59話 黒い覚悟
琉太と隆之介は診療所に担ぎ込まれ、すぐさま手術が行われた。タイミングの悪いことに、蛍二が席を外していたため、いつも魔族の治療を担当しているリマンが代理を務めた。
人間を診たことがほとんどないリマンにとって、手術は難航を極めた。傷を針で塞ぐにしても、流太たちは魔族と比べて皮膚が薄いため、下手を打てば傷を増やしてしまう。
琉太は内臓にダメージが有り、腹の表面を冷やしてあげることしかできなかった。ただ、プールの水にお腹からダイブしたような怪我だったので、命に関わるようなことはなかった。
問題は隆之介だった。切り合いでつけられた無数の細かい傷に、胸に深く刻まれた十字の傷。特に胸の切り裂かれ方がひどく、胸骨に届いている箇所もあった。リマンは額から流れ出る汗を拭き取りながら、針と糸で傷口を塞いだ。
隆之介の手数は目を見張るものがあった。それを正面からねじ伏せられる者など……一体誰なのだろう。頭の中で可能性を模索しながら手術室を出ると、ダージェ、千代子、撫子の姿があった。
「リマンさん……二人の容態は?」千代子が聞いた。
「ひとまず流太は大丈夫。内臓に損傷があるけど、自然に治るようなものだし、直ぐに目を覚ますと思うわ」
「隆之介は?」
リマンは下を向きながら、首を横に振った。撫子は顔を押さえ、その場で崩れ落ちる。
「胸に刻まれた十字の傷……これがあまりにも深い。胸骨に届いている部分もあったわ。懸命に傷は塞いだ。だけど、柔らかい腹部にも傷がある。戻ってこれるかは……本人の意思次第ね」
撫子はくちびるを震わせながら、ぽろぽろと涙を流した。千代子が撫子の肩に手を伸ばし、ゆっくり抱き寄せる。
「撫子……心配ないさ。きっと戻って来る。アタイたちは信じて待つしかない」
「泣くんじゃねぇ……。俺だって隆之介には命を助けてもらった恩がある。感謝を伝える前に死んじゃ困る。琉太だって心配だ」
「へぇ……。アンタがそんな事言うなんてね。つい最近までみんなに突っかかっていたのに」千代子は声を震わせつつも、いつものようにハキハキとした態度で言った。
「最近気づいたんだよ。琉太が俺のためにあちこち駆け巡っていたって。ありがとうと言うのは当然だろ。父上に叱られるぜ」
ダージェが話し終わると、撫子の泣き声だけが診療所に響き渡った。もの悲しい雰囲気に耐えかねたリマンが、パンパンと手を叩いた。
「ほら、アンタたち仕事に戻りなさい。魔神軍の侵攻が激化して、暇ってわけじゃないでしょう。ダージェも手伝えそうなところは手伝いなさい。働かざる者食うべからずよ!」
「……了解した」
千代子は腰の抜けた撫子を立ち上がらせ、ダージェと一緒にその場をあとにした。
クラスの中でも最強格の御影隆之介が陥落した。この知らせは皆の危機感に触れた。そのせいか、魔力を発現したものや魔力を強化しようとする者が増えた。
忍術をベースに戦う偲は、棒手裏剣や煙幕弾などの多彩な道具に加えて、フレイム、バッサー、ウィンドという基本呪文を組み合わせることで、相手の意表を突くことを重視するようになった。
エリーも、アーロンに教えてもらいながら、なんとかフレイムの習得に成功した。前々から時間がかかったこともあり、習得時にはアーロンに煽り散らかされたが、覚えたての炎の呪文で蹴散らしたようだ。将来的には、漫画のように、レイピアに呪文をまとわせて、敵を穿てるようにしたいらしい。
クラスに吹いた情熱の風は、この男をも刺激した。黒人の少年、ロペスだ。
ロペスは体格に恵まれなかった。身長は功とどっこいどっこいで、功のような怪力もない。魔力を駆使して戦うほかなくなるため、日々の訓練はクライゼルに付き合ってもらっていた。
訓練を重ねるに連れ、魔力の発現が近いと告げられた。どうも魔力を扱う者にはなんとなく感じることができるらしい。しかし、そこから2か月近く、魔力の息吹を感じることはなく、冬を迎えた。
琉太は引っ込み思案なロペスを、何回も励ましてくれた。そんな感謝してもしきれない琉太が、魔神軍によって命を落としかけた。自分がもっと強かったら……抑止力になれていたら……こんなことにはならなかった。
琉太たちが襲撃された翌日、ロペスはいつものように訓練に励んでいた。基本的な護身術となるナイフの扱い方を、クライゼルに教えてもらっていた。その日はなぜか、体が暖かかった。
「では、私が木刀で振り下ろしにかかるので、ナイフで受け止めてください」
一定の距離を取ると、クライゼルが地面を蹴破って襲いかかってくる。練習の時より早いが、ギリギリ見える!ロペスは上からの斬撃を受け止める。
いくら非力でも、何ヶ月も続けていれば、多少筋肉はついてくる。今まで両手で受け止めていたのが、初めて片手に空きができた。
試すなら今だ!ロペスは叫ぶ。「フレイム!炎よ、燃え盛れ!」
きっとクライゼルを包む炎の渦が巻き起こると思った。だが、指先から出たのはライターほどの、小さな種火だった。
「おやおや、おめでとうございます」クライゼルは木刀をおろした。
「……お恥ずかしい限りで」ロペスが下を向きながら呟いた。
穴があったら入りたい。まさにそんな気分だった。だがクライゼルは笑わなかった。
「魔力の発現……本来なら皆で祝うところですが……あいにくそんな余裕はありません。しかも、そのような種火では、自分の身すら守れません。ロペスさん、新たな修行を開始しましょう」
「……新たな修行?」
「といっても、私が行うわけではありませんがね」クライゼルは木刀を放り投げ、ロペスを外へ誘導した。
「思い立ったが吉日です。とっとと行きましょう」
返事を聞く前に、クライゼルは腕を掴む。「ワープ!移動!」
ロペスたちは一瞬で空へと飛び立った。
移動中、ロペスが生まれつきのチリチリの髪が崩れないように押さえながら尋ねる。「これからどこに行くんですか?」
「私たちの古い知り合いに、神族のご老人がいましてね。その人は孤児を受け入れて、住処を与えつつ、戦いの術を教えているのです。魔力をベースにした戦闘術ですが、武器の扱いについても学べます。きっと、あなたにピッタリの師匠になるかと」
数分ほど飛行すると、ひっそりとした森の中に、ポツリと民家が見えてきた。500メートルほど先には、青く輝く海が見える。
「さて、つきましたよ」
クライゼルは木々の間を通り抜けるように、優しく着地する。
冬の終盤ということもあり、森のあちこちで草木の芽が生えている。リラックスするには良さそうな場所だが、ここで暮らすには不便も多いだろう。こんなところで孤児を受け入れて生活しているとは、一体どんな人なのだろう。
「アポ無しで申し訳ありませんが、事態は急を要します。ノックしちゃってください」
ロペスは咳払いをし、強めに二回ノックした。緊張で1秒が、10秒にも100秒にも感じられた。だが、小屋の中から発せられる幼子たちの声を聞いて、ロペスは冷静を取り戻した。
「誰なんじゃ?わしは何も聞いておらぬぞ……」
扉を開けて出てきたのは、ロペスと同じくらいの背丈、白髪の神族だった。




