38話 裏切り者たち
クライゼルは、ヴィラージュの命令のもと、単独でオプサを探していた。いつもなら、ヴィラージュやゴリベアが一緒だが、二人は向日葵たちに魔神軍についての説明をしているため、今日に限って、クライゼルは独りでの捜索となった。
月が陰り、不気味な気配を醸し出す森の中で、クライゼルはズボンのポケットから懐中時計を取り出した。時刻はちょうど0時となった。冬の始めとは思えないほどの寒さに、思わず鳥肌がたった。クライゼルは上着を羽織って、目の前の切り株に腰を下ろした。
周りには、同じような切り株が幾つもある。クライゼルは村から見て北の森の担当だった。そこはヴィラージュが、桜花たちのために、数百本という木々を伐採した場所だ。
オプサの影響で、桜花が中心となって行っている家宅の建設は中止になっている。オプサの行動の意図―ヒノカグツチの考えがまだはっきりとしていないためだ。この地は冬の冷え込みが厳しく、数年に一回猛吹雪が襲いかかってくることもある。桜花たちが寝床としている動物の皮から作ったテントでは、吹き飛ばされてしまうだろう。クライゼルは、オプサを必ず捕らえてやると心に決めた。
クライゼルは「魔力感知」を発動しながら探索を再開した。はげ山の真ん中が少し盛り上がっていたので、クライゼルはそこに片足を乗せ、周囲を見渡した。相変わらず、オプサの痕跡は見当たらない。ただ、シカやクマの足跡が残っているだけだ。クライゼルは北を向き、奥の方へ歩きだそうとした。
魔力感知になにかが引っかかった。鋭利な物体がこちらに飛んでくる―。クライゼルは必死に身を屈めた。その物体はクライゼルには当たらず、明後日の方角に飛んでいき、切り株の中心に突き刺さった。魔力感知が反応した方向を見ると、そこにいたのはやはりオプサだった。
「久しぶりだな、オプサ―。しばらく見ない間に、随分顔が醜悪になったな」
「それはこちらのセリフですよ―。前あったときと比べ、服がボロボロで、ヒゲも伸びっぱなし。ヴィラージュやゴリベアとの生活は、相当苦しいのでしょうねぇ」
オプサはニヤニヤ笑って言った。それに対し、クライゼルは冷ややかな視線を返した。そして、迷わずロングナイフを抜いた。
「ここで会えてよかった―。今ならお前を迷いなく斬り殺せる―」
「できるものなら」
オプサはクライゼルに呼応するように、鉈を構えた。
雲が消え、満月が現れた。クライゼルはオプサの顔をはっきりと視認した。オプサの白髪が黒焦げになり、まるで突然変異した羊のようになっている。琉太が「フレイム」を命中させたためだ。今こそ、琉太とアーロンの敵を取るときだ。
「とっととくたばって、私のストレスを軽減してくれないか?」
クライゼルはロングナイフを持ち、オプサとの距離を詰めた。アーロンなんかとは比べ物にならないスピード―。繰り出される突きを、オプサは横に避ける。頬が裂け、青色の血が滴った。両者は距離を取った。
「あなたは日本刀を使っていたはずですが……武器を変えたのですか?」
「ああ。悠玄さんが、日本刀を使いたいと言ったのでな。ある程度の心得がある私が変えた」
オプサはほっぺたの傷に触れた。そして、手のひらについた血をペロリと舐めた。
「今度はこちらからいきますよ」オプサは不気味な笑みを浮かべながら、鉈を持っている方と反対の手を突き出した。「フレイム!炎よ、燃え盛れ!」
オプサは緋色に輝く爆炎を放った。炎はさながら矢のように突き進む。クライゼルはかわしきれず、炎に包まれたように見えた。しかし、それはまやかしだった。
「ほう……」オプサが表情を鈍らせる。
クライゼルはすんでのところで回避していた。炎が当たったように見えたのは、オプサの網膜に映ったクライゼルの影だった。まるで、空間を切り取ったかのような動きだ。
「本来戦闘用ではない『ワープ』を使いましたか。小賢しい」
オプサは蔑むような顔で、クライゼルと目線を合わせた。
「なんとでも言うがいい。私はあらゆる呪文の内、ワープしか自分のものにすることができなかった。才能がないのは分かっている。しかし、ワープを極めて戦うことしか、ヴィラージュ様に恩を返す方法はないのだよ」
クライゼルはロングナイフを構え、力強く言い放った。返事をするかのように、オプサは苦無を投げつける。クライゼルは難なくそれをかわした。オプサは話しだした。
「ちょうどいい。聞いておきたいことがあったのです。クライゼル、なぜあなた達は魔神軍から離反したのです?」
オプサの声には怒気がこもっていた。
「簡単だ。ヒノカグツチのやり方に賛同できないと思ったからだ」
「私が魔神軍に加入したのは600年前だ。私はヴィラージュ様直属の部下として戦線に出るようになった。
当時のヒノカグツチは、下の者たちへの配慮を怠らず、神の都を攻略する際も、女や子供は見逃してしまうぐらい、優しい男として評判だった。しかし、ヒノカグツチは徐々におかしくなった。ひとたび神族の街を攻めると、女や子ども、さらには赤ん坊、無抵抗な者まで殺すようになった。
私は『ヒノカグツチ様こそが正義』と、小さい頃から教えられてきた。しかし、泣き喚く子どもたちを容赦なく処刑するヒノカグツチを見て、その正義に疑問を抱いた。それはヴィラージュ様も同じだった。
そして、来たる500年前、私たちは魔神軍を離脱し、神の都に味方したというわけだ」
クライゼルは腹の底から声を張り上げ、オプサに問いかける。
「魔神軍では今までで、計10の神族の街を滅ぼしたと聞く。そのうちの8つが、ここ600年で起こっているのだ!お前は何も疑問に思わんのか?」
オプサはピクッと体を震わせた。クライゼルは怒涛の勢いで続ける。
「アシナヅチ様は、得体の知れない我ら魔族を快く受け入れて下さった。しかしヒノカグツチは、手を差し伸べるべき対象すら分からなくなった。そんなヒノカグツチよりも、アシナヅチ様が作る世界の方が、ずっと良いに決まっている!」クライゼルは、ロングナイフを握る力を強め、再びオプサとの距離を縮める。
「そのためにも、今ここで、お前を斬り殺す!」
クライゼルの言葉を聞き終わったオプサは、至って冷静だった。
「やはり、あなたはヒノカグツチ様にとって邪魔な存在だ。アイス!氷よ冷却せよ!」
オプサは、冷たい空気をまとう銀色の閃光を放った。ワープの呪文を応用していたクライゼルは、それを躱すことができなかった。クライゼルの四肢が瞬く間に凍りつく。
「この場で殺します」
ご丁寧なことに、オプサは胸だけは凍らないように調節していた。クライゼルに抵抗することなどできない。オプサは鉈を振りかぶった―。魔族特有の青色の血が、辺りに撒き散らされた。
「おやっ?」
クライゼルは意識を失わなかった。「私は意外と打たれ強いのだ……」しかし、もうお得意のワープの呪文すら唱えられまい。オプサはその場を後にしようと、サッと振り返った。
「油断したな!」背後から、氷を砕く音が聞こえた。
オプサは後ろを向こうとした。だが、それより一歩先にクライゼルは、右手でオプサの背中の服を掴んでいた。
「消えるがいい。ギブワープ!」
オプサは、クライゼルがワープを発動させるときと同じ、白色の光に包まれた。オプサは見えない力にへその裏側を引っ張られ、一瞬のうちに夜空へと消えた。
その姿が見えなくなると、クライゼルは止血用の包帯を取り出しながら、その場で膝をついた。




