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グットボンドへ  作者: 魔界人EM
魔神の家臣編(五章)
33/70

33話―魔族の脅威―

 もんどり打って地面に倒れたアーロン、平一郎、功はゆっくり起き上がりながら、痣になったところをさすった。をした。特にアーロンは自慢の顔に擦り傷がつき、今にも爆発しそうな感じだった。

「痛いな。なにするんだよ琉太―」

 アーロンは一発ぶん殴ってやろうと後ろを振り返った。それまで想像していたのは、普段の腹いせに三人を押した生意気な表情の琉太の姿だった。しかし、視界に入ってきたのは、背中を切り裂かれ、血を吐きながら倒れる琉太だった。

「あなたにはちょっと眠ってもらいます。大丈夫、死にはしません」

 琉太のつま先の先には、琉太を斬ったであろう一人の魔族が立っていた。その雰囲気は、村の魔族とは違っていた。男のメガネのレンズの奥には、任務を滞りなく遂行するという、冷たい殺気が宿っていた。

「琉太!」アーロンは腹の底から叫んだ。

 平一郎と功は、遅れて琉太の様子を確認した。状況はすぐには飲み込めなかったが、男の放つ異様な空気に気圧されつつ、功は手甲鉤を装着した。分かる。この男は敵だ。平一郎はバックパックの中に手を突っ込んだ。

「お前……よくも琉太を!」平一郎が片手にナイフを持って言った。

 男は黙って三人を見た。次の獲物を探す狩人のような、温度のない目をしている。隆之介たちが相手にした魔族も、このような目をしていたのだろうか。

「逃げろ……」琉太が、手のひらを血で染めて言った。

「逃げれるもんか!」功が叫んだ。

 平一郎と功は琉太の指示を無視した。ここで尻尾を巻いて逃走したら琉太に危険が及ぶ。こいつから逃れるとしても、琉太と一緒だ。二人は意を決した。

「いや……」

 二人は一歩を踏み出したが、アーロンの両手に阻まれた。

「なにするんや、アーロン!早くしないと琉太が―」

「そうだよ。戦う気がないなら、先に逃げて」

 怒鳴り声を上げる二人を、アーロンは決意のこもった目で見つめ返した。普段のおちゃらけているときや魚を釣り上げたときとも異なる、初めて見る表情だった。

「ここは僕が引き受ける。二人はブリを持って、先に村に戻って」

 二人は信じられないという顔をした。「何言ってるんや。ここは三人であいつを倒すほうが得策やろ。その後、琉太を蛍二のところへ連れていく」

「―琉太の傷は深い。いきなり蛍二くんのところへ運び込んでも、適切な治療をするためには、ある程度の準備がいる。だから二人は琉太の怪我を伝えるために戻ってくれ」

「俺からも頼む……」琉太も賛成の意を示すため、声を絞り出した。

 二人は顔を見合わせた。そして無言で頷いた。アーロンたちに背を向け、平一郎と功は黙って村のある方角へと、走って言った。

「お相手は決まりましたか」二人が見えなくなったタイミングで、男が言った。

「お前、名前なんて言うの?」アーロンの声は怒りで満ちていた。

「一応、ヒノカグツチ様からは『オプサ』と呼ばれています」

「あっそ。お前をここで倒して、ヴィラージュ様に報告しておくよ」アーロンは鞘からサーベルを抜いた。隆之介やエリー、偲以外の相手に、サーベルを抜くのは初めてだった。

 男からはただならぬ雰囲気を感じた。現実か、単に自分の心が弱いだけなのかも分からないが、肌がピリつくような感触も覚えた。熱いものを触ったときや直射日光で肌が焼ける感覚とも違う、不快な感覚だった。

 オプサは、地面に横たわる琉太を避けながら、アーロンに向かって鉈を振りかぶった。アーロンはサーベルを横に構え、攻撃を防いだ。

 いいぞ。隆之介との練習どおりにできた。

 そう思ったのも束の間、オプサが再び、鉈を上から振り下ろした。その一撃は先程よりも力がこもっていた。オプサの鉈はアーロンのガードを弾き、腹を縦に割いた。

「アーロン……!」

「大丈夫、服が切れただけ」

 アーロンはサーベルを持ち直し、後ろに下がった。背丈は功と同じくらいのはずなのに、パワーがまるで違う。割かれた腹を押さえながら、アーロンは苦渋に満ちた表情を浮かべた。

「こいつのどこにこんなパワーが……」

 オプサはアーロンに隙を与えない。瞬きにすら満たない時間で距離を詰め、空中に飛び上がり、先ほどと同じ上段斬りを繰り出した。アーロンはサーベルのみねに左手を添え、防御が弾き飛ばされないようにした。しかし、その一撃は幻だった。オプサは地面に着地したのと同時に、今度は下からアーロンを切りつけた。

「見える!」

 アーロンは後ろに下がり、下からの刃を避けた。だが、オプサの口角は上がっていた。「安心するにはまだ早いですよ。アイス!氷よ冷却せよ!」

 オプサは鉈を持っていない方の手で、土にそっと触れた。指先から地面を突き破って現れたのは、膝下ぐらいの高さの氷柱だった。まるで意思を持っているかのように、氷は隆起しながらアーロンに向かって進んでいった。跳んだ状態では体勢が悪かった。

「くそが!」

 アーロンは再度避けようとしたが間に合わなかった。氷はアーロンのつま先に到達し、瞬く間にアーロンの足首を凍りつかせた。アーロンは痛みで声を上げた。更に、地面と脚が接着され、その場から動けなくなった。泣きっ面に蜂―。アーロンは切られた部分を押さえることしかできなかった。

「これでフィナーレです。まぁ、死にはしないでしょう」

 オプサが、氷から脱出しようと必死にもがくアーロンの眼前で、鉈を振り上げた。琉太は「アーロン!」と叫んだ。そして無惨にも、オプサの一撃は胸を斜めに切り裂いた。

「ぐはっ……」アーロンは琉太と同じくらい、激しく血を吐いた。

 オプサは自身の勝利を確信した。氷も溶けてきている。このまま、この少年は膝をつくだろう。ひとまず、ヒノカグツチ様のご要望を叶えることはできた。オプサは森に入ろうと、アーロンから目を離した。

「おい、どこに行くんだい……」

 背後から声がした。オプサは振り返った。アーロンは倒れていなかった。サーベルで体を支えていた。アーロンは柄を両手で握りしめ、足元の氷柱に突き刺した。ヒビが入ったかと思うと、氷は星くずとなって砕けた。

「まだ、僕はやれる。かかってきなよ」アーロンは怒りをなぞるかのように手招きした。

 オプサが深呼吸して言った。「いいでしょう。死んでも文句は言えませんよ」

 相手が動くよりも先に、アーロンは距離を詰めた。オプサが目の前に来たタイミングで、サーベルを握りしめ、上から下から、右から左から、怒涛の連撃を放った。

「おらぁぁ!」

 オプサはその攻撃を次々と防いだ。数十秒が経過すると、アーロンの呼吸に乱れが生じた。防戦一方だったオプサに、徐々に天秤が傾いた。

「どうしました?スピードが落ちていますよ」

 オプサは、アーロンと同じ角度からの攻撃に、不規則な突きを混ぜた。アーロンは対応できなかった。何回目かの突きで、頬から鮮血がほとばしる。

「僕の美顔になにすんだよ!」

 ギアを上げようとしたが、実力の差は埋められない。アーロンの体が徐々に削れていく。

 琉太はその様子を見ていた。このままではアーロンが死んでしまう。男は「殺さない」と言っていたが、それも嘘かもしれない。琉太は自分の無力さに絶望した。なにかできることはないだろうか。

 琉太の脳内にある言葉が舞い込んだ。それは村の魔族との訓練のときに、魔族が発していた言葉だった。琉太は力いっぱい叫んだ。「フレイム!炎よ燃え盛れ!」

 直後、琉太の手から放たれたのは、真っ赤に輝く炎。その炎は一直線に進み、オプサを包んだ。

「おおっと!これはまずい!」

 オプサはすぐさま地面に転がり、炎を消した。着飾っていたスーツも、少し濁った白色の髪の毛も、全て黒焦げになった。

「今日はこの辺にしときましょう。でも、いずれは軍団長があなた達を絶望の底に落としますよ」

 オプサは不気味な笑みを浮かべ、森の中へと姿をくらませた。アーロンがすぐさま後を追おうとしたが、垂れ下がるツルに阻まれ、オプサの姿を見失ってしまった。

「ちくしょう……」アーロンは歯を食いしばった。

 それと同時に、アーロンの胸に強い痛みが走った。痛み止めが切れたような感覚。アーロンはふらふらと近づき、琉太の隣で膝をついた。

「琉太―。上着貸して。今止血するよ」

 航海士の父親から教えてもらった簡易的な止血方法。アーロンはそれを琉太に施した。琉太もアーロンからシャツを受け取り、同じ方法で流血を止めた。

 幸いにも、アーロンの傷はあまり深くなかった。しかし、琉太は一歩踏み出すたびに背中が痛み、まっすぐ移動することさえできなかった。琉太はアーロンの肩を借り、二人は村に向かってゆっくり歩みを進めた。

「まずは診療所だ―。俺もお前も」

「その後、ヴィラージュ様に今回のことを伝えよう。琉太、僕は魔神軍の奴らがこんなに強いとは思わなかったよ。隆之介の下で一生懸命練習していたつもりだったけど、全然だめだった。今の僕じゃ、逆立ちしたって勝てない。絶対リベンジしてやる」

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