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クラフテッド・ウィッチクラフト  作者: 月夜野桜
第二章 サイレント・ウィットネス
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第五話 ウェル・クラフテッド・ストラテジー

 藤堂が気を遣ったのか、それとも単に標的のスケジュールの都合か。一週間ほど穏やかな時間が流れた。愛衣はなかなか自分の意思を表に出さない。曖昧に許可を出しても、やはり一つ一つ細かく判断基準を与えないと、ヴィルマの意思が介在しない状態での行動はしない。


(結局私がやってることも、支配に過ぎないのかしら……)


 呼び出しに応じて、藤堂が指定したレストランらしき名称の場所に向かいながら、ヴィルマはそう心の中で嘆いた。ただ規制が緩いだけで、愛衣が他人の制御で動いているという事実は、変わらない気がする。


「よう。すっかり母娘らしくなってきたな」


 従業員に案内されて、貸し切りと思われる個室へと入ると、先に来ていた藤堂の最初の言葉がそれだった。当然ヴィルマは半眼になって睨みつけながら、憎まれ口を叩いた。


「せめて姉妹って言ってくれないかしら? それとも、養子縁組の手続きでも最初からしてあったの、陰謀大好き腹黒ロリコンおじさん?」


 精一杯の皮肉を込めたつもりだったが、むしろ楽しそうに藤堂は笑う。


「俺の意図が大体飲み込めたようだな。しかし、ロリコンはどこから生えてきたんだよ?」


「最初の任務で寄越した服、あなたの趣味じゃないの?」


「ありゃ標的の趣味だ。俺の趣味で選んでどうする」


「ふん、どうだか」


 ヴィルマが椅子に腰を掛けると、愛衣は勝手に隣の席に着いた。これくらいのことは、言わずともやるようになった。しかし、座りたくて座っているというよりは、指示されることが明らかだから、手間を掛けさせないようにやっているだけに見えてならない。


 藤堂にこの辺りのことを相談しても意味がないので、無駄話はやめて本題に入った。


「で、次はどこで誰を? わかってると思うけど、言葉には気を付けないと、神隠し事件が起きるわよ?」


 愛衣の前で、暗殺だの人造魔女クラフテッドの処分だのといった言葉は使って欲しくない。そこから連想するくらいの知能は間違いなくある。誰かに何かを指示される恐れのない場所に置いてくるか悩んだが、打ち合わせの場所と時間から、同行を望んでいると判断した。


「ま、とりあえず、飯食おうや。確認したいこともあるんでね」


 ぱちんと藤堂が指を鳴らすと、すぐにウェイターがやってきた。テーブルの上に置かれたのは、小さめのグラスに入った淡い黄色の飲み物と、三種の料理がほんの少量載せられた皿。キッシュと鴨か何かのスモーク、そしてサーモンのマリネだろうか。


 入り口は、高級そうなフランス料理店に見えた。確認したいことというのは、恐らく食事のマナーだろう。きっとフルコースが出てくる。そうすると、次の仕事の場所がある程度絞れる。


「お前らのはノン・アルコールにしておいた。安心して飲め」


 そう言うと、意外と洗練された感じの手つきで、藤堂はグラスを手に取った。よく見ると、今日は無精髭を生やしていない。着ているスーツにも皺がない。


「愛衣ちゃん、こういうのの食べ方って、わかるかしら?」


「うん。全部食べれなくてもいいのなら、怒られない食べ方は知ってる」


 マナーは大丈夫という意味に受け止めた。あの母親なら、かなり厳しく躾ていそうな気もする。金も持っているだろうし、実は食べ慣れているのかもしれない。


「俺が試してんのは、お前さんの方だよ」


 薄ら笑いを浮かべながら、藤堂がヴィルマにだけ注目している。愛衣については調査済みということだろう。


(ドイツ人は、お隣のフランス料理の食べ方も知らない田舎者だとでも思ってるのかしら?)


 流石に失礼が過ぎる。そう思いながらフォークを手に取った瞬間、藤堂の溜め息が響いた。


「ま、今日は好きに食べろ」


 ヴィルマは硬直して愛衣の手元を見た。次いで藤堂の方。手に取ったフォークが違う。二人とも一番外側のものを使った。自分は内側から。


「当日はビュッフェだから少しマナーも変わることだし、あとで教本と動画送っといてやるわ」


「そういうことでお願い。本番までにはどうにかするわ」


 確かにフルコースを食べた記憶なんてない。そんな上等な世界で生きてきたわけではないのだ。これは仕方がないこと。そう自分に言い訳をしながら、その後は愛衣の真似をして食べた。マナーはある程度頭に入った気がするが、味の方はさっぱり覚えていない。


 最後に珈琲と菓子が出てきて、これ以上ウェイターがやってこない状態になると、藤堂は本題に入った。


「あらかた想像がついたんじゃないかと思うが、次の任務はパーティー会場だ」


「パーティー?」


 以前にも増して人が多そうな場所なので、ヴィルマは眉をひそめて訊き返した。


「お相手は、文部科学省のエリート官僚。生命科学課の課長様だ。主催は俺の雇い主のお仲間。まあ、政治資金パーティーってやつだ」


「選定の趣旨はわかる。人が多い場所の方が、私の存在や出入りの記録が気にされにくい。パーティー会場なら、ぞろぞろとお供を連れて歩くわけにはいかない。それでいて人目は多い。だから、色々と甘くなるってのも理解出来る」


「そうだ。自宅ならいくらでも一人になる機会はあるが、お前の出入りの記録を消すことは困難。不思議に思った奴らが、お前から話を聞きたがるだろうな。だから、こちらで記録をどうにか出来る施設かつ、出入りが多く、関連付けされにくい場所を選ぶ必要がある」


 論理的ではある。最後の一人だけ例外とされそうでもあるが、逃亡手段は用意した上でとなるだろう。とはいえ、前回とは異なり、不特定多数が入れる場所とも思えない。


「政治資金パーティーって、多分身元割れてる人しか参加出来ないわよね?」


「もちろん入れる身分を用意した。パーティー券も購入してある。お友達だからな、主催者は」


 ばさりとテーブルの上に紙の束が置かれる。とことん紙の資料が好きな男だとヴィルマは思った。それを手に取ると、ゲルダ・イヴァノフとして、偽のプロフィールが記載されていた。


「ちょっと待って、マフィアの愛妾ってなによ? そういうのは嫌って言ったわよね?」


 アレクサンドル・イヴァノフ。日本にも拠点を持つロシアンマフィア。その愛妾と書いてある。ご丁寧に、愛衣も腹違いの妹として記載されていた。


「ロリコンおじさんだからな、俺は」


 ニヤニヤと笑って、先程のヴィルマの憎まれ口を味方に付ける藤堂。今すぐ消してやりたくなった。地獄門ヘルゲートの向こうに。ヴィルマの殺意の籠もった視線に気づいたのだろう。手のひらを向けて制止しながら、すぐに藤堂は言葉を継いだ。


「まあ、取り返しのつかないことをする前によく読め。表向きは養女だ。ジジイだからな、アレクサンドルってのは。同行もせず、代理としてお前だけが出る。会場では、あくまでも養女として振る舞え。予想される会話の受け答え集も用意した」


 愛妾扱いされないのならまあいいとして、マフィアというのはやはり気に喰わない。


「この設定じゃないと、どうしても駄目なの? というか、そもそもパーティーに出席する必要はないんじゃない? また会場から出て一人になったところを狙うんでしょ? 場所は限られているはず。そこで待ち伏せすれば、それでいいと思うのだけど?」


 藤堂は意外そうに眼をぱちくりさせながら、ぽかんとした表情で問う。


「お前、そんなつまらない仕事でいいのか? せっかくだから、うまいもの食わせてやろうと思ったんだが――」


 ガタンと音がして、椅子が倒れた。立ち上がったヴィルマの瞳が紅く光っている。テーブルの上に身を乗り出し伸ばした右手は、藤堂の頭上。


「もしかして俺、今、呑み込まれようとしてる? お前、冗談通じない奴だな……」


 引き攣った笑みで硬直する藤堂。どこからどう消すのか認識していないから、とりあえず動かないようにしているのだろう。


 こちらはこちらで冗談。そもそも地獄門ヘルゲートは発生させていない。愛衣には見られたくない。ヴィルマは涼しい顔で椅子を引き起こしながら訊いた。


「で、本当の理由は?」


 まだ固まったままの藤堂は、質問に答える代わりに、愛衣に訊ねた。


「愛衣、もう魔法消えてるよな?」


 何も答えない。命令形になっていないからか、魔法は発動しておらず、質問として成り立っていないからか、はたまたヴィルマの肩を持っているのか。愛衣は無言で藤堂を見つめていた。


「大丈夫だから、早く説明して」


「そ、そのな、場所は確かにホールの外。化粧室を予定している。対象はまた女性だから、化粧を直すとかで、利用機会は多いはずだ。場合によっては、こちらから促すことも出来る」


 恐る恐るといった感じで藤堂が話を再開する。女ではなく女性と呼んだことで、藤堂が本気で生命の危険を感じたことが伝わってきた。ヴィルマは少々小気味良くなり、意地悪そうな微笑を浮かべながら、続きに耳を傾ける。


「パーティー券を持っていない者が、フロアに入るのは困難だ。候補は複数あるから、移動の必要もある。当日は、フロア中を常に多くの人間が行き来する。そんな場所の監視カメラの映像を、長時間にわたって改竄するのも難しい」


「つまり今回は、標的の前後に、私も入った記録が残るのは避けられない。なら、利用しても不自然じゃない身分で参加する方がいい。そういうことね?」


 やっと落ち着いたのか、藤堂は明らかに表情を緩めて、ヴィルマの問いに頷いた。


「そうそう。で、設定の方だが、これじゃないとどうしても駄目だ。セッティングし直すのが大変とかいう話じゃあなく、ベストの選択肢がそれしかない。敢えてマフィアを選んだのには理由がある。わかるか?」


 マフィアが政治家主催のパーティーに出席することの是非は置いておいて、それ以外だと不都合な点、あるいはマフィアだと好都合な点についてヴィルマは考えてみた。


「すり替えがばれないってこと? このゲルダ・イヴァノフ、実在するのね?」


「正解だ。政財界の表の人間の娘ということだと、誰かしらに顔を知られているものだからな。だがマフィアであれば、初披露の娘がいてもおかしくはない。養女ならなおさら。で、条件に合うようなのを探してみたところ、少々偶然を追加すれば、とても都合がいいのがいてね」


「偶然の追加って……何?」


「このゲルダってのが、偶然過ぎると言えるほどベストな人間なんだが、まあ、都合の悪い部分も当然ある。だからそれをちょいと細工して、奇跡を演出した。ポリシーに反することはしちゃいねえ。こいつを知っている奴らには、別の用事を作ってやっただけ」


 参加予定者の一部を排除した。藤堂のことだから、暗殺だのといったことではないだろう。これに出るよりももっとうまい話を用意した、といったところか。


 何か面白いことを考えていそうな気がして、ヴィルマはテーブルに身を乗り出して訊ねた。


「そこまでする理由は何? 演出した奇跡って?」


「お仲間さ。お前、この間仲間と勘違いしてもらえそうになったよな? それを利用する」


 いつかのように、藤堂は自信あり気に不敵な笑みを浮かべた。あの時は確かによく出来た作戦だった。今度も信頼していいのだろう。


「わかった、それの資料も出して。どうせまた紙なんでしょ?」


 予想以上に分厚い束がテーブルに載せられて、ヴィルマは承諾したのを早速後悔した。


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