレッサムは今度こそ忍者刀を鞘に納め、両手首を失ったダージェの髪を乱暴に掴み上げた。ドスの利いた声を耳元で囁く。
「おい、ホマレ荘はどこだ。こっちも早く仕事を終わらせたいんだ」
「へっ、死んでも言うかよ」
ダージェは血の混じった唾をヴィレッサムの顔面に吐きかけた。
「そうか。とりあえず眠っててくれ」
ヴィレッサムの拳はまさに正確無比だった。その拳はこめかみに命中し、ダージェの意識が消えた。
「まぁ、場所など最初から分かっているんだがな」
魔族の男は撃退した。女も意識はあるが、動けるような怪我じゃない。ヴィレッサムは女の隣を通り過ぎ、ホマレ荘へ向かおうとした。
草履が土を踏み抜く音がした。ヴィレッサムは小さじ1杯分の期待を込めて、後ろを振り返る。
「ほう……」
忍者刀を支えにして、女が血を吐きながら立ち上がっている。
本来なら気を失ってもおかしくないだろう。しかし「戦闘者」の精神はときにして強靭だ。大した理由もないのに、肉体の限界を超えて戦おうとする。
「まだ……死んでいませんよ……!」
女の気持ちに答えるべく、ヴィレッサムは口角を上げながら忍者刀を抜いた。




