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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
魔神の家臣編(五章)
34/70

34話 二人の被害者

 数百メートル進み、建設中の家が見えたところで、アーロンと琉太は地面に崩れ落ちた。二人ともひどい傷を抱えている。出血が限界に達したのだ。

「いた!蛍二くんこっち!」

 撫子の声が聞こえ、二人は心の底から安堵した。二人の視界はそこで消えた。

 撫子は千代子を連れ、アーロンを掴んで揺さぶった。「アーロンくん、大丈夫?」

「琉太、しっかりしな!」千代子も同じように意識があるかどうか確かめたが、反応が返ってくるはずもない。千代子は焦りで声を漏らしつつ、琉太の腕を肩に回した。

「このまま蛍二のところまで運ぶよ!」

 二人は森林に一番近いところにあるテントに、琉太とアーロンを運び入れた。途中で平一郎と功が加わったことで、運搬はスムーズにできた。

 テントの一歩手前で歩みを止めると、足音に気付いた蛍二が血相を変えて、入口の布を上げた。

「あぁ、ようやく来ましたか!さぁ、二人をここへ!」

 撫子と千代子は、二人をそれぞれのベッドに降ろした。功と平一郎が固唾をのんで見守る中、蛍二はかた結びになっていた服をほどき、タオルで汗を拭きだした。

「血はほとんど止まっていますね―。傷口に汚れが入ってはいけません。二人もご一緒に」蛍二は平一郎と功に、白色のタオルを手渡した。

 二人とも冷や汗でびっしょりだったが、琉太が特に酷かった。それは汗の量だけでなく、傷口の深さもそうだった。

「これは―ひどい」怪我の様子を確認した蛍二の顔から、見る見るうちに血の気が引いていく。

「二人をやったやつは『殺しはしない』って言うとったわ。ただそれも嘘か真か......」

「『殺しはしない』ですって?確かに即死に至る傷ではありませんが......失血死の可能性は十分あります」蛍二は怒りをあらわにした。

「話を聞く限り、そいつが手加減できないクソ野郎ってわけじゃなさそうだ。たぶん故意だね」

「蛍二くん!なんとかできないの?」功が言った。

「傷口は縫って塞ぐしかありません。今から縫合を行います。千代子さんはここにいてください」

 千代子にとってこれは予想外だった。「どうして?確かに琉太のことは心配だけど......」

「病は気からという言葉があるでしょう。今回の場合『病』というより『怪我』ですが。しかし、親しい人が近くにいるだけでも、何かが変わると思うんです。手術中、手を握ってやってください」

「アーロンの分はどうするんだい?アタイだって、二人同時に手を握ることはできないよ」

「それは大丈夫です―」

 蛍二の言葉の途中、桜花が息を切らしながらテントに飛び込んで来た。桜花は早々に、切羽詰まった様子で蛍二を激しく問い詰めた。

「蛍二くん!アーロンは大丈夫なの?それに琉太くんも」

 蛍二は千代子に伝えた内容を、そのまま桜花にも伝えた。「......というわけです」

「分かった。アーロンの様子も気になるしね」桜花は首を縦に振った。

 手術は夜に行われた。蛍二、桜花、千代子はマスクをつけ、桜花と千代子はそれぞれアーロンと琉太の隣に座った。普段の蛍二のテントの中には大きな棚があり、中には森で採取したハーブや調合した薬が収められていたが、今回はその上にいくつかのランプが設置されていた。手術中に手元が暗くならないようにするためだ。

 ぼんやりとした灯りが蛍二たちを照らす中、蛍二は琉太の背中に針を指した。琉太の眠りは未だ覚めていなかったが、痛みは感じているようで、苦痛に顔を引きつらせていた。

「大丈夫、大丈夫だからね......」千代子は不安げな声で、琉太の手を強く握った。蛍二が針を突き刺すたび、琉太の痛みも増していった。千代子はその痛みに比例するように、握る力を強めた。

 数十分後、手術は無事に終わった。あれほど大きく、深かった傷が完全に塞がれ、二人は蛍二の医者としての腕を再認識した。アーロンと琉太の呼吸も、心なしか楽になったようだ。蛍二は白衣とマスクを外し、千代子と桜花に告げた。

「やれることはやりました。後はお二人次第です」

 千代子は琉太の頬にそっと触れた。温かい。千代子はしっとりとした声で言った。「琉太―死ぬんじゃないよ。信じてるからね」

 桜花も同じように一言告げようとした。しかし、目を閉じて横たわるアーロンは、まるで少女漫画からそのまま出てきたようで、桜花は少し気恥ずかしくなった。

 アーロンは普段から自身のことを「美顔」だとか「イケメン」と言っていた。桜花は出会ったときからずっと友達だった関係上、耳にタコができるぐらい聞かされていたので、ずっと無視していた。 しかし、今一度見てみると、アーロンは本当に美少年である。

 千代子はアーロンの顔を見つめて赤くなる桜花を見て、額にシワを寄せた。「どうしたのさ。蛍二の治療の邪魔になるから、早く出ていくよ」

 桜花は千代子に腕を引っ張られて、自分のテントに戻った。月が雲で隠されており、まるでみんなの心内を表しているかのようだった。


 三日三晩経っても、アーロンと琉太は目を覚まさなかった。千代子と桜花は時間が許す限り、蛍二のテントを訪れ、手を握ったり、声をかけたりしたが、回復の兆しは見られなかった。


 四日目の夜。この日は桜花と千代子の他に、体を手のひらサイズにまで縮ませたヴィラージュも、二人のお見舞いに来ていた。ヴィラージュは千代子の膝上に腰を下ろし、琉太に声をかけた。

「琉太よ、すまなんだ。わしがもう少し危機管理をしっかりしていればよかったのう......」

 ヴィラージュの責任でないことは、千代子たちも分かっていた。千代子は、ヴィラージュに謝罪を続ける必要はないと強く思った。しかし、ヴィラージュの気持ちを否定したくないので、口に出せなかった。ヴィラージュの謝罪は、その場の空気をより一層重くさせた。

 千代子と背中合わせに座る桜花にとっては、琉太よりもアーロンのほうが心配だった。出会った頃よりもゴツゴツになった手を握りながら、桜花はアーロンの顔を覗いた。

 アーロンの眉がぴくっと動いた。

 桜花は夢中になって言った。「アーロン―早く起きてよ。アーロン、結構頼りになるんだから。早く作業再開するためにも、目を覚まして」

 アーロンからの返事はなかった。先程見たものは気の所為だったのか?桜花は諦めずに必死に祈った。一秒が一時間に感じられた。

「理由それかよ......」かすかな声が、テントの中に響いた。

 耳をなぞるような色気のある声。それは間違いなくアローンのものだった。桜花は涙を流しながら、アーロンに抱きついた。「アーロン......良かった!」

「おい、急にどうしたんだよ。なんか頭痛いし。僕、何日寝ていたんだ?」

 蛍二は事の顛末を説明した。アーロンも戦いの様子について詳しく語った。アーロンが「オプサ」という言葉を発すると、ヴィラージュはあからさまに機嫌を損ねた。

「なるほどのう。二人を斬った犯人はあいつだったか」

「知っているんですか?」

「うむ。何回か話したこともあるぞ。執事として、ただヒノカグツチの指令をこなすために生きる、冷たいやつじゃ」

「村長様......ヒノカグツチというのは?話を聞いている限り、魔神軍のリーダー的な存在のようですが」

「ふむ......さすがの洞察力じゃ、千代子。その事については、いずれ話すとしよう」

 質問をはぐらかされ、千代子は頬を膨らませた。

「そんなことより、琉太の様子は?てか、『作業再開するため』て言ってたけど、本当に止まってるの?」三日間の遅れを取り戻すため、アーロンは根掘り葉掘り聞いた。

「そんなに焦らないの!まだ傷が癒えていないんだから」桜花が軽く叱責した。

「琉太さんの容態はいいとは言えません。アーロンさんは無事目覚めてくれましたが......琉太さんはなかなか......」

「今はオプサを見つけ出すため、魔族たちが全力で捜索にあたっている。それ故、作業は一時中断じゃ。わしも明日から参加しようと思っておる」

「そっか......」

 アーロンは胸の傷を押さえながら、琉太のベッドに座った。

「言い忘れていたけど、琉太は僕達を守ってくれたんだ。琉太が僕達を後ろから押して、オプサから僕達をかばったのさ。死ぬなよ、琉太―」

 アーロンが意識を取り戻したことによって一時明るくなった雰囲気も、琉太の話に移り変わり、また暗くなった。

「よし、琉太のことはわしに任せるが良い!お主らは寝床に戻ってさっさと寝るんじゃ!」ヴィラージュがどんよりとした空気を打ち破るかのように、大声で言った。

「えっ、でも...」

「大丈夫じゃ、わしにツテがある。さっさとベットへ行けぃ!」

 ヴィラージュには逆らえない。千代子はヴィラージュを膝から降ろし、桜花と一緒にしぶしぶ自分のテントに戻った。

「なにか言いたげな顔じゃな、蛍二。神族の中に良い医者がいるんじゃ。そこを当たろうと思う」

 体のサイズを元に戻し、ヴィラージュはヒレで琉太の額を撫でた。

「お主は千代子たちだけでなく、村の魔族のために懸命に働いてくれた。わしも深く感謝しておるよ。必ず助けるぞい」

 琉太から返事が来ることはない。しかし、蛍二には琉太が心のなかで頷いたように見えた。

「蛍二、二人を頼んだぞい」

 ヴィラージュは捜索隊に合流するため、テントから出た。

 蛍二からいびきが聞こえるようになり、アーロンは夜空を見上げた。無数の星が、テントの生地を貫通して、学校で見たときの何十倍も明るく煌めいている。ついさっきまで雲の中にいた月も、力強く輝いている。

 アーロンは隣を見た。天井を向いたまま、目を覚ます気配を感じさせない琉太も、月の光を反射して、淡く輝いている。

 その様子はまるで普段の琉太が、そのまま疲れて眠っているかのようだった。

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