表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グットボンドへ  作者: 魔界人EM
魔神の家臣編(五章)
50/70

50話 泣きっ面に蜂

 炎が消し止められたあと、アーロンたちはすぐさま診療所へ運ばれた。傷が深いエリーはゴリベア、それ以外の隆之介たちはヴィラージュが背中に担ぎ上げた。

 軍団長と交戦した六人の中で、アーロン、一鉄、隆之介は比較的軽症だった。蛍二による懸命な治療の結果、三人は翌朝にはなんとか起き上がれるようになっていた。だが、ベッドから降りることはできず、軋む体を動かそうとすると、蛍二がカンカンになるので、暇な時間を過ごすことになった。

 一方、偲、エリー、クライゼルは命に届きそうなほど、ダメージを受けていた。

 リマンによって第一優先に運ばれた偲は、アーロンが消火している間に、緊急手術を受けた。膝の関節が逆に折れ曲がっており、骨も一部粉々になっていたため、手術は困難を極めた。回復呪文に頼るという手もあったが、待っている時間が勿体なかった。蛍二はリマンと相談し、麻酔無しでの処置を決めた。膝の周りの皮膚を切り開き、粉々になった骨を取り出す。傷だらけとなった関節を元の位置に戻し、ビスで留める。偲が意識を失っていたことが、唯一の幸いだった。

「蛍二……アンタすごいね……」

「この程度できなかったら、医者を名乗れませんよ」

 終わった頃には、エリーとクライゼルが診療所のベッドに届けられていた。蛍二とリマンは、続けて二人の処置に取り掛かった。

 手術と言っても、偲のものほど複雑ではなく、ただ糸で傷口を塞ぐだけだった。二人とも内臓に損傷はなかった。ただ、これは二人が軍団長の攻撃を必死にかいくぐってくれたためであろう。万一のことを想像すると、蛍二は冷や汗が止まらなかった。

 二人の手術も無事に終わり、エリーと偲はアーロンたちと別の病室に移された。アーロンは同じ病室が良いと文句を言ったが、エリーが断固拒否したので、結局別の部屋になった。

 一週間が経過した。アーロンはベッドで仰向けになって、黄色のカバーに包まれた本を読んでいた。となりでは、琉太が丸椅子に座って同じような本を読んでいる。どちらの本も、ヌーラスが「傷が治るまでヒマでしょう」といって、バベル図書館から持ってきてくれたものだ。

「そういえば、ホマレ荘って、今どうなってんの?」アーロンがページをめくりながら聞いた。

「桜花が中心となって直しているぞ。焦げた屋根を取り除いて、新しい木材を敷こうとしている。一鉄が休みだから、代わりにゴリベアさんが手伝っている」

「そっか……。感謝しないとな」

 桜花が話題に出ると、昨晩のアレを思い出す。アーロンはなんとなく鼻の頭を頭を掻いた。

「どうしたんだ、アーロン。顔が赤いぞ?」

「えっ、気の所為だよ」

「もしかして、昨日のあれか?」

 アーロンは顔を真っ赤にして、ガバっと起き上がった。その勢いのまま、本が空を舞う。大火傷を負って以来、上半身を動かしたのは初めてだったので、琉太が「おっ」と声を上げた。

「ちょっと待って!琉太、見てたの?」

「いや、見舞いのために病室に入ろうとしたら、桜花とお前が話しているのが見えてな。水を差すのも野暮だと思ってそのまま外で待っていたら、泣き声が聞こえたんだ。なんだなんだと隙間から確認してみたら―」

「目撃しちゃったってことか。マジかよ」

 昨夜、桜花は見舞いに来ていた。どうやら誰が火を消してくれたか聞いていなかったらしく、病床に伏すアーロンに何回も尋ねてきた。真実を話すと文句を言われると確信し、何回も話をはぐらかした。だが、それすらも面倒くさくなり、当時の状況を丁寧に伝えた。返ってきたのは不満の声ではなく、「ありがとう」という言葉だった。桜花は涙を流しながら、その言葉を繰り返し、ついにはアーロンに抱きついた。アーロンは頭が真っ白になったが、なにかしなければと思い、ぎこちない手つきで桜花の頭を撫でた。桜花が去ったあとも、夢の中でその情景が浮かび上がり、そのたびに赤面することになった。

「一鉄もクライゼルさんも眠っていたから、誰にも見られていないと思ったけど……まさか琉太がいるなんてね」

「俺も見たくて見たわけじゃないぞ。それに、いつも『かわいい』とか『美人』とかいい加減なこと言ってるんだから、女の子の扱いには慣れているじゃないか?」

「いや……癖みたいなものさ。学校で彼女ができたことはあるけど、手を繋いだりハグしたりする前になんか距離置かれちゃって―長続きしないんだ。だからこう―なんていうのかな―体に触れるのは初めてで―正直めっちゃ緊張したよ」

「なるほどな。なんか意外だな」

「桜花のことを『女の子』として認識したのは初めてかもしれない。これまでは『性別の違う友達』としか感じていなかったから……。それに―」

 アーロンは周りに人がいないことを確かめ、手招きをした。琉太は本を開いたまま、耳を近づける。

「―女子っていい匂いがするんだね」

 琉太はフフンと笑いながらもため息をついた。

「やっぱり、アーロンはアーロンだな」

「どういうことさ!」

 アーロンが声を荒げると、病室の扉が小さな音を立てて開いた。そこにいたのは、ハンドバッグを携えたフレルだった。

「今日も来ましたわ」

「フレルさん!お久しぶりです。その節はお世話になりました」

 以前、琉太はオプサの襲撃を受けたとき、フレルに回復呪文をかけてもらったことがある。その機会がなかったら、今でも琉太はベッドから抜け出せなかっただろう。

「あれっ。今日『も』って……?」

「あぁ。琉太はいつもいなかったもんね。いま、うちの村には重症者がたくさんいるだろ?蛍二くんやリマンさんが一生懸命治療してくれているけど、あまりにも数が多すぎる。だから、フレルさんが暇なときに回復呪文をかけて回っているってことさ」

「皆さんのお役に立てて、わたくし、嬉しいですわ!」

「本日もお越しいただき、感謝申し上げます」

 アーロンは、琉太の反対側に座ったフレルの手を取り、キスをするふりをした。フレルは笑顔を浮かべたが、その頬は引きつっている。先ほどまでの男子中学生らしいウブな姿はどこに行ったものかと、琉太は呆れてしまった。

 回復呪文をかけたあとも、フレルはしばらく滞在していた。机に積み重なった本が気になるらしい。

「これって、誰かが持って来てくれましたの?」

「ヌーラスさんですよ。ありがたいものです」アーロンが言った。

 フレルはてっぺんの灰色の本を手に取った。「この本、とっても面白そうですわ。持ち帰ってもいいかしら?」

「構いませんよ」

 フレルはハンドバッグに本をしまい、ルンルン気分で病室を出ようとした。しかし、琉太が呼び止める。

「フレルさん。ちょっとお時間ありますか?聞きたいことがありまして」

「あら、質問されるなんていつぶりかしら。なにについて聞きたいんですの?」

「その……回復呪文について」

 フレルが一瞬たじろいだ。そのまま丸い椅子に座り、琉太と向かい合う。声色から察したのか、いつの間にか引き締まった表情になっている。いったい何を聞くんだ?

「現在、俺とアーロンはそれぞれ『炎の呪文』『水の呪文』を使えます。我々に共通しているのは、仲間を守りたいという思いが最大化したときに魔力が発現したということです。どちらの呪文も敵をやっつけるためのものですが、フレルさんのは違う。仲間の傷を癒やし、苦痛を和らげる―我々のとは正反対です。教えてください。フレルさんはどのような経緯で『回復呪文』を使えるようになったのですか?」

 フレルは穏やかな笑みを浮かべた。まるで懐かしの故郷を思い出しているかのような―優しい顔だ。

「分かりましたわ。お話しましょう。といっても、どこから話せばよいのやら―」

「どこからでも。我々は全てに耳を傾けます」

「そうですわね……琉太さんは魔神軍による神の都への侵攻について、聞いたことがありますか?」

「はい。ヌーラスさんから断片的に……」

「あなた達が来てからは起こっていませんが、魔神軍はたびたび神の都に攻め込み、甚大な被害を残していますわ。わたくしが魔力を発現したのは、それが原因ですわ」

「あれは……いつ頃になるかしら。もう具体的な日時も忘れてしまいましたわ。当時、わたくしは夫といっしょに神の都の城下町で暮らしていました。わたくしが家事や洗濯、料理をして、夫が神の都で働く。お見合いによる結婚でしたけど、夫はとても優しくて、かっこよくて……。とっても幸せでしたわ」

「えぇ!!フレルさんって結婚してたの?」アーロンが言った。

「未亡人ですのよ」

 琉太は悪いことを聞いてしまったと、ひどく後悔した。

「そんな顔をしなくても良いんですのよ。もう昔のことですから」

「そうですか……」

 フレルは一息ついて、また話し出す。

「だけど、そんな日々も突然終わりを告げましたわ。夫と結婚してしばらく経ったある日、魔神軍の侵攻がありましたの。神の都はいろいろな場所を転々としているはずなのに、彼らは場所を特定し、大軍を率いてやってきましたわ。夫はアシナヅチ様の盾として、また一家の長として、私を守りながら魔族を相手取って勇敢に戦いましたわ。けれど、多勢に無勢―。ついに夫は致命傷を受けてしまいましたわ。手柄を取れると大喜びの魔族。わたくしの腕の中で血の海に沈む夫。そんな絶望の状況下で、わたくしの心に浮かんできたのは―『夫を助けたい』という気持ちでしたわ。魔力が発現し、黄緑色の光りに包まれ、夫に『回復呪文』をかけることには成功しました。でも、この呪文には欠点がありましたの」

「治癒力を活性化させるだけだから、体力を消耗する……」

「そう。夫は戦いに戦い抜いて、体力を使い果たしていましたわ。そして、呪文の負荷に耐えられず―そのまま―。わたくしは大勢の魔族に囲まれながら、泣き叫びましたわ。もうどうなってもいいと、いっそこのまま夫と一緒に逝ってしまいたいと―抵抗もせず。幸い、神族の兵が間に入ってくださり、わたくしは命拾いしましたわ。だけど、魔神軍が撤退しても、胸中には不甲斐ない自分への悔しさが残り続けました。自分にできることはなにか、生き残った意味とはなにか、来る日も来る日も考えましたわ。そこでわたくしは決心したのです。覚醒したこの力を、神族を支えるために使うと」

 一通り話し終わると、フレルは深呼吸をした。

「今では、ヴィラージュ様やあなた達が神族に味方してくださっているお陰で、より多くの人々を救けられています。土壇場で何もできなかった自分自身を変えることができたのは、あなた達を含むみんながわたくしを頼りにしてくれているからですわ」

「いえいえ……こちらこそ。俺達が戦線にいち早く復帰できるのは、フレルさんの働きがあってこそです」

 琉太の言葉に感動したのか、フレルは話している最中とは打って変わって、にっこり笑顔を浮かべた。外を見てみると、もう日が沈みかけていた。

「あら、もうこんな時間。ごきげんよう」

 フレルは二人にペコリと一礼し、ハンドバックを手にそそくさと出ていった。

「まさかフレルさんにあんな過去があったなんてな」

「なんか重い話だったねぇ。だけど、やっぱり魔神軍ってのは敵対する奴らを平気で殺すってのは、よく分かったよ。早く怪我治さないと」

 1ヶ月後、琉太は修理が完了したホマレ荘の共有スペースで、ロペスと古文書の解読を行っていた。平一郎と一鉄が採掘場から拝借してきたものだ。アシナヅチからも似たような文字が使われている本の解読を頼まれていたため、読むことができれば一石二鳥だった。

「琉太殿!すみません!」

 玄関のドアが勢いよく開いた。ヌーラスがシルクハットを被り、息を切らしている。急を要する事態らしい。

「どうしました?」

「実は―」

 ヌーラスの口から飛び出したのは、フレル暗殺の知らせだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ