23話
ある日、隆之介は稽古場を訪れていた。稽古場では柔道や剣道、弓道など様々な鍛錬ができる。いつもは向日葵や功が一緒だが、二人共用事があったため、今日は独りである。
なんの稽古をしようか考えながら扉を開けると、隆之介は目を見開いた。
「なんでお前がいるんだ…」
そこにいたのは何と悠玄である。悠玄は不器用な手つきで素振りを行っていたが、隆之介が訪れたことでその手を止めた。
「隆之介…」悠玄は小さく呟く。
隆之介は悠玄と反対側の壁の近くに荷物をおろし、そのまま背を向けて剣道の稽古を始めた。悠玄もしばらく休憩した後、素振りを再開した。
二人は黙って稽古を行った。隆之介は正中線をなぞるように、きれいにまっすぐ木刀を振り下ろす。一方、悠玄はふり慣れていないのか、剣の筋が斜めになってしまっている。そんな様子を隆之介はちらりと見た。
しばらく木刀を振り続け、二人は再度休憩に入った。水筒の水をゴクゴクと飲み、疲労が落ち着いたところで隆之介が口を開いた。
「なんでお前がここにいる…?」二人は下を向いて目を合わせない。
「…別になんでもいいだろ」悠玄はぶっきらぼうに答えた。
「お前は本来家で読書をしたり、小説を書いたり、勉強したりするタイプのはずだ。身体が特別頑丈なわけでもない。なのになぜ?」
悠玄は返答するのをためらった。しかし、「あいつらを守るためだ」と小さな声で呟いた。
「あいつら…?」隆之介はその言葉を聞き逃さなかった。
「あいつらって悠玄組のことか?」
「あぁ。村に移住するか話し合った時、千代子に『あんたが守ればいい』って言われただろ。それを実行しているだけだ。ただ、国語以外の才能がないから、苦労しているよ」
悠玄は深くため息をついた。その様子を隆之介は黙って見つめていた。
「さて、もうそろそろ戻るか」
悠玄は再び素振りを始めた。練習を少し重ねたからといって、剣の筋が改善される様子はない。隆之介は小さく、「正中線から外れている」と呟いた。
「正中線…?」悠玄はそれに反応した。
隆之介は背後から悠玄の木刀を握り、まっすぐに振り下ろした。悠玄は自身の素振りとは明らかに質が違うことを感じた。
「正中線というのは、身体の中心の線のことだ。素振りをするときには、この線をなぞるようにまっすぐ振らないといけない…こんな感じでな」隆之介は再び木刀を振るった。
「お前、多分右利きだろ?右腕に力がこもって剣筋がズレている。だが、正中線をなぞれるようになれば、切りたいところを切れるようになる」
隆之介はいい加減なタイミングで、木刀から手を離した。悠玄は体重を隆之介に預けていたため、少しよろけた。
レクチャーを受けて、悠玄の剣筋はいくらかマシになった。体力がないため一度にたくさん振ることはできないものの、休憩を挟みつつ、何回も何回も振った。隆之介も自分の鍛錬に戻り、互いに一言も発さないまま、1時間が過ぎた。
二人がたまたま同じタイミングで休憩に入ったとき、隆之介は悠玄の目を見た。悠玄もそれに気づき、水筒を口に運ぼうとする手を止めた。
「一つ聞いてもいいか。さっき剣の振り方教えたからいいだろ」(悠玄は嫌そうな顔をしたが、結局首を縦に振った)「悠玄組って琉太に反抗してるだろ。それってなんか理由あんの?」
悠玄は先程と同じく、答えるのを躊躇した。しかし、このまま黙っているのは道理にそぐわないような気がして、仕方なく返答を口にした。
「俺に琉太を毛嫌いする深い理由はない。普通に気に入らないだけだ。ただ、あいつらには色々な事情がある。俺と同じように琉太を信用していないやつもいるし、俺個人に恩義を感じているやつもいる。俺にはそんな記憶ないんだが…。まあ、俺に賛同してくれる奴らの集まりが、『悠玄組』さ。俺が『反琉太思想』を伝染させたんじゃないぞ」
悠玄は鼻先でフンと笑うと、木刀を手に出口へと向かった。隆之介が「稽古はもういいのか」と呟くと、「美猫に昆虫採集に行こうと誘われているのでな」とそのまま稽古場を後にした。
翌日、隆之介は撫子、エリー、葉月とともに再び稽古場を訪れた。これで一週間連続で稽古をしていることになった。
素振りを始めて数時間が経ち、肩の痛みで隆之介が顔を歪めると、撫子が駆け寄った。
「もう!少しは休憩しないと。昨日も一昨日も素振りしてたでしょ」
「別にいいだろ」
隆之介は愛想なく言った。その時、奥の扉が開いた。
「ふうー。疲れた。あれ、隆之介くん、どうかしたの?」
「肩が痛むのに素振りしたがるの。困ったなあ」
扉から姿を表したのは葉月だった。背中には木材と弦でできた和弓、左手には何本かの矢を握っている。畳の上で柔術の練習をしていたエリーもため息をついた。
「隆之介さん…。お気持ちはわかりますが、ときには休息も大事ですよ」
エリーに説教されると思わず、隆之介は「仕方ないか…」という顔をした。
「そんなことより、稽古を再開しますよ」エリーは撫子に話しかける。
バリツ。エリーが専門とするこの武術は、格闘術と護身術を兼ねる。エリーは護身術の方法を撫子に教えていた。
「撫子さん。もしも魔族に襲われたら、相手が自分に触れる前に思い切り拳を突き出してください。こんな感じで!」
エリーは右の拳を前に飛ばした。撫子にはエリーがいつ拳を出したのか分からなかった。
「相手が油断しているときに先制すれば、確実に当たります。タイミングが重要ですが、ダンスをやっている撫子さんなら、おそらくコツを掴めるでしょう」
「こんな感じかな?」
撫子はエリーと同じように拳を前に突き出した。その様子を見て隆之介は少し感心し、同時にこれから撫子のことをからかうのは控えようと思った。
葉月が弓道場に戻ろうとすると、弓道場とは逆の方向の扉から、ドンドンと激しくノック音が聞こえた。外からは「これ、どうやって開けるの!」と小さい声が聞こえる。向日葵と功の声だ。
隆之介が急いで扉を開けると、二人は走ってきたのか息切れをしていた。向日葵の髪の毛はぐちゃぐちゃになり、功は一度転んだようで頬に擦り傷がついていた。
「どうしたんだ、向日葵」
「隆之介、大変なの!魔族が…魔族の人がこっちに向かってきてる!」




