53話 撫子の舞台
向日葵たち4人は草木をかき分け、爆発音がした場所に向かった。ひつじいを先頭に、向日葵たちは武器を構える。音の大きさから考えるに、そんなに遠くない。魔神軍が放った呪文か……はたまた魔族の少年による攻撃か……。向日葵は功の方をちらりと見て、つばを飲み込んだ。
「見てください!あそこ!」
ひつじいが顎をクイッとやった方向は、葉っぱの間から木漏れ日が指しており、明るくなっていた。隆之介の背中の影が見えるが、木の幹に体重を預けて、なぜか立ち尽くしている。せっかちの隆之介にしてはおかしい。向日葵は全力疾走でひつじいを抜かし、隣に並ぶ。
「向日葵!」
「やっぱり魔族か……」
隆之介の視線の先には3人の魔族。右の腰に刀を携えている。おおかた予想通りといったところだろうか。
「あいつらは日本刀持ちだ。お前らは引っ込んでろ」
「絶対いや!隆之介一人じゃ危ないよ。私も戦うよ」
一瞬、隆之介の視線が右の方に動いた。向日葵も首を動かす。なんで気づかなかったんだろう。魔族から10メートルほど離れたところに、少年が倒れている。なにか考えがあったわけではなかった。だけど、勝手に体が動いた。向日葵は少年を視認した途端、その近くに転がり込んだ。
紫色の肌に、赤い瞳。神族から色を抜いたような、美しい白髪。腰巻きを身につけているだけで、上半身は素っ裸だ。首元には日本刀で斬りつけられたであろう大きな傷跡があり、そこから青色の血が流れている。
「向日葵、勝手に動くな!まだそいつがひつじいの言っていた少年かも分からねぇんだ!ここは状況を確認してから……」
「そんなこと関係ない!この人は怪我してるし、とっても苦しそうじゃん!襲ってくる気配もないし、助けるべきでしょ!」
向日葵はハンカチを取り出し、首元の傷に当てる。肉に針を通すような音を立てながら、端っこから傷口が再生している。だが、そのスピードは牛の歩みほどで、依然として苦しそうな表情は変わらない。向日葵はハンカチを押し当てる力を強める。その手を少年が掴む。意識がある!
「俺に……触んじゃねぇ!」
「私たち、敵じゃないから。安心して。大丈夫だよ」
それが最後の灯火だったのか、少年の腕から力が抜けた。出血のペースも減速している。疲労によるものだろう。
「私はこの人の看病をする。功と一緒にそいつらをやっつけちゃって!」向日葵は振り返って叫ぶ。
隆之介は舌打ちしながら、両手に日本刀を持ち、魔族と向日葵の間に入る。とはいえ、相手は三人。こちらが少々不利だ。
「やっと追いついた―。って魔族じゃん!」功も一瞬で状況を把握し、隆之介の隣に並ぶ。
「こんな辺地にも魔神軍が―。このひつじい腕をふるいましょうぞ」オプサも魔族の真正面に滑り込む。
「俺達の業務の邪魔をしやがって。さっさと片付けるぞ」
魔族たちが呼応したかのように、一斉に刀を抜く。
「こちらも3人で相手も3人―。隆之介さんは左端の奴をお願いします」
ひつじいの言葉が火蓋を切った。魔族たちは一人を除いて、ひつじいと功に襲いかかった。二人はそれぞれの武器で、その攻撃を受け止める。
ひつじいに心配をかける必要はないが、問題は功の方だ。手甲鉤を用いた近接攻撃を中心とする功には、少々相性が悪い。とっとと片付けて、加勢しなければ。
視線を切っている間にも、残り一人の魔族は刀を正面に構え、こちらの様子を伺っていた。エリーと同じ慎重派か。あえて後手に回っているのだろうが、こちらはサパコスを相手にしている。ヤツと比べたら隙だらけだ。
隆之介は地面を蹴り、2本の刀を揃えて、横に薙ぐ。魔族は必死の形相でそれを受け止める。
「こっちは毎日両手で木刀振ってんだ。少しはパワーも付いてきてんだよ!」
奥歯を噛み締め、刀を振り抜く。魔族は重心が後ろにずれ、片足になってよろける。
「これでとどめ!」
隆之介は左の日本刀で刺突を繰り出した。それは魔族の脇腹を貫通する。魔族は武器を手放し、地面に膝をつく。
「言えよ。なんで魔神軍はこの少年を標的にしてるのか」隆之介は日本刀を魔族の首元にかざす。
魔族の脇腹からは血がドクドクと流れ出ており、魔族は必死にそれを止めようと、手で押さえつけている。もう立ち上がることもできまい。ひつじいと功も、どうやら大した怪我もなく、戦いを制したようである。
「クックック―。言うもんか」魔族は汗を垂らしながらも、不気味に笑う。
「最後ぐらい……俺に手柄を!」
魔族は吐血しながら、地面を踏み抜いて立ち上がる。しかし、その行き先は隆之介ではなく、明後日の方向だった。意図が理解できない。だが、魔族を目で追いかけた途端、隆之介は叫ぶ。
「逃げろ!」
魔族が目指していたのは、広場の端で待機していた撫子だった。しかも、武器も何も持たず、ただ向日葵たちの方を息を呑んで見守っている。呼びかけにも気づいていない。
「これで俺は大金持ちだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
魔族は片手で日本刀を振りかぶる。だめだ、間に合わない。
「撫子!」隆之介は再び叫ぶ。
その場にいる誰もが斬り伏せられると思った。
撫子の目の色が変わる。バックから素早く一対の鉄扇を出し、魔族の攻撃を片手で受け止める。そのまま鍔迫り合いに発展する。体重の軽い撫子では、圧倒的に不利だ。だが、撫子は押されない。それどころか、低い姿勢から徐々に体勢を上げ、魔族を押し返している。
「ここ!」
魔族の意識が右手に集中した隙に、左の扇を開き、魔族の手首を薙ぐ。蛇口をひねったように血が溢れ、魔族は痛みに倒れた。
撫子はハァハァと息を荒げながら、その場で膝をつく。隆之介は撫子の元に駆け寄り、迷いもなく抱きしめる。直後、幼馴染の親友相手に何をしているのだろうと正気に戻ったが、拒否するような反応は見られなかった。
「心配したぜ、まったく―」
「私もびっくりしたよ。まさか魔族がこっちに来るなんて!だけど、普段からダンスを通じて体幹を鍛えていたのと、エリーちゃんとの訓練が役に立ったよ」
功たちも撫子のそばに集まる。向日葵は魔族の少年をおぶっている。身長差がありすぎて、背中から転げ落ちてしまいそうだ。
「はぁ、ドキドキした」功が胸のあたりを押さえて呟く。
「時が止まったかと思いましたよ」ひつじいがため息を付く。
「目的も果たせたことだし、ホマレ荘に戻ろっか。まぁ話を聞くってより、保護したって言ったほうが近いけど……」向日葵が言った。
「どのみちこんな状態じゃ会話するのも難しいよ。まずは蛍二くんところにお預けしよっ」撫子が鉄扇をしまいながら言った。
「魔族は殺さなくて良いのですか?」
「うん。無駄に血を流す必要ないし。それに今はこの人のケガを治すのが最優先じゃない?みんなもそれでいいでしょ」
功たちは顔を合わせて頷く。
「向日葵、途中まででいいから俺に運ばせてくれ。お前チビすぎて、落とさないかちょっと怖い」
隆之介は少年のことを気遣ったつもりだったが、向日葵はほっぺたを膨らませて唸る。
「チビって言うな!」
向日葵たちは仲良く談笑しながら、森をあとにした。




