46話 嵐の始まり
三人は闇夜を切り裂くようにして、村に向かって全速力で走った。暗がりに隠されているが、村のあちこちで炎が上がっている。以前にも、魔族の侵攻があったが、終始ヴィラージュたちが圧倒していた。今回はそうもいかないらしい。
武道場で稽古を続けてきた悠玄、平一郎にとって、多対多の乱闘は始めてだ。きっと凄惨な戦闘になるに違いない。覚悟は決めたつもりだった。だが、あまり気は進まないし、それに怖い。悠玄は自分の恐怖心と戦いながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
腰元でガチャガチャと日本刀が揺れている。これさえなければ走りやすいのだが、生憎手放すわけにもいかない。血に濡れた刀を見たら、悠玄組のみんなは何を思うだろうか。
ふと、ひまりの顔が思い浮かんだ。小学生、中学生と歳を重ねるにつれて、心が荒れてしまう日も増えていくものだが、ひまりは違った。どんなときでも優しく朗らかで、ちょっと泣き虫。言葉がうまく出てこないこともあるが、それも笑って誤魔化す。俺の隣で気を使ってくれているだけかもしれない。でも、ひまりと過ごす日々は、どんな物とも、どんな時間とも交換できない、大切な宝物だ。
そんな日常が、魔神軍の手によって壊されようとしている。ひまりたちが逃げ回っている場面を想像すると気が気でない。日本刀の柄を握る。村が近づく。あの林を越えたら、もう戦場だ。ひまりたちを守るためなら、俺はどんな手段だって選択する!悠玄は意を決した。
「何ボケっとしとるんや!もうすぐ着くで!」
悠玄たちは林に飛び込み、息を殺す。周囲では金切り音があちこちから聞こえる。魔族に見つからないよう、茂みから慎重に顔を出す。
黒い衣装に身を隠した少女が、複数の魔族を相手にしている。右手には刀、左手には苦無。腰回りには手裏剣や炸裂弾。偲だ。
数で見れば、偲が圧倒的に不利だ。しかし、怯んでいる様子はない。ただ、心の中すら見透かすように、ただじっと魔族の動きを観察している。
その時間が、悠玄たちに好都合だった。平一郎は、予備のナイフをロペスに手渡す。平一郎は投げナイフを主軸に戦う。在庫を減らすなど、ただリスクを増やすだけだ。ロペスの考えを予測したのか、平一郎が蚊の羽音ほどの声で呟く。
「ロペス、自分の身は自分で守るんや。ここから、俺達は別行動になる。悪いけど、お前を守れるかどうかは契約できん。エリーにナイフの使い方ぐらい教わっとるやろ。だから心配ないわ」
ロペスはその言動に含まれた意思を理解した。平一郎と悠玄は、戦闘に参加する。僕にできることといえば、魔族の手から命からがら逃れることだけだ。
「じゃあ、あとは頼んだで!」
掛け声とともに、二人は茂みから飛び出した。平一郎がナイフを2本同時に投げる。それはシュッと音を立て、魔族の眉間に当たる。しかし、魔族はまるでトカゲが二足歩行を極めたような見た目をしていて、ナイフは頑丈な鱗によって弾かれる。
「悠玄さん!平一郎さん!ご無事だったのですね!」
二人は、驚きの色を隠せない偲の両隣に並ぶ。敵は全員で5体。数では相変わらず劣勢だが、こちらには偲がいる。悠玄は、魔族の様子を伺いながら、日本刀を抜いた。
「さて、始めようか」
次の瞬間、魔族たちは槍を片手に、悠玄たちを取り囲むようにして広がった。やたらと連携が取れている。さすが見分けがつかないモブどもといったところだろうか。悠玄たちは隙を極力小さくするため、互いに背中を向ける。
偲が最も手練れであると判断したのか、魔族たちは陣形を完成させ、悠玄と平一郎にそれぞれ二人ずつで襲いかかる。弱いものから倒し、頭数を減らす作戦だろう。悠玄は魔族の攻撃を弾き、もう一体の突きもひらりと躱して、蹴りで応戦する。平一郎も同じく、ダブルナイフで槍の一撃をギリギリで防ぐ。だが、対応できるのは一人まで。隙だらけの平一郎に、先が二股に分かれた青い舌を出した魔族が、武器を振りかぶる。
「どんな生物にも、弱点はあります」
偲は苦無を投げる。それは魔族の眼を貫いた。魔族は槍を落とし、地面に転がる。難を逃れた平一郎は、攻撃をかいくぐり、魔族の内の一体の脇腹を切り裂いた。
残るは三体。仲間が殺されたことで、魔族の動きが止まる。その隙を見逃す偲ではない。一瞬で懐を侵略し、忍者刀で袈裟に落とした。
一方、悠玄はというと、2体を相手取りながらも、全く押されていない。隆之介の教えを真面目に享受しただけかもしれない。それでも、斬撃の中に蹴りや頭突きをねじ込むその戦いぶりは、喧嘩好きそのものだ。
徐々に傷が増え、魔物が鈍くなっていく。対する悠玄に、動きの衰えは見られない。槍による一撃を躱し、魔族の心臓を貫く。後ろに回り込み、残る一体も、背中を切り裂いて倒した。
「これで全員だな」悠玄が満足そうに言った。
「まだ油断はできません。まだ上空ではクライゼルさんが戦っていますし、地上にもまだまだ数がいます。私達を分断するように動いていて、かなり厄介です」
「魔族があちこちに散らばっているってことやな」
「いえ、刃を交えて分かったのですが、奴らはどうも、ヴィラージュ様のお宅を目指しているらしいのです。おそらく、『光の扉』をくぐって神の都に潜入するためでしょう」
「なるほどな。俺と平一郎は、魔神軍の残りを倒しに行く。偲、お前は強ぇ。『光の扉』の防衛戦に参加してこい。戦況がひっくり返るだろう。ついでに、そこにいるロペスも、避難させてやってくれ。頼んだぞ」悠玄と平一郎は魔族の息の根が止まっていることを確認しながら、足早にその場を去った。
二人を見送った偲は、周りよりもひときわ膨らんでいる茂みの中を覗いた。ロペスがナイフを握った手で耳を押さえながら、膝を畳んでうずくまっている。その目にはじんわりと涙が滲んでいる。偲は心が痛くなった。
「もう大丈夫ですよ。さぁ、安全なところに行きましょう」ロペスは鼻をすすりながら無言で頷いた。
真っ黒な手を握りながら、偲は森林を駆け抜ける。黒人であることについて深く触れるのはタブーだが、今回ばかりは夜の闇に隠れることができて都合が良い。ロペスは戦闘能力を持たない。桜花やひまりが隠れている、ホマレ荘の裏の森に案内するのがいいだろう。
魔族を蹴散らしながら、二人はホマレ荘を目指した。片手が塞がっているはずなのに、棒手裏剣や煙幕弾で魔族の目をくぐり抜ける偲は、ロペスにとってヒーローのように見えた。
ホマレ荘の真隣に来た。魔族に見つからないよう、木下に積み重なった残雪と落ち葉に身を隠す。この辺りは開けた広場になっている。その空間のあらゆるところで、村の魔族と魔神軍が乱戦を繰り広げている。ロペスを避難させるには、この間を通り抜けなければならない。そのためには、敵味方関係なく、全員の視線を一箇所に集めれば良い。
ふと、ロペスの手が震えているのに気づいた。空の響き渡る金属同士がぶつかる音。ロペスにとって、何か嫌な思い出を呼び起こすようなものなのだろう。偲はロペスの肩を優しく掴んだ。
「心配いりません。作戦があります。私からのお願いは一つ、爆発音が聞こえたら、向こうの林に突っ走ってください。そこを左に曲がれば、リマンさんがいるはずです」
ロペスが頷くのを確かめると、偲は炸裂弾を両手に持ち、林の中を移動する。向かったのは、広場の端っこ―ホマレ荘のちょうど正面だ。コソコソと木の上に登り、乱闘が行われている場所を覚え、炸裂弾に火を点ける。そのまま木から落下、爆発するギリギリで、空中に放り投げる。
ドカーン!辺りに轟音が響く。ホマレ荘の前を、ロペスが走り抜けるのが見えた。これでいい。偲は爆風で地面に叩きつけられるも、受け身を取って怪我を防ぐ。
忍者刀を手に取り、足音を消して、魔族たちの背後に回る。「なんだなんだ」と困惑しているうちに、次々と背中を切り裂く。
「はん、見えているぞ!」
最後の魔物を一刀一足の間合いに捉えようとしたとき、落ち葉に身を隠していた魔族が飛び出してきた。動きが思ったより速い。まずい、対応できない!
「やらせるかよ!」
ゴソゴソと音を立て、突如として、隆之介が現れる。刃が到達するよりも先に、隆之介は2本の剣で十字の傷を刻む。偲が斬ろうとしていた魔物は、すでにエリーによって絶命していた。ふたりともどこにいたんだ?
「いやー、危なかったですね」エリーの表情が少し柔らかくなる。
「魔族の大半を倒したと思ったら、ホマレ荘の方角から、でっかい爆発音が聞こえてな。何が起きたのかと確かめようとしたら、お前と合流したってわけさ」
「ありがとうございます、助かりました。戦況の方は?」
「あぁ、ヴィラージュ様の奮闘のお陰で、だいぶ片付いてきている。クチバシ野郎も、クライゼルさんが大方倒してくれたよ。あとは残党を見つけるだけだ」
良かった。この感じなら、クラスのみんなに怪我はないらしい。偲はホッと胸を撫で下ろした。
「へぇ、面白いことになってんじゃーん」
見知らぬ声が偲たちの周りに響く。低い男の声だ。だが、どこか喜んでいるような、おどけた雰囲気がある。まるで、子供と殺人鬼が混じったかのような―心が震え上がる感じだ。
偲たちは声の主の方を振り返る。森の中からゆっくりと現れたのは、ナイフを手に持った金髪の男と、紫色の髪を携えた―全盲の女性だった。




