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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
魔神の家臣編(五章)
35/70

35話 癒しの呪文

 ヴィラージュたちがオプサを探し回っている間、アーロンは同室のベッドで横たわる琉太に話しかけ続けた。蛍二はあまり無理をしないよう告げたが、アーロンはただ休むだけでは、ヴィラージュたちに失礼だと思った。

 アーロンが目を覚ましてから丸々4日が経った。アーロンは夕食を摂っている最中、ヴィラージュが以前口にしていたことを思い出した。

「そういえば、ヴィラージュ様が琉太のことは任せろって言っていたけど、あれから特に変化なくない?」

「なかなか時間が取れないのでしょう。勿論、医師の立場から述べさせてもらえば、早く琉太さんになにか施してほしいところではありますが」

 蛍二が皮肉交じりな口調で言った。

 アーロンはヴィラージュがなかなか動きを見せないことに疑問を抱いていた。ヴィラージュが、魔族と神族のハブ、向日葵たちへの魔力の指導、クライゼルやゴリベアとの会議など、様々な役割を兼任しているのは知っている。しかし、こうしている間にも、琉太は刻々と死に近づいているかもしれないのだ。いくらなんでも遅くはないか?アーロンは掛け布団を握りしめた。

「あ、痛い」傷口が少し開いた。

 夕方、千代子は琉太のお見舞いをしに、アーロンたちのところを訪れた。二人に挨拶を交わし、千代子は琉太の隣の丸い椅子に腰を下ろした。

「ヴィラージュ様はまだ来ないのかい?」

「はい、残念ながら―。ヴィラージュ様によると、どうやら神族の方がいらっしゃるようです。私もできることはすべてやっているのですが―申し訳ありません」

「蛍二が謝ることじゃないよ。あんたは頑張ってるさ。ヴィラージュ様を待っていても仕方がない。リマンさんの力を借りるのはどうだい?」

「えっ、あの人!?僕、あの人の薬を使うのだけは、絶対拒否するよ!」

 リマンとは村の中で怪我の治癒を担当する、女性の魔族である。蛍二も舌を巻くほどの、薬草に対する知識を持っており、蛍二もよく参考にしている。しかし、調合する薬のすべてが、鼻がもげるぐらい臭いので、アーロンはじめ向日葵たちからは不評の嵐である。

「確かに、アーロンさんの治療にリマンさんの薬は使っていますが......果たして琉太さんに効くかどうか......」

「えっ、特に臭い感じないけど」アーロンは体のあちこちの匂いを嗅いだ。

「胸を斬られたとき、口の中に血が沢山溜まったでしょう。それが嗅覚に影響を与えてるんですよ。私も千代子さんも、2日ほど前から鼻がおかしくなっています」

「そうだったのか......後で桜花にお礼言わないと」

「しかし、アーロンさんと琉太さんに使っている薬は、あくまで傷の治りを早めるもの。琉太さんの意識を引き出すような薬は―」

「流石に無いか」千代子が物悲しく言った。

 夜ご飯の材料を集めるため、千代子は退出しようとした。すると、入口の布がペラリとめくれた。

「まぁ、あなたがアーロンさん?」

 中に入ってきたのは、藍色のワンピースを身にまとった、ロングヘアーのしとやかな女性だった。髪色はアシナヅチと同じ金色で、見る者の目を引いた。

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」千代子がおっとりとした口調で尋ねた。

「あっ、自己紹介がまだでしたわね。わたくし、フレルと申します。普段は、神の都で怪我人の治癒をしていますの。今日は、アーロンさんと琉太さんの傷を治すために参りましたわ」

 アーロンは恐る恐る聞いた。

「あの―なんで僕のことを知っているんですか?」

「私が説明いたします」シルクハットをかぶったヌーラスがフレルの影から顔をひょこっと出した。

「フレル殿はアシナヅチ陣営唯一の回復呪文の使い手。普段は神族の治療を専門に行なっているので、村に訪れることはないのですが、ヴィラージュ様が上様に掛け合った結果、こうして訪問が実現した次第でございます」

 ヌーラスが事の経緯を語っている間、フレルはアーロンの顔をまじまじと見つめていた。

「あの―僕の顔になにかついていますか?」

「いえ......ヴィラージュ様はアーロン様のことを『美顔』とおっしゃっていましたわ。ただ、こうしてお顔を拝見すると、わたくしの想像以上の整いっぷりで、感心しているだけですの」

 アーロンは怪我が完治したような、幸せな気分になった。この世界に飛ばされてから、桜花たちは今の今まで何回自分の顔を褒めてくれただろうか。オプサに敗北したことで失われた自信が、再びからだに満ちていく。アーロンは痛みすら忘れ、ベッドの上でフレルに向かって膝をついた。

「お褒めいただき光栄です。僕もあなたにお会いできてとても嬉しいですよ」

 アーロンは髪をさっと整え、フレルの手を握りながら言った。フレルは素早く手を引き抜いた。

「そんなことしている場合ですか。早く横になってください」蛍二はアーロンを嗜めた。

 アーロンは気の進まない様子で仰向けになった。フレルは、入院着の上から傷口に触れた。先程の周りの人を癒すような雰囲気とは一変し、見る者の背筋を伸ばす真剣な空気を纏っていた。

「それでは、始めますわ。ハイレン、傷よ治れ」

 フレルが呪文を唱えた途端、アーロンはおぼろげな黄緑色の光に包まれた。蛍二が急いで入院着のボタンを外し、様子を確認した。傷口の周りを血液が循環し、徐々に切れ目が小さくなっていく。

「すごい......」

「これが―魔力の力」

 千代子と蛍二は目を見張った。

 アーロンはものの数分で完全に回復した。千代子はアーロンが嬉しさで飛び回るのではないかと思ったが、意外にもベッドで息切れを起こしていた。

「なんか......これめっちゃ疲れる......」

「癒しの呪文は、あくまで生物がもとから持っている治癒力を活性化させるものですわ。傷を治すのには体力が必要ですの。とりあえず、今日はしっかり休んでくださいまし」

 フレルは次に琉太の治療に取り掛かった。傷は背中にあるので、千代子と蛍二は、琉太を慎重にうつ伏せにさせた。その際、千代子の肘が側頭部にぶつかった。「ゴン!」と鈍い音がテントの中に響いたが、琉太はなんの反応も示さなかった。千代子はより一層不安になった。

 フレルは、琉太の背中に触れ、静かに「ハイレン」と唱えた。琉太の体が黄緑色の光に包まれる。千代子は何もできなかった自分を呪いながら、その手を握った。

 傷口がみるみるうちに塞がっていく。

「琉太、頑張れ!」

「あんたがいなかったら、誰がアタイ達を引っ張ってくれるんだい!」

 アーロンと千代子は心の声を漏らした。琉太の背中は、何事もなかったかのように完治した。しかし、意識は戻らない。1分1秒が永遠のように感じられた。

「琉太!」アーロンが叫んだ。

 その呼びかけに呼応するように、体がぴくっと動いた。アーロンたちが驚いたのも束の間、琉太の目がパチっと開いた。静寂の中、琉太は重い頭を左右に動かした。

「ここは......?俺は今まで何を......」

 千代子は琉太の手を握り、安堵した。「おかえり......琉太」

「心配させやがって!」アーロンが涙を思い浮かべながら、背中を強めに叩いた。

「こらっ!乱暴なことはやめてください!」

 目を覚ました瞬間にうるさくなったアーロンたちに困惑しながら、琉太はフレルの顔を見つめた。

「もしかして......あなたが俺を?」

 フレルは、琉太とアーロンに「癒しの呪文」をかけたことを伝えた。蛍二も便乗して、二人が倒れてから起こったことを隅から隅まで説明した。

「そうか......俺は一週間も寝ていたのか」

「いま、ヴィラージュ様たちが総力を上げて、オプサを追っています。捜索が難航するようであれば、お二人も戦力として加わることになるかもしれません」

 蛍二は心配そうに言った。

「僕もオプサにやられっぱなしじゃ悔しい。今すぐ合流したいところだけど―」

「それはだめです」

「だめか〜」

 いつもはうざったいと思っていたアーロンの声も、一週間ぶりに耳にすると、また違ったもののように感じる。琉太はそっと微笑みを浮かべた。

「お二人が回復したようで良かったです。では、私達はこれで」

 ヌーラスはシルクハットを取ってお辞儀をし、入口の布を持ち上げて外に出た。フレルも続こうとしたが、アーロンたち全員に手を振って、さよならを言った。その姿は本物の天使様が現世に舞い降りたようだった。アーロンは意味ありげな顔で、フレルが去る様子を見つめていた。

「どうしたのさ。そんなだらしない顔して」

「いや......フレルさんがあまりに上品だから、つい見入っちゃって」

「ふーん。アタイたちの中にフレルさんに匹敵するような美しい人はいないってことかい」

 アーロンは口元を抑えながら、深く考えずに小さく頷いた。

 ふと千代子に注目してみると、彼女は顔を真っ赤にしながら、拳を握りしめていた。千代子の顔はまるで鬼のようだった。アーロンはついさっきの自分の行いを後悔した。そして、今にも爆発しそうな千代子に向かって両手を合わせた。

「ごめん。ごめんって!神さま仏さま千代子さま!」

「病み上がりだからって容赦しないからね!」

 寝静まった闇夜に、アーロンの叫び声が響いた。蛍二と琉太は呆れ顔で、悶絶するアーロンを眺めた。

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