30話―魔神登場―
今回からエピソードタイトルがつきます。
向日葵が武器選びに奮闘している頃、魔神軍の頂点に君臨するヒノカグツチは、本拠地である「魔神城」の玉座に座ってその幹部を待っていた。
ヒノカグツチの隣では直属の執事であるオプサが、魔力で稼働している腕時計をチラチラと見ている。時間になってもなぜか来ない。
「ねぇ、あいつら遅くない?」ヒノカグツチが組んでいた足を解きながら困り顔で言った。
「報告会の開始時刻は等に過ぎていますが…」
「まぁいいや。あいつらに軍の統率を任せてるのは僕だし。それに、お前が持ってきてくれたワインもある」
ヒノカグツチはグラスに熟成されたワインを注いだ。グラスを鼻に近づけると、芳醇な香りが嗅覚を刺激した。
ワインを嗜むためグラスに口をつけようとすると、玉座の前の扉が勢いよく開いた。息を切らしながら立っていたのは、刀を携えたオオカミのような男、そして大きな杖をもった二足歩行のカラスのような幹部だった。ヒノカグツチの側近、ヒロイマルとアグカルである。
「遅刻ですよ」
「すまん。部下に指導していたら遅くなってしまった」ヒロイマルは手ぬぐいで汗を拭きながら、ヒノカグツチの前に膝をついた。
「アグカルは何か言い訳ないの?」ヒノカグツチが言った。
「闇の魔力について研究していたら…こんな時間になっていました」アグカルが謝罪の気持ちを込めていった。
ヒノカグツチは二人のことはお見通しという顔でニヤリと笑った。「アグカルが呪文や闇の魔力について熱心な探求意欲を持っているのも、ヒロイマルが部下に慕われているのも僕は知ってる。だから、別に気にしなくていいよ」
二人が同時に顔を見上げた瞬間、ヒノカグツチは指をパチンと鳴らした。城内に機械音が響き渡り、床から4人用のテーブルと椅子が表れ出た。
「それより、先日の戦いの結果について聞きたいな」ヒノカグツチは玉座から移動し、手前の椅子に腰を下ろした。3人も着席し、ヒロイマルとアグカルがそれぞれ刀と杖を床に置くと、辺りは厳粛な空気に包まれた。
「一ヶ月前、僕は反乱軍の村への侵攻をみんなに命じた。実際に動いたのは、ヒロイマル、君が管轄する部隊だったはずだけど、いい戦果は得られたの?」
「いいえ。村の一部の奴らに軽傷を負わせたぐらいで、ほとんど全滅。たいした結果は…得られませんでした。拙者の指導不足です」
ヒロイマルが申し訳無さそうに声を漏らすと、ヒノカグツチは手にしていたグラスの中のワインを、ぐいっと飲んだ。
「確か実働部隊は半魔半神団と魔法騎士団から半分づつ出したんだっけ。各軍団には軍団長がいるわけだけど、その教育が足りていない証拠だね。もっとも、その軍団長を管理しているのはヒロイマルなわけだけど。まぁ、君が全て悪いわけじゃないさ」
「あと一つ、お耳に入れたいことが」
「なんだい?」
「村の奴らの中に、神族と瓜二つの容姿をした子供がいたそうです。大将もその子供の一人に倒されたんだとか」
「へぇ、アシナヅチは神族の派遣を決断したのかなぁ?」
「それが生き残ったやつによると…光の魔力を一切まとっていなかったようです」
アグカルが勢いよく立ち上がった。「そんな事あり得るんですか!」
「いや、神族というのは生まれた時点で光の魔力を持つ。神族の出である僕が言うんだから間違いないと思う」
「考えれば考えるほど、不思議な存在ですね」オプサが冷静に言い放った。
「とはいえ、今回の侵攻で確実になった。反乱軍の村はやすやすと陥落してくれないみたいだね。さすがヴィラージュだ」
ヒノカグツチの表情が厳しくなるのを見て、アグカルが言った。「わたくしがとっとと潰してきましょうか?」
「いや、君やヒロイマルに負担をかけたくない―。そうだ!」
ヒノカグツチの視線がオプサに移った。「オプサ、君が村の少年たちを少し揉んでやってやれよ。一般兵と同等以上の戦闘力はあるだろ?」
「わたくしですか……。軍団長ほどの働きはできないかもしれませんよ」
「いいよ別に。僕は殺生は嫌いだからさ、死なない程度に痛めつけておくれ」
オプサは胸に手を当て礼をした。「承知しました」オプサの腰にくくりつけてある鉈が、シャンデリアの光を反射して光っていた。
ヒノカグツチは満足そうな表情で立ち上がった。「これで会議はお開きだ。僕はゴーサバルムにちょっと司令を伝えてくる」ヒノカグツチは再度指を鳴らしてテーブルと椅子を仕舞い、そのままドアを開けて外に出た。
廊下では何十本という松明がそよ風に揺られていた。ヒノカグツチは右に曲がって少し進み、魔族の街が一望できるテラスに移動した。右手には巨木の幹が見える。
街から見える場所に姿を現すと、街の魔族はヒノカグツチの存在にすぐに気づいた。魔族たちは老若男女問わず、まるで推しのアイドルとのコンサートのように、嬉しそうに手を降った。ヒノカグツチもそれに応えるかのように、爽やかな笑顔で手を振り返した。
ヒノカグツチはテラスを更に右に曲がり、螺旋階段を登った。城内の風は穏やかだったが、外は「女心と秋の風」という言葉があるように、先ほどとは打って変わって秋らしい強風が吹いていた。ヒノカグツチの使い古したマントがその強風に煽られた。
頂上にたどり着くと、ヒノカグツチの目の前では巨木の生い茂った枝葉の部分が、風に揺らされてざわめいていた。ヒノカグツチが「ゴーサバルム」と呟くと、葉と葉の間から、木でできた蛇の頭、獅子の頭、羊の頭、そしてドラゴンの頭が木と木の擦れる音を出しながら現れた。
「お呼びですかな、ヒノカグツチ様。我になにか御用で?」ゴーサバルムの獅子の頭が、目の奥を赤く光らせ、地を這うような低い声で言った。
「もちろんさ。全軍団長に伝えてくれ。今すぐ、魔神城に集結せよと」
ゴーサバルムのすべての頭が空をめがけて雄叫びを上げた。辺りに重低音が鳴り渡ると、街の魔族が「なんだなんだ」と幹の近くに集まった。
ヒノカグツチがゴーサバルムに指令を出すのはかなり久しぶりだった。街の人々は激しく雄叫びを上げるゴーサバルムに手を合わせたり、祈りを捧げたりしていた。ヒノカグツチはゴーサバルムが魔族に「御神木」として崇められていることを思い出した。街の魔族の様子を見て、ヒノカグツチはニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。
向日葵たちの知らないところで、物語が大きく動こうとしていた。




