第六話 はじめてのおつかい
ようやく長期休暇が終わり長兄のアーロンは元気よく学校に戻って行くが次兄のマティアスは最後まで俺を呪うかのように睨みつけていた。
そんなに自分が領主になりたくないのにそれを弟にやらせようとするなよな、ちゃんとした理由があるなら考えても良かったけど、ただの研究者になりたいと言う理由ならごめんだね。
アビスはそれまでずっと姿を消していたり勝手に何処かに行っていたので二人が戻った事で油断したのかあれから月日が過ぎたある日に農家の人達の間でその姿を見せてしまった。
当たり前のように大騒ぎになったのだが、俺がこの街に偶然迷い込んだ小竜を使い魔にしたという強引な説明で何とか納得させた。
初級魔法しか見せていないが無尽蔵に使用しているのを知っているので意外と簡単に納得してくれ騒ぎが治まったのは幸いだと思う。
それなのに堀が完成してからは俺の仕事は見張り台の上で襲ってこない盗賊を見張るだけだった。
いつものようにただ街の中や外を眺めていると下からルイスが俺を呼びに来た。
「坊ちゃん、領主様が呼んでいますぜ、早く執務室に来いってさ」
「あぁ分かったけど誰が此処の見張を代わってくれるのかい。ルイスなら早く上がって来なよ」
「オイラが上がる訳ないでしょうが、そんなのは意味が無いんだから、あっ……」
完全に口を滑らしたって顔をしているよな、そうだとは思っていたけどこの見張り台はやはり意味無かったのかよ。
『今頃気が付くなんて君は馬鹿かね、おめでたい奴だな』
『何で心が読めるんだよ、俺だってそうは思っていたけど堀を作ったしアビスだっているんだぜ、もっと評価しているのかと思ったんだよ』
『確かに評価は良かったさ、それを壊したのは君のせいだろ』
『……それを言うなよな』
堀が完成してから数日後の俺はイシドロ達が狩りに行くと言うので一緒について行ったのだが、そこで元の世界ではあり得ない程の大きさの蛇の魔獣を見て腰を抜かしてしまった。
イシドロ達が討伐してくれたので怪我は全く無かったのだがもう森の中に行く事を禁じられてしまう。
アビスもその時は何もせずに飛び回っていたので俺と一緒に評価を下げていた。
◇◇◇
「私一人で行っても良いんですか」
「寄り道をしないと言うのが条件だ。それにな何時まで経っても情けないままじゃ仕方がないだろ、別に討伐しに行けと言っている訳じゃなくてただ隣町に行くだけなんだからな、それとも怖いのか」
「いえ大丈夫です。これぐらいの事が出来ないとどんどん評価が下がりそうなので」
「まぁこれぐらいで評価が上がるとは思えんが、それより必ずバルトルト子爵に届けるのだぞ」
ヨアキムの寄親であるバルトルト子爵の元に届け物をするというのが今回の仕事、いや、ただのパシリだ。
アーロンのせいで子爵から借金をしたのだが、またしてもアーロンのせいでそれが国王によって帳消しになってしまった。
他の貴族に対しては気にしていないヨアキムだったがバルトルト子爵にだけはそれは出来ないと考え、建前上としてただの贈り物として定期的にお金や貢物を送っている。
子爵の領地はこの街から馬で半日ほどで到着するし、盗賊など何年も出ていないので今まで一人で行かせて貰えなかった事の方が問題だ。
『下らんな』
『そう言うなって、向こうで泊ってもいいそうだからゆっくりしようじゃないか、久し振りに酒も飲みたいしな、アビスは姿を消さなきゃいけないから嫌かも知れないけど』
『それはどうでもいいわい』
◇◇◇
外は快晴、風は心地よく鳥のさえずりも良いムードを演出してくれているので気持ちよく馬車を捜査している。ただ一つだけ不満なのは荷台ではなく俺の頭の上で眠っているアビスの存在だ。
元魔王がこれで良いのかね、まるでペットの様なんだけどな。
「…………んっ、何だ?……ダークアイ」
街道の脇にある森の中に違和感を感じたので魔法を使ってみてみると、左の奥の方に十人以上の男達が俺の方を見ているのが見えた。
もしかしなくても盗賊だろうな、この辺りにはいないんじゃないのかよ、それに勘弁してくれよなこの旗の紋章が見えないのか?
貴族を盗賊が襲うと王国軍が動くので事件に関係ない盗賊団も問答無用で粛清されてしまうので暗黙のルールとして貴族を襲うのは盗賊の中ではタブーとされていると聞かされていた。
だからいくら此方を見ていると言っても襲っては来ないだろうが、もしもの事を考えて紋章が入っている旗を振り回し始めた。
これで見逃すと思うのでこの場所をしっかりと覚えておいて街に到着したら衛兵に教えるだけだと思ったのだがその期待は簡単に裏切られてしまう。
どういう訳か森の奥から街道に向けてゆっくりと移動してきた。
馬鹿かよ、だとすると逃げた方がいいのか、それとも戦った方がいいのか。
「くっ挟まれたか」
引き返そうとして向きを変えたらその進路を塞ぐようにして他に隠れていた5人が出て来たので俺はどうやら逃げ道を失ってしまったようだ。
「私はプルクナー家のユリアスだ。貴様らは貴族にっておいっ、話を聞けよな」
ちゃんと名乗りをしようとしたが奴らは耳も貸さずに剣を抜いて一斉に襲ってきた。一人の男が馬車の手摺に手を掛けて登ろうとしたときに俺の身体は空高く舞い上がっていく。
「くっ逃げるんじゃねぇよ」
「魔法を使いやがったな」
「だったら馬車の中身は俺達の物だな」
「奪ったら此処から直ぐに立ち去るぞ」
◇◇◇
少し離れた丘の上に投げ出され倒れの前に姿を現したアビスが浮かんでいる。
『魔法も使わないで君は何をしているんだ。そんなに死にたいのか』
言葉の終わりにその小さな手で頬を叩かれる。
「そうは言ってもあの人数だろ、どうしたらいいのか分からなくなってさ」
『君はその見た目通りの子供なのか、もっと年齢を重ねているんじゃないのかね』
「そんな事を言っても盗賊何て初めてなんだ」
『初めてでも戦うしかないだろう、その力は持っているだろうが、それとも最初から私を当てにしたというのかね、この小さな体のこの私に』
またしても頬を叩かれる。
「簡単に戦うなんて出来る訳ないだろ、この世界が異常なんだよ」
『だったら逃げるなら好きにすればいいさ、また馬鹿にされ無きゃいいけどな』
確かにこのまま街に逃げ帰ったとしたらどんな風に俺は見られてしまうのか……。
だからと言って何かが出来る訳ないだろう。