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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
二人の少年編(六章)
63/70

63話 涙の数だけ強くなる。

 その日のうちに、ドラは悠玄組を除いたクラスメイトすべてに挨拶に行った。ダージェと似たような境遇ということもあり、なにか暴言を言われるのではないかと構えていた者もいたが、その純粋な笑顔に耐えきれなくなったことで、互いにすぐ打ち明けることができた。

 夜、ホマレ荘の管理人、桜花はドラを自室に案内した。トイレの使い方や服のたたみ方など、人間としての生活の仕方を丁寧に教えた。泥や埃にまみれていたので、本当は風呂に入ってもらいたかったが、ドラはベッドに潜った瞬間、眠りについてしまった。

 きっと孤独な日々を過ごしてきたのだろう。そう考えると、桜花には起こすことなどできなかった。部屋のドアを静かに閉め、一階の共有スペースに向かう。夜もふけ、時刻は10時半。千代子以外はだいたい寝ている時間帯だが、テーブルの周りには、琉太、茶々、ダージェがいた。

 桜花は湯呑みで白湯を飲んでいる茶々の隣りに座った。いつもは神道にちなんだ水干に身を包んでいる茶々も、寝るときばかりは白い寝間着を着用している。

「いやぁ今日はお疲れだったね。茶々ちゃん!」桜花は茶々の方に手を置いた。

「まったくですよ。ドラさんと来たら、向日葵さんに負けないぐらい元気いっぱいで……。ヴィラージュ様に許可を取って、神の都にまで行ったんですよ。アシナヅチ様に事後報告するつもりだったのに……まさか移住が決まった当日に謁見するとは思いませんでした。もうしばらく、神の都は懲り懲りです。あの扉をくぐる感触、これはなかなか慣れませんね」

 茶々は白湯をすすりながらため息をついた。

「ウチも大変だったよ。ドラくんってば、トイレの使い方とか何も知らなくって……。やっぱりそういう文明に触れずに育ってきたのかな?」

「まぁそうだろう。だが、一つ疑問が浮かんでくるな」琉太がダージェの方を向く。「ダージェ、お前は本当に何も覚えていないのか?」

 ダージェは腕を組んだまま、黙っていた。その隙に桜花が琉太に駆け寄る。

「ちょっと!一緒に生活するようになってからまだ一ヶ月も経っていないのに、踏み込み過ぎじゃない?」

「こいつはもとより、俺や千代子に感謝を伝えたいという理由で、ホマレ荘に移住した。俺には聞く権利がある。それにこいつの素性は不明だ。魔神軍を刃を交えている以上、疑うべきはずなのに、上様含めてみんな麻痺している。お前を疑ってるわけじゃない。ただ比較対象もできたことだし、この際だから、疑惑を晴らしてくれ」

「琉太くんの気持ちはわかるよ。でもダージェくんにも心がある。話したくないことだってある。今はそれを考慮してもいいんじゃない?」

「お前たちにかかるかもしれない火の粉を払いたいだけなんだ……。わかってくれ」

 ダージェはジトッとした目で、琉太たちの口論の様子を見た。腰巻きのポケットに手を突っ込み、ソファから立ち上がる。

「人が言い争う姿を見るのは好きじゃない。喋らせてもらうぜ」

「琉太。俺はお前に感謝を伝えたいとは言った。だけど少し前にありがとうって言ったし、何より現在進行形で魔神軍を滅ぼすために戦っている。拾ってくれた恩義や両親のことを調べてくれた恩義は忘れない。でも、貸し借りはなくなった。これ以上知っていることを喋る義理はない」

 ダージェは冷たく言った。

「だけどまぁ、今日は気分がいい。特別に思い出したことを話してやる」

 ダージェの口角が片方だけ上がった。桜花は、じゃあクソ長い導入いらなかったじゃんと心のなかで思った。

「大きく分けて二つだ。まず1つ目、おそらく俺には姉がいる。年齢とか……見た目は思い出せないが……大切にしてもらった覚えがある。一緒に遊んだりとか。そして2つ目、これはドラを救出したときに、思い出したんだが……俺は幼い頃家族と共に暮らしていたらしい」

「独りで暮らしている頃は赤ちゃんの頃に捨てられたか、離れ離れになったと思っていた。だが、トイレの使い方だったり時計の読み方を覚えているのを考えると、きっと日常的な知識を教えてくれるような人と暮らしていたのだろう。見ての通り、俺は魔神軍に嫌悪されている。神族だって誰も俺のことを知らない。俺を助けてくれる存在。それは家族しかいないんだよ」

 あらかた語り終えると、ダージェは再びソファに体重を預けた。

「わっちも質問があります」ダージェは一休みしようとしたが、茶々はその隙を与えない。「千代子さんから聞きました。ドラさんが魔族だったら殺すと。頭部の耳にフサフサの尻尾……ドラさんは100パーセント魔族です。なぜそのまま受け入れているのですか?」

「フンっ、簡単だ。戦力になると思ったからだ」

「それだけですか?」

 茶々の言葉には熱がこもっていた。ダージェはソファに深々と座り直す。

「あいつを見つけたとき、俺の心の中に温かいものが溢れた。姉のことを思い出したときと同じ感じだ。なんの証拠もねえ、根拠もねぇ。でもなぜか、あいつのことは他人とは思えねぇんだよ」

 ダージェの声は少し切なそうだった。

「ドラのことも調べを入れる必要があるな。魔族や神族に知っている者がいるかもしれない。明日、神の都で聞き込んでみるよ」琉太が言った。

 議論で疲れた体をさっさと休めるため、ダージェは自室に戻ろうとした。その時、玄関の扉が開き、冷え冷えとした空気が、共有スペースに入り込んできた。連日の夜勤で髪がボサボサになった蛍二が、体を震わせながら靴を履き替えている。

「蛍二くん!こんな時間まで……。ほら、体を冷やしちゃだめだよ」桜花が毛布を手に取り、蛍二に被せる。

「ありがとうございます。隆之介さんから、なかなか目が離せなくって」蛍二が鼻水を垂らしながら言った。

「なぁ、隆之介はどうなんだ?」琉太が尋ねる。

 蛍二は首を横に振る。「サパコスの襲撃からかなりの時間が経っていますが、回復の兆候は見られません。未だ生死の境を彷徨っています。まったくもって油断はできません」

「そうですか……」茶々が怒りを交えて言った。

「隆之介さんはサパコスとの戦いの土壇場で、魔力を発現させました。これが体に大きな負荷を与えたと見ています」

「だから俺よりも治りが悪いのか」

「今はリマンさんと撫子さんが交代で見守っています」

「撫子?あいつは医学の知識なんて持ってねぇだろ?」ダージェが強めの口調で言う。

「ダージェくん……あなたは来たばっかりだから知らないと思うけど……撫子は隆之介くんのことを誰よりも心配しているんだよ。向日葵ちゃんや功くんと同じ、幼馴染なんだから」桜花は今にも泣きそうだった。

 隆之介は撫子にとって大切な人だが、桜花もまた、撫子の親友だった。よく葉月を交えて、女子会を開き、恋バナで盛り上がった。その話の中で撫子が隆之介を人一倍想っていることを知った。撫子は寝る間も惜しんで、看病を行っている。桜花はそんな親友を心の底から憂いているのだった。



 隆之介が意識を失ってから早数週間。撫子は手元のライトを頼りに、腕や足から滴り落ちる汗を拭いていた。

 数分前、蛍二が診療所をあとにした。一晩だけ休息が欲しいらしい。本音を言えば、医療従事者として隆之介の隣にいてほしいところだが、もう何日も睡眠を取れていないという。リマンも滞在している。隆之介をずっと見ていろというのは、傲慢がすぎるだろう。

 撫子は隆之介の手を握った。以前なら間違いなく赤面していただろうが、サパコスに襲撃されてからというもの、一日一時間は握っているので、もう慣れてしまった。

 思い返してみると、ホマレ荘での暮らしが始まったあたりが、一番幸せだったのかもしれない。学園での寮生活から、ホマレ荘での男女共同生活に切り替わったことで、隆之介との会話の時間も増えた。隆之介は鈍感だ。撫子の奥に潜んでいる想いなど、気付きもしない。だけど、間違いなく二人の心は通っていた。

 溢れ出る涙を堪えることができない。撫子は袖口で涙を拭いながら、隆之介の首にかかったペンダントを見た。透明なケースの中に、小指ほどの家族写真が入っている。

 数年前言っていた。これは父の形見なのだと。

 この世界に来たとき言っていた。このペンダントをお墓で父に見せるまでは死ねないと。

「お父さんに会うんでしょ……。死なないでよぉ……!」

 死んだように眠る隆之介の頬に触れる。温かい。まだ死んでいない。だがいつ生き返るか分からない。心臓がズキズキ痛む。この診療所に運ばれたときも、同じ痛みを感じたのだろうか。撫子は必死の思いで、頬にキスをした。

 突如、辺りが白色の光りに包まれた。撫子は反射で目を瞑る。

 次に目を開けたとき、周りには何もなかった。ベッドで眠っていたはずの隆之介も、自身が座っていた椅子も、ぜんぶ。

 背後に人が立っている。髪はサラサラで金色。鼻が高く、目が大きい。茶々と同じような和装を着ている。

「誰ですか……?」撫子が聞く。

「私はオムスビヒメ。愛する人を助けようとする人に力を与える者です。撫子、あなたの行い、天国から見ていましたよ」

「天国……?じゃあ、あなたはもう……」

「えぇ。死んでいます。アシナヅチが生まれるずっと前に」

「もしかして神族ですか?そのサラサラの髪、上様とそっくりです」

「そうですか。それは光栄です」

 オムスビヒメは笑顔を浮かべた。撫子はなぜかフレルを思い出した。

「さて、私の身の上話はこのくらいにしておきましょう。撫子、単刀直入に聞きます。隆之介を愛していますか?」

 撫子の顔がトマトのように真っ赤になった。「いいえ!全然!」

 だが、オムスビヒメの表情は変わらない。感情を見透かされているような感じだ。

「嘘はだめですね―。隆之介のこと、大好きです。心の底から愛しています」

「それは友としてですか?」

「違うと思います。自分でもよく分からないんですけど、たぶん恋ってやつです」

 次の瞬間、撫子は我に返った。何を赤裸々に語っているのだろう。早く病室に戻らなければ。

「そうです—!隆之介のことが大好きだから、早く戻らないと!出口はどこですか?」

「まぁまぁ、落ち着いてください」

「私は隆之介を助けたいんです!この命に代えても!」

「そんなことを軽々しく言ってはいけませんよ……と言いたいところですが、その気持ちが実際に人を動かします。他人を想うことができる人の命を無駄に散らさないために、私がいるのです」

「どういうことですか?」

「撫子。私はあなたの気持ちに感動しました。片思いだと分かっていても、愛する人に尽くす……そんな人なかなかいません。あなたに力を授けましょう」

「力……!」

「この力は強大です。しかしその希少さ故に、争いの原因になることもあります。その責任を、あなたは受け入れられますか?」

 撫子は首を縦に振る。「隆之介を助けるためなら」

「分かりました。呪文は『ハイレン』です。手を—」

 撫子は差し伸べられた手を力強く握った。辺りが白い光に包まれた。

 いつの間にか眠ってしまっていた。眼の前では、隆之介が汗だくで眠っている。今のは夢だったのだろうか。

 そんなはずはない。私は確かに、オムスビヒメの手を取った。そして力を……隆之介を助ける力を手に入れた。

 隆之介の手を掴む。教えてもらった呪文を叫ぶ!

「ハイレン!傷よ治れ!」

 隆之介の体がおぼろげな黄緑色の光りに包まれる。血液が循環し、傷が次々と塞がっていく。血の気が戻っていく。

 指がピクリと動く。そして―。

「撫子?俺はなんでここに......?」隆之介は言った。

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