58話 vsサパコス
サパコスの煽りで交戦が決定的なものとなった。隆之介はもちろん、琉太にも逃げるという考えは存在していない。
だが相手は百戦錬磨の軍団長。ニヤニヤと笑っているものの、隙は全く持って見えない。目を話したら一瞬で懐に潜られそうだ。
武器を構えて互いに見つめ合うこと30秒。サパコスが口を開く。
「どうしたぁ?かかってこいよ!」
隆之介は血管を浮き出しながら、真隣の琉太に静かに告げる。
「俺は正面からヤツを引き受ける。その隙に『フレイム』で横っ面をつついてやるんだ」
「任せろ」琉太はつばを飲み込みながら答える。
隆之介は地面を蹴破り、両手の刀に力を込める。サパコスもヘラヘラした表情を変えずに距離を詰める。「たまにゃあ刃を交えてみるか!」
両手剣の間合いに入った!隆之介が片手で初撃を飛ばす。サパコスは難なくそれを受ける。
偲を圧倒したやつがこんな一撃で陥落するわけがない……想定内だ。もう一本の刀で追撃!やはり防がれる。そんなことは気にもとめず、2本の刀で何十もの連撃を繰り出す。
手数を生かした全力……しかしサパコスの表情は依然として変わらない。
「残念だぜ隆之介—。お前の実力はそんなもんだったのかよ!」
こちらは二刀流で、相手はただのナイフ一本。斬撃の数は隆之介のほうが多いはずなのに、徐々に形勢が傾いていく。必死の刃は弾かれ、お釣りとして無数の刀傷が隆之介の皮膚に形成されていく。
チャクラムの扱いや体格が優れているだけではない。サパコスはナイフの扱いも比べ物にならないほど優秀なのだ。
「ほれほれどうした!せっかく筋トレとかしてるんだろ?持ち前の筋肉で、隙作ってみろよ!」
煽りに乗ってはいけない。さらなる連撃を浴びせる。だが、隆之介の傷は増えるばかり。
2本の刀を異なるタイミングで振るというのは、左右で違う拍子の曲の指揮をするようなものだ。意識しなくとも、少しずつリズムが重なっていく。
「おらぁ!」隆之介が2本の刀を揃えて、横に薙ぐ。
「よっと!」ナイフで受け止めたサパコスの口角が更に上がる。「今までで一番重い攻撃だ!普通の魔族じゃ吹き飛ばされるだろうな……。けど甘いわ」
サパコスがナイフを振り上げる。隆之介の腕が空中に跳ね上がる。しまった!
「ふところ、もらったぜ」
ナイフの一撃で、隆之介は胸から腹にかけて一気に切り裂かれてしまった。口内が血液で満たされ、激しく血を吐く。
「隆之介!」横から走って距離を詰めていた琉太が激しく叫ぶ。
「自分の位置を教えてどうすんのよ?」サパコスが急に真顔になり、腰のチャクラムに手をかける。
「逃げろ」と叫ぼうとするが、血が喉に絡んで声が出ない。だが、チャクラムが到達するよりも早く、琉太が呟く。
「プロテクト!硬化!」
琉太の体が淡い緑の光に覆われ、宝石のように輝き出す。チャクラムは肌で弾かれ、はるか彼方へとふっ飛ばされる。
「何も無対策ってわけではない。あの日以来、使える呪文がないかと必死に探していたんだ。まさかこんなに早くその機会が来るとは思わなかったがな!」
「プロテクトか……。確か体の表面を固めて、刃物の通りを悪くする呪文だっけ。アグカルさんも使ってたなぁ」
ヤツは呪文を使えない。発勁だってプロテクトで防げる。フレイムを当て続ければ勝てる!
「フレイム!炎よ燃え盛れ!」琉太は手のひらから炎の渦を作り出す。
サパコスは転がって躱す。同時に頭の中で思考を巡らせる。
プロテクトは体を硬化させる。俺の技は通じにくくなった。パワーを駆使すれば効果を引っ剥がせるかもしれないが、安直でだせぇ。ちょっとした博打だが、あるいは……。
琉太は再び「フレイム」を唱えようとするが、サパコスが先程よりもスピードを増して突っ込んでくる。
懐に潜られる!でもナイフもチャクラムも発勁も効かない!
「琉太、死んだらゴメンな」
サパコスはナイフを捨て、強烈な双掌を食らわせた。
効かないはずだった。隆之介も大したダメージはないと確信していた。
その考えは間違っていた。琉太は爆風に巻き込まれたかのように、激しく吹っ飛んだ。蛇口を捻ったかのように吐血する。そして突き刺されたような痛みが腹を襲う。
内臓が―損傷した―。
「発勁は肉体から発生した波を拳に伝え、波で相手にダメージを与える技だ。その波は物体の硬度に関係なく、均等に伝わる。お前は『プロテクト』で体の表面を固めていた。しかし波の伝わりまでは防げず、繊細な内臓に多大な影響を与えたというわけだ」
サパコスは腹を抱えて横になる琉太のもとに歩み寄り、かがんで見下ろしながら再びニヤつく。
「一生懸命努力したのだろう。でも結局は俺様の才能が買った。まぁ無駄な頑張りお疲れ様ってところだな」
「はぁはぁ……。殺すのか?」
「どうしようかねぇ。魔神さんに禁じられているけど、今後成長されたら厄介だし」
サパコスの気をそらしながら、琉太は隆之介の方をちらりと見る。
発剄で吹き飛ばされたあたりから、ずっと隆之介が小さく手招きをしている。なにか策があるに違いない。
「うーん、迷うなぁ」
サパコスがまたもやかがんで見下ろしてくる。極めて頭にくるが、チャンスはここしかない!
口内に溜まった血液を、琉太はサパコスの顔面めがけて噴射する。たとえ動揺を誘えなくとも、視界は塞がれる!その隙に命がけで駆け出す。隆之介も起き上がり、それに続く。
「させねぇよ」
金色の髪を赤に染めたサパコスが、無表情でチャクラムを投げる。
隆之介はこれを予測していた。咄嗟に琉太の腕を引き、チャクラムを代わりに受ける。胸元は切り裂かれ、焼けるような痛みが走る。
「こんなもん関係あるか。ワープ!飛行!」
閃光に包まれた二人は、流れ星のごとく、その場から逃げ去った。
残されたサパコスは臨戦態勢を解き、不敵に笑う。
「まさかまさかだねぇ。なんか疲れたし、帰って女抱くか」
その日の早朝、葉月は朝食のシメで緑茶を飲んでいた。千代子が沸かしてくれたものだが、沸騰直後に出されたものだから、フーフーして冷まさないと飲めなかった。隣には親友の撫子と桜花も一緒だった。
「そういえば、2時間ぐらい前かな。変な音しなかった?ウチ、それで起こされたんだけど」桜花は口をとがらせて言った。
「え?そんな音した?」撫子が首をかしげる。
千代子が食器を片付けながら呟く。「隆之介と琉太が朝早くから出かけていったんだよ。なんでも、ゴリベアさんと話があるってね。睡眠時間を削って、もう少し健康に気を使ってほしいものだよ」その声はどこか元気なさげだった。
葉月がすっかりぬるくなった白湯を飲み干そうとしたその時、外から魔族の叫び声が聞こえた。
「おい、何だあれは!」
ただ事ではない。まさか、また軍団長が現れたのか。
コンパウンドボウを握り、急いで外靴に履き替える。雪の影響でブーツを使っていたので、なかなか足が入らない。じれったくなり、かかとを踏んづけたまま玄関を出る。桜花と撫子もそれに続く。
魔族が指さしている先には、ほうき星のような光があった。クライゼルのようにも見えるが、それにしては遅い。葉月はコンパウンドボウのスコープを取り外し、光を拡大する。
あれは……隆之介と琉太ではないか。しかも血だらけだ!
「ウィンド!風よ立ち昇れ!」葉月は空気のクッションを用意する。
それに気づいたのだろう。隆之介たちの進行方向が変わった。そのままひょろひょろと落下する。
隆之介たちは地面にぶつかることなく、空気の層で優しく受け止められた。
落下によるダメージはなかった。だが、隆之介にはいくつか刀傷があり、琉太はおびただしい量の血を吐いている。どちらも命に届きそうだ。
「俺、リマンのところに行ってくる!その間に応急処置を!」魔族が慌てて駆け出す。
右往左往している桜花と撫子に、葉月が指示を飛ばす。
「私は琉太くんの手当をするから、二人は隆之介くんをお願い!」
「でも……どうすれば」
「見た感じ内臓が傷ついてる!服を緩めてあげて」
葉月は上着を脱ぎ、タンクトップ姿になる。上着を胸の十字の傷に押し当てる。
「待ちな、葉月。こっちのほうが衛生的だよ!」
遅れて出てきた千代子が救急バックから、白いタオルを取り出し、葉月に投げ渡す。さすがクラスの母。いざというときに気が利く。だが余計なことを考えてはいけない。
葉月たちの日常は、血塗られた一日となったのだった。




