37話 光と闇
闇の魔力?何だそれは?桜花たちに疑問が生じた。
部屋が教室の自習時間のようにざわめき出すと、ヴィラージュは頭をポリポリと掻きながらため息をついた。
「いいじゃろう。この際、闇の魔力と光の魔力についても触れておこうかの」
ヴィラージュの声色はヴィレッサムの事を話したときよりも明るくなっていた。桜花たちのほとんどはどんな話が聞けるのかと、一度つばを飲み込んだ。大のアニメ好きである(中二病ともいう)平一郎は、その場の誰よりもワクワクしていた。平一郎は首を回し、あぐらから正座に切り替えて、ヴィラージュの話を聞く大勢を整えた。
「以前、『魔力』について話をしたじゃろう。魔力には、わしらの生命を司るエネルギーであり、3つの種類があるとな。
闇の魔力とは、魔神ヒノカグツチが独自に光の魔力を高めて生み出した、魔力以上の力を持つエネルギーじゃ。
通常の魔力は、使用者の感情に応じて強まる。誰かを守りたいという擁護の感情。反対に、恨みつらみが積み重なって生まれた怨恨の感情。魔力は持ち主の感情を選ばない。どんな感情にも反応し、使用者に確かな力を与えてくれるのじゃ」
千代子は、アーロンと琉太がオプサと戦っている場面を思い浮かべた。あのとき、琉太は、劣勢に立たされていたアーロンを前に、魔力を発現させた。きっと、琉太の胸には、アーロンを助けたいという強い気持ちがあったのだろう。千代子は胸に手を置き、その手をぎゅっと握りしめた。その握る力の強さが、オプサを撃退した琉太の心の強さに、少しでも届いてほしいと思った。
ヴィラージュは続けた。
「しかし、闇の魔力は違う。闇の魔力のもととなる感情―。それは悲しみ、怒り、恨み、妬み―他者に危害を加える感情。いわゆる、マイナスの感情じゃな。ヒノカグツチは闇の魔力を胸に、何百年、何千年と魔神軍のトップを務めてきた。その怨嗟の深さは、わしらでは計り知れないものがあるじゃろう」
ヴィラージュの声が再び低くなった。ヒノカグツチが心に秘める恨みとやらが、そのまま乗っかってきたようだった。
「この闇の魔力と相反するエネルギーこそが、『光の魔力』じゃ。光の魔力の根幹にある感情は、嬉しさ、楽しさ、愛情、喜び―他者を笑顔にし、自らをも幸せにする感情じゃ。
光の魔力は、上様の祖父、イザナギ様が奥さまのイザナミ様と日々を過ごしているときに、偶然発現したとされておる。イザナギ様の、妻に対する温かな愛情こそが、現在の光の魔力のルーツなのじゃ。
それをヒノカグツチという者は、憎しみを少しずつ蓄積させ、光の魔力の一切を反転させた「闇の魔力」に変えてしまった。まったく、罪深い男じゃよ......」
ヴィラージュの声からは哀れみすら感じられた。
隆之介と撫子は、帰りに琉太とアーロンのところに寄った。撫子は、木の皮からできた小さなハンドバッグの中に、どんぐりのクッキーを入れていた。これは、千代子がヴィラージュの家から出ようとしたときに「炭水化物も取らないと元気は出ないよ」と言って、二人に渡したものだった。
蛍二によると、琉太とアーロンの怪我は、傷口がどこにあったかわからないほどに治っているらしい。しかし、撫子はオプサに襲われてボロボロになった二人を目の当たりにしているので、テントまでの道中は気が気でなかった。
立冬の冷たい風がほっぺたを刺激する中、二人は蛍二の診療所の前に到着した。
「ふたりとも大丈夫かな......」
「さあな」
隆之介が、入口の分厚い布をペラリとめくると、琉太とアーロンが4キロのダンベルで上腕二頭筋を鍛えている姿が目に飛び込んだ。二人は唖然とした。アーロンは隆之介たちが来訪したことに気づき、首にかけたタオルで汗を拭った。
「あれっ、隆之介、撫子ちゃん!来てくれたのかい?」
アーロンがダンベルを白いベッドに投げ捨てると、骨組みの上のマットレスが大きく凹んだ。
「おっ、それ美味しそうじゃん!千代子ちゃんが作ってくれたのかな?」アーロンはよだれを垂らしながら、ベッドから飛び起きた。
「なんでいきなり筋トレなんか始めたの?」撫子が尋ねた。
「簡単さ。オプサにリベンジするために、まずは筋肉を鍛えようって思ったのさ。『体は資本』って言うだろ?琉太は魔力を発現させたけど、僕はいつになるか分からないし。それに、筋肉ムキムキになったら、より女の子にモテモテになると思わない?」
アーロンは同学年の男子の中でも体格が良い方だが、琉太はどちらかというと小柄で、運動も得意ではなかったので、筋肉痛で、ベッドから起き上がるのに時間がかかった。
「やれやれ。今までやってこなかったことにいきなり挑戦するもんじゃないな」
琉太の補助をしながら、蛍二が言った。「だから、私は賛成しなかったんですよ。傷が完全に塞がったとはいえ、病養中のからだに筋トレで負担をかけるなんて」
とはいえ、千代子からの差し入れは、全身がズキズキ痛む琉太にとってもありがたかったようで、琉太は普段見せないほどの笑顔で(初対面の人は気づかないだろうが)クッキーを頬張った。
「ふむ……素朴な味わいの生地に少量の砂糖がまぶしてある。さっぱりとした良い味付けだ」
琉太はクソ真面目にクッキーの感想を語った。
「この前、千代子ちゃんが作った肉入りスープを丁寧に食レポして、『黙って食べてよ』って怒られてたよな、琉太?」アーロンが意地悪な表情でからかった。
「ふん。放っておけ」
琉太はへそを曲げ、隆之介たちの方を向いた。
「隆之介。ただクッキーを渡すためにここに来たのではないだろう?」
隆之介と撫子はヴィラージュから聞いた話の内容を、仔細漏らさず琉太とアーロン、蛍二に伝えた。アーロンと蛍二はいつも通り真顔で聞いていたが、琉太は話が進行していくに連れ、眉と眉の間のみぞがどんどん深く刻まれていった。撫子が話を締めると、琉太は人差し指と親指の先っぽであごに軽く触れた。考えを整理するときによく行う、生まれつきの癖だ。
「なにか引っかかることでもあったか?」
「うむ―。『ヒノカグツチ』という名前に聞き覚えがあってな。お前たち、日本史で『古事記』と『日本書紀』について学習したのを覚えているか?」
「あぁ、一年生のときにやったやつね」
ベッドに寝転がったアーロンが、頬杖をついて言った。
「確か、向日葵が『なんで歴史の本を2つも作るの?』ってブチギレてたよね」
撫子がクスクスと笑いながら言った。
「古事記によると、イザナギとイザナミは天の沼矛という道具を使い、共同で日本列島を作ったとされている。世界中からエンペラーと呼ばれ、尊敬されている天皇様も、この二人の子孫だ」
「結構有名な話ですよね」蛍二がすり鉢とすりこぎ棒で薬草をすりつぶしながら言った。
「問題は次だ。上様は以前、自身がイザナギの孫であるとおっしゃっていただろう。これは古事記の記述と完全に同じだ」
隆之介たちは目を見開いた。地球から何十万キロと離れているであろうこの地の史実と、1300年前の奈良時代に編集された歴史書の内容が一致している?そんなことあり得るのか?
「この世界には多種多様な生物が、地に足をつけて暮らしている。魔族も神族も、人間もその中の一つだ。『イザナギ』や『アシナヅチ』という名を持つ者が、二人以上いても不思議じゃない。しかし、名前だけでなく、その血縁まで同じとなれば、偶然という一言で済ますことはできないのだ」
琉太は続ける。
「まだ一致しているところはある。古事記では、ヒノカグツチはイザナギとイザナミの息子とされている。アシナヅチのお父上のオオヤマツミも同様だ」
「つまり、本当に上様の家系と、古事記の中身が隅から隅まで同じなら、ヒノカグツチは上様のおじさんになるってことか―」
隆之介が声のトーンを落として言った。琉太はあごと首がくっつくぐらい、大きく頷いた。
「戦争状態にある魔神軍と神の都。そして、両軍のリーダーが血縁関係にある。実に奇妙な話だ」
琉太は皮肉交じりに呟いた。琉太は一呼吸おき、また話し始めた。
「それにな、ヴィラージュ様は魔神軍の核心をついたような話をされたように見えて、いちばん大事な情報を言っていない。両陣営が、なぜ戦争しているのか。俺達はなぜ、オプサに斬られなければならなかったのか。その理由だ。
戦争の理由と言っても、いろいろなものが考えられるだろう。利権が欲しい―領土が欲しい―資源が欲しい―。人類史を見れば、その理由の複雑さは明白さ。たが、叔父と甥の関係であるヒノカグツチとアシナヅチ様が、些細なきっかけで戦争状態に発展するとはとうてい思えんのだ」
琉太はベッドの隅に置かれた金属のコップから冷水を飲んだ。琉太たちの間にしばらくの沈黙が流れる。
「あくまで俺の理論は推察でしかない。しかしこれだけは言える」
「ヴィラージュ様とアシナヅチ様はなにか隠している」
そう述べる琉太の声は、どこか悲しげだった。
「今一度、魔族や神族との向き合い方を考えなければならないかもしれないな......」
琉太は天井の奥の満月を見つめた。周りの星よりもひときわ輝いて見える月も、どこかおぼろげだった。




