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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
二人の少年編(六章)
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56話 フロシティ・エンド

 アシナヅチとの面会を終えたあと、ダージェはヴィラージュにホマレ荘というところに行けと指示された。琉太に詳しく聞いてみると、千代子や蛍二が共同生活を送っている、あの大きな建物のことらしい。

 千代子たちと一緒に戦う意志はとうに固まっていたので、悠々と親族の街を通り過ぎ、光の扉をくぐった。

 相変わらず金色のうねりが360°全方位ヘビのように動いていて、まるで親族の髪の毛の中で揉まれているような感じである。これから何度も経験することになるだろうが、一体いつになったら酔わないようになるのだろう。

 ヴィラージュの家を出て、左手を見ると、琉太の言った通りホマレ荘が見える。辺りはすっかり暗くなっていた。特に塀などはなく、玄関のドアが外気にむき出しになっている。

 ダージェはドアノブに手をかける。電気信号のように、緊張が体のすみずみに行き渡る。千代子やひつじいにはその気持を顧みずに、ひどいことを言ってしまった。今となってはそれがいかに頓痴気な行動だったかよく分かる。

 恐る恐るドアノブをひねり、後ろに引っ張る。テーブルを隔てた玄関の向こうには、千代子と金髪の少年がいた。その隣にはその一回り小さな少年がソファで休んでいる。

「おっ、やっと来たのかい。さぁ上がって上がって!」

 千代子が台所の引き出しに食器をしまい、こちらに歩いてくる。強引に腕を掴み、テーブルの椅子に座らせる。

「クライゼルさんから話は聞いたよ。アンタ、アタイたちと一緒に戦ってくれるんだってね。それならこっちは大歓迎さ」千代子はダージェの手を握り、上下に振りながら握手をする。

「それと……病室で冷たい態度を取って悪かったね。アンタが暴言を吐いたのも原因かもしれないけど、どう接すればいいか分からなかったからさ」

 謝ろうとしたはずが、逆に謝られてしまった。このままではいけない。

「えっ!千代子ちゃんに暴言吐いたのかい!それは許せないなぁ」金髪の少年が怒気を表しながら、しかし緩い口調で言った。

「あら、アタイのされたことに怒ってくれるのかい?」

「そりゃ勿論。千代子ちゃんだって一応女の子でしょ?」

「一応って何さ!」

 千代子が拳を突き上げ反論する。

「まぁいいや。ほら、あんたたちも自己紹介しな」

 金髪の少年がニヤニヤと笑いながら立ち上がる。「僕は小桜アーロン。アーロンって呼んでくれたらいいさ。か弱い女子を守るために戦う、イケメン騎士だと思ってくれ」

「……俺は乾平一郎。お金のやり取りが好きや。よろしく……」

 アーロンから一転、平一郎と名乗る少年は物静かに言った。

「平一郎?随分静かじゃないか?もしかして、ダージェの身長が高いからってビビってるわけじゃないよね?」アーロンが平一郎の頭をポンポン叩きながら言った。

「違うわ!あと俺の身長が低いことネタにすんなや!もういい。風呂入ってくる」

 平一郎は近くにあったタオルを取り、「湯」と書かれた青い暖簾をくぐっていった。

「そうだ!アンタたちも一緒に入りなさいよ。もう夕方だし、作業で疲れているでしょ。ダージェだって入院中に溜まった疲労を落としてきな」

 千代子は赤色の暖簾の先からせっせとタオルを2つ持ってきて、ダージェたちに手渡した。

 ダージェはアーロンの後を追って、暖簾をくぐる。その先には陶器でできた洗面所に大きな鏡、いくつか棚がある。棚の一つ一つにはかごがあって、着替えが入っている。

「ダージェ。君はここを使って」

 アーロンが指したのは入口の暖簾に一番近い棚だった。他のかごは着替えで埋まっているものの、ダージェの棚とその下の一つだけは空っぽである。

 アーロンが服を脱ぎだした。もともと肌は白いと思っていたが、まさかこれほどまでとは。ダージェも同調するようにズボンと下着を脱ぐ。カゴの中に放り込んであったタオルを手に取り、腰に巻いて、アーロンについていく。

 木製の引き戸を引いて目に留まったのは、大理石でできた風呂に浸かる平一郎の姿だった。

「なんや、お前らも来たんか」

 平一郎のつぶやきを無視して、アーロンがダージェの腕を引っ張る。「ほらほら、まずは体を洗わないと。逃亡生活で大変だったでしょ?」

 ダージェは小さな鏡の前に座らされる。下からはホースが伸びており、その先がしゃもじのように丸くなっている。なるほど、これがシャワーというものか。鏡の近くには桶もある。

「どうしたの?早くからだ洗いなよ?」

「どうやって水を出すんだ?」

「ここを―こう!」

 凸凹のレバーを引くと、シャワーからお湯が噴射される。

「そこに石鹸があるから、ボトルの上部を押して出して!」

 言われた通りシャワーで体を温め、ボトルの出っ張りを押してみると、ふわふわの泡が出てくる。それを全身に広げてみると、みるみるうちに皮脂や垢などの汚れが落ちていく。

 シャワーの水で汚れた泡を洗い流し、濡れた肌をタオルで拭こうとする。

「何やってんだい?これから湯船にはいるんだよ?」

 アーロンは再びダーシェの手を引き、湯船の前につれていく。「タオル入れちゃだめだからね。ていうか、今までお風呂入ったことある?」

「いや……川で水浴びしたことはあるが……温かい風呂に入るのは初めてだ」

 アーロンはダーシェの視線を憚らず、信じられないという顔をした。

「まぁ、とりあえずタオル外しなよ。端っこか頭の上にでも置いといて」

 少し恥ずかしいような感じもしたが、ルールには従わねばなるまい。腰に巻いていたタオルをほどいて頭頂部に乗せると、アーロンたちの視線が一斉に股間に集中した。

「お前……とんでもないブツの持ち主なんやな!」平一郎が口を開いた。

「魔族にもちんちんってあるんだねぇ」アーロンが仰々しく言う。

「当然だろ。種族は違えど、お前らと同じ男なんだから」

 頬を紅潮させながら、ダージェはそっと湯船に片足の親指を触れさせる。まずい。思った以上に熱いぞ。なかなか突っ込むことは叶わず、水面に親指の先が触れて、引っ込めてという動作を繰り返してしまう。

「おやおやぁ。もしかして熱いんですかぁ?」アーロンがニヤニヤと笑いながら言う。

「あ、熱くなんかない!こんなもの!」

 身を震わせながら深呼吸をし、ダージェは勢いよくお尻から湯船に飛び込む。全身がやけどしたかと思ったが、なんとかお湯の温度に馴染むことができた。

「ほら、できただろ?」

 平一郎の方を振り向きつつ、アーロンに偉業をひけらかす。

 ダージェの脳内に、一つの情景が浮かび上がる。自分と同い年ぐらいの魔族と、些細なことで口喧嘩している。かすかな香水のかおり。きっとこの魔族は……実の兄弟だ。まさか、アーロンとの会話で眠っていた記憶が呼び起こされたというのか。

「アーロン。たった今思い出したことがある」

「えっ、マジ?」

「俺にはどうやら姉がいるらしい。お前との会話がきっかけとなった。感謝するよ」

「やっぱ、僕の美顔はみんなを救うのさ」

「顔は関係ないだろ……」ダージェはため息をついた。

 湯船に浸かっていると、ちくちくとした心情が心臓を刺す。俺は最初から最後まで看病してくれていた蛍二の気持ちを踏みにじってしまった。その謝罪をしたい。

「なぁ。蛍二っていつ帰ってくるんだ?」

「さぁね。蛍二くん、ここ一ヶ月ぐらいホマレ荘に帰っていないんだ。多分、魔神軍との激突で怪我する魔族が増えたから、帰る暇が惜しいんだと思うよ」

 そんなに忙しいのに、自分の看病に時間を割いてくれたのか。そう思うと一言謝りたい気持ちがより一層強くなった。

「なら、琉太は?先ほどまで一緒にいたんだが、話しかける機会を逃してしまってな」

「あいつなら……今日は神の都に泊まるって聞いとるで」

「そうか……みな忙しいのだな」

「いや、そうでもないよ。僕達はこうしてゆっくりまったり、お風呂に入れているわけだし」アーロンが髪をかき分けながら、首を横に振った。

「まぁ隆之介は、ここ最近夜遅くまで稽古上で訓練しているよ。だけど今日に限っては夕方に食事を済ませて、早々に自分の部屋に閉じこもっちゃった」

「まったく、変なやつやな」

 口調は厳しいが、人と人との関わりに敏感になっているダーシェにはわかった。この二人はその隆之介というやつを本気で心配している。俺もこの輪に早く馴染まねば。

 その時、脱衣所の扉がガラガラと開いた。「ダーシェ、部屋に案内するからさっさと出な!」男湯にも関わらず、千代子がなんの恥じらいもなく姿を見せる。

「千代子ちゃん、ここ男湯だぜ!いくらこの僕のボディが美しいからって、覗き見すんなよ!」

「別にアンタの細いからだに興味はないし、こちとら毎日アンタたちの下着だって洗ってるんだ。今更抵抗なんてないよ。さぁ、ダーシェ急いで!」

 千代子からは、入院中にあったときとはまた別の気迫が感じられた。

 超スピードでからだを拭き、かごの中の部屋着に着替える。浴室にはタオルしか持っていっていなかったはずだが、千代子が気を利かせて、入れておいてくれたらしい。

 青色の暖簾をくぐると、オーバーオールに身を包んだ小さな少女が、腰に手を当て待っていた。

「もう〜遅いよ」少女がほっぺたをふくらませる。

「す、すまん」

 ダージェは申し訳ない気持ちがなぜだか強くなり、思わず頭を下げる。

「私は天海桜花。ホマレ荘の管理を担当しているよ。今から、あなたの部屋に案内するから、とりあえずついてきて」

 階段を登り、困惑しながらついていく。2階も3階も、壁の片側は一面ガラス張りになっており、金色に輝くお月様がよく見える。

「さぁここだよ」

 呆気にとられているダージェを前に、桜花はおもむろに個室のとびらを開く。

 とびらのすぐ隣には室内靴の収納スペースが、真っ直ぐな通路の左手には謎の扉がある。その通路を奥に進むと、正方形の部屋が現れ、窓際にはベッドが置かれている。さらにその向かい側には、ダージェがまるまる入れそうなクローゼットがある。床にはカーペットが敷かれていて、ベッドなんかなくても、ダーシェにとっては十分に思える。

「狭苦しい部屋でごめんね。あそこにはトイレがあるから、自由に使って。基本的にこの部屋にはいつでもいていいけど、食事の時だけは下に降りてきてね。千代子ちゃんと耕作くんがかっかしちゃうから。あとアーロンも」

「そうか、わかった。アーロンだけは呼び捨てなのだな」

「え?まぁあいつは私のお手伝いみたいなものだから。お風呂場であいつが迷惑かけてなかった?」

「……好きなのか?」

 桜花の顔が一瞬で真っ赤に染まった。「えっ?ま、まぁ友達としてだよ。あくまで友達。うん、そうだよ」

「そんなに恥ずかしいことなのか?」

 桜花はその言葉を無視し、赤面したままゴミ出しのルールや授業の頻度など、細かな決まりを早口で説明した。

「いやぁ、なんだか暑いね」桜花がパタパタと顔の周りと手であおぐ。「じゃあ千代子ちゃんに呼ばれたら降りてきてね!」

 桜花は足早にその場から去った。

 今日はいろいろなことがあった。急に知らない人と風呂に入らされたり、自室を紹介されたり、今まで経験したことのないことばかりだった。ただ、そのどれも、悪い気はしなかった。むしろ、魔神軍からの逃亡生活よりは100倍ましだ。

 無造作にベッドに飛び込む。そのうち千代子が「夕食の時間だよ!」と言って怒鳴り込んでくるだろうが、それでも睡眠欲には抗えない。

 ダージェはいつの間にか眠りに落ちていた。

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