31話―イケメン―
今回はアーロンの登場が多いです。
秋も中旬をむかえ、あと一ヶ月ほどで冬が来ようとしていた。少し前まで暖かかった風はすっかり肌寒くなり、千代子が全員の服を長袖に作り変えないと、寒くて作業ができないほどだった。稽古場の床もひんやりとしており、訓練をしに行くのが少し億劫になった。
そんなある日、桜花、アーロン、一鉄の三人は村から北に進んだ森の奥で、木材用の樹木を調達していた。
ここいらの木は真っ直ぐ生えるスギばっかで、木々の密度が大きいため、桜花たちは切り倒すのに苦戦していた。手入れも長らくされておらず、桜花やアーロンは森林の活用方法について、頭を捻っていた。
「二人とも気を付けて。もうそろそろ倒れるよ」地面に座って休憩している二人に、一鉄が声をかけた。二人は急いで左右に飛び退いた。そのすぐ後に、大木がミシミシと音を立てながら、地面に切り倒された。アーロンはあと少し遅れていたらどうなっていただろうかと想像して、思わず背筋が寒くなった。
「よし、1本伐採完了!」一鉄が斧を握り締め、軽くガッツポーズをした。
「おい、一鉄!」アーロンが怒鳴った。「切り倒すのはいいけど、もう少し早く教えてよ。僕の美顔に傷がついたらどうするのさ!」
「アーロンが怪我するのはいいとして、確かにもう少し安全に配慮したほうがいいかも」桜花が服についた土埃を払って言った。
一鉄は苦笑いした。「ごめんごめん、次から気をつけるよ」
桜花は別の木に近づき、その幹をコンコンと叩いた。やはり、中がびっしり詰まっていて頑丈そうである。これで家を建てたら、ものすごい防寒効果がありそうだ。
「そんなことより、ウチ思ったんだけどさ。もうそろそろ雪が降る時期になるし、でっかいお家を建てたほうがいいんじゃないかって」
一鉄は先程切り倒した樹木の幹に座り、腕を組んだ。「うーん、確かに。今使ってるテントも結構ボロボロだし」
「一気に模様替えしちゃう?」アーロンが言った。
「模様替えのレベル超えてるけどね……」一鉄が冷ややかに呟いた。
桜花はポケットから巻物のようなものを取り出し、地面に広げた。二人は膝をつき、その紙を見下ろした。
「ほら、ウチ設計図も書いてきたんだよ」
図面にはスケールや必要な木材、さらにキッチンなどの設備について、びっしりと書かれていた。
「うひゃー。こりゃ大変だ。丸太何本使えばいいんだろう」
「まぁ、百本ぐらいじゃない?」
「あれ、台所はあるけど、お風呂はないの?僕の髪が傷んじゃうよ」
「その辺はみんなと相談して決めるつもり。でも、いつにしよう?」
三人は頭を悩ませた。
「……明日でもいいんじゃない?最近は魔神軍の話も出てきてないし、それに寒さをしのげる場所ができるとなったら、隆之介くんたちも無視できないでしょ」一鉄が言った。
「でも、桜花のテントの中じゃ、さすがにぎゅうぎゅうじゃない?」
「稽古場なら大丈夫でしょ」三人は互いの顔を見て頷いた。
急いで森の中から出て、桜花たちは村へと向かった。その日のうちに、ヴィラージュの家、テントの集合地、稽古場などを巡り、明日のことについて伝えた。
翌日、三人は予定時刻よりも少し遅れて稽古場に向かった。昨晩、木材をどうやって大量に用意するか、玄関はどんなデザインにするかなどを夜中まで話し合っていたら、寝坊してしまったのだ。
入口には誰の姿もなかった。アローンが走ったままの勢いでドアを開けると、琉太たちが畳に正座して円を作っていた。「遅いぞ、せっかく集まったというのに」琉太はしかめっ面だ。
「まぁまぁ。三人とも、アタイの隣に入りな」千代子が自分の右隣を指し示した。
先にアーロンが腰を下ろすと、桜花はほんの少し距離を開けて右に座った。単純にアーロンの近くで話をするのが面倒くさいだけだったが、エリーは何故かニヤニヤしていた。エリーは内心「あら、アーロンとの距離が近くなるのが恥ずかしいのかしら」と誤解していたのだ。アーロンはそんな姉の姿を見て、まるで自分の母がメイド服を着ているのを目撃したときのような顔をした。
「確か家を造りたいんだったか?」
「うん。もうそろそろ寒さも厳しくなるし、魔神軍からの攻撃に備える意味も込めてね」桜花は鞄の中から、昨日の4倍はありそうな、巨大な設計図を広げた。隙間風で紙がペラペラとめくれたので、隆之介や向日葵は足で抑えた。
「まず、大きさは縦15メートル、横20メートル。三階建てで屋根裏のスペースも設けたいから、高さは10メートル以上ほしいかな。一階はご飯を食べたり、授業したりする共有スペース。正面から見て右側の二階と三階が男子の個室、左側が女子の個室って感じ」
アーロンは一人一人の個室が示された図を指した。「お風呂は部屋に一個ずつか。一階の共有スペースを少し削って、大浴場を作れば効率いいんじゃない?燃料とかも無限じゃないし」
アーロンにしてはまともなことを言った。千代子が「あんた、珍しく真面目なこと言うねぇ」と呟くと、アーロンは学校にいた時よりも少し伸びた髪をサラリとなびかせた。
「いや、僕の美貌をみんなにお披露目できないのは、もったいないと思ったのさ」
アーロンは腕まくりして力こぶを作った。一応できてはいたが一鉄のと比べると、まさに月とスッポンという感じだった。エリーは弟の気持ち悪さに吐き気を催しながら、背後に回ろうとした。しかし、それより早く隆之介が音もなくアーロンの背中に近づいた。
隆之介は首の後ろを少し強めにトンと叩いた。アーロンは一瞬で白目を剥き、その場でドサッと倒れた。隆之介とエリーが協力して意識を失ったアーロンを運び、畳の端っこの方に乱暴に投げ捨てた。
「うるさいやつがいなくなりましたね」隆之介とエリーが手についたホコリを払い落として、満足そうに言った。
二人が元の位置に戻ると、一鉄が呟いた。「理由はさておき、一階に大浴場を作るのは大賛成。エネルギー効率的にも一回で沢山沸かしたほうがいいだろうし」
「でもそうすると、燃料を補給する係とか決めないといけなくない?」
「うーん、アーロンに全部やらせるってのはどう?」
「待て待て、話がそれているぞ。今決めるべきなのは、家の中にどういった設備を設けるかだろう?そういったルールを話し合うのは後だ」琉太が顔をしかめた。
「じゃあ風呂は一回に作るでいいか」
「思ったんだけど、キッチンの中に食品を保存するスペースがないねぇ。これだけ人数がいるとなると、その日の内に調達するのは難しいだろうし……」千代子が言った。
「地下に小さな部屋を作るのはどうだ?昔は氷を使って食品を保存していたらしいし、冬の寒さを活かせば氷など作り放題だろう」
「さっすが琉太くん!」桜花の声に抑揚がついた。
「たくさん雪が降ってくれれば、越冬キャベツとかも作れるのう」耕作が嬉々として言った。
桜花は紙が破れないように、下に板を敷きながら次々と書き込みをしていった。様々なアイディアが熟考される中、議題はどのようにして造るか、というものに移り変わっていった。
「しかし、これだけ大きな建物を造るとなると、土地は足りるのか?第一、どこに造る?」琉太は桜花の提案を様々な角度から徹底的に検討した。みんなが快適に生活できるようにするため、後から問題が起きないようにするためだと分かっていながらも、桜花は少しイライラした。
「みんなが寝泊まりしているところの隣に、小高い丘があるでしょ。そこに建てるつもり。ただ、このままだと琉太くんの言う通りスペースが足りないから、森を少し切り開こうかなって。村の人たちが協力してくれればいいけど―」
「……分かった。俺がヴィラージュ様とアシナヅチ様に相談してみるよ」琉太がやれやれという顔をしながら言った。
「わしもこれから少々暇になる。用事があるなら、いつでも言うが良い」耕作が自分の胸をポンと叩いた。「それに、寝るときに地面の硬さがそのまま伝わってくるからか、最近腰が痛くてのう。しっかりとしたベットで寝れるのはありがたいわい」
「……それは元々でしょ」千代子がぼそっと突っ込んだ。桜花たちは始めなんとも思っていなかったが、徐々におかしく感じて来て、やがて大笑いに発展した。
桜花にとって、持てる全ての知識を使って考えた提案が、仲間たちに受け入れられたのは言葉にできないくらいに嬉しかった。
ウチは武芸に明るいわけじゃないし、琉太くんみたいにみんなを取り仕切る力があるわけじゃない。でも自分の好きなことなら誰にも負けない。この力で、みんなを支えていくんだ。
桜花は心に誓った。
その時、アーロンが隆之介に叩かれたところを擦りながら、ゆっくりと起き上がった。「何かめっちゃ寝た気がする。あれ、設計図に書き込みしてあんじゃん」アーロンはふらつきながら桜花の隣に腰掛け、その肩に手を置いた。
千代子はまた嫌な顔をするのではないかとハラハラしたが、意外にも桜花は気に留めていないようだった。
「なになに、森を少し拓く必要があると―。なるほど」アーロンは勢いよく立ち上がった。「僕のイケメンぶりを発揮するときが来たみたいだね。桜花、何から始める?」
普段ならうざったいと感じる自慢げなその表情も、今の桜花には何故か頼もしく感じられた。
「まずはね、この木とこの木を伐採して―」




