39話 オプサ包囲陣
クライゼルは自らの足で、リマンのところへ向かった。蛍二の治療にかかるという考えも浮かんだが、こんな遅い時間に戸を叩いたら、迷惑極まりないだろうと思った。クライゼルは胸の傷を押さえ、ゆっくりと歩を進めた。
しばらく進むと、村の建物で一番大きいヴィラージュ宅が見えた。その奥には、建設途中の向日葵たちの家もある。確か、桜花はヴィラージュたちがオプサを探している間に、新しい住居の名前を考えていた。その時の桜花は随分楽しそうだったが、それでも実際に手を動かすときには及ばない。
そんなことを考えながら、クライゼルはリマンの治療所の扉を三回ノックした。かすれた声で、名前を呼ぶ。「リマン、起きているならドアを開けてくれ……」
クライゼルの声が辺りに反響し終える前に、扉が勢いよく開いた。リマンはパジャマではなく、白衣を着たままだった。血濡れのクライゼルを一目見て、リマンは瞬時に状況を察した。
「アンタ……もしかしてオプサと……?」
「えぇ。ちょっと深手を負ったがな」
リマンはクライゼルに肩を貸し、病室へと運んだ。その間に、クライゼルからはどんどん力が抜けていった。リマンもすらっとした体型をしているとはいえ、クライゼルよりは背丈は小さい。肩が痺れる感覚を覚えながらも、リマンはクライゼルを一番奥のベッドに寝かせた。
「アンタには小さいだろうけど、もうここしか空いていないのよ」
クライゼルは、背中を曲げて休むことを強制させられた。病室には8つのベッドがあったが、そのすべてが村の魔族によって埋まっていた。魔族の中には、指を失っている者や、高熱が続いて連日悪夢を見ている者もいた。これもすべて、オプサの仕業なのだろう。クライゼルは、オプサを仕留めきれなかったことを思い返すと、腸が煮えくり返るほどの悔しさを覚えた。
「はい、これを怪我した場所に塗って」
保管庫から薬を取ってきたリマンが、手のひらサイズのビンに入った軟膏を手渡した。鼻がもげるほどの強烈な匂いがしたが、我儘を言っている暇はない。クライゼルは鼻を塞ぎながら、傷口に軟膏を塗った。体を蝕んでいた痛みがすっと消え、一気に気分が楽になった。
「薬の腕は相変わらず飛び抜けてるな。匂いを除けばだが」
「なによ。私のおかげで、アンタは気が楽になっているんだから、もう少し感謝するべきよ」
クライゼルはふっと笑い、寝返りを打った。リマンの表情はひどく沈んでいる。リマンは口調はキツイものの、もとから優しい性格だ。村の仲間たちが傷つき、心を痛めているのだろう。しばらくの沈黙が流れたあと、リマンが口を開いた。
「ねぇ、クライゼル。オプサとの戦いはどうだったの?アンタのことだから、一方的にやられたってことはないでしょ?」
「まず、私は『ワープ』の力を使ってやつに刺突を繰り出した。持てる最大のスピードだったが、やつの頬を切り裂いただけだった。そこで、自傷覚悟の作戦に切り替えた。『肉を切らせて骨を断つ』ってやつだ……。私は『氷の呪文』をわざとくらい、さらに胸の一撃も受けた。やつが油断したところで氷を砕き、『ギブワープ』で吹き飛ばしたというわけだ」
戦いの様子を語ったことで、クライゼルは少し自慢気になった。村の誰も成しえなかったことを成し遂げたのだと。しかし、リマンの表情は冷ややかだった。
「いくらアンタに回復力の高い魔族の血が流れているとはいえ、一歩間違えれば死んでいたのよ?これからは、攻撃を受ける前提の攻撃なんて、立案しないことね」
クライゼルがオプサを撃破したという情報は、当然ヴィラージュの耳にも入った。その翌日、ヴィラージュはその脚で神の都へと赴いた。
玄関のすぐ近くにある受付に入ろうとすると、入口にヌーラスが立っていた。しかし、会合を開く予定だったアシナヅチの姿が見えない。
「おぉ、ヴィラージュ殿。よくぞ来てくださいました。ささ、こちらへ」
「一つ、質問をしてもよろしいですかな。上様はどこへ?」
「スラム街へ視察に行っております。上様は神族の棟梁。魔神軍との戦争だけでなく、神族の街の管理も取り仕切らねばならぬのです。どうか、ご理解を」
階段を昇り、応接間へとつくと、ヴィラージュは窓の近くの席へと案内された。ヴィラージュはソファが潰れないように、体の大きさを調節した。窓からは神族の街の一端が見えた。郊外には、かびた布やトタン、薄っぺらいなどで造られた、明らかに他の町並みとは異なった街があった。
「あちらがスラム街でございます。収入に恵まれない者たちが作り上げた、神族の街の中で最も治安の悪い場所です。どうにかして環境を改善してやりたいのですが、神族から集めたお金をバラまくわけにもいかず……上様も手をこまねいております」
ヴィラージュはふと魔神軍にいたときを思い出した。ヴィラージュはアグカルの側近だったため、魔神軍の中では待遇も割といいほうだった。しかし、魔神城の城下町には、あちこちに生活環境の悪いスラム街があった。ひとたび足を踏み入れれば、みすぼらしい服を着た物乞いに囲まれた。クライゼルやゴリベア、リマンともそこで出会った。
「さて―ヴィラージュ殿。オプサの捜索はうまくいっておりますかな?」ヌーラスはヴィラージュの眼をまっすぐ見た。
「先日、クライゼル殿が斬られたと聞いていますが……やはり難航しておりますか」
「はい……」ヴィラージュは低い声で返答した。
「たくさんの魔族が大怪我を負っているとはいえ、そこまで自分を攻める必要はないかと。オプサの悪評はこちらにも嫌というほど届いております。そしてその強さも。しかし、こちらとしても、オプサという不安の原因を取り除いてしまいたいのです」
ヌーラスが間をおいた。
「そこで、上様からこんなご提案がありました。神の都から神族を派遣し、さらに向日葵殿らを捜索隊に加えると……」
神族ならともかく、向日葵のような子どもを、無理に危険にさらす必要はない。むしろ言語道断だ。ヴィラージュは思わず立ち上がった。
「向日葵たちを捜索隊に加える?正気ですかの?向日葵たちはまだ子どもでございます!一鉄のような体格の良い者もおりますが、それでも心は成熟しきっておりませぬ!わしは、これ以上子どもたちに傷ついてほしくないのです……」
ヴィラージュの声は部屋中に響き渡った。壁を突き破って、廊下にも聞こえているのではないかと思った。しかし、ヌーラスは冷静だった。
「お言葉ですが、向日葵殿らの技は、ヴィラージュ殿の考えている以上に高まっております。ヴィラージュ殿、向日葵殿らと一緒にした最後の訓練はいつですかな?」
「確か……一ヶ月以上前だったかと」
「向日葵殿と功殿が上様に指導を始めたのも、同じ時期です。それまで、お二人は、上様と運動や雑談をしているだけでしたが、武術となると顔付きが変わりました。お二人の目は、戦闘者そのものでした。そして、先生として上様に教えることで、お二人の技能もみるみる高まりました。いまやお二人の実力は、神族の雑兵では相手にならないほどでしょう。他の子どもたちも同じです」
ヌーラスは人をあまり褒めない。自分にも他人にも厳しいタイプだ。そんなヌーラスが、これほど推薦するということは、やはり向日葵たちの実力は、想像の遥か上を越えているのだろうか。
「上様の考えは、命令ではなく、あくまで提案です。前線で頑張っているヴィラージュ様に、判断は一任するとおっしゃっていました。さぁ、どうなさいます?」
不安がないといえば嘘になる。だが、手段を選んでいられる状況ではない。
「分かりました……。向日葵たちにも、存分に働いてもらいましょう!」
ヴィラージュは、ソファの上で宣言した。




