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クラフテッド・ウィッチクラフト  作者: 月夜野桜
第一章 クラフテッド・ウィッチ
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第三話 ウィッチ・ハント

 送迎のハイヤーから降り立ったのは、コンベンションホールのエントランス前。革製のビジネスバッグを二人分手に取ろうとすると、一つは同行人が自ら手にした。


「それには及ばない。イメージが悪くなる」


 会場で行われている学会の趣旨を思い出し、ヴィルマは曖昧な笑みを浮かべて頭を下げた。中で既に始まっているのは、生殖発生医学会の学術講演会。秘書の設定とはいえ、男性が女性に荷物を押し付けるのは、確かに最も問題視されそうな場所の一つだった。


「それで結局、君は何をしに来たんだね?」


 同行人は学会の正会員でもある大学教授。毎回のように出席している常連なので利用された。恐らく厚生労働省か文部科学省経由で、目的を告げずにヴィルマの帯同を依頼されただけ。


「ご存じなければ、聞かれない方がよろしいかと。教授も含め、誰も何も知らないまま終わります。決してご迷惑はおかけしません。ご心配なく」


「そう願うよ」


 教授はそのことを忘れるためか、何度か首を振ると、先に立って会場へと足を踏み入れた。


 人が多い場所を敢えて選んだのには理由がある。不特定多数の人間が出入りする場所であれば、ヴィルマの姿が監視カメラ映像に残っていたとしても、これから起こることになる神隠し事件との関連性が疑われにくい。


 正会員以外でも、学生などが当日参加することも可能である故、なおさらである。少なくとも、すぐにヴィルマと結び付けられることはない。次の仕事を行う猶予は、必ず生まれる。


 身分の知れた常連の同行者であれば、会場内の移動にも支障はなく、標的が確実に一人になる場所へと潜入することも容易。


 時間を合わせて来たので、次が標的の出番。前の講演が終わるのを待ってから、教授と共に会場となるメインホールへと入っていった。なるべく前の方の席を確保して、標的が現れるのを待つ。この距離なら、互いに魔女ウィッチだと認識可能な位置で間違いない。


 一応、演壇にある講演者の氏名を確認した。豊野とよの玲佳れいか。発生医学の研究にて医学博士号を取得し、民間の研究所に勤める女性。魔女ウィッチとしての才能はほとんどなかったそうだが、高い知能を発揮した上に健康体だったため、人造魔女クラフテッドを効率的に増やす研究の道に進ませたという。


 藤堂との打ち合わせでは、処分の動機は二つあると説明された。一つはもちろん彼女が人造魔女クラフテッドだから。もう一つが何だと思うかと問われたが、ヴィルマはこう答えた。


 『ソフトウェア的に消せないデータは、記録メディアごと破壊するしかないから』と。


 人造魔女クラフテッドについての研究成果のデータは、すべて消去する必要がある。残しておいたら、いずれまた研究が再開されるかもしれない。通常の記録メディアを探し出して消すのは藤堂の仕事。彼では破壊出来ない|人間の脳(記録メディア)を消すのが、ヴィルマの仕事。


 演壇に標的が現れた。ちらりとヴィルマに視線を送ってきてから、講演が始まる。内容は、人工多能性幹細胞を使用した、不妊治療に関する研究について。表向きは、困っている人たちを救うための医学的研究。しかし実態は、人造魔女クラフテッドの胚の効率的作成のためのものと聞いた。


 研究成果は、もちろん正しい用途に応用することが可能だろう。こうしてカムフラージュのために行う講演も、何かしらの役に立つかもしれない。


 もし彼女が人造魔女クラフテッドでなかったら。その頭脳と研究成果の使い途を考え直してくれたら。どうしても、そう考えてしまう。真面目に聞いていると流石に後味が悪くなりそうなので、標的の反応を観察することに集中した。


 こちらを気にしながら講演を続けているように見える。ここまでは藤堂の計画通り。敢えて認識させ、警戒心を抱かせる。残り十分というところで、ヴィルマは教授に耳打ちをした。


「申し訳ありません。少々お花を摘みにいってまいります」


 トイレに行くという暗喩だとは理解したようだった。途中で席を立つのは失礼とでも言いたげに、教授は眉をひそめる。彼を置き去りにして、他の聴衆の邪魔にならないよう、身を低くしてホールの外へと出た。それから、告げた通りに実際に化粧室へと入る。


 鏡の前に陣取り、口紅を塗り直している女性がいた。ヴィルマが横に並んで手を洗い始めると、塗ったばかりなのに拭い取り出す。しばらくすると、先程とは別の派手な紫の口紅を手にして、塗り直していく。それを横目に、ヴィルマはその場を離れ個室へと消えた。


(アスタロト、血を贄として捧げる。夜の霞ナイトヘイズの発動を)


 今のは藤堂が用意した協力者のはずだが、詠唱は聞かれたくない。心の中で呼びかけて、詠唱を破棄しての発動を要求すると、くらりと眩暈を感じた。思わず壁に手をついて音を立ててしまうところだった。発動はしたようで、周囲が僅かな暗闇に包まれている。


(取りすぎよ、アスタロト)


 苦情を言うも何の返答もない。やはり彼女は、今回も非協力的な態度を貫くようだ。中等魔術の詠唱破棄如きでこの仕打ち。しかも交渉すら無しに、問答無用で贄だけ回収したのだから。


 考えても仕方ないので、すぐに次の行動に移った。音を立てないよう個室を出て、そのまま化粧室の外へ。出てくるところは、監視カメラには映らない。先程の口紅の持ち換えは、録画済み映像のループへの差し替えが出来たという合図。


 講演が終わったようで、ホールから拍手が聞こえてきた。ヴィルマはやや急ぎ足になって、一つ上の階へと階段で向かう。通路に人が多くなると映像が明らかに不自然になる。その直前に解除される予定。それまでに移動を済ませる必要がある。


 標的のために用意された控室には、予想通り護衛らしき女性が二人張り付いていた。


 一度通り過ぎて、エレベーターから遠い方の角を曲がった。それから引き返し、カーペットに付けられた傷を目印に、ゆっくりと歩いて彼女たちの前まで戻る。その場でしばし立ち止まってから、再度先程の角へと消えた。明らかに不自然な動きだが、夜の霞ナイトヘイズによって意識を逸らされた彼女らは、視線すら向けようとしない。


 これでヴィルマだけを消すための、映像加工用AIの学習が済んだはず。そのまま待っていると、標的が他に二人の側近か護衛らしき女性を連れてやってきた。


「ここに金髪の女が来なかった?」


 藤堂の術中に嵌まったようで、標的は見張り番にそう訊ねた。当然、首を振って否定する。


「いえ、誰も来ていません」


「中を確認してきなさい。監視カメラの映像は?」


 連れてきた側近の一人が扉を開けて、控室の中に入る。もう一人はどこかと通話を始めた。それを見てから、ヴィルマは動く。先程と同じく正確に目印を踏んで近付いていった。標的と同時に滑り込める距離まで来ると、そこで様子を見る。


「あの女は、一階の化粧室に入ったまま、まだ出てきていないようです。ここの監視カメラの映像にも異常はありません。加工もされていないかと」


 側近の一人がカメラのある方に手を振りながら、手元の端末を確認している。前政権を通じて、主催者か会場の所有者にコネがあるのだろう。だからこそ、見えるものがすべてと思い込む。魔術で機械は誤魔化せないと知っているからこそ、騙される。


「隅々まで確認しましたが、中も異常ありません。完全に無人です」


 部屋から側近が出てきて、扉を開けて中を見せる。標的も覗き込みながら首を傾げた。


「見たことない顔だったけれど、仲間だったのかしら? ……愛衣あいはまだ来ていないの?」


「渋滞に捕まったらしく、少々遅れるようで。もう、すぐ近くまでいらっしゃっています」


「そう。少し疲れたわ。愛衣が来るまでは、一人にして」


 実際疲れた様子の表情で、標的が控室に入ってくる。彼女らのやり取りの間に、ヴィルマは先に侵入していた。中に入ると、標的は壁のパネルに手を伸ばし、部屋の照明の一部を落としていく。ヴィルマはその背後に立ち、標的の頭の上に右手をかざした。


 護衛が扉から手を放し、音を立てて閉まったその刹那。ヴィルマの瞳が紅く光ると同時に、地獄門ヘルゲートが発生する。瞬時にそれを振り下ろした。標的は何の反応も示す間もなく、手に持っていた書類ごと消えた。文字通り、跡形もなく。


(すべて藤堂の予定通り。よく出来た計画だわ)


 ここで一人になりたがることまで、彼は読んでいた。理由は知らないが、標的は男性恐怖症だと言っていた。身の回りに置くのは常に女性だけ。こういった場などで男性を相手にすることになると、そのストレスを解消するために一人になりたがると。


 藤堂は恐ろしい男だと思う。汚職の証拠を掴み、政敵を失脚させると言っていた。しかし、彼自らがお膳立てをしているのではないのかと、考えてしまう。利害の一致する二人、汚職に手を出しそうな組み合わせを用意して、出逢うよう誘導する。如何にもやりそうと思える。


 確かにある意味クリーンなやり方である。藤堂自身は何も悪いことはしていない。そもそも相手に悪の心が少しでもなければ、汚職は成立しない。欲に目が眩み、勝手に陥穽に陥るだけ。


 ハンカチを取り出して、頬を伝う雫を拭き取りながら、ヴィルマは次のアクションを待った。ここでそれなりに時間を潰す必要がある。一人にならなかった場合に備えて、機会を窺えるよう、スケジュールにはかなりの余裕を持たせてある。


 この後は、非常ベルの誤作動で、火事騒ぎが起こる予定。それを聞いて標的が控室から出てこなければ、流石に外の護衛が扉を開けて確認するはず。その隙に逃走することになっている。


 しかし、それまで待たなくていいのかもしれない。来訪者があるかのような会話をしていた。どういう人物かはわからないが、仮に人造魔女クラフテッド仲間であったとしても、問題はない。異変に気付いて捜索系の魔術を使う前に、さっさと撤退してしまえばいいだけ。


(来た……やはり人造魔女クラフテッド


 入り口すぐ横の壁際に身を寄せて待ち続けると、先程愛衣あいと呼ばれていた人物だろうか、アスタロトの力を背中越しに感じた。常時捜索系の魔術を発動しているわけがない。見つかることはない。そう自分に言い聞かせて、扉が開いたときに入れ替わりに出ようと隙を窺う。


「お嬢様、お母様はお疲れのようですので、早くお側に行ってあげてください」


 護衛の声。そこに含まれる二つの単語に、ヴィルマは強く反応した。


(お嬢様……お母様!?)


 標的の娘なのだろうか。人造魔女クラフテッド仲間ではなく。


 有り得なくはない。女性悪魔の力は、女系を通して伝わる。人造魔女クラフテッドの母からなら、魔女ウィッチとして子が生まれる可能性はあるはず。そして標的は、子供がいても全くおかしくない年齢。


 思考に囚われ意識が逸れていたのだろうか。はっと気付いた時には、既に扉が開けられ、子供が中に入ってきていた。


 肩甲骨の辺りまである長めの黒髪。白いブラウスにプリーツの入った暗赤色のスカート。女の子で間違いない。百五十センチに満たなそうな身長と、明らかに幼さを残す体型。後ろ姿の特徴からすると、年齢的には標的と母娘であることを疑う余地はなかった。


 気を取られているうちに、扉は閉じられてしまった。だが、このまま隠れ続けていれば、誤報火事騒ぎが起こる。逃げ出すのには困らない。


 少女は無言で辺りを見回し、標的を探しているようだった。ヴィルマは自分が見つからないことを祈った。いるはずの標的がいなければ、少女は捜索系の魔術を使用する可能性がある。隠れているヴィルマを認識出来てしまうようなものかもしれない。


 くるりと少女が振り返り、ヴィルマは硬直した。二つの意味で。


 似ていた。疑いようがないくらい、母親である標的と顔立ちの特徴が一致している。そして、気付かれたかもしれない。少女は真っすぐにこちらを見ている。


(まさか、そういう天賦ギフト? それとも詠唱破棄?)


 詠唱はしていなかった。しかし、天賦の魔術ギフテッド・ウィッチクラフトの行使には必要ない。通常の魔術でも、声を出さずに贄を捧げ、詠唱破棄することは出来る。いるはずの母親がいないという異常事態で、敵の存在を警戒した可能性はある。


 一歩、また一歩と近付いてくる。蛇に睨まれた蛙のように眼を見開き、身を竦ませるヴィルマに向かって、少女の手が伸びた。


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