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クラフテッド・ウィッチクラフト  作者: 月夜野桜
第一章 クラフテッド・ウィッチ
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第一話 ヘルゲート

「あなたかしら? 私を買いたいのって?」


 予想とは異なり、呼び出された先はいかがわしいホテルではなく、それなりのグレードのシティホテル。相手は武闘派ヤクザの若頭と聞いている。金は持っているようだった。


 部屋の中にいた獰猛な顔つきの男がベッドから起き上がり、少女へと歩み寄った。好色そうな視線が、ゴシックロリータ風、されど露出多めのワンピースに包まれた全身を舐め回す。


 すらりとした長い脚から這い上がっていき、剥き出しの細い肩、白磁の如く透き通った頬と通り過ぎ、深い蒼の瞳に吸い寄せられるようにして止まった。少女はまだ十代半ばにしか見えないあどけない顔付きながらも、妖艶な微笑を桜色の唇に浮かべる。


「実物を見てがっかりってパターンかと思ってたが……いいぜ、合格だ。ドイツ娘っつーからいかつい女が来るのかと心配したが、あの値段でも納得だ。入れ」


 部屋の中の男――言動からして若頭は、背を向けてベッドへと戻りながら手を振り、少女を招き寄せる。


「おい、お前らも一緒に楽しもうぜ。滅多にない上玉だ」


 少女の左右に立つ屈強な黒服の男二人に、明らかな歓喜の表情が浮かぶ。少女の方は、困惑と恐怖が綯い交ぜになった表情を一瞬見せた後、瞼を閉じた。黄金色に輝く柔らかそうな長い髪を右手で掻き上げ、耳を露にする。半分だけ瞼を上げて、男の背に上目遣いの視線を送った。


「いいの? せっかくの初物を一人で堪能しなくて?」


 その言葉に反応して、若頭がくるりと振り返る。少女は歳に似合わぬ蠱惑的な笑みを顔に張り付け、若頭を見ている。その立ち振る舞いも、男を誘うことに特化したもの。とても信じ難いことを口にしたが、小刻みに震える細い肩と、蒼い瞳の揺れ具合が、真実を示していた。


「なら二人でたっぷり楽しもうぜ。いきなり激しくヤるが、文句は言うなよ?」


 露骨に卑猥な視線を発達途上の肢体に向けてから、下がっていろとばかりに横の二人に顎で合図を送った。少々残念そうな顔つきで、黒服たちは若頭の求めに応じ両脇に下がる。


 無防備に背を向けて、若頭はベッドへと歩み寄った。それを追って少女が部屋の中へと踏み出す。黒服の手により、背後で扉が閉じられた。少女は素早く振り返り、もう一つの鍵を掛ける。


 若頭の方に向き直った時には、既に反応されていた。その瞳は紅く染まり、右手には同じく紅に光る、実体のない剣のようなものが現れている。


「気付かれないとでも思ったか? アスタロト、血肉を贄に捧げる。地獄犬の鎖サーベラス・チェイン発動!」


 何もない地面から突如として三本の鎖が現れ、少女に向かって伸びた。しかしそれは誰を縛ることもなく、虚空へと消えていく。少女の瞳も紅に変化しており、先程までの媚びた目付きの娼婦は、もうどこにもいなかった。整った顔は機械のように感情がなく、かざした右手には紅く光る魔法陣。それが若頭の発動した魔力の鎖を呑み込んでいた。


 魔法文字を挟んだ二重の円の内側に五芒星。その先端には三つの光。天秤を思わせる意匠二つと、振り子らしき図柄が重ねられたそれは、黒の奥義書グリモワールの一書、ゴエティアに記されたアスタロトの印章に他ならなかった。


「アスタロト! 今一度――」


 更に魔術の行使を試みたようだが、若頭はぐらりと体勢を崩して膝をつく。


「やっぱり好かれていないのね。所詮あなたたちは紛い物。本物には敵わないのよ」


 右手の魔法陣を拡げながら、少女が一気に距離を詰める。若頭は右手の剣を突き出して反撃してきたが、それすらも魔法陣は呑み込んだ。そのまま右手から右腕、身体さえ喰らっていき、少女が床に手をついた時には、若頭の存在を示す痕跡のすべてが、この世から消えていた。


 地獄門ヘルゲート。この天賦の魔術ギフテッド・ウィッチクラフトを、彼女はそう呼んでいる。魔法陣の先が本当に地獄に繋がっているのかどうかは知らない。しかし、彼女の主人たる大悪魔の領域に送られたのは間違いない。


 ゴエティアでは、四十の悪魔の軍団を率いる地獄の大公爵と記されているアスタロト。ルシファーやベルゼビュートと並び立て、三大支配者の一柱としている黒の奥義書グリモワールもある。


(アスタロトは、これをどう思うのかしら?)


 少女は自身の主人たる悪魔の機嫌が気になった。事前情報通り、今処分した魔女ウィッチからは、アスタロトの力を感じた。その名を呼び、魔術を行使していた。


 正直、半信半疑だった。悪魔の細胞を使用して人工的に作り出した、人造魔女クラフテッドの存在など。しかし、魔力の源が自身と同じアスタロトであったことから、信じざるを得ない。女性悪魔の血を引く魔女ウィッチは、とても数が少ない。アスタロトは量産するような性格とも思えない。


 今の様子を見ると、予想通りアスタロトは、人造魔女クラフテッドをあまり良く思っていないらしい。使ったのは中級程度の魔術に見えた。その詠唱破棄如きで過剰な贄を要求されたために、血を失い過ぎて膝を付く羽目になったのだろう。


 今回の件、アスタロトは初めから非協力的で、人造魔女クラフテッドなんてものが本当に存在するのかどうかという質問ですら、法外な贄を要求することで、実質的な回答拒否をした。


 彼女の意思が介在せぬ方法で生まれた存在であっても、眷属は眷属。同士討ちと判断して、避けたがっているのか。それとも、彼女にとって忌むべき存在であり、コレクションに加える気にもならない醜い魂を送ることになるからか。


(敢えて訊かない方がいいのかもしれないわね……)


 少女はポケットからハンカチを取り出すと、頬を伝う雫を拭った。瞳の色は蒼に戻っている。されど心を持たぬ自動人形のような面持ちのまま、周囲に残る自分の痕跡を探した。


 若頭の声で異変を感じたのか、外では先程の黒服二人が騒いでおり、今にもホテル側のマスターキーを使って突入してきそうだった。


「告発者と審問官の王にして、過去と未来を見通す者よ。汝が眷属、ヴィルマ・エーデルシュタインの名において要求する。壊れた丘を覆う朧にて我が身を隠したまえ。――夜の霞ナイトヘイズ


 詠唱を終えると、周囲が僅かに暗くなった。目には見えぬ黒い靄が少女――ヴィルマを包み込み、存在感を極限まで薄めさせる。ついに扉が開かれ黒服二人が雪崩れ込むも、彼らはひたすら主の名を叫びつつ、姿を消した二人を探して部屋中を行き来するだけだった。


 扉を支えながら彼らの様子を見守るホテル従業員の横を、ヴィルマがすっと通り抜ける。そのまま誰にも気付かれることなく、現場を去っていった。


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