17話
翌日、千代子たちはいつもよりも早くに目がさめた。外はまだ薄暗いが、テントを片付け、朝食の準備をする。朝食には熊肉の残りを使い、いつもよりも豪盛に。
「偲。村まであとどのくらいだと思う?」
「おそらく10キロもないかと。村は目前です」
なるべく早く出発するため、3人は熊肉を胃袋にかきこむ。食器を片付け、熊肉を地面に埋め、少し休憩したところで、遠征隊の最後の一日が始まった。
出発して三十分ほど経った。千代子たちが進む道は相変わらず薄気味悪く、カラスもうるさく鳴いている。しかし、あたりを見渡すと、ロペスは木々の密度が小さくなっていることに気づいた。
「なんか木の量が少なくなってません…?」
「村は開けたところにあるって言ってたからもうすぐかもね」
そこから更に進み、出発から2時間ほど経つと、千代子たちの眼前に光が見えた。この光景に3人は見覚えがあった。広葉樹林を抜け、広場に初めて到達したときと同じである。
「きっとこの先に村が…。行くよ、あんたら!」
「はい!」
木々の間を通り抜け、目の前の光に向かってひたすらに走る。そして、千代子たちの前に現れたのは、板で造られた20戸ほどの小屋と、その奥にある小屋の倍以上の大きさの母屋であった。普段テントで暮らしている千代子たちからすると、木の小屋というのはとても立派に見える。
「これって入っていいんでしょうか…?」
「入らなきゃ何も始まらないよ」
生き物の影は感じられない。千代子たちが廃村の中に入ろうとしたその時、槍や刀、弓を持った人形の動物が千代子たちを取り囲んだのだ。ロペスはその気迫に圧倒され、思わず腰を抜かす。
「これって耕作が言った…人形の化け物?」
「そうみたいですね」
膠着状態が少し続いたところで、兵たちの間から現れたのは、猫の見た目をした人形で長身の人物。
「化け物とは…失礼な人たちですね」
千代子たちは縄で身体を縛られ、奥の母屋に向かって運ばれる。緊迫した雰囲気が辺りを包むなか、大きな門をくぐって母屋に入る。少し進むと、床の一部が盛り上がった何十畳もありそうな広い部屋で、千代子たちは放り投げだされた。その様子はさながら王座のようである。
「くれぐれも粗相のないように」
人形の人物がそう告げると、奥から姿を現したのは、年老いたクジラのような見た目をした、威厳さを醸し出す人物。その身体は部屋の半分を占めるほどに大きい。
「ふむ、客人の前じゃ。ちょいと縮むかの」
クジラのような人物は、息を深く吐いて、自身のサイズを4分の3ほどに縮めた。目の前で起こった不思議な光景に、3人は驚きを隠せない。
「兵の一人から『謎の生物がいる』との報告があったが…どうやらお主らのことみたいじゃのう。して、名前は…?」
「保母千代子です!」
「服部偲と申します」
「…ドラミニ・ロペスです…」
千代子は力強く、偲は丁寧に、ロペスは引きつり気味に返答した。彼は千代子の方を向く。千代子の返事を聞いて、この子が長であると確信したようだ。
「では千代子。なぜお主らはここに来たのじゃ?」
その声は、千代子の心拍数を増加させるには十分なほど重厚である。
「アタイ…私達は1ヶ月ほど前、この大地に突如転送されました。右も左もわからず拠点を構え、その近くにある山に登ったところ、村を発見したのでここを訪れた次第でございます」
「なるほど。ここにワシらがいるとは知らなかったということか?」
目の前の人物の問いに対し、千代子は頭を下げながら、「はい」と答える。その瞬間、彼の表情が緩んだ。彼は自身の部下にアイコンタクトを送り、千代子たちの縄を外させる。
「どうやらお主は敵じゃないようじゃ。縛ったりして悪かったのう。ワシの名前はヴィラージュ。この村の長じゃ。おい、お前も名乗っておけ」
ヴィラージュが視線を送ったのは、先程の猫のような人物。
「クライゼルと申します。長老様の補佐をさせてもらっています。以後お見知りおきを」
クライゼルの自己紹介に対し、ヴィラージュは「硬いのう」とツッコミを入れた。辺りの雰囲気が一気に緩む。そんな状況の中でヴィラージュは千代子の目をまっすぐ見据えた。
「千代子。ワシから一つ提案がある。お主ら、ここに引っ越してみないか?兵の報告によると、お主らはテントで暮らしているらしいな。彼処は海もないし、食事も穀物と、たまに川魚が出るくらいだろう。ここには海もあるし、何より家もある。お主らにとって不利なことはないはずじゃが…」
楽しくありつつも質素すぎる生活を送っていた千代子たちにとって、その提案は天から降りてきた糸のようだった。しかし、これは千代子たちだけで決められることではない。千代子は返答を憚る。
「まぁ帰ってゆっくり話し合うと良い。クライゼル、千代子たちを送ってやれ。あ、そうそう。一つ言い忘れておった。この村は戦争をしていてな。移住した場合、戦争に巻き込まれるかもしれないことは念頭に置いてくれ」
クライゼルは「了解しました」と言い残すと、3人を門の外へ誘導した。
「では、千代子様、偲様。私の手を握ってください」
二人は緊張しつつ、クライゼルの手をぎゅっと握る。
「振り落とされないように気をつけてくださいね!」
次の瞬間、クライゼルたちは辺りに暴風を吹かせて、拠点に向かって飛び立った。ロペスは思わず顔を背けると、クライゼルたちの姿はもう見えなくなっていた。
「大丈夫かな…」
ロペスはえもいわれぬ不安に襲われた。
飛び立ってから約8分。クライゼルたちは滝の近くの広場に降り立った。千代子はぐしゃぐしゃになってしまった髪を直し、その間にクライゼルは再び飛び立つ。
「おお、千代子!帰ってきたのか!」
「全く。思ったより遅かったから心配したんだぞ」
「偲ちゃんも一緒なんだね」
撫子たちが千代子たちに駆け寄る。特に琉太はひどく心配していたようで、いつもよりも表情が豊かだ。千代子がロペスももうそろそろ帰ってくることを伝えてしばらくすると、ロペスも広場へ帰還した。
「おっ、ロペスも帰ってきたか…って誰だあいつは?」
隆之介は木刀をクライゼルへ向ける。
「待ちな。この人は敵じゃないよ。クライゼルさん、送ってきただきありがとうございます」
「いえいえ。では、良い結果をお待ちしております」
そう言い残すとクライゼルはヴィラージュの村へと飛び立った。




