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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
二人の少年編(六章)
55/70

55話 君子の事情

 冬も終盤。病室で両親について考えていたダーシェは窓の外を見つめた。最近は晴れの日も多く、雪が積もるペースよりも、溶けるペースの方が早くなった。もうすぐ16回目の春が訪れる。

 千代子という人間とひつじいという魔族が来てから、病室を尋ねるやつは誰もいなかった。蛍二というちんちくりんが食事を運びに来たり、脈を測ったりするが、特別な会話はしていない。以前から魔神軍の魔族を煽るくらいしか会話の機会はなかったので、退屈ではあったものの、さみしくはなかった。

 周りを見渡して大あくびをかくと、病室のドアが開いた。粗末な布で作られたローブを着用している。背丈は大して高くない。だが、千代子よりも堂々としており、ひつじいのような不敵さも感じられない。

「お前がダーシェだな。俺は琉太。訳あって千代子たちのリーダーみたいな立ち位置になっている。今日はお前に指令を伝えに来た」

 感情の起伏を見せることなく、琉太は淡々と話す。

「へぇ……誰からの司令だい?もっとも俺が従うかどうかは別だがな」

「黙って聞いていろ。アシナヅチというお方を知っているだろう。そのお方が神の都に登城してきてほしいとおっしゃっている。わかったらさっさと準備してくれ」

「アシナヅチか……一体何のよ―って今から行くのか?」

 ダージェが勢いよく起き上がりながら尋ねると、琉太はそっぽを向いてフンと鼻を鳴らした。

「聞いていなかったのか?上様は、今お前が登城することを望んでいる。俺も予め伝えればいいのにとは思うが、上様は忙しいのだ。どうせ大した荷物もないだろう。とっとと行くぞ」

 琉太の口調は、ここ数日で会話した人の中で一番乱暴だった。ふとダージェは過去の自分の態度を遡った。

「わかった。行くよ」

 診療所を出ると、右手に大きな建物が見えた。木箱のような外壁にところどころガラスの窓がついている。その上にはお情け程度の屋根が乗っかっている。木綿豆腐に分厚いかつお節をかけたような見た目だ。

 不満を抱きながら琉太についていくと、診療所を出たときから目に留まっていた、昔ながらの家の前でストップした。目の前には見たこともないような大きな門があり、しっかり閉ざされている。病室に担ぎ込まれたときには気が付かなかったが、この村は予想以上に発展している。

「ヴィラージュ様!琉太です!例のやつを連れてきました!」

 失礼な言い方だなと思ったが、その言葉はそっくりそのまま自分に帰ってくるような気がした。

 ものの数秒で、眼前の門が開かれる。その先に見えたのはひげを生やしたクジラのような魔族と、スラッとした猫のような魔族だ。真っ白に染まったひげからして、あのクジラがこの村の長で間違いないだろう。

「随分時間がかかったのう」

「すみません。こいつがなかなか言うことを聞いてくれなくて」

「いや、結構素直に行動したと思うぞ?」

「上様が待っている。さっさと行くぞい!」

 挨拶もほどほどに、ダージェたちは玄関を通って、奥の部屋に連れ込まれた。

 冷静に考えると、顔を合わせるのは初めてなのに、琉太以外の二人は「はじめまして」すら言っていない。俺も不真面目ではあるだろうが、こいつらほどではないだろう。

 少し進んで小さな部屋に入ると、金色に輝く光の扉が現れた。なぜか不思議な引力を感じる。ドアノブをひねったら吸い込まれてしまいそうだ。

「さて、お主にはここを通ってもらうぞ」クジラのような魔族が言った。

「はっ?こんな怪しい扉、そうやすやすとくぐっていいものなのか?」

 ダージェは手を腰に当て、やれやれという顔をした。

 琉太がため息をつく。光の扉のドアノブを開く。やはり中では謎のうねりが発生しており、脳内の危険信号がウーウーなっている。

「時間がないんで、早くしてください」

 突如背中に衝撃が走った。そのままダージェはふわりと浮かび上がり、光の扉をくぐってうねりに落下した。

「クライゼルさん、ナイスです」琉太たちも次々と飛び込む。

「てめぇ!後ろから蹴りやがったな!」ダージェは他人事のような表情をしているクライゼルに向かって怒鳴る。

「命令に従わないほうが悪いんです。この方はあのヴィラージュ様ですよ?」

 知らねぇよと声を張り上げて抗議しようとしたが、ヴィラージュが両手を挙げて静止させた。

「二人とも落ち着くのじゃ。少年よ、まずは大した説明もなしに診療所から連れ出したことを詫びよう。それと、自己紹介がまだじゃったな。こやつが話してくれたように、わしはヴィラージュと申す。この村の長として、魔族や琉太たちを束ねておる。そんでもってこやつはクライゼルじゃ。まぁわしの部下として覚えてもらったらよい。あと感情的なところがあるが、愛嬌だと思って見逃してくれ」ヴィラージュはうねりを気にせず、微笑みながら話した。

 何分ぐらい経ったのだろう。時間が経過するにつれて、お腹のぐるぐるがどんどん大きくなっていく。ヴィラージュが自己紹介をしていたが、あまり頭の中に入って来なかった。まずい。もう嘔吐物が口から溢れ出てしまいそうだ。ダージェは腹筋のあたりを懸命に押さえる。

「あまり派手に動くでないぞ。酔いがさらにひどくなってしまうからのう」

 言葉に対して、ヴィラージュの口調は誰かを心配しているものではなかった。それどころか、この状況を楽しんでいるようにも見えた。

 うねりを抜けると正面に大穴が見えた。ダージェは思わず目を瞑る。

 気がつくと、そこは黄金色の空の下だった。眼の前には金色の城が見える。さきほどの家とは比べ物にならない。それよりも壮大で、豪華だ。

「大丈夫か?顔色が悪いぞ?」琉太がダージェに手を差し伸べる。

 ダージェは一瞬考えたあと、その手を払いのけ、黙ったまま立ち上がった。

「神の都を訪れていた当初は、琉太さんもこんな感じでしたねぇ」クライゼルが笑いもせず言った。

「―!さっさと行きますよ!」琉太は照れ顔で城の方を振り向きながら言った。

 ヴィラージュらが神の都に向かって歩を進める後ろで、ダージェはあらゆる方向を見渡していた。

 親族は魔族と反対の見た目をしていると聞いたことがあるが、まさにそのとおりだ。髪の毛は金色でサラサラ、肌はすべすべで真っ白。しかも、どこか街全体が活気に満ちている。

「すごいでしょう?親族の街は。以前はこんなに活気がなかったんですよ」クライゼルが言った。

「へっ?どういうこと?」

「目の前に琉太さんが見えるでしょう?あの人達はもともと、別の世界からこの地にやってきたのです。具体的な場所もわからず、帰る方法も茨の道……。ですが、あの人たちは私達の味方となり、魔神と戦う決意を固めた。この知らせは親族にも届き、希望の光となっているのです」

 クライゼルの声には、ほんのり温かさがあった。

「あれ。琉太じゃないか?ここで何してるんじゃ?」

 親族とは雰囲気の違う少年が話しかけている。背中に麻袋を背負っている。蛍二ほどではないが、こいつもまたちんちくりんだ。

「例の魔族の少年の付き添いだ。耕作の方こそ、農業は最近どんな感じなんだ?」

「よくぞ聞いてくれたのう。神の都の外れに農地があるのはしっておるじゃろ?今はそこで野菜やら作物やら果物やらを栽培しておる。親族の方が気前よく土地をわけてくださっての、お主らたちを養うのには十分な収量があるはずじゃ」

「でも、一口に作物といっても、栽培に適した気候はそれぞれちがうだろ?」

「それがの、アシナヅチ様に頼めば、範囲を指定した上で、気温や湿度を好きなように変えてくれるんじゃ。神の都はドーム状になっておるが、その範囲内であれば、自由に天候を操作できるらしいの。冠水で根っこが腐ることもないし、高温障害で色が悪くなることもない。上様には頭が上がらんわい!」耕作は嬉しそうに呟いた。

「琉太さん。もうそろそろ行きますよ。時間がありません」クライゼルが時計を指差しながら呟く。

 琉太は耕作に手を振り、その場をあとにした。

 神の都に入ると、玄関ホールには多くの親族がいた。子供から老人まで、各々違う目的で集っているようだ。円形の台を隔てた先では、若い女の親族が頭を下げながら老人の話を伺っていた。

「住所を変更したので、申請を出したいのじゃが……」

「申し訳ありません。多くのお客様がお見えなので、番号札を取ってお待ちいただけますか?」

 頭を下げ続けて入るものの、それは緊張からくる反射のようなもので、老人との間に邪険な空気はなかった。

「おぉ、ヴィラージュ殿。お待ちしておりましたぞ」

 ヴィラージュに負けない立派な髭を生やした親族が、ホールの向こうから駆け足でやってきた。

「ヌーラス殿。遅れて申し訳なんだ。早速案内してくれますかの?」

「えぇ。上様もお待ちです。さぁ早く」

 ヌーラスに連れられ、ダージェたちはそそくさと駆け足でホールの奥へと進む。天井がどんどん高くなり、やがて装飾が見えないほどになる。そして、入口のアーチが金色に輝くドアへと案内される。

「アシナヅチ様のお目にかかります。粗相のないように」

 ヌーラスが神妙な面持ちで呟く。

 左右の兵士によってドアが開かれる。カーペットの向こうに見えるのは、3メートルほどのいすに腰を下ろす幼子の姿だ。あれがアシナヅチ―。魔神軍の奴らからちっちゃな子供だと聞いてはいたが、予想以上だ。親族は長生きだから正確にはわからないが、見た目相応だったら10歳ぐらいだろう。

 ダージェたちは足音を立てないようゆっくり進む。これを50メートルほど続けるのだから、その時間は異様に長く感じられた。

 玉座の前に着くと、言われるがままにひざまずく。こんなガキに頭を下げるなど、屈辱の極み。可能なら暴れてやりたいところだったが、厳粛な雰囲気がその思考を削いだ。

「まろはアシナヅチじゃ。魔神軍に敵対するアシナヅチ陣営の長、イザナギの末裔。まぁまろの身分はどうでも良い。そなた、ダージェで間違いないな?」

 ダージェは頭を下げたまま答えない。

「返事ぐらいしても良いとは思うがのう?」

 アシナヅチの隣で見ていたヌーラスは激しい怒りに包まれる。いくら両親の記憶を失い、愛さえも忘れてしまったとはいえ、上様に対して失礼にもほどがある。ヌーラスは玉座の正面にある階段を下ろうとする。

 アシナヅチがヌーラスに右手で合図を送る。ヌーラスは「待て」の意味だと受け止め、再びアシナヅチの隣で腕を組んで直立する。

「―質問が悪かったのう。だがダージェよ。お主が口を開かぬとて、まろには伝えておきたいことがたくさんあるのじゃ。例えば……そうじゃな、両親のこととかの?」

 ダージェがピクリと反応する。

「前提として、お主には魔族の血がたっぷり入っておる。我らは親族ゆえ、大した情報は与えられぬことを先にお詫びしておきたい」

 アシナヅチが前かがみになって腕を組む。そんなことはつゆ知らず、ダージェは頭を下げたまま。

「情報と言っても、まろがお主の姿を拝見した際に推理したことしかない。正確性には欠けるし、まろの主観じゃ。だが、お主がこの玉座でひざまずいたとき、まろは確信してしまった。ダージェよ、お主にはおそらく親族の血が入っている」

 ダージェが初めて顔を上げ、手を使いながら大声で叫ぶ。「そんな……そんなわけがない!紫色の肌、赤い瞳、灰色の髪!俺の見た目は魔族そのものだ!」

「その灰色の髪じゃよ、親族の証拠は。親族はみな金色でサラサラの髪を有する。歳を取るとヌーラスのように白髪になるが、サラサラ具合は衰えることを知らない。そして、それはどんな種族の血が入っても受け継がれる。歴史上たまに居るのじゃよ、魔族と親族の関係性を無視して、子供を作る者たちが。魔族の手によって強姦されたり、恋愛結婚をしたりと事情は様々だが、その子供はみな灰色のサラサラヘアーを持っていた」

「じゃあ今会わせてくれ!直接対面しないと信じられない!」

「残念ながら、皆この世にいない。このような有事が発生した際、我らは無罪放免とし、二度と神の都の土を踏ませないようにする。殺しはしない。じゃが、魔族は別じゃ。彼らにとって、親族とひとつになるというのは、裏切りも同然。発覚した次の日には親族もろとも処刑され、さらし首じゃ。ゆえに、お主に似たような待遇の者を会わせることはできぬ」

 アシナヅチは冷静に言い放った。普段はあれほど感情豊かな上様が、今は一人の少年と真摯に向き合っている。琉太はそのギャップに息を呑んだ。

「そんな……俺は……いったい?」

「ダージェよ。両親について知りたいか?」

「はい―」

「自分の生まれについて知りたいか?」

「はい―」

「ならば我らの陣営に加わるのじゃ」

「えっ?」

 ダージェがきょとんとした顔でアシナヅチを見つめる。

「これ以上情報が捻出できない以上、魔神軍の奴らに聞き出すぐらいしかすべはない。バベル図書館を調べればどうにかなるかもしれぬが―、蔵書の数が膨大ゆえ、気の遠くなるような時間がかかる。それに情報が明らかになると断言もできぬ。ならば、魔神軍を相手に戦って、色々教えてもらうしかなかろう」

「でも―俺はみんなに歓迎されていない―」

「何を言う。突き放すことになるとわかっていながら、千代子が一緒に暮らそうと打診すると思うか?そこにいる琉太が、お主の両親について調べるために、寝る間も惜しんで古文書を解読すると思うか?もう少し自分の境遇を知るべきじゃよ」

 ダージェは涙を浮かべながら、後ろの琉太をちらっと見た。こんなぶっきらぼうな態度のこいつが、俺のために力を尽くしてくれていたのか……。

「さぁどうする?決めるのはお主じゃ!」アシナヅチが凄みを利かせて呟く。

 両親の情報は魔神軍と戦わないと聞き出せない。だが、俺は一人だ。このまま戦闘したところで、捕まって処刑、よくて返り討ちだろう。それに、こいつらは俺を魔族から保護し、安全なところで癒やした。ここまで俺に尽くしてくれる人々を、俺は両親以外知らない。その恩義には報いなければならない。親父とお袋ならそう言う気がする。

 ダージェは蛍二からもらった服の袖で涙を拭う。

「分かった……俺、戦う!親父とお袋のために!琉太や千代子のために!」

「……そうか。それがいいじゃろう。じゃが、まずは状況を見定めて、敬語を使うところからじゃな」アシナヅチが微笑みながら言う。

 ダージェはふと後ろを振り向く。すぐに琉太はそっぽを向いたが、一瞬だけ微笑んでいる姿が見えた。

 独りで生活していたときより、ほんのちょっとだけ心が楽になった。

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