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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
二人の少年編(六章)
64/70

64話 本当の気持ち

 温かな手から心臓の鼓動が伝わってくる。状況を把握しようと周りを見渡す両目から生気が伝わってくる。一つの傷跡もないまっさらな肌から軌跡が伝わってくる。

 信じられない―。まさか私が、隆之介を蘇生させたなんて―。

 涙が込み上げてくる。何度目かわからない。もうすでにダムは決壊している。鼻をすすりながら、血の気の戻った隆之介の頬に触れる。

「隆之介のばか……!心配したんだから!でも、死ななくてよかった……」

「撫子。お前が傷を癒してくれたんだな。ありがとな」

 命を救ってもらったにしてはドライな言い方だが、これでこそ隆之介だ。撫子は安堵の表情を浮かべる。

「あっ、鼻血……」

 突如撫子の花からポタポタと血が垂れ出す。大した量ではないが、ベッドを汚したら大変だ。即座に手で押さえる。隆之介も近くにあったタオルをパスして渡す。

「ほらこれっ。新品じゃなくて申し訳ないが」

「大丈夫だよ」鼻血が弱まり出したかと思ったのもつかの間、強い酩酊感に襲われる。「あれっ……なんかフラフラする……」

 撫子は受け身も取れず、病室の床に倒れ込んだ。

 普通なら駆け寄るところだが隆之介は冷静だった。腕や足を動かし、痛みがないか確かめる。大きく深呼吸をし、血液が体内に溜まっていないか確かめる。

 体を動かしてもいいと判断すると、横たわる撫子をベッドの上に寝かせる。

 こいつは俺の命を延ばしてくれた。感謝してもしきれない。だけど、言葉であれこれ伝えるのは苦手だから、今度神の都できれいな洋服でも買ってあげよう。

 その時、外からドタドタと忙しそうに走る音が聞こえた。病室のドアが勢いよく開かれる。

「大丈夫?なんか聞こえたけど?」

 そこにいたのは、撫子の衝撃音を聞きつけてやってきたリマンだった。

「ってどういう状況?なんで撫子がベッドに?隆之介……アンタ目を覚ましたの?」

「はい。お陰様で」

 とりあえず、隆之介はリマンに事の顛末を説明することにした。

「なるほど。つまりあんたは撫子がなにかの力に目覚めたことで、自分は意識を取り戻したと考えているのね」

「今は亡きフレルさんも、魔神軍との交戦がきっかけで、回復呪文の力を発現させたと聞いています。どんな気持ちがきっかけとなったのかは知りませんが、撫子の思いが魔力を覚醒させたんだと思います」

 フレルはベッドの上の撫子に視線を向け、思案する。そして、こう告げる。

「回復魔力の関連については、神族のほうが詳しいわ。明日神の都に行くべきね。隆之介、今晩はここで過ごしなさい。明日になったら退院していいから」



 翌朝、隆之介は眠たげな撫子を連れ、神の都を訪れた。ヴィラージュの家に向かっている途中、別の用事があるというゴリベアとも合流した。

 光の扉で三半規管を刺激されたあと、ヌーラスの案内で、アシナヅチのいる玉座に向かうことになった。隆之介たちは当初、ヌーラスにだけ相談事をするつもりだった。しかし、ヌーラス曰く、上様が隆之介のことをひどく心配していたので顔を見せたほうがいい、とのことだった。

 重厚感のある扉をくぐると、何メートルも先に、玉座で足をブラブラさせるアシナヅチの姿が見えた。久しぶりにお会いすると、幼い見た目から溢れ出る威厳や責任に驚かさせる。

 玉座の前で膝をつき、三人ともども頭を下げると、アシナヅチが口を開く。

「面を上げい。ってか立つのじゃ!隆之介!」

「えっ?」

「褒め称えられるべきは、死の淵から見事に生還したお主じゃろう。一番の功労者に頭を下げられては、わしの器が危うい。二人も立って良いぞ」

 撫子とゴリベアは互いに顔を見合わせて困惑しながらも、周りを伺いつつ立ち上がる。

「あの……それなんですけど、実は俺が目を覚ましたのは、俺自身の頑張りと言うより……」

 隆之介は昨晩に起こったことを子細漏らさず説明した。アシナヅチの目つきが鋭くなる。

「して撫子。お主はどういう経緯でその力に目覚めたんじゃ?」

 それまで隆之介とアシナヅチのマンツーマンだったのに、急に話を振られて、撫子はびっくりしてしまった。

「私は隆之介が意識を失った当初から、交代しつつではありながらも、毎日看病を続けていました。ベッドの隣で過ごす時間が増えるにつれ、隆之介を助けたいという思いが強まりました。そして、それが昨日の夜に最高潮に達したんです。そしたら、白い空間に飛ばされて……そこには見知らぬ神族の人がいました。その人の手を握ったら……力が宿っていました」

「なるほどのう。その神族の名前は分かるか?」アシナヅチは前のめりになる。

「はい……。ってあれ?絶対聞いたはずなのに……?すみません、思い出せません」撫子は悔しい気持ちでいっぱいだった。

 アシナヅチとその隣のヌーラスは互いに視線を合わせる。「ヌーラス―これはまさに―」

「ええ。フレルが言っていたことと同じですね」

「どういうことですか?」ゴリベアが尋ねる。

 ヌーラスは神妙な面持ちで語りだす。「約5億年前、神の都は魔神軍の大侵攻を受けました。幸い上様におケガはなかったものの、多くの神族が命を落としました。フレルが回復呪文を習得したのもその時です。フレルは言いました。謎の神族の手を握ったところ、回復呪文を使えるようになっていた。しかし、その神族の名前は分からないと」

「他にも多数の使い手が同じような証言を残しておる。―全員殺されてしまったがのう」

「しかし、過去の文献から推測はできます。撫子さんに力を授けた神族は、オムスビヒメで間違いないかと。彼女は記憶に残っている中で、最古の回復呪文の使い手ですから」

「ほう、わしには見当もつかなかったのに……。やっぱりヌーラスは物知りじゃのう」アシナヅチは感銘を受け、カッカッカと笑った。

「撫子さん。改めましておめでとうございます。ですが、よいことばかりではありません」ヌーラスの声が低くなる。

「それって―」隆之介が呟く。

「さきほど上様がおっしゃった通り、回復呪文の使い手は魔神軍の標的にされます。せっかく与えたダメージを回復させたら面倒ですから。これは歴史が証明しています」

「つまり、次に魔神軍の侵攻があった場合、撫子はまっさきに命を狙われるというわけじゃ。まぁ魔神軍に情報が漏洩していることもあるまいし、あまり気にする必要もないがのう。ただ、その時がいつ来るか分からぬ。隆之介、しっかり守ってあげるんじゃぞ」

 アシナヅチ直々の命令に、隆之介は少し間をおいて頷いた。

 その夜、隆之介の復活(ついでに琉太も)と撫子の回復呪文の習得を祝って、盛大に宴が開かれた。普段なら、向日葵たちとダージェ、ドラだけしか寝食を取らないが、今夜に限ってはヴィラージュたち魔族も招待された。冬野菜が豊作だったので、根菜をたっぷり使ったポトフなど、千代子の料理の腕が光った。味がよく染み込んだ野菜を頬張る向日葵たちを見て、農業を担当している耕作も嬉しそうだった。

 宴がたけなわに入った頃、隆之介が席を立ち、黒板の前へ移動した。今回の主役の一人だ。当然、皆の視線が集中する。隆之介は語った。撫子の魔力の凄さを、責任を、その危機を。

 誰一人として茶化す者はいなかった。いつも静かにできない向日葵やドラも、この時ばかりは真剣に話を聞いていた。悠玄だって、特に口を挟まなかった。

 話し終えると、それまで熱気に満ち溢れていたリビングが、急に冷え込んだような気がした。まずい、いま伝えるべきではなかっただろうか。

「おいおい、隆之介。かわいい撫子ちゃんを守るのは、お前だけじゃないぜ」アーロンが髪をなびかせながら呟く。

「そうですよ。あたかも自分だけの責務みたいに言ってますがね、私たちもいますから」弟に負けずと、エリーが言う。

「回復呪文とか関係なく、撫子ちゃんは大切なクラスメイトさ。いくら魔神軍に狙われる可能性が高いからって、逃げ出したりなんかしないよ」一鉄が拳を握りしめながら言う。

 アーロンたちの発言に便乗して、向日葵たちが「そうだそうだ」と口々に叫ぶ。隆之介は撫子の方をちらりと見る。予想通り、真っ赤になって、桜花と葉月に背中をさすられている。

「みんな……ありがとう」隆之介は胸に手を当て言った。

 演説の一部始終を、ヴィラージュは温かな目で見守っていた。士気が落ち着いたあと、テーブルの上から告げる。

「お主ら、もう夜も遅い。わしらはこれで失礼するから、早めに寝るんじゃぞ。それじゃあ、おやすみ」

 ヴィラージュ、クライゼル、ゴリベア、リマンは早々にホマレ荘から去った。

「私もこれで」

 ひつじいも向日葵たちに一礼したあと、その場をあとにした。

 料理の片付けをして、テーブルを拭き、急いで風呂に入る。長風呂に浸かっていたつもりはないのだが、すっかり夜もふけ、リビングには千代子、葉月、平一郎、向日葵の4人しかいなかった。

 葉月と平一郎は、それぞれピンクと水色のパジャマを着用し、あとは歯磨きさえ終われば、もう寝れそうな感じだ。千代子は着替えているものの、黙々と皿洗いをしている。向日葵だけはいつもの服装のままで、ウトウトしながら薄っぺらい小説を読んでいる。

「向日葵、もう眠たそうやないか。さっさと寝たらどうや?」

「いやだ!今日は遅くまで起きるんだもん!」向日葵は平一郎の提案を拒み、その場で地団駄を踏む。

「子供は寝る時間だよ。ほら、部屋までおんぶしてあげるよ」

 葉月は向日葵の正面でかがみ、背中を見せた。

「いや、アタイが連れていくよ。それよりも葉月、あの話を―」

 千代子が二人の間に入り、葉月にだけコソコソ話をした。風呂から出たばっかりの隆之介は、その内容が気になってしょうがなかった。

 階段を登って千代子と向日葵の姿が見えなくなると、平一郎と葉月が一斉にこちらを向いた。

「ねぇ隆之介くん。単刀直入に聞くね」

「お、おう」葉月の剣幕は今までに見たことないぐらい鋭かった。

「撫子のこと、どう思ってる?」

 隆之介は拍子抜けした。みんなの前であれだけ気持ちを吐露したのに、また同じことを言わなければならないのか。まぁ大事なことだ。何回告げてもいいだろう。

「もちろん感謝しているよ。この恩はいつか返すつもりでいるさ」

「へぇー。本当にそれだけなん?」

「えっ?いやまぁ、大切な友達だ。これ以上思っていることなんてないぞ」

 平一郎と葉月はほぼ同時に大きなため息をついた。

「隆之介くん、考えたことない?どうして同じ幼地味なのに、向日葵ちゃんと功くんには魔力が発現せず、撫子にだけ発現したのか」

 目から鱗だった。確かにそうだ。向日葵たちだって数えきれないほど見舞いにきていた。身の回りの世話もしていた。発現の機会は幾度もあったはずだ。

「魔力の発現には様々なきっかけがあるんやが、一番多いのは『強い感情』らしいわ。怒り、喜び、悲しみ……呪文や魔力によって必要な感情が違う。そして回復呪文で必須なのは、『献身的な愛』みたいなんや」平一郎が落ち着いた声で言った。

「そうなのか……。どこでそんなことを?」

「クライゼルさんや。多分間違いないと思うわ」

「一口に愛と言っても、いろんなバリエーションが有る。友愛って言葉もあるしね。だけど、向日葵ちゃんと功くんではなく、撫子だけに魔力が発現した。共通の時間を過ごしているはずなのに。そんな撫子の心にあるのは……」

「恋心ってことか―」隆之介が震えた声で言った。

「やっと気づきおったな。この鈍感ヤロウ」

「隆之介くん。あなたは撫子を魔の手から守ろうとしてるけどね、撫子が真に欲しいものは別なんじゃないかな?」

 魔神軍との戦いに明け暮れて、気づけなかった自分が恥ずかしい。俺は撫子の恋心の上に生かされた。撫子は何が欲しいんだろう。答えは明白だ。

「俺の気持ちか……」

「隆之介くんがやられる前も、撫子から話を聞いた。その時、撫子は言ってた。この恋が叶うことはないって。その時の表情が、あまりにも切なくて……。お願い!恥ずかしいのはわかるけど、撫子の気持ちに応えてあげて!」葉月は隆之介の目をまっすぐ見据えて言った。

「了解した。とりあえず、自分なりに頑張ってみるよ。だけど、知っての通り、俺は恋愛において完全なる初心者だ。できれば定期的に相談に乗ってくれるか?」

「もちろんや。俺のアドバイスが参考になればやな」平一郎が目を細くして言った。

「全くだ。茶々に怒られてばかりなのに、よく撫子の真意に気付けたな、平一郎」

 三人は人目をはばからず、大声で笑った。

 隆之介と撫子。二人の運命の旅は、大きくねじ曲がったのだ。


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