48話 淑女
アーロンの隣には一鉄とクライゼルがいた。背後にはホマレ荘を抱え、正面から右を見ると、偲たちがサパコスと睨み合っている。そこから目にも止まらぬスピードでかけてくる女性が一人。
隆之介があまりにも大きい声で話すから聞こえた。ヒメマルという名前だった気がする。それ以外は遠すぎてよくわからなかったが、クライゼルの反応でなんとなく分かる。こいつは……ヴィラージュすら恐れる軍団長だ。
ヒメマルは一瞬にして、アーロンたちの正面に立った。利き手にはレイピアを携え、しゃんとした貴族風の衣装に身を包んでいる。他の魔族とは、根本的な性格が違うのだろう。
アーロンは黙って武器を構えた。この感じ……オプサとの戦闘を思い出す。あのときは実践自体が初めてで、怒りのままに戦っていた。魔族と交戦し、隆之介と一緒に訓練に励んだことで、ある程度の慣れと自信がついた。だが、ヒメマルの眼光は、その経験を握りつぶすかのように鋭い。本人の前では言えないが……偲のような目だ。
戦闘が始まろうとしていた。そんな雰囲気を覆すかのように、ヒメマルは人差し指で敵の数を数え出した。
「子供が2人に、魔族が一人。ゴーサバルム様から聞きました。あなたは確か……クライゼルでしたね。ワープしか使えないのにもかかわらず、オプサ様を撃退するなど、素晴らしい戦闘力を持っていると。その戦いぶり、実に見ものです」
サパコスは常に人を見下しているような感じだったが、ヒメマルは違った。この人は相手の実力を認め、敬う人だ。同じ軍団長なのに、なぜこうも正反対なのだろう。
足音を消したまま、ヒメマルが動いた。やはり速い!その行き先はクライゼルだ。
奴の武器はレイピア。同様の武器を極めた者なら、エリーがそのまま憑依したかのように、まっすぐ突きを繰り出すはずだ。
アーロンの予想は当たった。クライゼルは淡い緑の光をまとい、ワープを発動させながら、その攻撃を見切った。切っ先が首元に迫るが、完全に躱す。
そこからは一瞬だった。アーロンがまばたきすると、クライゼルはなぜか胸を斜めに切り裂かれ、血を撒き散らして倒れていた。
何が起きたのか理解できなかった。レイピアは突きに特化しており、何かを切ったり、断つようなものじゃない。稽古場で姉の相手をしていれば分かる。それに、クライゼルは切っ先が肌に触れるのを防いだはずだ。
「アーロン、よく見て」
一鉄の視線をたどると……ヒメマルのレイピアが日本刀に変わっていた。剣を2本持っていた?でも、目を皿のようにして観察しても、鞘は1本しか見当たらない。
刀についた血を払いながら、ヒメマルが言う。「豆鉄砲を食らったような顔をして……相当驚いているようですね。あなた達には知識が足りない。これじゃフェアではありません。一つ教えておきましょう」
ヒメマルは日本刀をこれみよがしに見せる。「この武器は少し特殊で……魔力を込めることで、あらかじめ決められた形に姿を変えるのです。場面に応じて2つの形を使い分けることで、意表を突き、戦局を一気に優勢に持って行く。これが私の戦い方です」
やはり手強い。あのクライゼルさんがやられるなんて、こりゃ僕が逆立ちしたって勝てそうにない。だが、爪痕は残したい。
一鉄がズボンのポケットから、ヒメマルに見えないように、L字の道具を取り出す。アーロンは見覚えがあった。海賊映画でよく見るアレなのだろう。
一鉄に策がある。アーロンはそう確信し、相槌を返した。戦況をひっくり返すため、なんとしても守らなければならない。
ヒマメルが武器を戻し、再び距離を詰める。アーロンは負けじと一鉄の前に出る。ヒメマルはなんと、呪文を唱えた。「フレイム、炎よ燃え盛れ!」
指先から球状の爆炎が生成される。オプサ戦で琉太が作り出したそれよりも、遥かに大きく、遥かに熱い!まるで王女を守護する盾のようだ。
どうすることもできなかった。炎が直撃し、地面に転がり込む。髪はチリチリになり、せっかく整えた一張羅も黒焦げになった。
アーロンは薄目で一鉄を見つめる。ハンマーを構えるものの、まったく間に合わず、無惨にも刃が右肩を通り抜けた。
一鉄が激しく吐血する。策は失敗に終わった……アーロンはそう信じてしまった。だが、一鉄がハンマーを地面に落とす。地面に打ち付けられたときの落下音は、まだ終わっていないと皆に告げているようだった。
「これを狙ってた!」
ポケットからピストルを取り出し、狙いを遠くの地点に定める。銃口の先に見えたのは……サパコスだ。意識がない隆之介を、間近で見つめている。
鉛色の銃弾が一直線に飛んでいく。サパコスは気づいていない。そのまま頭に突き刺さった……かのように見えた。
サパコスは常軌を逸した反射神経で、銃弾を避けていた。頬には神族特有の、黄金の血が滴っている。それをぺろりと舐め、お返しの武器を投げる。
「よくもこの俺様に傷をつけてくれたな〜?ご褒美にこんなのはどう?」
円形の刃―チャクラムだ。一鉄に躱すすべはない。体を貫かれた痛みに耐えつつ、片目を瞑る。
ヒメマルがレイピアを突き刺したまま、苦無を投擲してチャクラムを撃ち落とした。まるで平一郎を叱る千代子のような顔だ。
「サパコスさん。いま首を狙って投げましたね。さすがにやりすぎです。ヒノカグツチ様から、子供は殺すなって再三言われていたでしょう」
サパコスは不敵に笑う。「体を貫通させているお前に、言われたかねぇな」
「別に命までは取りませんよ」
ヒメマルは冷たく言い放ち、レイピアを抜いた。一鉄はその場で崩れ落ちる。ピストルが最後の切り札だったようだ。
ポケットに手を突っ込み、サパコスがしずしずと歩み寄る。
二人の軍団長の足下に、突如矢が刺さった。おそらく胸を狙ったものだろうが、二人に容易に避けられたのだろう。弦を引いたのは……葉月だ。
「もうこれ以上―みんなを傷つけさせない!」
汗を垂らし、ぶるぶると震えながら言い放つ。本来、葉月の命中率は100パーセントに近いが、心身が恐怖を感じ、自然と照準がずれてしまったのだろう。
「まぁ耳たぶぐらいならいいだろ」
屋上に向かってチャクラムが飛ぶ。葉月には躱せない。この場の誰もが分かっていることだった。
その時、意識を失ったと思われていたクライゼルが叫んだ。「させるか!」
ワープを発動させ、光のような速さで空を駆け抜け、葉月の前で腕を広げる。チャクラムが胸を裂く。上半身に十字の傷が出来上がった。
その様子を眺め、サパコスは愉悦にひたった。唇がめくれ上がっている。「いいねぇ〜。俺様に取っちゃ芸術作品だよ」
アーロンは心の底から震えあがった。この男は……魔族が苦しんでいることを喜んでいるのか?
「葉月さん……降りましょう」クライゼルが血を吐き、呟く。
「でも、下に軍団長が」
「見てください。魔神軍が退却していきます。やつらももう退くでしょう。だから早く!」
クライゼルは葉月をお姫様抱っこして、地面に降り立とうとした。しかし、魔力が切れ、浮遊することができなくなると、自身が下敷きになった。おかげで葉月に怪我はなかったが、そこでクライゼルの意識は消えた。
「さて、もうそろそろ行きましょうか」
「ちょっと待ってくれ。良いものがある」サパコスが言った。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて取り出したのは、内部で炎と雷が渦巻く、透明なオーブだった。
「出発前にアグカルさんに渡されたんだ。想定外のことが発生したら、こいつを炸裂させて知らせろって。ここのボタンを押せば、煙が出たあとに花火のような爆発が起きる。だけど―、そんな使い方は面白くないよなぁ〜」
「何をする気ですか?」
「まぁ見てろって。俺の予想が正しければ……」
サパコスは野球選手のようなフォームで、オーブを屋上へぶん投げた。そして、それをチャクラムで真っ二つに切断する。
目を覆ってしまうほどの閃光が放たれ、ホマレ荘が爆炎に包まれる。ありとあらゆるところが燃え、木材が炭となって朽ち果てようとしている。窓も爆破の衝撃で粉々になった。
「あぁ……私達の『家』が……」葉月が呟く。
サパコスが腹を抱えて笑った。「いいね!いいね、そのカオ!やっぱり人が絶望するのを見るのは止められない!」
ヒマメルは黙ってその様子を冷ややかに眺め、言い放つ。「……行きましょう」
即座に森に隠れたヒメマルを追いかけながら、サパコスが叫ぶ。「その炎は水をかければ消える。だけど、ヴィラージュに頼ることはできないぜ。アグカルさんが相手しているからな。せいぜい爪を噛んで見ているか、自分たちでどうにかするんだな!じゃあな!」
その笑い声は、神話に出てくる悪魔のようだった。
アーロンはサパコスを追おうとした。皮膚が焼けただれ、一歩踏み出すだけでも、脚が軋んで激痛が走り、亀のようなスピードしか出ない。。視線を横に伸ばすと、偲、エリー、隆之介が血を流して倒れている。
燃え盛る「住処」に、大量の重症者たち。アーロンたちにとって、ここは地獄そのものだった。




