第14話 【瑞稀と瑞稀】
翌日も麻生さんと一緒に出勤して、お昼も一緒に食べた。
そう言えば、女性の姿で山下に会っていない。
麻生さんと半同棲中だから、白面の魔女になるのも難しい。
女性の私も山下に会えなくて、そろそろ限界だ。
今夜あたり理由つけて麻生さんと離れて、山下に会いに行こうか。
でも、どんな理由にしよう?
考えても何も思い浮かばないうちに、営業時間は終わった。
「先輩!瑞稀ちゃんに全然会えなくて。お姉さんと一緒に実家暮らしなのかな?」
「実家?そうか、実家だ…」
「?」
麻生さんに用事で実家に行くと言おう。
その手があったか。
少し気分が晴れた。
って、あれ?なんでこんなに女性になって山下に会いに行くのが楽しみなんだ?
女性変化の影響が、男の時にも現れているのか?
前ほど女性になるのが嫌じゃない。
今はむしろ逆で、女性になって山下に会いに行きたいと思っている自分がいる。
一体、私はどうなって行くのだろう?
どうなりたいのだ?
「先輩、どうしたんですか?」
「山下、すまない。今夜は用事があって、また今度聞くよ。瑞稀ちゃんに会えると良いな?」
バスに乗り込む私を山下は見送った。
駅に着いて、麻生さんに電話して今夜は帰らないかも知れないと伝えた。
多目的トイレに入り、『女性変化』を唱えた。
先程まで山下といた場所まで戻ると『自動書込地図』を唱えた。
この魔法は、一度行った場所が自動的に地図となって作成されるのだが、実は裏技がある。
「検索:山下巧」と検索して、地図の画面をタップするとエコーの様な波紋が出て、対象者がいれば赤く光って教えてくれるのだ。
「いた!」
思ったより遠くに行ってなく、1人でカフェにいた。
「ここ良いですか?」
「瑞稀!」
山下が座っているテーブルの前に腰掛けると、嬉しそうな笑みを溢した。
「やっと会えた」
「ごめんね。色々と忙しくて、昨日はお姉ちゃんと一緒だったし。私も会いたかったよ」
「何か飲む?それとも食べる?」
「うーん、今食べると夜食べれなくなっちゃうから、止めとくね」
カフェを出ると、本屋に行って中国史関連を漁ってみたり漫画を見たり、おもちゃ屋さんに行ってフィギュアを見たり、レンタル屋に行って華流ドラマを借りた。
それから、ゲーセンに行って太鼓を叩き、エアホッケーで白熱して、プリクラを撮った。
クレーンゲームが苦手で中々取れず、泣きそうになった。
山下が2回で取ってくれて、嬉しくて人目も憚らず大声で喜んだ。
「結構、汗かいたから帰ろう?」
手を繋いで歩くと、夜風が涼しくて気持ちが良い。
まだ何も食べて無かったので、屋台に入って、お酒を頼んでおでんを食べた。
「ここの屋台、ずっと気になってたのよ」
「良い出汁で、美味しいね」
「うん」
美味しい物を食べると自然に笑みが溢れる。
良い感じに酔うと、アパートに帰った。
一緒にお風呂に入って、身体を洗いあった。
「瑞稀、愛してる」
ベッドに押し倒されて愛撫されると、私もその気になった。
多分、男の私が麻生さんと、そう言う仲に進展したからだと思う。
男の私が麻生さんと付き合い始めたのは、女の私が山下と付き合い始めたよりも後だ。
先を越された感もあったのだろう。
山下の愛撫に抵抗せず、何度もイカされた。
男性の時の快楽の記憶は勿論ある。
女性の時の快楽は、その比では無い。
「あっ!い、痛っ!痛い」
口付けをされて、私の中に入れようとされた。
「ごめん。痛かった?」
山下の肩を両手で掴んで震えていると、山下は抱きしめた後、離れた。
「結婚するまでしない約束だったね。ごめん」
「ううん、しても良いって思う自分もいたよ…」
山下に口付けをして、背中手を回した。
「ありがとう。大切にしてくれて」
私は馬鹿だ。
何を焦っていたのだろう?
男の私に先を越されたからと言って、女の私が焦って処女を捨てる事は無い。
もしかすると山下に対して、後ろめたさを感じていたのかも知れない。
山下にも、してあげたいと思ったのも間違いない。
でも、焦ってするような事ではないと、思い直した。
目を覚ますと朝だった。
昔から目を瞑るとすぐに寝てしまう。
いつ寝たのかも覚えていない。
「おはよう、瑞稀。早いね、起きたんだ」
「おはよう。いつの間にかに寝ちゃってて、ごめんね」
山下に両手を広げて迎えられたので、上から重なる様にして抱きしめた。
「私、全裸だった…」
「だから幸せ」
「もう、Hなんだから。もう終わり。シャワー浴びて支度しなきゃ」
「仕事?」
「うん、仕事」
何か聞きたそうな山下を尻目に、浴室へと向かった。
「ひゃぁ、何?」
「何って、一緒に浴びようと思って」
「もう、遅くなるからダメだよ」
ドアを閉めて浴室から追い出した。
それから朝食を食べると、先に部屋を出た。
自宅アパート近くの公園で元の男の姿に戻って、自分のアパートに入った。
「あー、朝帰りだ!いけないんだ、いけないんだぁ!」
「すみません、麻生さん。遅くなりました」
「ふふふ、冗談よ。冗談。実家だもん、仕方ないよねー」
ズキッと、心が痛んだ。
別に浮気していた訳ではない。
しかし、後めたさは否めない。
麻生さんを抱きしめて「ただいま!」と挨拶をした。
「お帰りなさい!」と言って、麻生さんも抱きしめ返してくれた。
朝食は食べて帰ったので支度をすると、麻生さんからお弁当を渡された。
一緒にアパートを出て、バス停でバスを待つ。
耳にあの独特なスイングショット音が聞こえた気がした。
反射的に麻生さんを突き飛ばすと、私のビジネスバッグに穴を開けて貫通し、そのまま背後のブロック塀に風穴が開いた。
麻生さんの手を引っ張り起こすと、全力で走ってブロック塀の角を曲がって逃げた。
ブロック塀を貫通して、背中に風が当たったので、ギリギリで避けれた様だ。
「麻生さんは飛べますよね。全力で飛んで逃げて下さい。会社の屋上で会いましょう!」
麻生さんが飛ぶと、ゴルフボールの軌道が2つ見えたが、当たらずにそのまま逃げ仰たみたいだ。
カシュッ。シュパッ。
またあの音が聞こえる。
しかし、避けきれずに左足の関節の辺りを撃ち抜かれると、左足が吹き飛び、すっ転んだ。
激しい痛みを感じて転げ回ると、地面が文字通り血の海になった。
急に立ちくらみの様に頭が重くなり、目の前が暗く感じると、寒気に襲われて動く力もなくなった。
出血多量で死ぬとはこう言う事なのか?と変に頭は冷静で、麻生さんは私が死んだら悲しむだろうか?とか、これまで過ごした楽しい時間が思い浮かんでは消えた。
噂に聞く走馬灯がこれか?もう私は助からない…。
意識が遠のき、『女性変化』を唱える事も出来なかった。
意識が戻ると、麻生さんが膝枕をしてくれていた。
「麻生さん、もう泣かないで」
指で涙を拭ってあげた。
「ごめんなさい。私の回復魔法では、血を止めて傷を塞ぐ事しか出来なかったの。左足をくっつける事が出来なくて、本当にごめんなさい」
「ありがとう。麻生さんがいなかったら、死んでたよ。でもどうして戻って来たんですか?」
「青山くんが気になって、無事に逃げれたかな?(殺人犯は)いなくなったかな?と思いながら、恐る恐る戻ってみたら、血だらけで動かなくなってたの。死んじゃったかと思って、泣きながら回復したよ」
「心配かけて、ごめん」
「でも、足が…。救急車、呼ぶね」
「あっ、待って!ゴルフボールで抉る様に取れてるから、多分医者でも付けられないと思う。刃物なんかで、スパッと斬れたなら、くっつけられたと思うけど」
「どうするの?」
「うん、知り合いに回復魔法に長けた女性がいるから、お願いしてみる」
「それって…」
「白面の魔女だよ」
「瑞稀ちゃん…」
「私、青山くんを部屋に連れて帰ったら、山下くんを呼ぶね」
「お願いします」
(隙を見て女性になれば、この足も元通りになるはずだ…)
部屋のベッドに寝かされると、麻生さんはスマホで山下と連絡していた。
「山下くん、瑞稀ちゃんと一緒じゃないって。いそうな場所を探して見るって。私も探しに行くね」
「ありがとう。まだ、あいつが近くにいるかも知れないから、気をつけて」
麻生さんが部屋を出ると、『女性変化』を唱えて、神崎瑞稀になった。
「もう左足が治ってる」
身体状態異常無効スキルは相変わらず凄いな、と感心した。
ふと、脳裏に鴉の目を通して、山下と麻生さんがゴルフボールで襲われているシーンが浮かんだ。
「くそ、あいつ。今度こそ、やっつけてやる!」
全力で飛んで山下達の元へ急いだ。
「お前、何者だ?なぜ俺達を狙う?」
「分かってるだろ?白面の魔女にかけられてる賞金が目的なんだよ。だから、お前達は誘き寄せる為の餌なんだ。嬲り殺しにしたら、出て来るかな?」
ゴルフクラブを手に取って狙いを定めるとスイングした。
「ナイスショット!」
「ぐあぁ!」
山下は麻生さんを庇うと、右の太腿を貫通した。
「麻生さんは隠れてて」
声を振り絞って隠れる様に促した。
「それ、それ、それ、それ、それぇい。ナイスショット!」
5発ほぼ同時に、山下の身体をゴルフボールが貫通した。
「ごぼっ…」
血の泡を吹くと、山下は動かなくなった。
『完全回復!』
白面の魔女が現れて、回復呪文を唱えると山下の傷は一瞬で治った。
「私の大切な人達を傷付けて…お前だけは、お前だけは絶対に許さない!」
「良いねぇ。心地良い殺気だ。あははは」
「姿を見せたのがお前の運の尽きだ!」
『死誘鎮魂歌』
しかし効果が無かった。
「えっ?」
「今何かしたのか?今度はこちらの番だ!」
目にも見えない速さのスイングショットは、右脇腹を抉った。
「くっ…『光之神槍』」
光の槍が光速で、ゴルフボールの男の左胸を貫いて即死させた。
「瑞稀!」
山下が駆け寄った時は、右脇腹は治っていた。
「初めて人を殺しちゃった…」
力が抜けて地面に座り込んだ。
「瑞稀、大丈夫。俺達が証言する。正当防衛だ。瑞稀が助けてくれなかったら、俺達は殺されていたし、瑞稀も死んでいたんだ」
「瑞稀ちゃん…」
「麻生さん…。青山さんの足は治して来たよ」
「えっ?えぇ、ありがとう…」
「その…犯人を、縛ってくれる?山下くん」
「死んでるんだぞ?どうするんだ?」
「生き返らせる…」
『死者蘇生』
ゴルフボールの男は息を吹き返した。
「言え、お前達の組織は何人いる?何が目的なんだ?」
「ははは、俺が言うとでも?ははは、まぁ、楽しめたから教えてやるよ。知らないねぇ?あははは」
「貴様!」
山下が男の首を掴んだ。
「山下くん!」
手を止めさせた。
「下っ端じゃぁ知らなくて当然なんだから、仕方ないよ」
「何だと!俺は下っ端じゃねぇ!知らないんじゃない。数が多過ぎて数え切れないだけだ。黒幕は大陸の人間だと聞いている。目的は知らねぇ。金儲けじゃないのか?考えつく犯罪で金を得る為だろう?」
「どうしようもない悪党だな…」
山下は吐き捨てる様に言った。
「大陸?チャイニーズマフィアとか?」
随分、話が大きくなって来た。
日本のヤクザはどうした?
こんな奴らに好き放題にシマを荒らされて、心中穏やかじゃないはずだ。
蛇の道は蛇と言う。
裏の世界は裏の住人に聞くのが一番だが、これ以上深入りすると、山下も麻生さんも危険だ。
でも私は命を狙われているし、どうすれば…。
ゴルフボールの男を警察に突き出すと、私は山下達と別れて飛び去った。
「青山くん!」
「麻生さん!」
「良かった。足、元に戻ったのね」
「うん、瑞稀ちゃんが来て治してくれたよ」
「でもどうして瑞稀がここへ?」
「山下…すまない。実は言って無かった事があるんだ」
「なんですか?まさか瑞稀ちゃんと浮気してるとか、元彼とか…」
「違うよ。ほらこれ見て」
私は愛蘭と一緒に映っている写メを見せた。
「実は、妹なんだ」
愛蘭は瑞稀のお姉さんって事になっているから、愛蘭が妹と言う事は、必然的に瑞稀も妹と言う事になる。
「えぇー!」
「嘘っ、早く言ってよ。青山くん」
「義兄さん!」
「誰が義兄さんだ、誰が…」
まだ気が早いよ、と言うと麻生さんが爆笑した。
「私が青山くんと結婚したら、山下くんは、義弟ね」
「宜しくお願いします。義姉さん」
あははは、と3人で大笑いした。
 




