44話 鉱山の謎
向日葵たちの「家」にも冬がやってきた。村には数日に一回大雪が降るようになり、魔神軍の侵攻も少なくなった。
この一ヶ月の間にいろいろなことがあった。まず、「家」が完成してから、ほんの数日後に、名前を決めようという話が挙がった。オプサによって計画がストップしている間、桜花はいくつか「家」の名称の候補を考えていた。英語で「寮」という意味の「ドーミトリー」―。ロペスの出身国、南アフリカのアフリカーンス語から取った「ベライスン」―。ギフテッドたちが一緒に暮らすということから「集英寮」―。とにかくたくさんのアイディアが出たが、胸中にストンと落ちるような名前は出てこなかった。
そんなある日、仕事がなかったため、葉月といっしょに、共有スペースでトランプをしていると、テーブルの隅っこで休憩していた悠玄がこんなことを呟いた。
「善い行いを積み重なるという意味を込めて、『ホマレ荘』はどうだろうか……」
天啓が降りたような気がした。「ホマレ荘」か……。少し真面目臭いような感じもするが、言葉の響きとしてはとてもしっくり来る。桜花は本で顔が隠された悠玄に質問する。
「ねぇねぇ。『ホマレ』ってどういう意味?」
「良い評判を得ること、人から褒められるという意味だ。俺たちは皆、ギフテッドと呼ばれる天才集団だが、各々様々な事情を抱えている。俺やひまりをはじめとしてな。もちろん、葉月のように素晴らしい経験をしているものもいるが、どちらかといえば少数だろう。そんな奴らが過去の事情関係なしに力を併せ、それぞれの特技を発揮しながら、魔神軍に立ち向かい、名声を獲得していく……。そんな未来を思い描いて、この名前を考えた」
よく見えないが、きっと悠玄は自信満々の表情で、名前を考えた経緯まで述べたのだろう。淡々と話す悠玄には、少しイライラしたが、さすがのひらめきであると、関心もした。
「ホマレ荘……いい名前だと思う」
葉月がババを引き抜きながら言った。桜花はすかさず、片方のカードを取る。葉月の手元にはジョーカーだけが残り、勝負は桜花の勝利となった。
「くっそー。負けた〜」
葉月は地団駄を踏みながらも、笑顔を見せた。悠玄の「ホマレ」という言葉には、名声とともに、笑顔を増やしていくという願いも込められているのだろう。桜花はそう確信した。
急いでヴィラージュのところへ行き、「家」の名前が決まったことを話すと、ヴィラージュは微笑んだ。桜花の胸にストンと落ちたのであれば、よい名前に違いないと、決定を後押ししてくれた。
その日の夜、冷たい夜の風に負けないよう、向日葵たちがそれぞれのテーブルで鍋を囲んでいるときに、桜花は「ホマレ荘」のことを伝えた。「ホマレ」という言葉の意味、そこに込められた願い、悠玄が考えてくれたこと……この一日に進展したことのすべてを伝えた。
悠玄含めその周りの人は、学級委員である琉太に反抗的な態度を取っている。クラスには、快く思っていない人も少なくない。桜花は簡単に了承してくれるはずがないと思った。しかし、意外にも琉太たちの反応は良かった。
「ホマレ荘か。込められた願いもはっきりしているし、魔神軍との衝突を控える俺達にとって、スローガンとなるようないい名前だ」琉太がキャベツをもぐもぐしながら言った。
「そこまでお固く考えなくても―。響きが素敵じゃない」千代子が言った。
悠玄の提案は、クラスの団結を乱すようなものばっかりだった。誰も反発せず、これほどまでに皆に受け入れられたことなんてあっただろうか。少し離れたところに座っていたコルチは、ニヤニヤしながら、テーブル越しに悠玄の方を見た。
「あら、悠玄。珍しいわね。あんたのアイディアが否定されないなんて」
「……ちょっと黙っとけ……」
悠玄は顔を赤くし、わざとらしく腕を組んでそっぽを向いた。照れ隠しのつもりだろうか。悠玄の隣のひまりが、顔を手で隠しながら、クスクスと笑っていた。
「決まりでいいな。今日から俺達の『家』は『ホマレ荘』だ!」
琉太が、鍋の取り皿を掲げて、高らかに宣言した。暖炉の熱にやられて、顔が真っ赤になったアーロンもそれに続く。
「みんな!せっかくイケメンの僕が魚を釣ってきたんだ。家の名前を決まってめでたいし、今日は飲んで食って楽しもう」
魔神軍への不安が拭いきれていなかった向日葵たちには、久しぶりの団らんとなった。宴は深夜まで続き、完全に寝静まったのは、日付が変わってしばらくあとだった。
一週間がたった。ホマレ荘が誕生してからまったく雪が降らず、毎日の雪合戦を楽しみにしていた向日葵と功は連日ご機嫌斜めだった。
辺りに残雪がぽつんぽつんと散らばっている。平一郎は、村から少し離れた鉱山の入口でひとり、隧道の暗がりを見つめていた。以前一鉄と訪れたときには、地上からはしごのすぐ下の地面、鉱山の中まで、足跡がいろいろな場所についていた。だが、今はすっかり消え、新しい足跡も、奥に連なる一本筋のようなものしか無い。気温が低くなり、以前石炭を掘っていた村の魔族も、活動を止めてしまったらしい。
「おーい、来たぞ」
思案していると、はしごの上から声が聞こえた。こちらをのぞき込んでいるのは、悠玄とロペスだ。二人は黙ってはしごを降りる。
「こんなところに呼び出して、なんだってんだ?」
「僕も何も聞いていません」
悠玄は冷たい怒りを込めていった。平一郎は両手を振り、二人をなだめる。
「まぁまぁ、まずはこん中に入ろうや」
背中に担いだバッグの中から、一鉄に作ってもらったランタンを取り出す。マッチをすり、燃料に着火すると、三人は足跡を踏んづけながら歩き出した。
鉱山は、以前よりも煤が溜まっており、喘息持ちの平一郎には厳しい環境になっていた。天井からは少量の水が滴り落ち、坑道の真ん中には、トロッコ用の線路がある。今にもコウモリが出てきそうで、怖いものが苦手なロペスは、悠玄の背後にこっそり隠れている。土でできた壁には、石炭が露出しているが、なぜか掘られた跡がない。入口から奥にかけて足跡が続いていたが、どうも石炭や他の鉱石を掘る目的ではなさそうである。平一郎は先頭で、前傾姿勢で警戒しながら進む。
「なぁ、いい加減教えてくれねぇか。俺達をここに呼んだ目的は何だ?」
悠玄が眉間にシワを寄せながら尋ねた。平一郎は振り向かずに言う。
「お前らも一鉄から聞いているやろ。ここの鉱山で謎の本が見つかったって。俺は一回読んだことがある。見たこともない文字だらけやった。その内容を解き明かすために、お前らを呼んだんや」
「確かに聞いているが……しかし謎の本か。村の魔族か、アシナヅチ様がご存知な気がするんだがな」
「それがな―。ヴィラージュ様が神の都に確認しに行ってくれたらしいねん。そしたら、アシナヅチは詳しいことはわからんっておっしゃったんや。神族の英知の結晶―『バベル図書館』でも隅から隅まで調べたようやけど、それっぽい記述があるだけで、確証はないらしいんや」
「だがな平一郎。俺達を必要とする理由がわからねぇ。お前が求めているのは、要するに『解読』できる人間だろう。ロペスは分かるが―、俺が分かるのはせいぜい日本語の古文ぐらいだぞ?」
「そこがピッタシなんや。謎の本は、未知の言語で書かれていた。これは事実やだけど、その一部には、いまも俺らによって使われている漢字があったんや」
「ふむ……」悠玄は顎に触れた。
「日本語というのは、1200年前と今とで、大きく姿を変えている。現在老若男女問わず使われているのは、ひらがなとカタカナだ。そのルーツは、中国から伝来した漢字にある。3つの文字には一定の関係がある。ひらがなやカタカナから意味を推測すれば、一見何が書いてあるか分からない文章でも、読み解く事ができる。平一郎、一鉄は確か、本の一部の文章は読むことができたと言っていたな。以前読んだ本は、俺らでも読める文字に変化する前の言語で書かれた文章であると……お前は予想しているのだな」
「そういうことや。物わかりよくて助かるわ」平一郎がにっこり笑顔を見せた。
「なるほどです」
「ひらがなやカタカナと誕生の仕方が同じなら、俺でも解読できる可能性は捨てきれないが……。やはりいくつもの言語を習得しているロペスのほうが、頼りになるだろう」
悠玄はまるでニュースに登場する評論家のように、淡々と述べた。
「えぇぇ……。止めてくださいよ」
ロペスは恥ずかしそうに、黒色の肌を赤く染めた。
坑道の奥から足音がした。ワイワイガヤガヤと騒がしかった三人が、水を打ったように静かになる。暗闇から現れたのは、イノシシのような見た目をした、2人の魔族だった。どっちがどっちだか、判別がつかない
悠玄は村の魔族の顔をだいたい記録している。だが、これほど鼻息が荒く、血と肉に飢えていそうな魔族はいない。敵だ―!悠玄は日本刀を抜き、平一郎は2本のナイフを構える。
「ロペス。なにか武器は持っているか」
「ありません……。申し訳ないです」
「謝罪している暇があったら、後ろに下がっていろ。こいつらは俺が切り倒す」
ロペスが後付さりするのと同時、魔族も口を開く。
「兄ちゃん。この人たちって、ヴィレッサムさんが言ってた……」
「あぁ。悪逆無道の子どもたちだな。ここで倒しておこう」
魔物たちもナイフを抜く。
「遺言はそれでいいんだな?」
悠玄は日本刀の切っ先を向け、魔族たちに問いかけた。
「さぁ行くで!」




