66話 復帰戦ダヨ、全力勝負!
小手を装着した向日葵と、2本の木刀を手にした隆之介が向かい合う。その表情には一切の冷やかしがない。互いに本気である。
「へっ。まさか復帰戦がお前とは思わなかったぜ」
「最近は功とばっか手合わせしてたからね。たまには相手を変えないと」向日葵の表情から笑みがこぼれる。
審判を務める功が双方を見ながら言い放つ。
「勝ち負けは柔道のルールと同じ。相手の背中を畳につけるか、畳の外に出した方の勝利ね」功は二人が頷くのを確認する。「それじゃあ……はじめ!」
「まずはこっちから行くね!」
向日葵が畳を蹴破り、隆之介との距離を一気に潰す。
速い!並みの魔族じゃ目で捉えることも難しいだろう。だが、迎撃すればなんともない!隆之介は木刀を2本同時に振るう。
「そう来ると思った!」
次の瞬間、向日葵が頭上の遥か上までジャンプ!落ちた勢いを利用して、真上から踵落としを繰り出した。
隆之介は汗を垂らしながらその攻撃を防ぎ、そのまま蚊を払いのけるかの如く木刀を薙ぐ。
向日葵はひらりと着地し、隆之介の追撃が届くよりも早く、足払いをした。
「おっと!」
隆之介は後ろに転びそうになったが、木刀を支えにし、なんとかこらえた。
「前よりも動きが良くなったんじゃないか?」
「私のこと褒めるなんて珍しいね。ありがとっ」向日葵が言った。その笑みは先ほどとは打って変わって、純真無垢な子供のようだった。
それも一瞬で、向日葵の表情が武術家としてのものに戻った。隆之介は無言で距離を潰し、木刀を2本揃えて下から振りかぶる。
身長139センチの少女。普通ならふっ飛ばされて終わりだが、向日葵は筋肉の密度が段違いだ。脇を締めて、小手で必死にガードしながら体勢を保つ。
「悪いな!」
隆之介も下半身に力を込める。向日葵が大きく吹き飛ばされた!
誰もが場外にはじき出されて終わりだと思った。だが、少女は諦めが悪かった。
「負けるもんか!」
なんと、空中で強引に姿勢を直し、稽古場の柱に着地したのだ。
柱を蹴破ると、あまりのパワーにヒビが入った。向日葵は隆之介に向かって真っ直ぐ突っ込んでいく。
斜め上の行動に、隆之介は迎撃を躊躇してしまう。向日葵はお腹に飛び付き、隆之介は体勢を崩す。そのまま場外に向かって突き進んでいき、向日葵が上という形で静止した。
功も驚きを隠せていなかったが、審判としての役目を思い出し、向日葵たちの隣で膝をついた。そして右手を上げる。
「この勝負、向日葵の勝ち!」
功の声が響き渡ると、
「やったー!」
嬉しさのあまり、向日葵は稽古場中を飛び回った。
「やれやれ、負けちまったか」
「隆之介、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
向日葵がニヤニヤと笑みをこぼす。
「ふんっ!次は負けねぇからな」隆之介も向日葵の目を見て笑い返す。「あとお前……ちょっと太った?」
向日葵の顔が真っ赤に染まり、激しく歯ぎしりをする。
「私だって一応レディなんだけど!」隆之介は隙をみて木刀を拾い、その場から逃走する。「こら、待ちなさい!」
一気に静かになった稽古場。一鉄と功もその場をあとにすることにした。
その日の夜、自分以外に誰もいない稽古場で、葉月は弓矢の訓練をしていた。日が落ちたため、しばらく白熱電球で明かりを確保していたが、この村での電気は貴重だ。使いすぎたら発電機構を開発した一鉄に怒られてしまう。
風よけのため室内に入る。弓を2つに分け、鞄にしまおうとしたその時、入口の扉が開いた。
「撫子……なんでここに?」
「聞きたいことがあって」
撫子は無表情でツカツカと歩み寄り、葉月の隣りに座る。
「ねぇ。ここで隆之介と向日葵が手合わせしたって本当?」
「うん。ほんとう」
葉月は事実だけを喋ることにした。
「向日葵が話してくれたの。すっごく楽しかったって。隆之介も楽しそうだったって」
撫子は葉月の肩にもたれかかる。
「最近疑問に思ってるんだ。隆之介にとって、私って何なんだろうって」
「……わかんない」
正確に言えば、隆之介は撫子の気持ちに気付いている。その場にはいなかったが、平一郎から教えてもらった。果たして伝えるべきだろうか。葉月は次の言葉を紡げない。
「隆之介は優しいから、多分みんな大切なんだと思う。だから私もただの幼馴染。クラスメイトよりも少し長く知り合っているだけの、ただの幼馴染」
「それは違うよ!幼馴染だからこそ、他の人にはない絆があるんじゃない?」
「そう。だから向日葵も私もおなじ。功も私も同じ。隆之介の方から告白してくるのは、ないと思うの」
「……撫子から告ればいいんじゃない?」
撫子は泣きそうになりながら首を振った。
「隆之介にはね、夢があるの。剣道で世界一になって、亡くなったお父さんに報告するんだって。そのためには彼女とか作る暇ないって、前言ってた。隆之介って案外うらでモテてるから……。あんまり邪魔をしたくないの」
葉月は、何余計なこと言ってんの!と心のなかでツッコんだ。
「私、どうすればいいと思う?」
撫子は涙を流しながら、葉月と目を合わせた。
「—申し訳ないけど、やっぱり撫子が思いを伝えるしかないんじゃないかな。隆之介くんがそういうのに鈍感ってのは想像つくし」
「そっか……」
「それにほら、彼女は作らないって言ってたけど、それってこの世界に来る前の話でしょ?もう半年以上前のことだし、考えも変わっているかもよ。もっと前向きに捉えてみたら?」
「確かに」
「振られるのが怖いんでしょ、撫子。そのあと気まずくなっちゃうし」
撫子がドキンと体を震わせた。
「大丈夫。撫子からきっと想いが伝わるよ。私は信じてる」葉月は撫子の両肩を掴み、両目をまっすぐ見据えて言った。
「葉月……ありがとう。私、頑張ってみるよ」撫子は頬を赤らめた。
「あと、もう一つ質問したいんだけど……一鉄くんのことどう思ってる?だってちっちゃい頃からの仲なんでしょ?」
「んー、あいつかー」葉月は腕を組んで、悩ましそうにしている。「男子の中でも気が利く方だとは思うけど、なにせ筋トレが趣味の脳筋だからね。ちょっと私のタイプじゃないかも。もっとスラッとしていて高身長の人がいいかな」
「高身長……ダージェくんとか?」
「確かに。ちょっと考えてみようかな」
葉月が真面目な顔で呟くと、白熱電球が淡く灯る中、二人は大声で笑った。
その頃、魔神城の玉座の間には、ヒノカグツチ、ヒロイマル、アグカルの三人が集結していた。この三人は魔神軍の創設メンバーである。
「もうそろそろ定刻だけど……ちゃんと来るかなぁ」ヒノカグツチがワイングラスをくるくる回しながら呟く。
「サパコスじゃありませんし、遅刻はないでしょう。」ヒロイマルが言った。
それと同時、入口の扉が重厚感のある音を立てながら開いた。そこにはハクビシンのような見た目をした長身の魔族が立っている。腰には忍者刀もある。
ヒノカグツチは壁掛け時計をチラと見た。「まじで定刻ぴったりじゃん。本当に尊敬しちゃうよ、ヴィレッサム」
「光栄の極みです」
「いいから座りな」
ヒノカグツチが指を鳴らすと、どこからともなく座布団が飛んできた。そして玉座の正面に降りたし、ヴィレッサムはその上で正座した。
「今日呼びつけたのはね、ヴィラージュの村に回復呪文の使い手が現れたことについてさ。この話は聞いてる?」
「はい。どうも神族と近しい見た目をした少女が会得したと」
「彼らは自分たちのことを『ニンゲン』と呼ぶ。何十億年と生きているはずなのに、聞いたことのない名だ。不思議だよねぇ?」
ヒノカグツチが問いかけを飛ばすも、ヴィレッサムは反応しない。
「まぁいいや。せっかく唯一の使い手、フレルを殺したのに、このままじゃ意味がなくなっちゃう。何をすればいいか……分かるよね?」
「その少女を殺してこいと」
「あぁ、そこまでしなくていいんだ。ただ秘密裏に拉致すればいい。フレルは説得できなさそうだったけど、外部から来た人物なら寝返らせることもできる」
「……承知しました」
「戦闘になるかもしれないけど、別に無理に殺す必要はない。流れる血は少ないほうがいい。子供は絶対殺すなよ?」
ヒノカグツチの眼光が一気に鋭くなる。
「……わかってます」
「君も忙しいのはわかるんだけどさぁ、契約満了も近いし、最後に一仕事してもらおうかなって。あと、今回の働きっぷりによっては、契約継続も考えるから。そこだけ覚えておいて」
ヴィレッサムは無言で一礼し、その場をあとにした。その目に光はなかった。
分厚い扉が閉まると、魔神軍の参謀、アグカルが眉毛を釣り上げながら口を開いた。
「あいつ、あんなに無愛想でしたっけ?」
「さぁな。もともと口の多いやつではなかったが。時の流れというのは早い」ヒロイマルはため息をついた。
「性格はともかく、戦果は上げている。彼はとても優秀だよ」ヒノカグツチは玉座から立ち上がった。「ただ、残念なのは彼の寿命が数百年程度しかないってことさ」
魔神は窓ガラスから魔族の街を眺めながら言った。




