15話
琉太たちの帰還から数日後、千代子たちは朝食を済ませ、出発の準備をしていた。食料、水、着替え、テントなどの荷物は、千代子とロペスが分かれて持つ。琉太のときと違い、決まった道があるわけではないため、方位磁石は一人一つずつ持つ。
準備が終わり、出発の時間がやってきたが、偲の姿が見えない。しっかり者の偲が遅刻するのは極めて珍しい。
「お待たせしました」
千代子とロペスが探しに行こうとすると、忍装束を身にまとった偲が、音もなく現れた。
「あっ来た偲…ってなにその格好?」
「我が一族に伝わる任務用の服です。着るのは久しぶりですが…」
これでメンバーが全員揃った。千代子たちは琉太の見送りを受けて、西に向かって歩き出した。
歩きだしてから数分が経過した。3人の間では会話がほとんど交わされていない。元来、ロペスは自分から話すタイプではないし、人との会話をあまり好まない。千代子もそんなロペスに気を使って話しかけようとしない。偲は言わずもがなだ。
「そういえば、村までどのくらいの距離があるのですか?」
その時、偲が千代子に問いかけた。ロペスも後ろでうんうんと頷く。
「琉太に聞いたら、80キロって言ってた。一日20キロ歩くとしたら、4日だね」
「そうですね。荷物を持つのに疲れたら、わたしにお渡しください」
そんな会話を交わしながら、3人は森の中を歩き続けた。
丸一日歩き続けたものの、森の中から抜け出すことはできなかった。木々に囲まれてわかりにくいが、よく見ると太陽がもう地平線に隠れているではないか。
「そういえば、広場に向かうときに、この辺で一夜を過ごした事もあったねぇ」
「今日はここで一晩休みましょうか」
千代子たちは各々テントを準備し、夕食を摂って、テントの中で一晩を過ごした。
その夜、ロペスはなかなか眠れずにいた。ロペスはテントから出て、夜風を浴びる。丸一日歩いた疲れが溜まっているのに、眠ることができないのはなぜか。自分でも分からなかった。
「おや、アンタも眠れないのかい」
暗闇の中から姿を現したのは、千代子だった。千代子はパジャマ姿のままだったため、ロペスは思わず目をそむけてしまった。
「別にそんなに恥ずかしがることはないよ。裸とか下着姿じゃないし」
「別にそういうわけでは…」
ロペスは頑張って千代子の方を見るも、その顔は赤いまま。千代子がくすっと笑う。
「きっとアンタが眠れないのは、疲労や不安がごちゃまぜになって、色々考えちゃうからだよ」
「…そうかもしれません」
千代子の言葉は、ロペスの心にストンと落ちた。心のモヤモヤが少し晴れたような気がした。
「小6のときからずっと同じクラスだからね…アンタのことは結構知ってるつもりさ。人一倍心配性なところもね」
千代子はロペスの肩に手を置く。ロペスはなんとなくその手に自分の手を重ねる。
「不安はあると思うけどさ、知らない世界を冒険していると思って、楽しんでみな」
そう言って、千代子はニカっと笑顔を見せた。ロペスはくすっと笑い、会釈を返した。
「…心のモヤモヤが晴れた気がします。おやすみなさい」
ロペスはテントへ戻った。
「さて、アタイも寝るとするか」
こうして、千代子たちの一夜は過ぎていったのである。
翌朝、偲は千代子とロペスを早めに起こし、朝食の準備を行った。二人は目を擦りながらも朝食を急いで食べ、偲はその間に3人のテントを片付ける。
「今日はどこまで行こうか」
「そうですね…わたし達が最初に降り立った草原ですかね」
千代子たちは食事をしながら、今後の見通しを確認した。
二人の朝食が終わった頃、偲もちょうどテントの片付けを終えていた。千代子とロペスは荷物を背負い、3人は歩き出した。
そこから更に歩くと、千代子たちの近くを流れる川のせせらぎが、それまでよりも大きくなっていた。千代子たちは川沿いをひたすら歩いている。それはつまり、河口に近づいている何よりの証拠。
「琉太は村の近くに大きな川が見えたって言ってたな。村の近くに海があるのかもしれないね」
「アーロンさんがいたら良かったかもです」
ロペスは昨日の出来事もあって、すっかり千代子に気を許している。千代子たちが落ち葉を踏みしめながら広葉樹の森を歩いていると、
「あっ、光が!」
目の前に陽の光が差し込んだ。一日と約半日、千代子たちは草原に到達した。
「確か教室から飛ばされたときに、目を覚ましたのがこの辺だったよね」
「懐かしいです」
3人は約一ヶ月前の出来事を懐かしむ。草原では涼しくなった影響か、鹿や馬、兎などの動物が楽しそうに駆け回っている。川に目をやると、カワウソが大きな鯉を加えて、悠々と泳いでいる。千代子はこの地域の自然の豊かさを感じた。
「川沿いを更に歩いてまた森の中に入って、そこから更に歩けば村だよ」
3人は今後の見通しを確認し、再び歩き出した。
草原に到達して更に半日、千代子が時計を確認すると時刻は午後6時となっていた。太陽が地平線にかかり、動物たちも各々寝る準備に入っている。千代子はもう少し先へ進もうと提案したが、偲が待ったをかけた。
「夜になると、熊や猪などの危険な動物が動き出します。ここは休むべきかと」
「そうか…」
早く村にたどり着きたい千代子にとっては不本意な提案だったが、千代子は渋々了承した。斯くして遠征隊の二日目は終了した。




