36話 魔神軍ってなに?
蛍二たちと別れたあと、ヌーラスとフレルは神の都に帰還するため、ヴィラージュの家を訪問した。門の前では、クライゼルが腕を組んで立っていた。クライゼルはあくまで澄ました態度をしているつもりだろうが、顔からはフレルからの知らせを今か今かと待ち望む気持ちがにじみ出ていた。
「フレルさん、琉太さんはどうなりましたか」クライゼルは落ち着いた声で尋ねた。
「癒しの呪文をかけたら、意識が戻りましたわ」フレルは微笑みを浮かべた。
「良かった......」
クライゼルはほっとため息をついた。
「この知らせを早く上様にお伝えしなければなりませんな」
「そうですわ。アシナヅチ様、琉太様が大怪我をしたって聞いたとき、あの日と同じぐらい取り乱していましたものね」
「フレル殿―。その話は―止めましょう」ヌーラスが気まずそうに言った。
クライゼルは二人の顔色を伺いながら聞いた。「あの日というのは......アシナヅチ様が以前口にしていた......」
ヌーラスは言葉をつまらせた。「えぇ、そのとおりです。しかし、あれは、上様にとっても我々神族にとっても、胸が張り裂けそうなほどに辛く悲しかった出来事でした。神族の間ならともかく、上様の前では上様が自ら持ち出さない限り、この話は出さないようにしているんです」
ヌーラスからは深い思いやりが感じられた。
琉太が復活してから、しばらく経ったある日、向日葵たちはヴィラージュの家に集められた。アーロンと琉太は疲労、蛍二はその看病を理由に欠席していた。しかし、広々とした応接間には、普段は集まりで見かけることのない、悠玄組の姿があった。
千代子は疑問に思い、美猫と談笑しているコルチに話しかけた。
「今日は悠玄組いるんだね。悠玄も少しは頑固なところが治ったのかい?」
「いいえ、違うわ」コルチは、ひまりの隣で胡座をかいて待つ悠玄をちらりと見た。「琉太とアーロンは怪我を理由に休んでいるでしょう。ご存知の通り、悠玄は琉太が大っ嫌いだから、琉太のいない今回だけは、参加を決めたってわけよ。悠玄は『おそらく重要な通達が出るだろうから』って言ってたけど、ホントのわけは琉太なあたり、まだまだ子どもよね」
コルチは悠玄の耳に届かないよう、声を抑えてくすくす笑った。
「あっ、ヴィラージュ様が来たよ」
美猫が台座を指さした。ヴィラージュは眉をひそめ、台座にどしっと構えた。いつもはかすかなユーモラスを感じさせるが、今回は塵ほども見られない。千代子たちはヴィラージュにへそを向けた。背筋が自然と伸びた。
ヴィラージュが静かに口を開いた。
「急に集めてすまんのう。お主らに来てもらったのは、今の段階で判明している魔神軍の情報を伝えるためじゃ」
「魔神軍の情報ですか」悠玄が、琉太の代わりになるような発言をした。
「そうじゃ。先日、アーロンと琉太が大怪我を負ったのは、みんな知っておろう。犯人はオプサという魔族じゃった。オプサは魔神軍の幹部、つまり魔神軍も本気を出してきたというわけじゃ。ここで情報をできる限り伝達し、稽古や実戦に活かしてほしいというのが、わしの寸法じゃ」
ヴィラージュの考えに矛盾はなかった。千代子たちの間に一気に緊張感が走った。
「では、始めよう。魔神軍はヒノカグツチを頂点に置く、数万人規模の大軍勢じゃ。2つの大きな軍があり、その下に7つの軍団がある。各軍に将軍、各軍団に軍団長がそれぞれ一人ずつ設置されておるのじゃ。ヒノカグツチ含めて10人の幹部がいることになるのう」
千代子が手を挙げた。「オプサは幹部に入れないのですか?」
「いい質問じゃ。オプサを幹部から除外した理由、それはオプサと魔神軍の幹部とする者に明確な違いがあるからじゃ。『光の宝玉』という言葉は知っているじゃろう?」
千代子たちは、眠たそうにしている向日葵と功を除いて、一人残らず動揺した。
光の宝玉とは、神族の当主に代々受け継がれている、当主としての力を秘める宝石である。現在、アシナヅチは宝玉を魔神軍に奪われており、力の本領を発揮できない状況だ。
光の宝玉を取り戻せれば、アシナヅチが「光の扉」を開くことで、向日葵たちは地球に戻り、家族や友人と再会することができる。そのため、光の宝玉の奪還は、神族と魔族、そして向日葵たちの最重要事項となっているのだ。
「ヒノカグツチは光の宝玉を分割し、10人の幹部にその欠片を保持させておるのじゃ。わしの記憶が正しければ、多くの幹部はネックレスやブレスレットなどのアクセサリーに加工し、普段から宝玉を所持している。しかし、オプサは実力不足からか、その任務は請け負っておらぬ。あくまで身の回りの世話や些細な仕事をしてもらう、執事という位置づけじゃろう」
「じゃあ、その幹部をぶっ倒せば、私達は元の世界に帰れるってことですね!」エリーが拳を握りしめていった。
「そういうことになるのう。ただ、幹部というのは恐ろしく強い。わしが全力で戦ったところで勝てる確率は五分もないじゃろう。以前わしらが相手にしたのは、薄っぺらい忠誠しかない雑兵じゃが、魔神軍の幹部はヒノカグツチに絶対な忠誠を誓っておるからの」
ヴィラージュはエリー、隆之介、偲を片目でちらりと見た。
「特にお主ら三人は気をつけたほうが良いじゃろう。お主らは、唯一魔神軍と刃を交え、勝利した経験がある。お主らの実力を甘く見ているわけじゃないが、くれぐれも天狗にならず、実直にそれぞれの技を磨いてほしい」
ヴィラージュは突き刺すような眼光で、三人を見つめた。隆之介たちは背筋が凍りそうになったが、ヴィラージュが本気で心配しているからこそ、厳しく諭しているのだと思った。三人はヴィラージュの目をまっすぐ向いて、大きく頷いた。
「さて、ここからは各幹部の説明といこうかの」
ヴィラージュはパチンとヒレを鳴らした。奥から畳一枚ほどの大きさの石板を持ったゴリベアが現れ、ヴィラージュの前に石板を立てかけた。
「10人の幹部のうち、わしが目にしたことある者は、次の5人じゃ。
まずは、妖魔道士軍団長アグカル。こやつは、魔神軍の中でも一番の呪文使いじゃ。他の軍団長や将軍と比べて、「戦わずして勝つ」という頭脳戦を特に好むやつでもあるのう。魔力を放射状に拡散してセンサーのように使う術「魔力感知」も達人の域じゃ。こいつから光の宝玉を奪うのは、軍団長の中でも難しいじゃろう。
次に、魔法騎士軍団長ヒメマル。幹部のなか―というより魔神軍のなかでも唯一の盲目の戦士じゃ。戦闘のベースはレイピアじゃが、相手の意表をつくような形で呪文も多用する。出生や魔神軍に加入した経緯が全く明かされていない、謎の多い女でもあるのう。
三人目は、半魔半神軍団長サパコス。その狂犬のような態度からついた名は「最悪の男」。こやつはもともと神族の出であると聞いておる。しかし、成人までの期間に幾度となく暴行を重ね、神の都を追放されたそうじゃ。血と暴力と戦闘を得たいがために他人を貶めることを厭わない―まぁ生粋のクズじゃな。
四人目は、機械士軍団長サツノカイ。魔神軍の中でも異色の、ロボットの軍団長じゃ。しかし自立した心を持ち、まるで生きているかのように喋るという不気味なやつじゃ。その剛力で2本の大剣を羽を持っているかのように軽々と振るい、またたく間に敵を殲滅する。また、その装甲は武器や呪文による攻撃を跳ね返すそうじゃ。わしらにとってまさに天敵と呼べる存在じゃろう」
長々と話したことで、ヴィラージュの息は少し切れていた。再び声を発したとき、ヴィラージュの声は階段を駆け下りたかのように低くなった。
「これが最後の幹部じゃ。よく聞いておきなさい」
「暗影騎団長ヴィレッサム。こやつは軍団長の中でもトップクラスのスピードを持つ。その体術から繰り出される忍者刀による斬撃は、斬られたのがわからないほどじゃ。さらに、魔神軍のなかでもこいつしか使えない呪文を、斬撃の中に織り込むという噂もある。
ここからが重要じゃ。ヴィレッサムは幹部の中でただ一人、ヒノカグツチが金で雇った軍団長なのじゃ。加えて、ヒノカグツチというのは、部下を心から大切に思う優しさと、その部下すら目標達成の勘定に入れる合理主義的な考えを併せ持つ、不可思議な男じゃ。
わしの考えが正しければ、ここでわしらがオプサを破れば、次に相手することになるのはヴィレッサムじゃろう。ヒノカグツチなら軍団長を利用したいと思ったとき、古くから仕えてくれているヒロイマルなどの腹心ではなく、あくまで契約によって関係が成り立っているヴィレッサムを動かすじゃろうからな」
いちばん重要な情報を伝え、気が楽になったのか、ヴィラージュは台座の上で寝そべった。ゴリベアはひょうたんのキャップを開け、羽ならぬヒレを伸ばすヴィラージュの口に、水を注いだ。
その水は食道ではなく気管に入ってしまったらしく、ヴィラージュは大きくむせながら、唾液混じりの水を、ゴリベアの顔めがけて吐いた。
千代子たちは笑わないように口元を抑えたが、耐えきれなくなり、やがて部屋は大爆笑の渦に包まれた。
「うわ、きったな!」
「もう少しマシな入れ方はないのか!わしも若くないんじゃ、三途の川をわたるところじゃったぞ!」
ヴィラージュは胸のあたりを押さえながら、怒り心頭で言った。ゴリベアはいたずらが見つかった子どものような笑みを浮かべた。
笑いの渦が消えかかったとき、桜花がヴィラージュに訪ねた。
「あの、一つ質問したいことが―」
「なんじゃ!」ヴィラージュは若干不機嫌になっていた。
「アーロンがオプサとの戦いの様子を語ってくれたんですけど、なんか「肌がピリピリした」って言ってまして―。ちょっと気になったんです」
ヴィラージュはちょっと考えたあとこう言った。
「おそらく、それは闇の魔力によるものじゃろう」




