60話 魔封術
白髪の老人はロペスをギロリと見つめた。その直後、背後で佇んでいたクライゼルに気づき、フンと鼻を鳴らした。
「久しぶりじゃのう、クライゼル」
「ご無沙汰しています。いつもお世話になっております」
クライゼルは胸に手を当て、浅めにお辞儀をした。
「あの……このお方は?」ロペスがクライゼルを見上げて尋ねる。
「少年。相手のことを知りたいのなら、まずは自分から名乗るのが礼儀であろう?」
「あっ!はい、すみません!ドラミニ・ロペスと申します。新しい魔力の使い方を知るためにやってきました」
「私が教えたんです。あなたの術のことを」
「ふむ……。年を取りすぎておるが、まぁ子供だからいいじゃろう。して、なぜ力を欲しておるのじゃ?」
ロペスの握りこぶしに力がこもる。
「魔神軍に大切な人を傷つけられたからです!私は体が小さく、戦闘には不向きです。だから、魔族が侵攻してくるたびに、誰かに守られてきました……。そんな体たらくはもう嫌なんです。自分の身だけでなく、宝物を守れる人になりたい!そのためにここに来ました」
ロペスは今まで心の中でグルグル渦巻いていた、みんなへの申し訳なさ、そして強くなりたい気持ちを吐露した。老人の反応は冷ややかだった。
「お主の思いはわかった。だが、ここは一般の道場などとはわけが違う。そもそも普段わしが何をして生活しているか知っているか?」
「孤児を受け入れていると聞いております」
「そうじゃ。しかも無差別にな。まぁ、見たほうが早い。来るが良い」
天井や床のあちこちが軋んでいる民家の中に入ると、神族の幼子たちがチャンバラや積み木で遊んでいるところが見えた。数は5人ぐらいだろうか。囲炉裏の周りを走り回り、子供らしく自由気ままに過ごしている。
「これこれ、走るでない」
子どもたちがロペスたちを不思議そうに見る。「おじいちゃん?お客様?」
「あまり騒ぐでないぞ。あいつらはどうした?またイタズラでも仕掛けるつもりかの?」
「ちぇっ、バレちゃった。みんな、出てきて!」
天井の隙間、タンスの引き出し、本棚の上など、死角となっていた場所から次々と子どもたちが姿を表す。ロペスは度肝を抜いた。
「……魔族?」
「孤児に違いはなかろう?こやつらは皆、親を亡くし、天涯孤独となった。それをわしらが見つけ出し、一定の年齢になるまで保護しているというわけじゃ」
「でも、魔族の街ってずっと遠くにあるのでしょう?」
「わしの知り合いに魔神城の城下町でくらす魔族がおっての。そこには身分の低い者が軒を並べるスラム街もある。そこで恵まれぬ子どもたちを保護し、ここへ逃がしてくれるのじゃ。神族の場合もだいたい同じじゃな。そこのクライゼルも、もともとはスラム街出身じゃ。まぁ保護したのはヴィラージュ殿じゃがな」
「……アシナヅチ様に怒られないんですか?」
「わしは神の都を追放になった身じゃ。アシナヅチの命令など知らぬ。戦争においては中立を貫いているし、目をつけられる理由もあるまい。それにな……見てみよ」
老人は部屋の奥で笑いながら遊んでいる子どもたちの方に視線を移した。
「こやつらに魔族も神族もない。そして両族間の諍いもない。わしは他人を見た目だけで差別しない純粋な心を持ったまま、大きくなってほしいと思うのじゃよ」
子どもたちを見る老人の表情が、ほんの少し緩んだ気がした。次の瞬間、どこからともなく飛んできたおもちゃの剣が、ものすごい勢いで老人の頭にヒットした。
「まぁ元気すぎて困ることもあるがの」
「僕……こんなところにいていいでしょうか」
「お主は一応子供じゃ。子供なら、誰でもわしの術を教わる権利がある。それに、お主は魔族じゃろう?」
「いえ……違います」
「なに?そんなに肌が黒いのにか?」
「この子は半年ほど前にこの世界に飛ばされてきた『ニンゲン』という種族です。親族と姿形がよく似ていますが、どうも性状は違うようで」
「そうか……それは失礼したのう。さて、これでお主の入門が決定した」
「ありがとうございます」
「まず最初に、お主の実力を見ておきたい。外に出るが良い」
訪れたときには気づかなかったが、玄関の反対側に、柵に囲まれた訓練スペースがあった。ロペスと老人は距離を空け、互いに向き合う。老人の纏う空気は、歴戦の猛者と形容せざるをえない。
「とりあえず、最初は組手じゃ。武器を使わぬなら何をしても良い。呪文を使ってもよい。わしに攻撃を当ててみよ!」
周りの柵には子どもたちが座って歓声を上げている。「お兄ちゃん頑張ってー!」
「ボコボコにしちゃえ!」
「お主ら……あとで2部練といこうかのう」
老人がそっぽを向いてイライラしている隙に、ロペスは懐に潜り込もうとする。いくら炎の呪文を扱えるようになったとはいえ、琉太のように遠距離まで飛ばすことはできない。攻撃を当てるためには密着せねば。
「遅いぞ!」
先手を取ったと思ったが、老人は拳を振り上げていた。その拳がロペスの顔面を撃ち抜く。子どもたちが思わず顔を背ける。
「僕は……強くならなちゃいけないんです!」
ロペスの意識は飛ばなかった。返礼の拳を突き上げるも、老人に躱される。
「ふぅー。若いってのは根性があっていいのう」
「今度はこっちから行きますよ。フレイム!炎よ燃え盛れ!」
ロペスは複数の火玉を指先から放出する。一つ一つの威力は小さいが、攻撃を当てるという条件を満たすためなら事足りる。
「おっと!危ないのう」
老人は最小の動きで避ける。ロペスも次々と火玉を飛ばす。
「これはなかなか厄介じゃ!わしも引き出しを開けよう。魔封術」
火玉を避けつつ、両手の指同士を合わせる。老人の手から薄紫の霧が、もくもくと広がっていく。あっという間に老人を飲み込み、そしてロペスも包まれる。
その瞬間、フレイムを放出できなくなった。まるで魔力が根底から絶たれたようだ。やり方はついさっき掴んだはずなのに……。
「隙ありじゃ」
老人は慌てふためくロペスの腕を掴み、背負投げで地面に投げつけた。受け身が取れず、ロペスは仰向けに叩きつけられる。
「ま、参りました」
老人は腰をさすりながら、上からロペスを見下ろす。
「今のが魔封術じゃ。発動すれば、その場にいる全ての者はありとあらゆる呪文を使えなくなる。そしてその空間に存在する魔力は効力を失う。強制的に武術やフィジカルの勝負に持ち込むことができる」
「だけど……僕は小柄です」
「だから体を鍛えるんじゃろうが。それに、何も自分ひとりでないと使えない技でもない。ゴリベアみたいに己の体格のみで戦うやつと一緒なら、サポート用に発動することもできる」
「よく……分かりました」
老人がパンパンと手のひらを叩くと、辺りに立ち込めていた霧が、老人の手のひらに収束した。
「自己紹介がまだじゃったの。わしの名前はセイネツじゃ。ほれ、いつまでも倒れていないで、筋トレしに行くぞい」
ロペスは急いで立ち上がり、小屋に戻っていくセイネツを追いかけた。




