6話
一夜明け、琉太を先頭に、向日葵たちは再び歩き出した。功は最後列で、隆之介におんぶされながら移動している。
「功、怪我の様子は?」
「昨日よりは痛みが引いたと思う。でも、あんまり激しく動かすと痛い」
隆之介が功に声をかける。隆之介も、昨夜の事件に責任を感じているらしい。
「そういえば、隆之介。昨日なかなか眠れなかったってアーロンくんから聞いたよ。大丈夫?」
「あぁ、この程度。朝飯前だ」
平然と答える隆之介。その表情はいつもと同じだが、隆之介は昨夜のことを思い出していた。
昨夜、隆之介はなかなか寝付くことができなかった。いくら目を瞑っても、いくら呼吸を整えても、意識が消える様子はなかった。寝ようとしても、頭の中で、オオカミに襲われる功の情景が浮かんでくるのだ。隆之介の責任感は、人一倍強かった。
昨夜のことを思い出す隆之介に、横から向日葵が『どうかした?』と声をかける。しかし、隆之介は反応しない。向日葵は無視されたと思い込んだのか、
「よーし!」
隆之介のほっぺたを、ジャンプして突いた。
「おい!向日葵、何すんだ!」
「だってー、隆之介が反応しないんだもん」
やがて、二人は口論に発展する。それを撫子や功が仲裁するのがいつもの流れだ。今日は功が動けないため、撫子が間に入る。
「まぁまぁ。隆之介もボケっとしてると危ないよ」
「そうだよ!」
「向日葵は黙ってろ」
功は背中で口論の様子をじっと見ていた。昨夜の事件をものともせず、元気に活動する向日葵を見ると、功はくすっと笑った。そして、一人心のなかで安心する。向日葵に影響がなくて良かった、と。
半日ほど歩くと、みんなの顔に疲れが見え始める。隆之介と向日葵は、口論しながら歩いたためか、特に疲れが大きい。功は隆之介の背中で寝ている。
「もう歩きたくないよぉ。撫子、おんぶして〜」
「えぇ…私も疲れたよ」
向日葵のいつものわがままが始まる。昨日は功がおんぶしたが、今日はそうもいかない。
「困ったな…俺もふたり一気に持つのは無理だ」
隆之介もお手上げ状態。そんな状況の中、本来前の方にいるはずのアーロンが、突如姿を現した。
「女の子のピンチにさっそうと登場!クラス一の二枚目、アーロンだぜ!」
エリーは近くにいない。そのため、いつもの鬱憤を晴らすが如く、調子のいい声を張り上げる。
「二枚目半だろ」
「三枚目じゃない?」
「うぅ…。二人とも、厳しいね」
「なんで来たんだ?」
アーロンは調子を戻し、声を張り上げる。
「そりゃあもちろん、向日葵ちゃんを助けるためさ」
「向日葵の声に反応して、ここに来たのか…」
向日葵が疲労を訴える前、アーロンは列のかなり前の方にいたはず。当然、向日葵の声など聞こえるはずがない。
「いやぁー、何か耳に入ってきちゃったんだよね。『もう歩きたくないよぉ』って声が!」
「こいつやべぇ…」
隆之介はドン引きする。そんな隆之介を無視して、アーロンは向日葵の前で、背中を見せて跪く。
「さぁ向日葵ちゃん。乗りなよ。乗り心地は保証するよ?」
「…なんかやだ」
向日葵がつぶやいた瞬間、アーロンはその場で血反吐を勢いよく吐いて倒れた。
「アーロンくん!?」
撫子がアーロンにかけより、軽く揺さぶる。アーロンはピクピクと痙攣している。
「大丈夫?」
「…僕の心にクリティカルヒット…」
そのまま、アーロンの意識はぽっくりと消えた。撫子は呆れた表情で、ため息をつく。
「ここにいましたか」
「エリーちゃん。アーロンくん任せていい?」
「はい。迷惑かけて、申し訳ありません。あとでしっかり叱っておきます」
エリーはアーロンの片腕を持つと、そのまま引きずって列の前の方へと向かった。
「私、変なこと言っちゃったかな?」
「気にすんな」
向日葵は自分で歩かなければならないことに気づき、モヤモヤした気持ちになった。
この後、向日葵たちは順調に歩みを進め、その日の夜を迎えた頃には、約十キロ歩くことができていた。そして、翌日も同じペースで歩き続け、半日が経った。
「着いたな」
「そうだね」
琉太を中心とした2年A組の面々は、無事に川の上流へ到着することができた。隆太の眼の前には、大きな滝があり、右側には教室の二倍ぐらいの広場がある。
「へぇー。なんか綺麗なところだな」
後続の隆之介たちも、琉太に追いつく。
「とりあえず、広場で休憩するか」
琉太が指示を出すと、向日葵たちは一斉に広場へと駆け出した。広場にはクローバーやヨモギなどが生えており、それはまるでクッションのようだ。
「はぁ~疲れた」
「しばらくはここで滞在だな」
「隆之介、ずっと向日葵おんぶしてたけど、大丈夫なの?」
撫子は隆之介の腕にそっと触れ、問いを投げる。
「…もうしばらくはおんぶしたくねぇな」
隆之介の返答に、撫子はくすっと笑った。二人は、向日葵と功の方に視線を向ける。
「功見て!四つ葉のクローバー見つけた!」
「ほんと!?いいなぁ」
先日の喧嘩を忘れさせてしまうほど、二人のやり取りは本当に微笑ましいものだ。隆之介は笑みを浮かべながらも、ため息をつく。
「まったく、あのお気楽さが羨ましいぜ」
「それって皮肉?」
「違ぇよ。バーカ」
「なーにー!」
撫子はほっぺをぷくっと膨らませた。隆之介はその顔をじっと見つめる。そして、隆之介も撫子も、くすっと笑ってしまい、そのまま大きな声で笑った。