25話
今回、かなりの大ボリュームです。
仲間たちの到着、それは隆之介にとってまさに救いの手だった。隆之介はその場でへなへなと膝から崩れた。エリーと偲が隆之介の元に駆け寄った。
「隆之介さん!まったく、一人で行かないで下さいよ!」エリーが手を伸ばして、隆之介を立ち上がらせながら言った。
「エリー、なんでお前が。危ねえぞ」隆之介は顔をしかめた。
「みんなと一緒に避難したとき、村の人から『小童が一人で戦ってる』って言われて、急いで来たんですよ。ていうか、冷や汗びっしょりの人に言われたくありません」
隆之介はさっきまでの自分を第三者視点で想像し、ふっと笑った。
三人が今一度、臨戦態勢に入り直すと、一人の魔族が「ガキども、下がってろ!」と叫んだ。
「遅れてすまなかったな。おいお前ら!子供に切り込み隊長任せたんだ。魔神軍の奴らをとっとと追っ払うぞ!」
服装からして中堅ぐらいの感じだったが、士気は瞬く間に上昇した。魔族たちは「おぉー!」と雄叫びを上げながら、林の中へと突っ込んでいった。
「どうやら、私達にできることはなさそうですね」エリーがレイピアを下ろした。
「でも、魔族の人たちが全員林の中に入ったので、万が一魔神の奴ら?がそれを突破したら、みんなが避難しているところに向かってしまいます。警戒するに越したことはないでしょう」偲が冷静に状況を分析し、忍者刀を構えた。
魔族たちが林の中で激突し、辺りに金属音が響き渡っていた。隆之介がふと海岸の方を見ると、50メートルほど先で、幾つかの黒い影が西に向かって動いていた。
「おい…あれ…!」隆之介は魔神の奴らに聞こえないように、できるだけ声を小さくしながら話しかけた。二人は隆之介が指さした方向を向いた。
「あれって、魔神の奴らですよね!」エリーが目を凝らして呟いた。
「あの人達が向かう方向って―」
「向日葵たちが避難しているところだ!まずいぞ」隆之介は魔族たちの行動を阻止するため、奴らの下へダッシュで向かおうとした。しかし、偲が首根っこを掴んで止めた。
「待ってください。考えがあります」懐から取り出したのは、村の簡単な見取り図だった。
「クライゼルさんから貰ったんです。おそらく、奴らは私達に気づかれないように、家が集まっているところの南から回ろうとしています。私達は北から行けば、先回りできます。向かった先で私が奴らの気を引くので、それを開戦の狼煙としましょう」
見取り図をしまうと、偲は向日葵たちが避難している場所へ全速力で駆け出した。あまりの速さに、二人はあっけにとられた。それぞれの刃を鞘に納め、二人は偲の後を追った。
道中、隆之介はエリーが少し過呼吸になっているのに気づいた。走っているせいかと思ったが、普段長時間稽古しても息切れ一つしないタチなので、やはりおかしい。
「どうしたんだよ。呼吸が乱れてるぞ」
「べ…別になんでもありません」エリーは素っ気なく返事をしたつもりだったが、声が少し上ずっていた。「緊張なんかしてませんし…」
「まあ、お前は一回オオカミを倒しているんだ。相手が少しデカくなったぐらいで心配ねぇだろ」
隆之介は先ほど励ましてもらった恩を返す気持ちで、そっぽを向くエリーに呟いた。
「あ、ありがとうございます―」エリーはほんの少し赤くなった。
家が集まっているところの端っこに着くと、三人は家の隅に隠れた。偲が端から顔を出し、慎重に様子をうかがうと、六人の魔族が足音を殺しながら、確実に向日葵たちの下に動いていた。
「ガキどもを拉致したら、神の都について語ってくれるんじゃねぇか!」
「そうしたら、俺達手柄ガッポガッポだな!」
魔物たちは気分が紅葉しているらしく、「ガハハ」と大声で笑っていた。せっかく足音を消しているのに、全くの無意味になっていた。隆之介は、偲が歯を食いしばり、「させるものですか…!」と呟いているのに気づいた。
「二人とも、行きますよ!」
偲は物陰から飛び出し、懐から上空に向かって煙玉を投げた。魔物たちはその動きに気づいていない。返事をする前に飛び出していったので、二人共行動が遅れた。
煙玉が地面に着地する寸前に合わせて、偲は棒手裏剣を投げた。棒手裏剣は煙玉のど真ん中を貫き、辺りに煙が立ち込めた。このタイミングで、魔物たちは自分たちが襲撃されていることに気づいた。風が南に吹いていたので、魔族たちは煙に覆われた。
隆之介とエリーは影から飛び出し、忍者刀を握る手に力がこもっている偲の隣にスタンバイした。
「くっそ!何も見えねぇじゃねぇか!」
魔物たちが喚き散らしている間に、煙が少し晴れた。偲は左手に棒手裏剣を2本構え、
「まずは数を減らします」
ちょうどこちらに気付いた2体の魔物に向かって投げた。それは奴らの額に2本同時に突き刺さった。「ぐはっ―」「がはっ―」2体は情けない声を出して後ろに倒れた。
隆之介とエリーは敵と言えども、生物が絶命する瞬間を見てその場に立ち尽くした。体が自然と震えた。だが、隆之介は自分の胸を叩き、
「大丈夫だ。大丈夫」
自分自身を励ました。エリーも全身を使って深呼吸をし、気持ちを整えた。
「来ますよ!私は2体相手します。お二人は一人ずつお願いします!」
煙が完全に晴れ、残りの魔族がこちらを向いた。隆之介は木刀を正眼に構え、エリーはレイピアの先を魔物に向けた。
「お前ら、良くもやりやがったな!」
魔族たちは怒髪天をついた勢いで、一斉に偲たちに襲いかかった。それに負けないスピードで、三人はそれぞれの相手へと突進し、一瞬にも満たない時間で両陣営の距離が縮まった。
隆之介は一番左の魔物とぶつかった。片手にロングナイフを持っていた。背丈は隆之介と同程度、体格なら負けていない。まず、隆之介は相手の動向を伺うことに徹した。焦りを極力隠しながら、魔物の突きを躱した。自慢の突きを避けられたせいか、そいつは更に顔を赤くした。二度目の突きが飛んで来たとき、隆之介はナイフを持つ手首が脇の下に来るように躱した。
「今だ!」
隆之介は心のなかで叫び、右手で相手の手首を掴んだ。そのまま柔道の試合のごとく足払いをすると、魔物は天地がひっくり返ったかのように体勢を崩した。
「これが合気の技だ」
醜い表情を浮かべながら魔物が立ち上がろうとするが、その時には隆之介が木刀を構えていた。
「終いだ」
隆之介は渾身の力で、魔物の頭に木刀を叩きつけた。魔物は失神し、そのまま地面にうつ伏せの状態で崩れ落ちた。
隆之介が相手の頭蓋を叩き割った音が辺りに響き渡ったと同時に、エリーとその対敵は互いに臨戦態勢に入っていた。隆之介のときと違い、両者ともピクリとも動かなかった。
「このままじゃ埒が明かないですね」
もともと後手で攻略するつもりだったが、エリーは覚悟を決めた。エリーは腕に力を込め、相手の首を狙ってレイピアで瞬速の突きを繰り出した。しかし、それは頬を裂いただけで、ギリギリ相手にかわされた。エリーは思わず焦りの表情を浮かべた。
「はん!お前の動きは見えているぜ」
魔物は西洋剣を振りかぶった。エリーは全力で後ろに飛んだ。だが、その一撃は残酷にも、エリーの胸を浅く切った。感じたことのない痛み―エリーの顔が冷や汗だらけになった。エリーはその痛みに負けず、再び魔物との距離を詰めた。「どうせ突きだろ…」魔物はレイピアの先にすべての意識を向けた。
「そうしますよね!」
エリーが繰り出したのは、突きではなくシンプルな前蹴り。それは魔物にとって完全に予想外だった。蹴りはみぞおちに入り、魔物は1メートルほど吹っ飛んだ。
「なんつう蹴りだよ―くそったれ―」
魔物はあばら骨を折ったようで、腹を押さえて動かなかった。エリーは再びレイピアに力を込めた。
「これで終わりです!」
エリーの研ぎ澄まされた突きが魔物の喉を貫通した。
二人がそれぞれの相手と激突する何秒か前、偲は距離が2メートルほどになったところで、再び棒手裏剣を投げた。それは片方の魔物の片目に突き刺さった。その魔物は呻き声を上げ、片目を押さえて地面に崩れた。
「ふぅん、少しは戦えるようだな」
もう一体の方は、明らかに雰囲気が違った。偲には持ち上げることさえ不可能そうな、大きな槍を持っている。仲間がやられる姿を見ても、余裕の表情を崩さない。
二人は互いに向き合い、動向を伺った。その最中でも、魔物は汚らしい笑みを浮かべ続けていた。そして、隆之介とエリーの戦闘が終わった。二人は偲に加勢しようと思った。しかし、魔物の持つ歴戦の猛者特有の空気に圧倒され、足が思わずすくんだ。偲は「しょうがない」と思った。
「今二人に逃げてと言っても、多分動けないでしょう―。この戦い、負けられないですね」
新たに二人の命がかかったことで、偲の顔色が変わった。魔物はその顔を見て、フッと鼻で笑った。
「動かないってなら、俺から行かしてもらうぜ!」
魔物が槍を片手に一気に距離を詰めた。偲は、冷静に魔物の左肩めがけて苦無を放った。
「おっと!」
苦無を避けたことにより、突きの軌道がほんの少しズレた。偲は右に飛んで躱した。だが次の瞬間、飛んできたのは柄の部分を使った足払い。当たったら粉砕骨折待ったなしのこの技を、偲はギリギリ忍者刀で受けた。偲は大きくふっとばされ、民家の外に積んであった木箱に突っ込んだ。
「偲!」
隆之介とエリーが偲から正面へと視線を移すと、魔物が至近距離から二人を見下ろしていた。隆之介さえ見上げるほどの背丈―。二人の背筋が凍りついた。
「さて、どちらがヒノカグツチ様のプレゼントになる?」
二人は口を半開きにしたまま、固まった。偲が腹の底から叫んだ。
「二人に…近づくな!」
二人が偲から敬語が外れるところを見るのは初めてだった。偲は体を震わせながら立ち上がり、一個の炸裂弾を投げた。
「二人とも!全力で後ろに飛んで!」
二人は困惑しつつ、体勢を崩しながらバックした。
「なんかヤベェかもな」槍を構え直しつつ、魔物が呟いた。
炸裂弾が魔物の頭上に来たタイミングと重なるように、偲は手裏剣を投げた。手裏剣の刃が炸裂弾に刺さった瞬間、辺りに大きな爆発音が響き渡った。
「チッ!めんどくせぇな!」
魔物は直撃を避けていたものの、爆炎に覆われやけどを負った。偲は躊躇せずにダッシュでその中に入った。残った薄い煙に包まれながら、偲はさらに煙玉を地面に叩きつけた。
「今度は何だよ!」
二人は再び互いの姿が見えなくなった。しかし、魔物の口角は上がっていた。
「まぁいい。多分この煙に身を隠しながら、忍者刀で斬りつけるつもりだろう」
魔物は落ち着いて突きを繰り出せる体勢を作った。永遠にも思える静寂が過ぎた後、ついに偲は煙の中から姿を現した。魔物は「俺の勝ちだ!」と叫び、空気をも貫く突きを放った。だが、手応えはなかった。
「なにぃ!」魔物の表情は瞬く間に焦りと驚きに染まる。
魔物が偲と勘違いして貫いたのは、なんと忍者刀の鞘だった。魔物は勝利を確信していたため、重めの一撃で勝負をつけに行った。それが一瞬の隙を生んだ。
「勝負アリですね」
煙の中から忍者刀を構えた偲が現れた。魔物は「ぐぅぅ!」と声を上げながら、槍で払おうとしたが間に合わない。偲は巨体が逆に仇となった魔物の腕をくぐり、正面で忍者刀を振りかぶった。
「結局、私のほうが強かったみたいです」
偲は全力で忍者刀を振り下ろした。それは魔物を袈裟に捉えた。断末魔を漏らしながら、魔物は後ろに倒れた。偲は「ハァ…ハァ…」と息を荒げながら、その場に膝から崩れ落ちた。
「偲がやった…?」
隆之介とエリーは何が起こったか分からなかった。煙が晴れ、魔物が倒れている様子が映し出されると、隆之介は喜びの表情を浮かべながら、拳を突きあげた。
「偲がやったぞー!」
エリーはすぐさま偲に駆け寄った。
「大丈夫ですか…!」
「えぇ。でも背中がちょっと痛いです…」偲は吐血しながらも、少し微笑んでいた。
偲たちは歓喜の嵐に包まれていた。しかし、それはものの数秒で打ち消された。
「ガァァァ!」
なんと、先ほど偲によって倒されたはずの魔物が、片目に棒手裏剣を生やしたまま、ナイフ片手に隆之介に襲いかかったのだ。
「なん…だと…」隆之介は急いで振り返った。
「隆之介さん―」エリーは全身の筋肉を全部使って叫んだ。
もうだめかと思った。隆之介が切られるのを覚悟したその瞬間、大地を揺るがす大きな足音が辺りに響いた。
「させるわけ無いだろ!」そこに現れたのは、ゴリベア―。
ナイフが隆之介に届く前に、ゴリベアは魔物の頬にその拳をめり込ませた。魔物は何メートルかと吹っ飛び、やがて動かなくなった。




